滅びのうた 02
大きな笠と肩にかけられた大きな数珠のような物のせいだろう。物物しいシルエットだった。数珠のような物から下がる怪しげな呪符が、壁もないせいで吹き込んでくる風になびいている。
土方が気配を隠すことなく歩み寄れば、その人物がゆるりと振り返った。
大きな笠から見える顔は、包帯のような布で覆われている。そこに呪文めいた文字が浮かんでいるのがなおさら不気味だった。
総じて怪しいとしか言いようのない姿に、土方は息を呑んだ。実際に目にするのは初めてだが、情報として知っている姿だったのだ。
──魘魅
白詛の謎を追いかけるうちに、「星崩し」と呼ばれた傭兵部隊の存在を掴んだ。
連中は蠱毒と言われる呪術──その実ナノマシンを使った人為的なウィルス兵器を用いて数多の戦を、星を、終わらせてきたという。
今、目の前に居るのはその「星崩し」の首領格である魘魅だ。
蠱毒が白詛に酷似していることから、魘魅がこの世界の崩壊に絡んでいるだろうと土方は察していた。
今、目の前に居る存在が、その正しさを示している。
だが、眼前の存在が全ての元凶なのだとわかっても──理性ではそうわかっていても、土方は攻勢に出れなかった。腰に佩いている刀に手を伸ばすこともできない。
酷く懐かしい──そんな感覚に、全身が支配されていた。
それは、あってはならない──生じるべきではない感覚だった。
理性はこれを敵だと見なしている。捕らえ、情報を引き出すべきだと頭の中で命じている。だが、感覚がそれを拒んでいる。そんな相反する己の状態に一番困惑しているのは土方自身だった。
頭が混乱したまま、土方はふらりと足を進めた。よろめくように少しずつ距離を縮める。
怪しげな風体の男──男だ、と直感している──は、土方をただ黙って見ているようだった。そんな男の様子に土方の困惑は強くなり、疑念が深まる。
まさか、と思った。思ったはしから、そんな訳がない、と打ち消す声がする。知るべきではない、と脳裏で警鐘が鳴り響くが、それでも──土方は男の笠に手を伸ばした。
危険だ、などとは微塵も浮かばない。
男はされるがまま微動だにしなかったが、笠を取った土方の震える手が次いで顔を覆っている布に触れると、その手を避けるようにわずかに後退した。
小さく開いた距離に哀しくなり、土方の眉がさがる。すると、男が息を呑んだのがわかった。
その隙に再び伸ばした手は、避けられることはなかった。未だ震える指で恐々と布を取り去っていく。
まさか、と思った。そんな訳がない、とも。
けれど、布の下から現れた顔に土方は──瞠目した。
「…万事屋…!」
やはり、目の前の男は白詛が広まる前に姿を消した万事屋──坂田銀時だった。
最後にその姿を見てから半年以上経っている。銀時はそのときと変わらず──という訳ではなかった。わずかに見える首筋から頬の輪郭あたりまで、布や呪符に書かれているのと同じ、文字のような模様が走っている。髪の色も、以前と違うように見える。
それでも、これは銀時だ──それだけで土方は胸が震えて言葉がつかえた。
今までどこに居たのか、とか、この姿はなんなのか、とか、生きていたなら何故連絡のひとつもよこさなかったのか、とか。
言いたいことは山ほどあるのに、何ひとつ言葉にならない。
土方がただ唇をわななかせていると、違ェよ、と銀時の静かな声が鼓膜を揺らした。
「もう、万事屋じゃねェ」
弱々しく落とされたその声が悲痛に響き、土方のなかにふっと不安が過った。
銀時は誰にも何も告げずに姿を消した──それは、なぜだ。
取り去った布を握り締めたままだった土方の手を、銀時がそっと握り締めた。銀時のその手にも布が巻かれている。
触れているのが素肌の感触でないことをどこか淋しく思っていると、銀時はぽつぽつと語り始めた。
久し振りに耳にする心地良い声が告げる非情で残酷な現実が、土方から言葉を奪う。
なんでそんなことに、などと、そんなことしか浮かばない。
土方が言葉を失っていると、だから──と銀時は吐息混じりに落とした。
「もう、万事屋じゃねェ…もう…」
戻れねェ──そう続け、銀時が力なく微笑む。それは、痛みや哀しみや絶望を溶け込ませたような笑みで、土方のなかに遣り切れないようなもどかしさが込み上げる。
堪らずに銀時の手を握り返し、体ごとぶつけるように口づけた。
驚いたように目を瞠った銀時が土方の体を押しやろうとする。その動きにちくりと胸が痛んだが、させまいと銀時の首に両腕を回した。
唇を舐めて口を開けろと促す。
けれど銀時は唇を引き結んだままで、焦れて唇を吸うと、
「──土方!」
ついにぐい、と土方の肩を押して体を引き剥がした銀時が咎めるような声をあげた。
「お前っ、調べてたんならウィルスがどんなんかわかってんだろ!?俺の体ん中にゃその大元があんだぞ!」
「それが──!」
言いさして──土方は言葉を呑んだ。
それがどうした、とは、言えなかった。
近藤を取り戻せていない今はまだ、そんなことを言えない。言ってはいけないのだ、土方は。
遣り切れなさに唇を噛み締めた土方へ、銀時がやわらかな笑みを向ける。
「…俺のこたァ死んだものと思ってくれていいから…だからおめーは──」
「ったら…ッ!だったらなんで見てた 俺を、ずっと!」
死んだものと──という銀時にカッと憤りが湧き起こり、聞きたくもないその続きを遮る。
あの日からずっと、自分に向けられていた気配があった。
それを感じ取るたびに落ち着かない気持ちになった。胸が締めつけられるように痛くなったのだ。
今、ここにこうして土方が辿り着いたのは、あの気配があったからだ。
でなければ、ここに来ることも、こうして銀時と再び会うこともなかった。
土方に気づかせ、呼び寄せたあの気配──あれは土方を見ていたのだと、今なら断言できる。
「これからもてめーはそうやって、ただ黙って見てるつもりだってのか…」
そして以前、総悟と別れたあの日に感じたあの気配、あの、殺気にほど近い気配と視線は──
「…俺が、誰か他の奴を選んだとしても」
間違いなく、悋気だ。
確信し、心無い発言でそれを再び煽る。
銀時は瞬間、顔色をなくし、土方の両腕を痛いほどに掴んだ。銀時のその双眸は、紛れもなく悋気で燃えている。
向けられた感情に、土方はほの暗い悦びを感じた。
だが、一瞬悋気に燃えていた赤い瞳はすぐさま揺らぎ、次いで深い哀しみの色を帯びる。
「…俺にゃあもう、おめーを引きとめる資格はねーよ。や、最初っからなかったかもしんねーけど…、おめーが、選んだ奴なら、そうそうおめーのこと無碍にしねーだろうし…」
「資格なんざ知るか」
銀時がぼそぼそと続ける気弱な言葉を一蹴し、土方は再び口づけた。今度は唇を引き結ぶいとまも与えずに、その口内へ舌を滑り込ませる。
先ほど銀時が見せた感情だけで、充分だった。
思えば、沖田と別れたあの日──銀時が気配をあらわにした最初のあの日、土方は窓に背を向けて立っていた。
その土方に対し、沖田は正面から至近距離で顔を覗き込んで来たのだ。恐らく銀時の側からは、沖田が土方に口づけたようにでも見えたのだろう。
そんな風に妬心をあらわにして、今日も土方の簡単な謀計に容易く乗り悋気を見せた。
それほどの感情を見せたくせに、銀時は土方がそうしたいなら、と身を引こうとしたのだ。資格がない、だとかそんな理由で。
それだけで、充分だった。
驚いたように固まっている銀時の体を掻き抱き、奥で縮こまっている舌を舌で舐め上げる。恐る恐る銀時が応え出し、すぐに口づけは深まった。
舌を絡ませ合いながら、体を抱き締めあえば、衣服も銀時が肩に下げている物も、邪魔でもどかしくなる。
土方は口づけを解くと、銀時からでかい数珠のような邪魔なだけの物を外して落とし、自分も服を脱いだ。
やはり躊躇を見せる銀時の手を取り、いいから、と行為を急かす。それでもためらう指が哀しくて、土方は銀時を見つめた。
よろずや──と呼びかけて、口を噤む。
──もう、万事屋じゃねぇ…
そう言った銀時の声と顔が蘇ると、その呼び名を口にすることができなくなる。
だから、
「…銀時…」
恐らく初めて本人に向かって言うだろう呼び方をした。
その途端、銀時の顔がくしゃりと歪んだ。
泣き出すかと思ったその反応に、ダメだったのだろうかと土方が眉をさげるのと、銀時にきつく掻き抱かれるのは同時だった。
「土方…!」
もつれるように地面に倒れ込み、深く深く口づけあう。
シャツだけの姿では背中に擦れるコンクリの感触が痛かったけれど、そのまま抱かれた。
熱を、その存在を感じたくて、ただがむしゃらに抱き合う。そんな行為だった。
* * *
久し振りの媾合だったからだろうか、わずかに気を失っていたらしい。さらさらと髪を弄る感覚に呼び起こされるようにして、ふうと意識が浮上する。
ゆるりと瞼をあげると、痛ましげな表情で土方を見つめている銀時の姿がそこにあった。
かち合った赤い瞳がホッとしたように細められたけれど、やはり哀しみの色が滲んでいる。
そんな顔で土方の髪を梳いている銀時に、どうしようもなく胸が痛んだ。
風で揺れているからだろうか、どこからかミシミシと建物の軋む音がかすかに聞こえる。
それは滅びゆく世界の軋みにも聞こえ、土方は堪らずに手を伸ばした。
土方の髪を弄っている手はそのままに、銀時のもう一方の手を取り、ぎゅうと握る。
この男が独り、滅びの音を聞き続けなければならないのならば、せめて──何もできないけれどせめて、隣で一緒に聞いていてやろう。
そんな思いを篭めて、強く握り締めた。
(13/07/15)
(13/12/18 移動up)
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