Dream After Dream



何の言葉も説明もなしに連れてこられた金時のマンションで、玄関のドアを閉めるなり部屋の主に抱き締められ、土方はどうしたものかと困惑に眉根を寄せた。



土方が金時と過ごしたあいだの記憶を取り戻したのは、つい先ほどのことだ。

金時とのことを思い出し、そのときから生じていた感情に気づいた。

そして土方がそれを伝えてから、金時はまともに喋っていない。否、喋れていない。

金時はずっとぽろぽろ泣いていたかと思うと突然ぐいと涙を拭って土方の腕を掴み、タクシーを捕まえて乗り込んだのだ──無言で。車中でも運転手に目的地を告げた以外は口を開いていない。

本来、土方はそんな不躾で傍若無人な扱われ方におとなしく付き合うような従順さは持ち合わせていない。強引にでも説明させるなり、腕を振りほどくなりする。

だというのに金時の手を振り払えなかったのは、隣に座る金時からときどき嗚咽を押し殺したような呼気が漏れ聞こえたからだ。土方の手を握っている金時の手には、離さないとでもいうかのようにグッと力が篭められている。

それらを感じると、金時を振り払うどころか何ひとつ言葉すらかけられなかった。

そして今も金時は土方をきつく抱き締めながら、声を押し殺して泣いているのだ。金時の苦しそうな呼吸と、その顔を押しつけられた肩口がじわじわと濡れていく感触がそれを教えている。

こんなにこの男は涙もろかっただろうか──どこか暢気にそんなことを考えながらも、やはり土方には金時を突き放すことができなかった。ぎゅうぎゅうと土方を抱き締めるその腕に必死さを感じ取れば、なおさらだ。あやすようにその背中をさすることしかできない。

途方に暮れる思いだが、なんだか懐かしいような感覚もして、土方はふうと目線をあげた。

今自分たちが居るエントランスから続く短い廊下の先に、リビングへ通じるドアがある。それを目にした瞬間、ああ、とわかった。いつも金時が仕事から帰ってきたとき、こうして玄関先まで迎えに出ては抱き締められていたのだ、懐かしく思うのも当然だろう。

そして懐かしいと思う反面、脳裏に蘇った記憶のおかげで、なんだかとても居た堪れなくなる。

今と同じここで──この玄関のドアに押しつけられるような格好で、抱かれたこともあったのだ。

「…オイ、せめて中にあげろ」

恥ずかしさを押し殺し、ようやくのことで土方がそう言うと、金時は「ごめん!」と慌てたように体を離した。

やはり金時の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていて、胸が痛くなる。

どうぞ、と通されたリビングのソファに腰をおろして室内を見回せば、懐かしいような感覚が湧いてきた。リビングもキッチンもダイニングスペースも、見える範囲のところは綺麗に片づけられていて、今も神楽の言いつけを守っているのか、と知らず笑みが浮かぶ。

ふと何気なく時計を見れば、普段金時が出勤していた時間を疾うに過ぎていた。

「仕事はいいのか」

首をかしげて問えば、今日は定休日、とキッチンから声が返ってきた。

店の定休日と土方の検査日とが重なっていたから、今日病院まで会いに行ったのだ、と金時は言う。どうやら山崎が土方に関する情報を金時に教えていたらしい。

コンプラとか個人情報の取り扱いとかもう一度叩き込まないとダメだアイツ──と土方が頭を抱えていると、トレイを手にした金時がキッチンから戻ってきた。

ローテーブルにコーヒーカップと灰皿が置かれる。そのカップも灰皿も、以前土方が使っていたものだった。

「綺麗にしてるだろ?」

土方の隣に座った金時が、照れくさそうに笑う。

「土方が居なくなってからなんもする気なくなったんだけど、でもそれじゃダメだって思って、そんでちゃんと掃除とかして…でもやっぱ無駄に広いからさ、なんかちょっとこう、挫けそうになったりもしてさ」

そんで、などと取り留めなく続ける金時に、何が言いたいのかと土方が内心首をかしげながらも黙って聞いていると、だからさ…、と土方を覗き込むようにして金時がわずかに身を乗り出した。

「ここでまた、一緒に暮らさねェ?」

部屋ならもう一個あるし、と続けた金時に、土方は思い出した。確かにこの家には、金時が寝室に使っている部屋のほかにもうひとつ部屋がある。

あるのだが、あの部屋は──

「…おめーの服とジャンプでぐちゃぐちゃだったじゃねーか…」

あまりにもカオス状態で、そんな状態にした金時自身から見ちゃダメ、と言われていたのだ。

土方が呆れのあまり半眼になれば、金時は片付けた!、と慌てたように声を張り上げた。

「服はちゃんと仕舞ったしジャンプも資源ゴミに出した!じゃなきゃいっそもう新しいとこに越してもいいし!そうだよ、こっからじゃ土方が通うの大変だろうから、どっか新しいとこ探そ!?」

日比谷がいい?それとも赤坂?、などと興奮気味に話を飛躍させていく金時に、今度は土方の方が慌ててしまった。待て待て待て、と金時の口を閉じさせる。

「そしたら今度はおめーが店に通うの大変になんだろうが。つーか、べつに一緒に暮らすとか、そんなの──」

しなくてもいいんじゃないのか、という言葉尻は弱々しくしぼんでしまった。

確かにここで──この部屋で金時とふたりきりの時間を過ごしていた。

ただただ甘やかされて体を重ねていたあのころは、土方にとってこの部屋と金時だけが世界の全てだった──そんな感じだ。

そんな時間があったのだ、金時にとっては「ここに土方が居る」ことが当たり前になっているのかもしれない。

けれどもうそんな、夢の中みたいな閉じられた世界は終わったのだ。あのときのような時間が流れることなど、もう二度とないだろう。

なのに今またそんな時間を望み、夢見ているのだとしたら──それではきっと、この先の現実に、苦しくなるだけだ。

「俺とおめーとじゃ時間が合わねェだろ。俺も現場に出るようになりゃあ、時間なんぞさらに不規則になるし、家に帰れねェことだってある。一緒に住んだところで顔合わせることもねェんじゃ、意味ねェだろ」

もう土方にも自分の属する場が、ここ以外にもあるのだ──言外にそう告げれば、金時はわかってる、とうなずいた。

「おめーの仕事が大変だってのは聞いてるし、ホストの俺とじゃ起きてる時間だって違うってわかってる。でも、一緒に住んでりゃ寝顔くらい見れることもあるだろ?」
「…寝顔?」

金時の言葉に土方はきょとと目を丸くした。どうやら土方が想像したよりもその願望はささやかなものらしい。

「時間、合わねーだろうってわかってる。だからこそ、一緒に暮らしてェんだ。ちょっと顔見れるだけでもいい、土方がここに居るって感じられるだけでもいいんだ」

必死な顔で金時が言い募る。その声は未だかすかに震えていて、土方のなかの記憶を揺さぶった、

──思い出しても、俺の傍に居て?

蘇った泣き出しそうな顔が、目の前の金時と重なる。

そうなるともう、ダメだった。金時のそんな望みを一蹴することなどできなくなる。

「…家のことなんかロクにできねーぞ」
「ん、いいよ。俺が全部やる」
「さっきも言ったが、追ってる事件によっちゃ家に帰ってこれねーこともある」
「そしたら俺、着替えとか届けに行くよ」
「マヨ──」
「常備してます!」

土方の言葉に金時は間髪入れず返してくる。もしかしたら金時は、土方がどう反応するか予測を立て、それに対する答えを前もって考えていたのだろうか。そう思ったら、土方の顔に苦笑が浮かんだ。

「…引越し、手伝えよ?」

手伝ってもらうほど物を持っていないのだが、そんな可愛げのない言葉でしか返せない。

土方の返事に一瞬瞠目した金時は、次いでパッと顔を輝かせるともげ落ちそうな勢いで首をたてに振った。

「土方…!」

感極まったような声で名前を呼ばれたかと思うと、再びぎゅうと抱き締められ、口づけられた。

入り込んできた舌が口腔の感じる箇所を舐め上げ、土方の舌を絡め取る。

「ぅん…」

舌を吸われ甘噛みされると、甘い痺れに似た快感が生まれ、体中に広がる。ふるりと土方が体を震わせると、その反応を合図にしたようにソファの上に押し倒された。

角度を変えてさらに深く唇が合わせられる。

息継ぎもできないような口づけに頭の中がぼうっとしたまま、流れ込んでくる金時の唾液をこくりと呑み込んだ。

「ね、したい、しよ?」

口づけを解いた唇が耳許に落ち、ね?と甘えるようにねだる。手のひらがいやらしく土方の体を弄るとぞくりとした感覚が背筋を駆け抜け、土方は慌てて金時の髪を引っ掴んだ。

「ちょ…っ、待て!」
「俺とすんの、やだ?」

眉を下げる金時の情けない顔に、そーじゃなくて!、とかぶりを振る。

「俺はあんときとは違う」
「うん、知ってる」
「おめーが知ってる俺は、俺であって俺じゃねェ」
「だね」

土方の言い分にうなずきながらも金時は、でも、と土方の頬を愛おしむかのようにそっと撫で上げた。

「どっちでも、土方は土方だし、どの土方も大好きだよ」

そう言い、金時がうっとりとした顔で土方を見つめる。

そんな表情にも視線にもぞくぞくと肌が粟立つようで、土方はクソ、と吐き捨てた。

「慣れてねーんだよ!」

言い放ってから、ふと思い出した記憶に、いや、とすぐさま打ち消す。

「たしかにおめーとは、その…」
「うん、いーっぱいえっちしたね」

土方が羞恥から濁したことを金時があっさりと口にする。

そのあけすけな発言にじとりと睨みつけたものの、それでも金時の言葉は事実だ。今こうして横になっているソファでも、先ほど抱き締められた玄関先でも、何度となく体を繋げた。

だが、やった、という記憶はあるが、そのときの自分は自分であって異なるような、そんな存在だ。

行為に関する記憶や、金時への感情などは今の土方も持っている。けれど、そのときの自分の思考──となると、全く別人のものとしか思えなかった。

金時と呆れるほどに体を重ねた、という記憶はある。事実なのだと理解もしている。

だがそれでも、まるで他人の記憶のようで──どこか夢の中の話みたいで、「今の土方」にしたら、何ひとつもの慣れない行為なのだ。

それをどう伝えたらいいのか。

言葉に窮する土方を、金時は急かすことなくただ先を待つようにして見つめている。

そんな視線にもしだいに堪えられなくなり、

「──どーしていいかわかんねェんだよッ!!」

土方はやけっぱちのように本音をぶつけた。

こうして金時に押し倒されている体勢自体、居た堪れないような恥ずかしさを覚えている。組み敷かれ、自分の両手をどこに置けばいいのか、どうすればいいのか、それすらわからないのだ。どうしろというのか。

気まずいやら湧き起こる羞恥やらからギッと金時を睨みつけるものの、きっと顔は真っ赤になっていることだろう。

そんな土方を見下ろしきょとんとしていた金時が、ふっと笑んだ。とてもいやらしい笑みだ。

「大丈夫」

ちゅ、と音を立てて唇を吸うと、金時は土方の腕を自分の首へと回させた。

「俺にしがみついてて。土方はただ感じて、気持ちよくなってくれればいいよ」

鼻先どうしがくっつきそうな距離で、「大丈夫、すぐに慣れるから」などと言われると、土方は途方に暮れるしかない。

「慣れる…って、おま…」
「だから、慣れるまで、いっぱいしよ」

ね、と可愛らしく小首をかしげて不埒なことを言うその表情は淫らとしか言いようのない笑みで、土方は思い切り顔をしかめた。

だが、そんないやらしい顔の方が金時らしい──などと安心してしまうあたり、既に金時に慣らされているようなものだろう。

胸を締めつけられるような、あんな泣き顔よりは、断然いい。

観念にも似た思いで土方は腕に力を篭め、いやらしい顔をしている金時へ仕返しとばかりに口づけた。

PCサイト拾萬打リク「また思い出してくれた土方とのその後」
(13/03/02)

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