ハニードロップ
「――だ」
「は?」
聞き取りきれなかった声に顔をあげれば、銀時がじっと土方を見つめていた。なにやら鬼気迫るほどに顔を強ばらせている。
銀時のその、どこか必死そうな視線に、土方は奇妙な居心地の悪さを覚えた。
なんだって?、と土方が聞き返すと、銀時はだーかーらァッ、と頭を掻き回した。何事かと土方が見やるなか、深呼吸するかのように大きく息を吸った銀時が口を開く。
「好きだ。おめーが」
なにを言ってるんだ、コイツは――あまりにも突然のことに、土方はただ呆然と目の前の顔を見つめた。
* * *
それは、いつもの見廻りだった。
一緒に廻っていたはずの沖田は、いつのまにやら姿をくらましている。それもいつものことだとしか言いようがないほど、常と何ひとつ変わらなかった。
今日のルートにかぶき町方面も入っていたことから嫌な予感はしていたが、案の定、ふらふらと歩いていた銀髪と顔を合わせ、やっぱりか、と渋面になったのはつい先ほどのことだ。
なんやかんやと理由をつける銀時に半ば無理矢理団子屋へと連れ込まれ、団子ふた皿をおごることになったのも――腹は立つものの――またかよ、と呆れと諦めが入るくらいには、慣れてしまっている。
そう、そこまでは「いつもどおり」だったのだ。
茶を飲み、一服を終えた土方が、そろそろ仕事に戻ろうと腰をあげようとしたところで、先の銀時の告白に至るまでは。
* * *
いつもどおりの仕事中のひとときだったというのに、奇怪なことが起きたな、と土方は目をしばたたかせた。
好きだと告げた銀時は、神妙な顔で土方を見つめている。
まるで刑罰の宣告を待っているかのようだな、などとどこか暢気なことを考えながらも、土方の口からは本音がこぼれていた。
「――嘘だろ」
「へ?」
土方がぽつりと呟くと、銀時は目を丸くした。その間抜け面を無視して、土方は辺りを見回す。
「んだ、それともドッキリか?どっかに立て看持った総悟でもいんのか」
その立て看板にはきっと「大★成★功★」とか書かれているに違いない。
騙されねェぞ、と不信もあらわに土方が周囲を窺っていると、いやいや、と慌てたような銀時に両肩を押さえられた。
「いやいやいやいや!いないから!ドS王子いないから!そんなんやったらどんだけヤな奴だよ、俺!」
ドッキリの辛さは誰よりよくわかってっから!、と意味のわからないことを喚いたかと思うと、銀時は首をかしげた。
「つーか!え、なに、どうして清水の舞台から紐なしバンジー級の告白を疑われてるワケ?俺」
「信じらんねェから」
「マジでか!!」
土方のきっぱりとした答えに銀時は「ちょォォォ勘弁しろよォォォ」とがくりと首を垂らし、頭を抱え込んだ。よーし落ち着けー俺ェ、などとぶつぶつ呟いているのが聞こえてくる。
なんだか不気味で、土方はわずかに身を離そうとしたが、
「ちょーっと確認しよーか土方君ー」
と、逃げるより早く銀時に腕を取られてしまった。
なんだよ、としかめた顔を、至近距離から覗き込まれる。
「好きだ」
「ねーだろ」
再び告げられた言葉を速攻で切り捨てる。銀時は「ヒドッ!」と喚いてみせたが、一度口を結ぶと、
「――それだけなんだな?」
低い声で訊いてきた。
「あ?」
「信じらんねー嘘くせェ、ってだけで、嫌いだバーカ、とか、気持ち悪りィんだよ死ね、とか、そーいうのはねェんだな?」
縋るような目で問われる。その怯えているかのような銀時の姿に、ああ普通はそう思うものなのか、と土方はようやく思い至った。
たしかに、銀時が自分に――という点で驚きが先に立って未だ現実味が湧かないが、男が男に、となれば、そう思う者も多くいるのだろう。
だが、さて――と考え込んではみたものの、どう探っても嫌悪感などは見当たらなかった。
「――ねェな」
土方が正直に告げると、銀時はホッと小さく息をついた。
「よーしわかった」
「なにがだよ」
「おめーが信じられるよーになるまで、口説き倒しゃあいいんだろ?やってやろーじゃねーかコノヤロー。しつけェからな、覚悟しとけよ!」
銀時が一方的に宣言する。勢いに気圧されて土方が目を丸くしていると、銀時は「チクショー好きだバカヤロー!」と捨て台詞を残して走り去ってしまった。
* * *
最初に告白された日からその後、銀時は確かにしつこかった。
毎日毎日飽きもせずによくまァ続くもんだ、などと呆れていられたのも最初のうちだけだ。既に土方は、ここ最近のことを思い出すだけでげっそりしてしまうほど、疲れ果てている。
銀時は連日土方を追い回しては、好きだと繰り返し、好きになれって、と懇願してきた。ひと気のない路地裏に連れ込まれて、ぎょっとしたこともある。
さすがに勢い余って力尽くでどうこう、という真似こそしなかったものの、銀時はストーカーばりにどこにでも現れ、最初に言ったように土方を口説きまくった。
おかげで土方はこのところ、ずっと銀時から――そして、認めたくない感情から、逃げ回る羽目になっているのである。
* * *
今のところ大丈夫だな、と午前の見廻りを終えて屯所に戻った土方は、安堵の息をついた。
今日は午後から非番になっているから、部屋にこもっていれば銀時の追撃――もとい、付きまとい行為から逃れられるだろう。
見張りの隊士たちに屯所内外の警備体制を強化するよう言いつけていると、丁度通りかかった沖田が「旦那ですかい」と声をかけてきた。見れば、呆れ果てたような表情を浮かべている。
厄介な奴に見られたな、と土方は内心舌を打った。
当初は銀時の件を面白がっていた沖田だったが、銀時のしつこさと繰り返される同じ遣り取りに辟易したのだろう、今ではいい加減にしろとばかりに冷ややかな目を向けてくる。
今もそうだ。
「嫌なら振りゃあいいだけでしょーに」
うんざりとした面持ちで沖田が吐き捨てるが、土方は聞こえない振りをした。
嫌ではないのだ。
毎日毎日顔を合わせるたび「おめーが好きだ」「おめーも好きになれって」と繰り返されれば、土方だって自分の感情に気づかされる。
銀時に好きだと言われて、それを喜んでいる自分がいるのだ――認めたくないが。
好きになれって、と言われて、とっくにだ、と胸中で呟くくらい、疾うに気持ちは傾いている。
ただ、好きだと言われるたび、嬉しく思うと同時に「どうして」という疑問が湧きおこるのだ。
なにしろ告白される以前が以前だ、どこをどうしたら銀時が自分に恋情などを抱くというのか――それがわからなくて、信じられないでいる。
否、信じられない、だけではない。
信じて、裏切られるのが、怖いのだ。
ドッキリではない、と銀時は言ったが、それでも、土方もまた好きだと認めた途端、手のひらを返されるのではないか、という不安が拭いきれなかった。
――おめーが信じられるよーになるまで、口説き倒しゃあいいんだろ?
あのとき銀時はそう言った。今なら、土方の性格を見抜き、土方が不安を抱くと気づいていたのかもしれない、と思う。
土方が鬱々と考え込んでいると、やれやれと言わんばかりに沖田がため息を落とした。
「――大江戸病院三〇五号室」
「…なんだ、いきなり」
唐突な言葉に眉をひそめる土方へ、沖田は含み有りげな目を向けた。
「面白ェもんが見られるってェ、チャイナ娘から仕入れた新鮮ネタですぜい」
チャイナ娘――神楽からの情報(しかも新鮮)を土方に告げる、とくれば、銀時絡みであることは間違いない。
今日はまだ銀時の姿を見ていないということを合わせると、恐らくそこに銀時は居るのだろう。
――大江戸病院三〇五号室。
不意に、ひやりと肝が冷えた。
沖田の口ぶりにも素振りにも、緊迫感など微塵もない。もし本当に銀時がそこに居る――入院しているとしても、命に別条があるとは思えない態度だ。
けれど、あの男の胡散臭い仕事や、厄介事に巻き込まれては包帯だらけになっていた姿を思い起こすと、嫌な想像が浮かんで胸が波立つ。
顔色をなくした土方をちらりと見やり、沖田は「行ってきなせェ」とわずかに目許を和らげた。
「もうアンタら見てても面白くねェんでさァ。さっさと行って片ァつけろ土方コノヤロー」
* * *
結局土方は、沖田に背中を押されるようにして屯所を飛び出した。
嫌な憶測に騒ぐ胸を宥めながら、大江戸病院を目指す。
教えられた病室――三〇五号室のドアを開けると、いくつか並んだ空のベッドが視界に入った。ぐるりと室内を見回したところで、ひとつだけ埋まったベッドに寝そべっていた男と視線がかち合う。
「――え?」
目を丸くし、呆けた顔で土方を見上げる男はやはり、銀時だった。
ベッドに横たわってはいるものの、その姿には大きな怪我など見当たらない。そのことに安堵する。
深々とため息を落としたら、途端どっと疲れが押し寄せ、土方はベッドサイドの椅子にどかりと腰をおろした。え?え?と銀時が焦ったように繰り返す。
「ちょ、なんでいんの?あ、いや、べつに嫌だってワケじゃなくてな、え、でもなんで?」
「なんで、って…」
狼狽えた素振りの銀時に訊ねられ、はたと土方の思考が固まった。
なぜ、などと問われても、返せる言葉はまだ見つかっていない。
総悟の野郎がチャイナから聞いたっつーから…、ともごもごと言葉を濁すと、銀時の狼狽がさらに大きくなった。
「え、もしかしてお見舞い?ちょ、恥ずかしいんですけどォォォ!」
「なにがだ」
「だってお前、アレだよ?コレって――」
銀時が言うには、仕事で迷い猫を探している最中に、運転を誤った車が突っ込んできたらしい。その車を避けようとしたところに、探していた猫が飛び出してきて銀時の顔に飛び掛ったものだから、猫もろとも派手にすっ転んで傍にあった電柱に頭から激突して失神し――気づいたら病院に運ばれていたのだそうだ。
検査の結果異常もなく、即退院して構わないとなったのだが、車の運転手から、なにかあったら大変だからせめて一晩様子見で入院してくれ、と懇願されたのだという。
「費用は出すっつーからよォ、一晩くれェ泊まってくか、ってことでこーなったワケ」
メシつきだしよ、と暢気に続けた銀時の言葉に、言いようのない虚脱感を覚える。思わず土方はがっくりとうなだれてしまった。
のそりと動いた銀時が、上体を倒すようにして土方を覗き込もうとするのが気配でわかる。それを無視していると、なァなァ、と弾んだ声が降ってきた。
「――心配した?」
「あァ?」
どこか嬉しそうな声に顔をあげると、銀時は声音同様に嬉しげな笑みを浮かべている。その様子に気恥ずかしさやら負けん気やらがこみ上げて、土方は盛大に顔をしかめた。
「――してねェよ」
「でも焦って入ってきたじゃねーか」
「焦ってねェよ。つーかそのにやけ面をヤメロ」
ムカつくんだよ、と土方が頬を思い切り抓っても、銀時は「えー、だってすげー嬉しいしィ」と相好を崩したままで、なおさらムカつく。
苛立ちに任せて銀時の顔をぐいと押し、その頭をベッドへと叩き戻した。
「寝てろ、怪我人!」
「あらやだ、いきなり押し倒すなんて大胆ー」
「一生寝てろ!!」
「え?一緒に寝るって?喜んでー」
わざとらしく聞き間違えて、銀時が両手を広げる。
「カマーン、マイハニー」
どーんとな、とにやにや笑う銀時が心底腹立たしくて、土方はゆらりと立ち上がると、ベッドの上へと倒れ込んだ。
全体重をかけて――折り曲げた肘の先から。
入る、と思ったが、銀時は、だああああ、と悲鳴をあげながら寸でのところで身を捩ってかわした。ドス、と生じた衝撃は人体のではなくベッドのもので、思わず、チ、と舌打ちが出る。
「――んだよ、避けるこたァねーだろハニー」
忌々しさを隠しもせずに土方が言うと、アホかァァァ!、と銀時が青い顔で喚いた。
「避けるわ普通!どこの世界にハニーにエルボー・ドロップかます奴がいるよ!しかも確実にみぞおち狙いだったよね!?どーんじゃなくてドスっつったよね、今!」
銀時はぎゃんぎゃんと大声で非難していたが、不意にはたと目を見開いた。瞠目したまま、まじまじと土方を見つめる。
「…ハニー…?」
先ほど土方が――銀時の言葉を受けてのものだが――何を言ったか気づいたらしい。呆けていた銀時が突然バッと赤くなった。
「え、マジで?え、ちょ、期待していいのコレ?」
赤い顔で狼狽えたように慌てふためく銀時に、土方は笑うしかなかった。信じて裏切られるのが怖い、などと言っているのが馬鹿らしくなるような銀時の姿に、負けだ負け、と白旗をあげる。
これが演技だったなら、負けても――騙されたのだとしても、仕方あるまい。
「――いつものやつ、言え」
諦観まじりの笑みを浮かべて土方が言うと、銀時はあわあわとベッドの上で居住まいを正した。
「おめーが好きだ」
その真剣な硬い声音から、緊張しているのが手に取るようにわかる。
強ばった顔が、最初に好きだと告げてきた日の銀時とダブり、あの日も緊張していたんだろうな、と今さらのように思った。
きっと団子屋で、緊張しながら言い出すタイミングを計っていたのだろう。否、もしかしたらあの日、通りで出くわしたときからかもしれない。
そんなことを想像したら、普段飄々とした小憎たらしい言動ばかりが目につく銀時とのギャップに、土方は思わず噴き出してしまった。途端、銀時が「ヒドッ!」と涙目になる。
「なんでそこで笑うワケェェェ!?言えっつーから言ったらコレって、どんな仕打ちだお前ェェェ!!」
土方の肩を掴んで揺さぶりなが銀時が喚き散らす。それに「悪りィ悪りィ」と返すものの、どうにも声が笑い含んでしまった。
酷ェ、と銀時の頭が土方の肩に落ちる。
「チクショー!おめーも俺を好きになれよコノヤロー!」
銀時が今にも泣き出しそうな声をあげる。土方は「とっくになってらァ、コノヤロー」と、笑いながら可愛げのない返事をした。
ハニードロップ=ハニー(のエルボー・)ドロップ
(11/12/09 clap up)
(12/06/09 改訂)
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