「101010」その後



ちょっと、否、結構本気でどうしていいかわからない。


ソファに転がったまま、銀時は二週間ほど前の出来事を思い返しては途方に暮れていた。
鬱々と考え込んではぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、うぎゃあああ、と叫びをあげて身悶える――などという有様での暮れ方だ。

おかげで気味悪がった新八や神楽に白い目を向けられ続けていたが、そんなことに構っていられない。そうなると、当初はそれでも心配していたようなふたりだったが、それも無駄だと思ったのか今では銀時を置いてさっさと遊びに行ってしまう始末だった。

勝ったような負けたような複雑な心境で、銀時はソファに張り付いている。

二週間前――銀時の誕生日だったその日、確かに途中までは有頂天でご機嫌だった。

今日が自分の誕生日だから、というのではなく、その直前にあった出来事に。

だからこそ、妙と神楽からケーキ屋で土方たちに会った、と聞いたときの小っ恥ずかしさときたら堪ったもんじゃなかった。一気に奈落に真っ逆さまで、恥ずかしさからぎゃあああ、などと悲鳴をあげてしまったくらいだ。

知られていただなんて。

そう思い返してみると、さっさと帰れ――そう言った土方が何を思っていたのか容易に知れて、居た堪れなくなる。

知られていただなんて。

どうしてくれよう、つーかどうしたらいいよオイ。どんな顔して会えばいいと言うのか。いや、別に知られてたところで問題あるまい、今さらじゃないか。いやでもさすがにちょっと――などと、思考がぐるぐるとしたまま、土方から姿を隠すようにしているうちに二週間が経ってしまった。ちょっともう本気でどうすればいい、コレ、といっそ泣きたくなる。

そもそも、別に何かをねだろうとか思っていた訳ではない。
こんな日に、ちらりとでもその姿を見れたらいいな――などという、とてもじゃないが口には出せない可愛らしい理由から、その姿を探していただけだった。

だから、町なかで土方を見つけたときはそれだけで満足して、ケーキが待つ家に帰ろうとしたのだ。

けれど、のどかすぎる天気に影響されたのかどこか気のゆるんだ気配をまとう土方の姿に、ちょっかいを出したい衝動に駆られ、つい足を踏み出してしまった。

気づかれないよう近づいて見やったその先、土方がときおりしかめっ面で煙草を噛み締めているのはあくびを堪えているからだと気づくと、不意にそれが欲しくなった。

――俺今日誕生日だし。

何かをねだろう、などという考えはなかったというのに、あっさり自分への弁解に摩り替える。

そうして、それに手を伸ばした。
あの、唇が銜え、ぎりりと噛み締めているそれ。

間接キッス、などと、それが目的だとは悟られないよう軽い口調でごまかしたのは、照れ隠しにすぎない。

だがそれは知られていないと思えばこそできたことで――と思考が巡り巡ってスタート地点に舞い戻り、銀時は頭を抱えた。
あああ、と知らずもれた呻き声は床を這うかのように低い。

もーマジどうしたらいいよ――と、ぐるぐると空回る思考がそこで途切れた。階段を登ってくる密かな足音と気配を捉え、それに集中する。
誰だろう。新八や神楽なら、気配も足音ももっと軽やかで喧しい。

「――いるか?」

玄関の戸が開けられた音とともに来訪者の声が届き、銀時は固まった。
まさかこの声は、いやいやそんなバカな――と半身を起こすと同時に部屋の引き戸が開く。

「邪魔するぞ」

カラリと引き戸を開けて現れたのは果たして土方で、銀時は目を丸くした。先ほどまで、どんな顔して会えばいいのか――などと悩んでいたはずなのに、実際こんな状況で対面したら、そんな悩みは全て吹っ飛んだ。

だって、土方が万事屋を訪ねてくるなんて。
幻じゃあるまいか。

銀時が声も出せずに呆然としていると、土方は「なんだよ、静かだから出払ってるかと思ったらいんじゃねーか」と眉をひそめ、戸口にもたれかかった。

何度か瞬きし、ああ幻じゃねェよこのふてぶてしさ、と理解して銀時はようやく口を開いた。

「――ああ。どーした突然、つーか入れよ」
「や、ここでいい」

そう言うと、土方は視線を落とした。制服の内ポケットから何かを出そうとしている。

ああ睫毛長ェ――と、今の内とばかりに観察していると、土方が投球モーションに入った。
意外と綺麗なピッチングフォームだな、などと妙に感心したのもつかの間、銀時の顔に何かがヒットした。

「ってェな!デッドボールだぞコンニャロー!一塁いくぞ一塁――ってどこだよ一塁ベース!ブラウン監督が持ってったってか、あァ!?」
「ブラウン監督ならとっくに国に帰った。おめーもかえれ」
「どこに!?ここ俺ン家なんだけど、どこに帰ればいい俺!?」

生まれる前に過ごした大地!?、などと喚く銀時に土方は何かを言いかけて――結局、煙を吐くにまぎれて息を落とした。
その様子を不審に思いながらも、何を投げつけられたのだ、と見れば、小さな紙袋が床に転がっている。道理で突然襲った衝撃に驚きはしたがさほど痛くもなかった訳だ、と納得した。

洒落っ気も何もない茶色の紙袋に手を伸ばして開けてみれば、小さな菓子が三つばかり入っている。
小分けに包装されたそれは、ひと箱何個入り、で良く見る代物のようで、銀時は首をかしげた。

「なに、コレ」

きょとと見やると、その視線から逃げるように土方はそっぽを向いた。

「ウチの長官の熱海土産だ。結構有名な銘菓らしいぜ」
「へー、熱海ねー、観光スポットだよねー、新婚旅行のメッカだったよね――って、そーじゃねェ」
「なに言ってんだ、最近じゃあまた新婚旅行先として賑わってるってェ話だぞ」
「へー、そーなんだ、よかったねー、――って、だからそーじゃなくてよ」

わざと本題から話をずらす土方は、やはりどこかおかしい――気がする。

銀時はソファから起き上がると、未だ戸口にもたれかかったままの土方の傍へと寄った。
土方がちらりと銀時に視線を向けた一瞬、その瞳が揺れたのが見えて、ああコレは困っているんだな、と解した。

「なに?俺にくれんの?コレ」
「――甘いのは苦手なんだよ、俺は」

手にした紙袋を掲げて見せれば、ため息まじりに土方が言う。うん知ってる、と銀時は返した。
味覚の嗜好が合わなさすぎて、彼と諍いになるのは珍しくもないことだ。

「近藤さんや総悟は、甘いのァ平気だが白餡が苦手だ。だから――お前にくれてやるとよ」

三個の内訳がわかったものの、そこでどうして銀時にお鉢が回ってくるというのか。

で?、と銀時が先を促すと、ややして諦めたように土方は口を開いた。

「てめーにゃあ煙草よりそっちの方が似合いだ」

その言葉で、全てを理解した。遅ればせながらささやかな誕生日プレゼント、という訳だ。

残り物を押し付けられた感は否めないが、こうして土方がわざわざ届けに来てくれたのが嬉しくて、つい顔がゆるんでしまいそうになる。――もっとも渡し方には問題大ありだと思うが。

「いやアレはアレでな――」

意味があったというか勝手にありがたく頂戴いたしました毎度あり、なんだけど、ともごもご口ごもりつつ、銀時は土方の口からあの日と同じように煙草を取り上げた。土方の目が銀時の手にあるそれを追う。そこに、こっちを見ろといわんばかりに顔を寄せた。

それによ、と土方の目を覗き込む。

「ふつー、アレよりも、っつったら、こっちじゃね?」

唇が触れるギリギリの距離で、に、と笑んで見せる。

軽い調子を繕ったのは、土方が本気で怒ったり嫌がったりしたら、冗談だって、と笑って逃がしてあげられるようにだ。
けれど土方は怒りも嫌がりもしない。眉根を寄せた一見不機嫌な、でもその実、困っていると丸わかりの顔で、だからかえれっつってんだろ、と声を落とした。

どこに、とはもう思わなかった。

それは、こんなことを――好きだの俺と付き合ってだのと言い出す前の銀時に戻れ、ということだろう。銀時はそう理解した。
理解したが、うなずける訳がない。

「ムリ言うな。今さら遅ェよ。手遅れだから、諦めろ」
「おめーがムリ言うな」

視線を逸らし、土方が言う。
ムリ言うな、とは言うのに、諦めろ、とは返さない土方の態度に、期待が生まれる。

大体、本気で嫌ならこっ酷く振ればいいだけなのだ。
なのに、何故そうしないのか――そう思っても、口には出さない。それを言ってしまったら、希望とは逆の方向に土方を追い込んでしまいそうな気がした。

だから、「諦めて、認めろって――」代わりのようにそう嘯いた。

「あ?なにを認めるってんだ」

思い切り眇めた目が返ってくる。
銀時にほだされかけて、その自分の感情にこそ困っているのだろうに、それでも予想通りの反応を返してくるのが楽しくて仕方ない。

「俺に惚れてるって」
「ねーよ」
「んじゃあ今から惚れろ」
「命令かよ!」
「むしろ希望?もしくは暗示?」

認めない土方に、とどめとばかりに唇を寄せた。

瞬間、ひくりと身を竦ませたものの、銀時を突き飛ばすでもなく目を伏せた土方に「なァ、惚れろって」と唇を触れ合わせたままささやく。
土方は盛大に顔をしかめ「ムカつく」とだけ言った。



甘いのが苦手だという男を、どんな甘い文句で口説き倒してやろうか――銀時は希望が見え始めた先に笑みをこぼした。

(10/10/29 clap up)
(10/11/28 改訂)

Novel Top】【Top