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【五月三日‐‐坂田銀時】


五月三日、午前十時過ぎ。
銀時は顔馴染みの団子屋、その店先に置かれている縁台でがっくりと肩を落としていた。

店が面している賑やかな通りの喧騒すら耳に入らない。どうしよう、というそのひと言だけが頭の中をぐるぐると駆け巡り、気ばかり焦っていた。

どうしよう──金が無い。

否、金が無いのはいつものことなのだが、単に生活が苦しいとかいう話ならば、ツケが利く店だって泣きつく先──主に階下の大家だ──だってあるからして、銀時とてここまで困り果てたりはしない。

状況が──近近に迫っているめでたき日と己の懐具合とが釣り合わないのが問題なのだ。

あと二日で銀時にとっては大切な日がやってくる。
正確に言うならば、大切な人が生まれた日──すなわち恋人の誕生日だ。

それが明後日なのだ。だからしてプレゼントも買ってないのに金が無い、という現状は途轍もなく不味いだろう。

照れだの意地だの葛藤だのをなんとか踏み越え乗り越えて、お付き合い、などという交際が始まって一年と少しが経つ。恋人としてかの人の誕生日を一緒に迎えるのは今年が二回目だ。

正直、恋人、だのお付き合い、だのという言葉は未だむずむずして、年甲斐もなく気恥ずかしさに転がり回りたくもなる。

けれど、祝いたいという気持ちももちろんあるし、去年が去年だっただけになおさら今年こそは、という思いが強かった。

なにせ去年は金が無さすぎて、デート──精々居酒屋で食事がてら酒を飲むくらいのものだが──すらできなかったのだ。

銀時の家で恋人が持参した酒を飲んでセックスして、と丸っきり普段と変わらない一日を過ごし、さすがに銀時も情けないやら申し訳ないやらで悄然と肩を落とした。

そんな銀時に恋人は、最初から期待してねーよ、と苦笑していただけだったが、それでもやはり遣る瀬無い。

──来年はおめーが目ん玉ひん剥くよーなモン贈ってやらァ

酔いとか相手のそんな気遣いとか、色んなことに色んな意味で涙目になりながらそう誓ったのが約一年前のこと。

けれどもそれから通帳残高が増えていく気配は微塵もないまま今年のその日が近づいてきて、銀時はずっと焦っていたのだ。

だから四月中、どんな依頼でも受けるからと仕事を探してかぶき町中を駆け回ったのだが、不景気からか思うように仕事は増えず、銀時の焦燥が募るばかりだった。

「親父ィ、団子もうひと皿追加ー」

しょげ返ったまま店の入口へと声をかければ、しばらくして店主の足音が近づいてきた。

「追加ー、はいいけど、今日こそ溜まってるツケェ払ってくれんだろうなァ」
「あー、そのまんま溜め込んどいてくれ」

またかい!と親父が呆れ返った声をあげながら、縁台に団子の乗った皿を置く。

「しょーがねェじゃん、仕事入ってこねーんだよ、素寒貧なんだよ」

プレゼントも買えやしねェよ、と思わず小さくこぼしてしまい、親父に目を剥かれた。プレゼントォ?と頓狂な声をあげる親父を無視して団子を頬張る。

「なに銀さん、いつのまにプレゼント贈るような相手ができたんだよ」
「だからねェっつの。ジリ貧なんだよ小銭もねーよ、無い袖は振れねーんだよ」

無い袖でも振ってやろーか?と自棄気味に振ってみせれば、袂からチャラチャラと何か硬いものが擦れ合う音がして銀時はふと思い出し──がっくりと頭を落とした。

袂から出てきたのは、オモチャのブレスレットのような物だ。
それは、つい先ほどこの店の近くで溝鼠組の下っ端に絡まれていた天人らしき──耳が尖っていた──女性を助けた際、お礼として貰ったものだった。

別段、お礼目的に助けた訳ではないのだが「ぜひお礼をさせてください!」などと言われたときにはちょっと金銭的な期待をしてしまっただけに、そのときの分も併せて落胆がさらに大きくなる。

「なんだい、ちゃんとプレゼント用意してんじゃないか、隅に置けないねェ。…で、誰に渡すんだい?」

コレかい?と小指を立ててみせる親父の好奇心に満ちた顔にデコピンをくれてから銀時はため息をこぼした。

「んなオモチャみてーなのやれっか」

螺鈿のような不思議な淡い色合いのそれは、女子供がつけるならまだしも、銀時の恋人には──不似合いだ。イメージではないし、本人も嫌がるだろう。

だから最初からコレをプレゼントに、という選択肢はなかった。
お礼として貰った物を捨てるというのも気が引けるので、あとで神楽にでもやろうと思って袂に入れておいただけだ。

デコピンを食らいながらもまだ興味津々な親父を店の中に追い返し、それにしても──と銀時は首をひねった。

手のひらの上で光を放っているかのようなそれは、恐らくブレスレットなのだろう。伸縮性のない環状をしている。

それがふたつ──対であるのだ。色もサイズも全く同じだ。

なんで同じものをふたつよこしたのか、あの天人は。

頭を垂らしたままその淡い色をぼんやり眺めていると、ふと視界の隅に黒い靴のつま先が入ってきた。

「──なに昼間っからシケたツラァしてんだ」

パチンコで有り金スったか、と続けられた声にがばりと振り仰げば、銀時の正面に黒い制服をきっちり着込んだ男が立っている。

わずかに眉根を寄せた一見不機嫌そうな顔で銀時を見下ろしているその人物は、武装警察「真選組」の副長、土方十四郎だ。

銀時はその無愛想でも整っている顔を見上げ──複雑な思いから眉を下げた。

何故ならこの土方こそが銀時の恋人その人なのである。
だから逢えて嬉しいし、けれど財布の中味と日にちを考えると心苦しいし、それでもやはり顔を見れば心弾む。

幾多の感情が振り子のように行き来し──結局銀時は再び肩を落とした。

「…パチンコ行くほど金ねーもん」

とつい返してしまい、しまった、と口を噤む。

まるで明後日への牽制みたいではないか、と失言に内心ほぞを噛んでいると、土方が深々とため息をついた。思わずびくりと身が竦む。

恋人などという面映い存在ができたのが──というより、惚れた腫れた自体が人生初めてのことで、ときどき自分でも情けないほどに銀時は小心になってしまう。今のように。

その根本にある思いは嫌われたくない、の一心でしかないのだが、それで銀時が尻込みしたり二の足を踏んだりすれば、土方は嫌そうな顔をするのだ。はっきり言って逆効果だ。それは銀時もわかっている。

「んなこたァ見りゃわかる」

土方は呆れたように吐き捨てると、次いでどさりと銀時の隣に腰をおろした。

ちらりと横目で見れば、土方はやはりどこか嫌そうな表情で煙草をふかしている。

「てめーが金持ってねーことくらい、最初っからわかってんだよ、こっちゃあ。だから…今さらなことで変なツラァしてんじゃねーよ」
「変なツラってお前…」

言い返しながらも、土方が何を言おうとしているのかはわかっていた。

最初から期待していない、と去年も言ったように、銀時からのプレゼント、なんてものを望んでなどいないのだろう、土方は。

だから、何かしたい、と思うのは銀時の願いでしかないのだろう。

けど、それでもやはり──恋人としては、遣る瀬無い。

「いや、それは置いとくとして、だなァ…それでも、よォ…」
「その情けねー声もやめろ」
「っつったってよォ…」
「だから──!」

どんどんと背中が丸くなっていく銀時に土方が怒鳴りかけたそのとき。

突然、パアッと正体不明の発光がごく近くでして──次の瞬間には銀時の右手首に天人から貰ったあのブレスレットらしき物が巻きついていた。

「…へ?」
「…んだ、こりゃあ」

銀時の間抜けな声に土方の訝る言葉が重なる。見れば、制服から覗く土方の右手首にも同じ物が巻かれていた。

「…お揃い」

銀時が思わずぽつりと呟くと、いやそれよりも、と土方の焦ったようなツッコミが入る。

「なんだよコレ、なんで勝手にくっついてんだよコレ!」
「あ、いや俺もさっき貰っただけなんで、なんなのかは知ら──」

弁明をしようとして、銀時は驚愕に言葉を失った。

ぐにゃり、と周囲の景色が歪み、かたちを無くし──まるで手首のブレスレットと同じ螺鈿のような不思議な色彩に辺り一面が包まれている。

そのなかに銀時と土方だけが取り込まれたような、奇妙で不可解な光景だった。

唖然として隣の土方を見れば、彼も驚きに瞠目している。

急に不安になり土方の腕をつかもうとしたら、その距離が急に開いた。土方が物凄い速さで遠ざかる──否、遠ざかっているのは銀時なのか。

「ひじか──!」

叫ぶいとまもなく辺りの光量が増し、一瞬、世界が真っ白に弾け飛んだ。

(13/05/02)

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