ハピネス 01



頼みたいことがある、と突然近藤から電話で呼び出され、万事屋一行は真選組の屯所を訪れた。

真選組から仕事の依頼だなんて珍しいですね、と新八が言えば、アイツらナニ企んでるか知れたもんじゃないネ、などと神楽が訳知り顔で返す。そんなふたりの遣り取りに、金になんならいいんじゃねーの、と気のない声を出しながら、銀時は内心わずかな期待に胸を躍らせていた。
その姿をちらりとでも見られたらいい、というささやかで可愛らしい期待だ。

だが、屯所の門をくぐると同時に感じた違和感に、銀時たちは顔をくもらせることになった。

何かが変だ――入り口に立ち、見あげた屋敷にそんなことを思う。「静かアルな」と落とされた神楽のひと言で、その違和感の正体が知れた。
真っ昼間だというのに、人のいる気配がしない。屯所を訪れること自体滅多にないが、それでも何かがおかしいと感覚が伝えている。

人の気配がほとんど感じられない広い建物は、どこか現実感が欠如しているかのようだ。
なんだか不気味ですね、と青い顔でこぼした新八に、オイオイなんだよおめー、ビビッてんの?、などと馬鹿にしたように返したものの、得体の知れない薄気味の悪さに銀時も内心、尻込みしていた。
おまけになんだかとても嫌な予感がする。

出迎えた若い隊士にこちらです、と通されたのは入り口にほど近い座敷だった。隊士が失礼します、と中に声をかけて襖を開ける。どうぞと勧められるままに室内へと足を入れれば、そこには三つの人影があった。電話をよこした近藤と、よく見かける坊主頭の男、そして土方の三人だ。

座卓を囲む近藤と坊主頭の男が制服姿なのに対し、土方だけが黒の長着をまとい、ひとり我関せずの態で開け放たれた障子から外を眺めている。
見かけることができれば、と密かに思っていた姿だったが、その微動だにしない背中に銀時は眉をひそめた。室内に満ちるどこか張りつめた空気と相俟って、奇妙な不安感を覚える。

銀時たちが固まっていると、まァ座ってくれ、と近藤が促した。

「すまんな、皆出払っているから茶などは出せんが、まァ楽にしてくれ」

座卓を挟んで向かい合うように腰をおろした銀時たちに、近藤が笑ってみせる。だがその笑顔も強ばった硬いもので、銀時は土方の背中と近藤とに視線を走らせた。

「――で?なんかヤな予感がすんだけど、なんの用?」

嫌な予感――屯所に足を踏み入れてからしだいに強くなっていく感覚を、それでも顔には出さずに、銀時が問う。
近藤はそれなんだが、と神妙な顔で切り出した。

「人を――いや、天人をひとり、探して出してほしい。できるだけ早急に、だ」

近藤が告げた用件に、万事屋一行は揃って、は?、と眉根を寄せた。
異様な空気とそんな真っ当な依頼が結びつかなくて困惑する銀時たちを、近藤と坊主頭がじっと見つめる。その姿が悲壮じみていて、銀時は胸の奥底でざわりと蠢いた嫌な想像がふくれあがるのを感じた。

人探し、それもできるだけ早急に――そんな内容や、近藤と坊主頭のどこか焦りを滲ませた気配に、それだけで尋常でない事態が起きていると知れる。こちらの話を聞いてもいないのか、身動きひとつしない土方の背中が余計に不安を掻き立てた。

新八と神楽の窺うような視線を感じて、銀時は渋々といった口調で「詳しく言え、聞いてやらァ」と先を促した。
近藤にひとつうなずいてから、坊主頭――原田が口を開いた。



一昨日、原田と土方が市中見廻りでかぶき町を通りかかった際、チンピラ数名に囲まれている天人を見かけたのだという。
職業上、看過する訳にもいかず、原田と土方は仲裁に入ろうとした。そのとき、天人がなにやら喚きながら小さな壺を取り出したのが見えたらしい。なんだと訝しく思う間もなく、天人は突然その中味をぶちまけ、駆け出した。
恐らくその行動は逃げるための防衛行為だったのだろう。天人の狙いはチンピラたちだったはずだ。
だが、逃げようとする動きから天人の狙いが狂ったのか、それを引っ被ったのはチンピラではなく、土方だった。



「そうしたら副長の体からこう、ふわっと白い煙みてェなのが出てきてな、その壺の中にするっと入っていっちまって…」

副長がこんなことに――と悔しそうに続けた原田の言葉に、じわりと嫌な汗が浮かぶ。銀時は一度もこちらを振り返らない土方の背中を見やった。

「こんなこと、って…いったいどうなったんです?」

銀時が気になって仕方のないことを、代わりのように新八が訊ねる。

新八の問いに、近藤はうん、とひとつうなずくと、土方に近寄った。「トシ」とその肩に手を乗せ、半ば抱えるようにして土方の体を銀時たちの方へと向ける。

一見して怪我などは見受けられない姿だが、常との強烈な差異に銀時は言葉を失った。

彼らしくもなく茫洋としている顔は相変わらず整っていたが、その顔にもいつもはきつく睨みつけてくる黒い双眸にも、なんの感情も見受けられない。銀時たちの方を向いているというのに、その目はまるで何も映していないかのようだ。

否、映し出していないどころか――

「俺ァその壺に吸われたっていう煙みてェなのは、トシの魂なんじゃねェかと思うんだよ…」

まるで抜け殻のようだ――銀時がそう思ったのが聞こえたかのように近藤が言う。

「だから、トシを元に戻すためにも、その壺を持った天人を捕まえてほしい」

頼む、と近藤と原田が頭をさげるのを、銀時は呆然と眺めた。



近藤の話によると、屯所の中に人がほとんどいないのは、一昨日からほぼ全員でその天人を探しに出ているためだった。
だが、総力をあげて捜索しているというのに、一向に天人の行方が掴めない。そのため、銀時たちに協力を依頼することにした。
その天人がチンピラに絡まれていた現場がかぶき町だったことから、真選組よりも銀時たちの方が詳しいのではないか、と思ったのだという。

唯一天人を実際に見た原田が言うには、その天人は緑色の肌をした中肉中背の気弱そうな見た目――という、特徴があるようでないような外見だったらしい。

「…それだけで探せってか」

半眼になる銀時たちに、原田は「そう言うだろうと思って」と一枚の紙を差し出した。
天人の似顔絵を描いたのだ、と得意げに言うのだが――原田作だという似顔絵は、その役目を果たしやしないだろう、と思わせる出来だった。

「んだよ、全然わかんねーよ、緑ってことしかわかんねーよ。緑っつったらおめー、ピッコロさんだろーが。ピッコロさん探せってか。アレ?むしろピッコロさん探した方が早い?コレ」
「ピッコロの真似したひち●りかもしれないアルヨ」
「ひち●りはおめー天人じゃねェだろ。つーかいつの話だよ」

似顔絵をひらりと振りながら銀時が呆れを装うと、こちらは心の底から呆れ果てているらしい神楽が便乗する。
散々な言われようにでかい図体で肩を落とす原田を、まァまァ、と新八が宥めるのを横目で見ながら、銀時は大きくため息をついた。

「ま、やるだけやってみるけどよ」

内心の焦燥やら心痛やらを押し殺して気のない素振りでそんなことを言うと、近藤はどこか淋しげに口の端をあげた。

「明日までに…ってェのは、さすがに無理な話か…」

近藤が力なく笑う。
明日までに――と、自分もまた願っていただけに、銀時の胸がちくりと痛んだ。



明日、五月五日は土方の誕生日だ。

銀時にその知らせをもたらした情報源――地味な監察の男だ――は、当日ささやかながら夕餉の席で祝う予定だと、そう言った。
もっとも、祝われる本人が仰々しいものや派手やかに飾り立てられたものを厭うから、精々が食事とともに一杯、酒盃を仰ぐだけのものらしい。

だが、地味な監察の男はそれでも祝えるのが嬉しそうだった。その姿に苛立ちが込み上げ、脅すようにして団子をおごらせたのは、完全に八つ当たりだ。

地味な監察の男こと山崎の口ぶりから、彼だけでなく近藤や原田たち皆が土方の誕生日を――その日を祝えることを――心待ちにしていることは窺い知れた。先の近藤の言葉で、それが当たっていることも。

彼らの嬉しそうな姿を面白くなく思う気持ちがない訳ではない。それでも、祝いたいという近藤たちを馬鹿にするつもりはなかった。
むしろ、俺だって――と、ただ銀時は口には出せない想いを噛み殺しているにすぎない。



自分と土方は仲が悪い――そう周囲に思われているだろう自覚はあった。

実際、出会った当初から諍いは絶えなかったし、今でも町なかなどで顔を合わせればどちらからともなく憎まれ口を叩く。喧嘩を売るようなそれを契機に掴み合いへと発展することもしばしばだ。

そんな遣り取りが当たり前すぎて、周囲の連中――特に近藤や新八などには、今さらだとばかりに気にも留められていないことも知っている。

だがその実、ずっと張り合い罵り合っているばかり、という訳でもなかったりする。周りには知られていないが。

しつこいくらいにねだりまくって団子をおごってもらうことに成功したのをきっかけに、ときおり土方の腕を引いては団子屋やらファミレスやらに連れ立つようになった。偶然を装って居酒屋で鉢合わせれば、なんてことのない会話を肴に酒を酌み交わしたりもする。

土方は単に金に窮している銀時にたかられているとしか思ってないだろう。ときには「そんなに困ってんのかよ」と哀れむような目で見られたりもした。
そんな態度に反発を覚えたり胸が痛くなることもあったが、金がないのは事実だけど、おごってもらうのが目的な訳ではない――とは、到底言えないので、へらりと笑ってごまかしていた。

笑ってごまかしながら、土方とそんな時間を共にできるよう、そうして少しずつ距離を縮めていたのだ。
自分の感情に気づいてからの涙ぐましい努力に、銀時は我ながらいじましいんだか、いじらしいんだか、と苦笑するしかない。

自分の感情――すなわち、土方に対する恋情だ。

いつからだとかもわからないまま、気づいたときにはどうしようもないほど土方に心を傾けている自分がいた。
凛とした背中も、頑ななまでに一途で真っ直ぐな魂も、歯痒いほどに不器用で、でも彼らしい優しさも、全てに心を揺さぶられ、惹かれていたのだ。

だから、山崎から土方の誕生日を聞きだした銀時は、半ば無理矢理土方と飲む約束を取りつけた。明日――つまり土方の誕生日である五日に、なじみの居酒屋で、と。

屯所で仲間たちに祝われるのは知っている。それを少しばかり面白くなく思うものの、その邪魔をしたい訳ではない。
誕生日という年に一度のその日に力を借りて気持ちを伝えようというのでも、ましてや同じ感情を返してもらえたら、などという期待を持っている訳でもない。

ただ、土方の誕生日に、わずかな時間でも一緒に過ごしたかっただけだ。
そして、おめでとうのひと言を伝えられたら――そう思っていた。

そんな他愛もない、けれど大切な時間を積み重ねたかった。
その重ねた時間がいつかは――という望みに繋がればいいという、密かな願いをこめて。

(11/05/04)



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