動乱編直後の話
静かな室内には、酒をつぐ密やかな音と外からもれ聞こえる喧騒だけが満ちていた。階下の店は思いのほか客の入りが良いのだろう。そんなことをぼんやり思いながら土方は酒をあおった。
土方も家の主である目の前の男も、先ほどからずっと無言だった。特に話すようなこともない。
ソファを背もたれに直接床に座り、ただお互い手酌で酒を飲んでいる。
本来、こういった静やかさは嫌いではない。心地良いとも思う。けれど、今感じているのは、紛れもなく当惑だった。
目の前の男がひと言も喋らないことがどこか薄ら寒くて、居心地が悪い。普段はいらぬことまで調子良くまくし立てるくせに、何故こんなときは黙ったままなのか。
そうなると自然、どうして自分がここにいるのかとか、そうなるに至った事件のこととか、つい先ほどの出来事だとかがぐるぐると頭を巡り、土方は気分が沈んでいくのを感じた。
* * *
真選組を真っ二つにわけ、壊滅にまで陥りかけた騒動が多大な犠牲をもって終結したのは今朝方のことだ。
沢山の犠牲。著しい被害。自分が引導を渡した男――片付けなければならない山のような雑事が頭に浮かんだが、それと同時に今の自分は謹慎処分を受けた身であることを思い出し、土方は立ち尽くすしかなかった。
今の自分には何もできない――動けずに、唇を噛み締める。
そんな土方の腕を取ったのは近藤だった。いいからまずは病院だ、と何故か万事屋一向ともども車に押し込まれ、病院まで運ばれてしまった。
治療を受け終えると、先に治療を終えていた銀時に声をかけられた。
ロビーの長椅子に腰掛け、よォ、と見あげてきた顔は、いつも通りやる気のないもので、その姿にどこかホッとしたのを覚えている。
――戻んのか?
戻れるのか――そう訊かれたようで、土方は一瞬言葉に詰まった。謹慎中、という身分だから、屯所に篭っている分には構わないだろう。
けれど、銀時は立場としての回答より、土方の心情を訊ねているようで、返答に困った。
俺は――と言葉を探し、左手が無意識に腰の刀に触れ、思い出す。
まずはコイツをどうにかしなければならない。
こんな騒動を起こしてしまった要因のひとつに自分のおかしな行動があり、そしてそれがこの刀のせいである以上、呪いとやらをどうにかしたかった。
――まだ戻れねェ。
それだけ言った土方に、銀時はならウチに来ればいい、と事も無げに口にした。
――アフターサービスだ。もちろん料金上乗せな。
は?、と土方は目を丸くしたが、意に介さない銀時によりタクシーに乗せられ――もちろん土方の財布をアテにしてのものだった――かぶき町へと連れて来られた。
銀時とともに万事屋の玄関をくぐった土方を、先に戻っていた神楽が出迎える。
きらきらした期待に満ちた目で見あげられて、土方はわずかに気おされた。
「どっちネ?トッシーか、トッシーなのか?」
「呼ぶな」
その名を出されると、またあの忌まわしい存在が浮上してきそうで、土方は思わずきつい口調で咎めてしまった。
途端、神楽がきょとと目を丸くし――む、とふて腐れる。
ちょっと拗ねたような目で土方を睨み、ぷいと顔をそらした。
「――アネゴのとこ行ってくるアル」
アネゴこと妙はもう家を出ている時間だろうに、そんなことを言って神楽は万事屋を出て行った。
妙が帰ってくるまで新八とともにあの家で待つのだろう。
それは、妙がどうのというより、「今の土方」と一緒にいるのが嫌だという意思表示だ。
自分がヘタレたオタクになっているあいだの記憶は、部分的にしか持ち合わせていない。だから、そんなときに神楽とどんなやり取りをしていたかなど、さっぱりわからなかった。
だが、神楽にとってはヘタレオタクの方がいい――と思うような何かがあったのだろう。
* * *
何をしたんだアイツは、と知らず息をつくと、銀時が窺うように土方をちらと見た。けれど、その口は開かれない。
「――なんだよ」
堪えかねて土方が訊ねれば、銀時は、いや、とどこか決まり悪そうに目を逸らした。
「邪魔しねーから、どうぞ続けて」
「続けて、ってなにをだよ。べつになにもしてねーだろーが」
「ひとりでゆっくり考えたいときもあるでしょー、って、さり気なく気を遣ってやってんじゃねーか」
「さり気ない通り越してもはや意味わかんねーよ。つーかひとりで考えてたって、さっぱりわかんねーよ、チャイナのことなんざ」
「…神楽ァ!?」
きょとんと目を丸くした銀時は次いで「あー…」と思い至ったように頭を掻いた。
「アレはまァ――うん、おめーに関係ねーっつーか、おめーが悪いわけじゃねーから気にすんな」
「余計気になるわ。…なんかやったんだろ、アイツになってるときに」
「そうか、そんなに気になんならトッシーのときなにやったか全部話してやろ――」
「ヤメロ。つーかやめてください」
なんだその精神的責め苦は、と睨みつければ、銀時がくつくつと笑いをこぼす。だがその目にはどこか物悲しさが垣間見えて、土方は眉をひそめた。
「万事屋?」
どうした、と声をかけると、銀時は哀しそうな、どこか辛そうな――そんな笑みを浮かべた。
この男もか――その表情に土方は直感し、言葉を呑む。
ずり、と銀時が距離を縮め、土方の隣に寄って来た。肩がぶつかる。
なんだよ、と見やると、銀髪がふらりと傾ぎ、土方の肩に着地した。首許に当たるふわふわとした感触がこそばゆかったが、どこか様子がおかしい銀時に免じて、叩き落とすのは思いとどまる。
アレになっているあいだ、この男に対しても何かよろしくない言動をしたのだろう――と、困惑に口を閉ざしていたら、ぽつりと銀時の声が落とされた。
「――ひじかた」
「あ?」
「土方」
「なんだよ」
「土方ー」
「だからなんだよ」
「…バーカ」
「なんだとてめェ!」
首を捻り、肩口の銀髪を睨みつける。だが、銀時は顔をあげるでもなく、気にするなとでも言うかのように、ただひらりと手を振った。
「これが神楽がしょげてた理由」
「…」
どう見てもむくれているようにしか見えなかったというのに、あれをしょげていたと評するのか、と土方は銀時の言葉に内心驚いた。だが、しょげていた――というのも、土方が原因なのだとすると、感情の差異などどうでもよいように思える。
結局はアレになっているあいだ何をしたか、だ。
土方が思案に沈んでいると、銀時は軽い調子で続けた。
「ついでに俺もな。ま、べつにお前のせいじゃねーけど。今さらだし」
「…意味がわかんねェ、なんのことかはっきり言え」
「言えるか、小っ恥ずかしい」
「なおさらだな。言え」
「嫌ですぅ」
「万事屋――」
頑なに拒絶する銀時に苛立ち、きつい声でなじるよう呼んだら、肩口からため息が落とされた。
深い深い――哀しげにも取れるそれに、土方の困惑も深くなる。
「なに、が、あったってんだよ…」
「ん、だからべつになにもねーよ。気づいちゃったー、ってヤツだ。――今さらだけど」
はっきりとは口にしない銀時に、土方は息をついた。
これ以上何のことだ、と問い詰めても、銀時は何も言わないだろう――それだけはわかる。
銀時に言うつもりがない以上、土方自身が気づかなければならないのだろう。
「――時間、よこせ」
「あれ、考えてくれるんだ?」
「仕方ねーだろ。はっきりしねーのは、性に合わねェ」
諦めたように言えば、顔を伏せている銀時が苦笑したのがわかる。
「トッシーみたいなのは勘弁な。結構ムカついたし」
そんなことを言いながら、銀時は土方の肩口に甘えるように頭をすり寄せた。
その姿が意外なようであり――答えに繋がっているように思える。
きっと答えはそう遠くないところにあるのだろう――土方は静かに目を伏せた。
(名前を呼んで欲しい人たち)
(10/11/28 clap up)
(11/01/29 改訂)
【Novel Top】【Top】