有漏路の果て



行為によって荒いだふたつの呼吸がゆるやかに静まると、熱の篭った空気がのそりと動いた。

重い、と掠れた声で文句を言い、土方が銀時の体を押しのける。けほ、と小さく咳き込んだのは、先までさんざんよがり声をあげていたためだろう。
だというのに土方の手は枕元を彷徨い、煙草の箱を探り当てる。喉に悪いことこの上ない。

寝煙草かよオイ、と呆れる銀時に構わず、うつ伏せに転がった土方は煙草を咥えた。かちりと灯された炎に浮かびあがる白い顔には情交の跡が色濃く残っている。
それを見たら鎮まったはずの熱が再びあがり、うつ伏せのまま煙草をふかす白い背中に口づけた。それだけで敏感な体はびくりと反応する。

くつりと笑いをこぼしたら、土方が胡乱気に振り返った。

「――ちったァ休ませろ」

非難がましい声と目に、わかってるよ、と銀時は笑って返した。

土方は明日も仕事だという。
日が昇るのとほぼ同じに自分の場所へと戻っていく彼を待っているのは、忙しい日常だ。無理をさせる訳にはいかないと、わかっている。――頭では。

休まなければ辛いだろうし、仕事に差し支えるだろうとも思う。閨以外で彼に無体を働きたい訳でもない。
けれど、この逢瀬の期限を計ると、どうしようもない焦燥が胸を締めつけた。

この腕の中に閉じ込めておける時間など限られている。
あと数時間もすれば夜が明けて朝が来る。

そうなれば世界は我が物顔で廻り出すのだ。

たとえどれだけ朝が来なければいいと望んでも、それを嘲笑うかのように、否応なく。

――三千世界の烏を――

ふいと浮かんだ情歌に口の端がいびつにあがる。

神の遣いであるという太陽に住まう三本足の鳥を殺してしまえば、陽は昇らないのだろうか。ならば幾らでも殺すのに――などと、そんな馬鹿げた夢想をするほど、ただひとりにこれほど執着するなんて。

自分ですら思いもしなかった真情に、銀時は内心苦笑するしかなかった。



いつからだとかいう自覚すらなく、気づいたときにはただ好きだと認識していた。

出会ったころは、ひたすら気が合わない、気にくわないと思っていたというのに、ふと気づくと町なかでその姿を探していた。
黒い制服を目で追い、意識が気配を追う。
自分を見てはしかめられる顔に、違う表情を見たいと思うようになり――その体に触れたいと、願ってしまった。

募らせた想いが溢れて決壊するのも時間の問題だろう――他人事のようにそう思っていたのを覚えている。

最初に土方を押し倒したのは、酒の勢いを借りてのものだったが、それでも想いを口にして、伝えられて、そうして始まった関係だ。
お互い想い合っているとわかっている。

けれどそれ以外の部分においては何ひとつ変わっていない。

町なかで見廻り中の土方と会えば、こんな関係になる以前同様、喧嘩紛いの遣り取りを繰り返す。
その合間を縫うように、わずかな時間を見つけては想いを交わし、体を重ねるようになったが、自分たちを知る者は変わらず犬猿の仲だと思っていることだろう。

気持ちを疑う訳でもないし、逆に不審を抱かれているとも思わない。

確かに想い合っている。

だが、相変わらず土方にとっての最優先は近藤と真選組だ。そんなことは最初からわかっていたし、それに対して銀時が悋気を見せるようなこともなかった。

妬かない訳などない。
腹が立ったことなど幾らでもある。
ただ、物わかりのいい振りをしていただけだ。

おもてに出さないよう、押し殺していた。



だから、そんな銀時がこれほどまでに――本当はひとときも離したくないほどに想いを傾けている、など、彼は思いもしないだろう。

「神サマの鳥殺したら、地獄行きだよなァ」

まァ今さらだけど、と呟いたら、土方が訝るような目を向けた。

「んだ、いきなり」

どうした、とどこか心配げに銀時を見つめる。

太陽など出なくてもいい――自分だけを映す瞳に、強く思った。

この黒い瞳を自分ひとりにとどめることができるなら、この体を離さずにすむなら、ずっと夜のままでいい。

そんな本音を腕の中にいる男が聞いたら失笑するか呆れるかだろう――想像したら苦笑がこぼれた。

「このまんま朝が来ねェってんなら、カラスくらい幾らでもぶっ殺すんだけど、って話」

せめて笑い話にでもしてやろうと思ったのに、口許に浮かべた笑みは歪んでしまった。

わずかな間ののち、土方は意味を解したらしい。笑いをこぼしたのが気配でわかる。紫煙がゆらりと揺れて掻き消えるのを眺めていると、土方は煙草を灰皿に押しつけて体を仰向けた。

のけ、と押されて半身を起こした銀時の顔を下から覗き込む。

「まァ、地獄行きなんじゃねェの?普通」

土方があっさりと口にしたのはそっちかい!、と突っ込みたくなるような微妙にずれている方向で、銀時はがっくりと肩を落とした。
からかわれるのも覚悟しただけに、なんだかやるせなくなる。

「でーすーよーねーェ」

脱力したまま、当然ですよねーェ、とわざとらしく口を尖らせたら、土方の腕が動いた。
ふわりと頭を撫でられる感触に思わず目を丸くする。

「…んだよ」
「てめーがそんな可愛いコト言うとはなァ」
「人の本気を笑うのってよくないと思いますゥ」

照れくささから茶化してみたところで、へぇ、と面白そうに眉をあげる土方には読まれているのだろう。それはもう楽しそうに笑い、小首をかしげたりなどしている。

「それでもぶっ殺してェって?」
「どーせおめーも地獄行き、だろ?だったら地獄も悪かねェ」

地獄行きなど今さらだ。
それは銀時だけじゃなく、土方もそうだろう。

――間違っても極楽なんぞへはいけまい。

以前彼が口にした言葉を思い返していると、言った当の本人は「まあな」とあっさり認めた。

くつりと喉を鳴らし、土方が猫のように目を細める。銀時の頭を撫でていた手がするりと首の後ろに回され、引き寄せられた。
額が合わさるほどの近さで覗き込んだ黒い眼は、悪巧みを唆すかのような色を滲ませている。

「それに、おめーがその鳥殺すってんなら、俺ァ共犯だ」

瞠目する銀時に小さく笑い、土方は言葉を続けた。

「間違いなく地獄行きだろうよ」

おめーと、と秘め事のようにささやいた唇が弧を描く。

その言葉に、表情に、ぐわりと感情を掻きたてられ、噛みつくように銀時は自分のそれを重ねた。

胸を締めつけながらも満たすのは、間違いなく歓喜だ。
この夜が明けないことを望んでいるのが自分だけではない――それが震えるほどに嬉しくて、夢中で舌を絡める。

呼気すら奪うような口づけを解くと、唾液に濡れた唇がうっとりと笑みを描いた。茫と熱を帯びたような土方の微笑みに、ああ、と思い至る。

きっと、嬉しいのは彼も同じだ。
今までに見たどんな笑顔よりも綺麗で、その想いが溢れていた。

たまらずその頬を撫であげた銀時の顔にも、同じように隠しきれない感情が浮かんでいるだろう。

「いいねェ。ふたり仲良く腕組んで、地獄巡りと洒落込むのもオツじゃねェか」
「観光気分か」

悪くねェ、と笑いながら行為の先を促す男がどうしようもなく愛しくて、強く掻き抱いた。



わかっている。

朝はやって来るし、世界も動き出す。

ふたりだけの夜のまま、世界を完結させることなどできはしない。

だからこそ――わかっているからこそ、吐き出す言葉はどこまでも甘くて、こうしてもどかしく絡み合って求め合う。

それも悪くない――そう思えるのは、ふたり同じ想いを重ねているからだろう。

明けない夜の幻想の中、地獄でふたり、腕を組んで鼻歌を歌うのも悪くない、と、そう思った。

PCサイト壱万打リク
「三千世界の烏を殺したい銀土」
(11/02/11)

Novel Top】【Top