うたかた 04



五日目のその日は、起きたときから奇妙な感覚を覚えていた。

時折あの香がふわりと匂い、気がそぞろく。
銀時もなのだろう、どこか落ち着かない様子だった。

元の時間に戻れるのもそう遅くはない――そんな予感がしていた。



「――十四郎」

呼ばれ、振り向き――銀時の表情に土方は軽く目を見開いた。
土方が知る銀時からは想像もつかない、余裕のない顔をしている。

「――銀、」
「抱きてェ」

苦しそうに、銀時が声を絞り出す。土方はその言葉に瞠目し、同時にああ、と理解した。

元に戻るということは、銀時は再び戦に身を投じるということだ。
それを察しての、戦場に身を置く者の本能なのだろう――そう思った。
自分の命を残したい――繋げたいという。

「…戦場じゃあ当たり前のことかもしれねーが、あいにく俺はそんな経験なんぞねェ」

静かに諭すよう口にする。
事実、今のこの体は経験なんてない。
おまけに、この体は土方自身のものとはいえ、今の土方がどうこうしていいものではない――ような気がする。

土方の言葉に、銀時は思い切り眉根を寄せた。怒っているというより、困っているかのようだ。

「べつに、そんなんで抱きてェっつってるわけじゃねーよ。そーいうのやってる奴らがいるこた知ってるけど、俺は交ざったことねーし」
「なら、なんで――」

困惑に土方が眉をさげると、銀時は「時間がねェ…気がする」ポツリと呟いた。
躊躇した腕が、そろそろと土方の体に回される。

「今にもどっかに消えちまうんじゃねーか、って、すげー怖ェ」

ホントはよ、と、土方の首許に顔をうずめる。

「無理矢理にでも攫っていきてェ。お前に帰る場所があるってわかってんのに、あんなトコになんて連れていきたくねーのに、離れたくねーんだ、お前と」

なァ――と懇願するような声は震えていた。その声が、土方の心を震わせる。

それは、そう遠くない先にやって来る別離への不安だろうか。

戦場での本能でないのなら、銀時の言葉は、この不可思議な空間にたったふたり閉じ込められたゆえに生じた衝動なのかもしれない。
だが、たとえそうだとしても、銀時の腕を振り払うことなどできなかった。

土方はそっと銀時の背中に腕を回した。ぴくりと銀時の背が震える。

ただの衝動だとしても、それでも良かった。
違う時代にあっても銀時が自分を選んだ。
そのことがこんなにも嬉しくて、どうしようもないほどに心を――胸を震わせる。

背を撫でると、銀時が抱きしめる腕に力をこめた。

銀時の腕に抱きすくめられながら土方は、悪ィ――と、過去の自分に心の中で詫びを入れた。それもおかしな話だと苦笑する。
だがそれでも、この男が望むのなら、自分の体くらい幾らでも差し出してやりたいと思ってしまった。

こんなバカになっちまって悪いな、と、再び過去の自分に詫びる。

「…ひとつだけ約束しろ」

土方が静かに声を落とすと、わずかに体を離した銀時がなに?、と覗き込んできた。
その頬を両手で挟み、真っ直ぐに目を見つめる。

「ぜってェ死ぬな」

土方の言葉に、銀時は瞠目した。驚いたような表情がことさら幼く見えて、土方は胸が締めつけられるように痛んだ。

この男がこれから戻る戦争が、まだ終わらないことを知っている。

きっと、自分こそが死んでしまいそうな顔をしているだろうと、どこか他人事のように思った。

「みっともなくても、苦しくても、辛くても。足掻いて、生きろ」

とても利己的で残酷な言葉だと、わかっていて口にする。

「生きて――会いに来い」

未来まで。

土方と出会った、そのときまで。

くしゃりと銀時の顔が歪んだ。
泣き出す一歩手前のような、そんな顔で土方を見つめ、微笑む。

「生きてりゃ、会える?」
「ああ。待ってるから」

チャイナ娘やメガネや大家のバアさん、皆がいる未来で待っているから――続く言葉を心中に落とし、今にも泣き出しそうな男を抱きしめる。

背中に回されていた銀時の手が動いた。髪を結わえている紐がほどかれる。
はらりと背中に落ちた髪をひと房すくい、銀時はそれに祈りを捧げるかのように恭しく口づけた。

「――約束する」

その落とされた真摯な声に突き動かされ、銀時を掻き抱いた。


***


穿たれたもので奥を擦り上げられると、快感が背を駆け抜けて、体が震える。

銀時は余裕のない表情で、それでも丁寧に土方の体をほぐし、開いた。
おかげでこの体では始めての行為だが、さほど痛みを感じなかった。

「ん…っ、あ、ああっ、――あ、」

突き入れられるたびに声がもれた。

「…十四郎」

切羽詰ったような、熱のこもった声が耳をくすぐり、快楽を生む。
はあ、と耳許で落とされた熱い息にすらぞくぞくした。

強く掻き抱かれ、律動にがくがくと揺すぶられる。

縋るように銀時の背中にしがみつくと、手を回したそこにいつも触れていた傷跡がなくて、土方は泣きたくなった。

これからどれだけの過酷を歩くのか。
土方が知る体に刻まれている古い傷、それらをこれから背負うことになるこの男の道は、どれだけの痛みと絶望を彼に与えるのだろう。

がむしゃらで、泣きたくなるほど真っ直ぐな魂のこの男は、どれだけの哀しみを、乗り越えるのだろう。

堪えきれすに溢れた涙が頬を伝っていくのを感じていると、銀時が目許に口づけた。
涙を舐め取り、上気した顔で困ったように笑う。

「んな顔、すんなって」

まるで、何故泣いているのか見通したように。

土方はただ銀時の首に縋りついた。
銀色の頭を掻き抱くようにすると、首筋をべろりと舐め上げられる。その感覚に背筋を震わせると、銀時の律動が速くなった。

強く激しく内壁を抉られながら前を扱かれ、体中にザアと鳥肌が立つ。

「あ、ア…!」

びくびくと体を硬直させて土方が吐精すると、ややして低く呻いた銀時もまた腰を震わせた。
土方の奥深くへ精を吐き出したのを感じる。

荒ぐ息を落ち着かせていると、額に銀時の唇を感じた。宥めるような口づけに既視感を覚えていると、ずる、と抜かれ、思わず息を呑む。

触れるだけの口づけを落とすと、銀時はやおら起き上がった。濡れた手拭いで体を拭かれる。
離れた体温をうら淋しく思っていると、銀時は半身を起こした土方の腰を抱き込むようにして、身を寄せた。
その姿に愛おしさが込み上げる。

ふ、と微笑み、その銀髪に指を絡める。
髪の感触を楽しむように撫でていると、赤い目が土方を見つめ、笑んだ。

ああ、と胸が震えた。
過去だろうと未来だろうと、この男が愛しくて堪らないのだと、心が震える。

ふわり、と甘い香りが強く匂った。

ぐらりと世界が揺れる感覚に、戻るのだ――と直感する。

自分も銀時も、しだいに薄れていく。
不可思議な光景に唖然としながらも、土方はす、と身を乗り出して銀時の額に口づけた。

「――待ってるから」

約束忘れんなよ、と微笑み――土方はすうと意識を手放した。


* * *


ゆるりと意識が浮上し、土方は見慣れた万事屋の天井を茫と眺めた。

なんだかとても長い夢を見ていたような気もするが、何ひとつ覚えていない。
それが酷く勿体ないように思えて、なんだったろう、と記憶の糸を手繰り寄せようとした。

よどんだ記憶の海から、すうと何かが表面に浮かび上がる。けれどそれは、形を成す前に泡となり消えてしまった。
淡い感傷をもたらす残滓を留めようと手を伸ばしても、何も掴めなくて、憂愁が広がる。

ぱたりと落とした手の先に、自分と同じぬくもりが触れ、縋るようにそれを握り締めた。あたたかさにそっと息を落とす。

手を握り返される感触に目を向けると、ぼんやりとした赤い目とぶつかった。

その目が細められたのを見やった瞬間、泣きたくなるほどの幸福感が胸の内に生じた。
ぎゅ、とその手を強く握る。

伝わるぬくもりに、土方は何を忘れてしまったのか――何を思い出そうとしていたのか、どうでもよくなった。

――良かった…。

ただそれだけが、胸の中を満たした。

(11/01/15)



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