ふれて、つかんで
気づいてしまえばそれはとても単純な感情で、だからこそ、気づかなければ良かった――そんな絶望にも似た思いが渦巻いた。
自分とあの男との関係を示す言葉を思い浮かべるたびに、銀時は後悔を噛み締めた。
体だけの関係、セフレ、後腐れのない処理の相手――爛れた恋愛しかしたことがないだろう、と新八や神楽が冷ややかな目を向けるのもうなずけるような名前しかない関係だ。
もっとも、最初にその体に手を伸ばしたときは、銀時自身そう考えていたのだから、無理もないだろう。
偶然鉢合わせた居酒屋で酒を酌み交わし、いい感じに酔っ払ったあの男――土方の姿に、酔いの回った頭が沸いたとしか言いようがない。そう、思っていた。
――なァ、試してみねェ?
そんな言葉で唆し、何を、と訝かる土方を半ば強引にホテルに連れ込んだ。ぽかんとする土方を押し倒し、好き勝手にその体を蹂躙したときも、快楽以外になど目を向けていなかった。
想像通り――否、それ以上に抱き心地の良い体に、いい相手を見つけた、と、そうほくそ笑んだのも覚えている。
思い返すたびにそのときの自分を殴りに行きたくなり、銀時は内心頭を抱えた。
おまけに、そんな酒の勢いから始まった関係がその後もずるずると続いているのだから、どうしようもない。
何度となく誘いをかける銀時に、土方は嫌そうな表情を浮かべながらも拒んだことはなかった。
――どんだけ溜まってんだよ、てめー。
処理の相手――そう信じて疑わない土方は、呆れたようにそう言うだけだった。
土方がそんな風に思っても仕方ないだろうな、と銀時は行為を思い出して諦めの息をついた。
声を出すまいと意地を張る土方を、銀時はよがり狂わせようと躍起になる。
そんな喧嘩の延長のようなセックスだ。羞恥を煽るような言葉を投げることはあっても、睦言めいた言葉を交わしたことなど一度もない。
快楽にのめり込んでいるだけだと信じていたころは、体だけが目当てだと、そう思っていたのだから、当然だ。
ましてや土方がその行為に処理以上の意味を考えるなどありえないだろう。
気づいた今でも、精を吐き出させ、自分も吐き出せば、気持ちはいい。
それでも――否、だからこそ、そのあと襲ってくる虚しさは、暗鬱とした後悔を叩きつけた、
どこで間違えたのか、などとたわけたことを言うつもりはない。
最初から、間違えていたのだ。
自分の感情に気づかず、ただの衝動的な欲だと勘違いして手を伸ばしてしまったそのときから、この関係をただの処理と思い込んでいた今まで。
ずっと間違え続けていたのだ。
気づき、認めてしまった今となっては、気づかなければ良かったとすら思う。
ただ一時の快楽のためだけに手を伸ばしているのだと、そう思い続けていられれば、こんなに苦しむこともなかったのに、何故気づいてしまったのか。
何故、快楽をこらえようとする土方の手が銀時ではなくシーツを掴むのが悔しかったのか。
何故、行為のあとに背を向ける土方に苛立ちを覚えるようになったのか。
何故、ひとり先に部屋を出て行く土方の背中に、どうしようもないほどの虚しさを抱くようになったのか――。
気づかなければ、良かった。
今さら言ったところで――想いを口にしたところで、土方は信じやしないだろう。情欲を処理するためだけの関係だと思っているあの男は。
下手をすれば、そんな感情など重いだけだと鬱陶しがられることだろう。
それでも、こんな想いを抱いたまま、それを押し殺して今まで通り振舞うことなどできそうもない。
かといって土方を手離すこともできない己の身勝手さに、銀時は自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。
* * *
町で見かけた土方の腕を引き連れ込んだホテルの一室で、銀時は早くも後悔の念に襲われた。
その体に触れたくて腕を引いたものの、いつものように会話らしい遣り取りもなくベッドにもつれ込む――という気にはさすがになれなかった。積み重なった悔恨が、今までの行いを責め、動けなくなる。
ばさりと制服の上着を脱いだ土方は、そんな銀時の様子に眉根を寄せた。スカーフをほどきながら、んだよ、とどこか不満げな声をもらす。
「乗り気じゃねーんなら最初ッからンなトコ連れ込むんじゃねーよ」
「いや、そーいうんじゃなくてよ」
このままでは帰ってしまいそうで、銀時は土方をベッドに押し倒すとその体をきつく抱きしめた。
やりたい、という衝動と、このままは嫌だという思いとが鬩ぎ合う。
銀時が動けずにいると、ややして土方の腕がそろりと背中に回された。
「…なんだ、おめー疲れてんのか…?」
窺うように土方が問う。
気遣わしげなその声を嬉しく思い、同時に嫌だ、と強く思った。
このままでは、嫌だ。
こんな関係ではなく、この男の全部が欲しい、と。
震えそうになる体を叱咤しながら銀時は半身を起こし、土方を覗き込んだ。
「いっぺん終わらせて、やり直してェんだけど」
「終わらせるって、なにをだよ」
「セフレな俺ら」
身も蓋もなく言い放つと、土方は眉をひそめた。
咎めるような視線には、お前が始めたことだろうが――という非難がこめられているように思える。
「…べつに構わねェぜ。好きでこんなこと続けてたワケじゃねーからな」
淡々とした声で返された言葉に少しばかり心が痛んだけれど、銀時はうなずいてみせた。
「ん。じゃ、これで終わりな」
終わり、と言いながらも抱きしめた体を離そうとしない銀時に、土方は訝しげな目を向けた。離せよ、と銀時の体を押し遣ろうとするのを、体重をかけて押し留める。
「で、こっからやり直し」
「…どーいう意味だよ」
訳がわからない、と言わんばかりの土方を見下ろす。
やはり、どうしてもこれが欲しい、と心が喚き、銀時をせっついた。
「――好きだ」
言葉にしたら心臓が潰れそうなくらい痛んだ。
たった三文字――なんで今まで目を背けていたのか、という後悔と、やはり気づかなければ良かったのに、という苦味が押し寄せる。
縋るように見下ろした土方は、ただ目を丸くしていた。何を言われているのかわかっていないのか、きょとんと銀時を見上げるその顔は普段よりも幼く見えて、思わず苦笑する。
「好きだ。だからやりてェんだよ」
おめーと、と続けると、きょとと目をしばたたかせていた土方の顔が、ゆるやかに歪んでいった。
なんだ、それ――ぽつりと落とされた呟きは、硬くこわばっている。
「なに、言い出すかと思いきや…そんなくだんねー言い訳なんざいらねェんだよ」
「言い訳じゃねーよ。人の決死の告白をなんだと思ってんだ、おめー」
「告白だァ?」
ハ、と嘲るように吐き捨て、土方はふざけるな、と眦をつりあげた。
「今さらどのツラさげてそんなこと言えんだ、てめー」
「こんなツラ」
ずい、と顔を寄せると、土方が悔しそうに唇を噛み締めた。
やはり信じてないのか――へにゃりと銀時の眉がさがる。
「信じらんねーのも今さらなのも順番違ェのもわかってるけどよ、それでも始めっからやり直してェんだよ」
そっと土方の頬に手のひらを滑らせる。途端、びくりと土方の体が竦んだ。驚きを浮かべたその顔がじわじわと赤く染まっていく。
その変化に銀時が目を瞠らせていると、土方は焦ったように喚いた。
「へ、変な触り方してんじゃねェよ!」
「へ?いや、べつになんも変なことはしてねーよ。いつもどーりだろ」
ホレ、と再び頬を撫であげると、土方が息を呑むのがわかった。ぎり、と銀時を睨みつけてくるものの、赤い目許が何事かを示している。
もしかして――と、手のひらを頬から首筋へと滑らせれば、土方はやめろ、と慌てたように銀時の手を掴んだ。
やっぱり、とその赤いままの顔に銀時は確信する。
「おめー、感じてんの?」
「な…ッ!んなワケあるかァ!」
怒りをあらわにしながら否定するが、土方の反応はどう見てもその言葉を裏切っている。今まで散々快楽を引き出そうと躍起になってその体を抱いていた銀時が、よく目にした反応だ。
だが行為に及んでいる訳でもないのに何故――と考え、銀時は瞬いた。
「もしかして俺が好きだっつったから?」
「違う!」
「でもそれしか理由なくね?」
「違うっつってんだろーが!」
離せバカヤロー、と暴れる体を押さえ込んで、その耳許に口を寄せる。
「好きだ、土方。すげー好き」
「――ッ」
低く甘く、想いを溶かし込んでささやけば、土方の体がひくりと跳ねた。
さらに頬を赤くし、きつく目を閉じた土方の瞼に口づけ、なァ、とわずかな期待を込めて訊ねる。
「おめーも俺のこと好きなんだろ?」
「ふざけんな!自惚れんじゃねェ腐れ天パ!」
「いやいや、自惚れるって、コレは」
ただ触れているだけなのに、今までにないほど感じているとわかる土方の体が、すべてを告げて期待を抱かせる。
惚れ合った相手とのセックスは何よりも気持ちがいいのだ、と、そう言い笑ったのは、どこの店の女だったか。
銀時はそ、と土方の頬に口づけ、こめかみへと唇を滑らせた。感じているのを抑えるためか、ふるふると震える土方の体に手を這わせ、頼むからよ、と哀願する。
期待を抱いてしまうとさらに欲深くなってしまうものなのか、とどこか他人事のように思った。
「自惚れさせろって」
こぼれた声は思いのほか情けないものになってしまった。
ゆるりと目を開けた土方を覗き込むと、土方は銀時の顔を見て軽く目を瞠った。きっと、声音同様の表情になっていることだろうと銀時は苦笑する。
「なァ、土方――」
「――ッ、勝手にしろ!」
知るかバカ、と怒ったように言うと、土方は腕で顔を隠し、背けてしまった。その様子は照れているとしか思えなくて、銀時はふにゃりと顔をゆるめる。
好きだ好きだ、と繰り返し、土方にしつこい、と怒鳴られても、顔のゆるみは戻らない。それどころか、ますます心が躍り、今ならどんな罵りも睦言に聞こえるだろうと思った。
顔を覆った腕をそっと取り、赤い顔で睨みつける土方に口づける。
シャツのボタンを外してその肌に直接触れると、今までにないほど鼓動が跳ねた。
――惚れ合った相手との――
女の言葉は正しいだろう。
既に確信しながら銀時は口づけを深めた。
(10/12/12)
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