ラブラブレイトショウ
真選組屯所の庭はだだっ広い。
その広い庭は、庭園としての趣も充分すぎるほどにある。ときおり庭師を入れているだけでなく、草木をいじるのが好きな隊士がこまめに手入れをしているため、一年を通していつでも美しい眺めを楽しむことができた。
だが、鑑賞に堪える庭だとて、真選組においては眺めを楽しむためだけのものではない。なにせ広いのだ。だんびらだろうが槍だろうが、余裕で振り回して駆け回れる広さなのだ。ゆえに真選組で庭とは、隊士たちが鍛錬に励むための場所でもあった。
ときおり局長の近藤が木刀や竹刀を振るっていたりすることもある――フルチンで。
局長自らが鍛錬に励む姿を示すのは良いことだと思う。良いことだとは思うのだが――さすがにフルチンは勘弁してもらいたい、と見かけるたびに土方は頭を抱えたくなった。
まあ近藤のフルチンはさておき――と、土方は逃避に走った先でさらに逃避したくなった思考を、諦めて現実に戻した。
今は平日の真っ昼間で、土方は屯所の縁側で煙草をふかしている。書類仕事の息抜きと見張りを兼ねて、濡れ縁に腰掛けながら庭を眺めているのだが、顔には隠す気もない呆れの色が浮かんでいるだろうと、自分でもわかっていた。
あからさまに呆れ返った土方の視線の先では、真剣な面持ちでバドミントンのラケットを握る男が、子供ふたりを相手になにやら熱弁を振るっている。
その光景に、ここって真選組の屯所で間違ってないよな、と土方は深いため息を落とした。
* * *
事の発端は数日前に遡る。
真選組にバドミントン部を作りたい、と突然山崎が願い出てきたのだ。
もちろん土方はアホか、と早々に却下したのだが、山崎はやれ今は会社にだって色んな部活があるのだとか、仕事に張り合いが出るだとか言い募り、食い下がった。
――仕事中にラケット振り回してる奴が、仕事に張り合い、とかふざけてんじゃねェ。
山崎のしつこさにうんざりとしながら退け続けたのだが、いつもなら土方の決定に――文句を言ったとしても――最終的には従う山崎が、今回はどこまでも諦めが悪かった。終いには、部として認めてくれたら仕事中はミントンしません、と土下座までする始末で、その熱意に、気圧されて――というより、むしろどこか空恐ろしさを覚えて、土方は渋々「試験的に」と許可を出したのだ。
とはいえ、直ちに許可という訳にもいかない。条件をきっちりつきつけた。
ひとつ、入部希望者を五名以上集めること。
ひとつ、部活動は勤務時間外のみ行うこと。
その他にも、仕事に支障をきたすようなことになったり、仕事中にミントンをしたら即刻廃部、という条件をつけたのは、ちょっとした意趣返しも兼ねている。
人数が集まらずに創設にまで至らないか、できたとしてもすぐ廃部になる――どうせすぐ仕事中にもミントンをしだすに決まっている――だろうと踏んでのものだ。
そんな遣り取りから数日経った本日、土方のもとに「部員候補です」と山崎が連れて来たのは、万事屋の三人だった。
まあ半ば以上予想できていた事態だが――あり得ない。土方は即刻却下した。
「他所モン連れて来てんじゃねーよ!認められるワケねーだろ!」
「ウチの者以外は駄目だなんて言わなかったじゃないですか」
「ウチにミントン部作りてェ、って言った時点で決定事項だろーが!アホかてめェ!」
「まあまあ、インカレサークル的な感じで、ここはひとつ」
「ここは大学じゃねェェェ!つかサークルとクラブの違いってなに!?」
「俺に聞かんでください!」
土方と山崎がぎゃあぎゃあ言い合っていたら、気づいたときには万事屋一行は縁側でくつろいでいた。通りかかった隊士にお茶と茶菓子を出させたらしく、暢気に菓子を貪っている。
その暢気な様子の三人を示し、とにかく、と土方は山崎を睨んだ。
「部外者をホイホイ中に入らせるワケにゃいかねーんだよ、叩き出せ」
「なら旦那はオッケーじゃないですか」
「は?」
山崎の返答に、一瞬土方の思考が止まった。土方が不快をあらわにしても、山崎は場違いなまでににこにこと笑っている。
その笑顔に、まさか――と疑問が浮かんだ。
まさか山崎は、土方と銀時の関係に――いわゆる「恋人」などという付き合いをしていることに、気づいているのだろうか。
内心、戦々恐々とした思いで――それでも表には出さずに――土方はわずかに首をかしげてみせた。
「えーと、山崎?俺の話聞いてた、山崎?部外者入れるな、って言ったよな、俺?コイツらどう考えても部外者だよな?」
「だって、旦那たちには色々とお世話になってるじゃないですか。主にトッシーの件とかトッシーの件とかトッシーの件とか」
「うっせェェェ!!三回も繰り返すな、しつけェェェ!!」
土方が盛大に喚いてみても、山崎は妙に落ち着いている。その姿がさらに「気づいているのでは」という予感を強めさせた。
気づいているというのなら、先ほどからどこか強気なのも、そして、銀時を巻き込んだのも理解できる――気がする。
知っているのだと牽制して、バドミントン部の設立にこぎつけたいのだろう。
上司を脅そうとはいい度胸だ――と殴りたくなる反面、ここまでバドミントンに執着する山崎が、なんだか不気味にすら思えた。
ちょっと、否、かなり関わりたくないと本能が訴える。
なので仕方なく、様子見、ということで今日のところは見逃すことにした。
どうせ万事屋三人を合わせたところで、最初に提示した人数に足りていないのだ。今日の数時間には目を瞑り、それから対策を練ろう――と土方は諦めの息を落とした。
* * *
ぎゃー、と山崎の悲鳴があがる。見れば、神楽がラケットを綺麗に真っ二つに折り曲げていた。メガネはどこだ、と新八の姿を探せば、シャトルを追ってだろう、かなり遠くの方まで走っているのが見える。
こんなことでいいのか、ミントン部――呆れを通り越していっそ疲れすら覚える。
はあ、と再びため息を落とすと、土方の横で縁側に寝転がっている男が肩を震わせた。
「――んだよ」
じとりと睨みつければ、面白そうに土方を見上げる男――銀時はへらりと笑った。
「いや、アッチは平和そーな光景なのに、コッチは不景気なツラしてんなァ、って」
「うるせェよ。てめー、山崎に依頼されたんだろーが。こんなトコで転がってねェで、部活動に勤しんでこいや」
銀時が言うには、やはり山崎から部員になってほしい、と依頼されたらしい。
呆れと嫌味とを混ぜ合わせて土方が言えば、銀時はヤダ、とあっさり拒否した。
「俺ミントン興味ねーし。おめーんトコにミントン部ができよーがどーでもいいし」
「なら最初から断れよ、依頼」
「依頼にかこつけてでも会いたかった、ってェ男心をちったァ察しろよ」
銀時に含み有りげな目で見上げられ、土方はぐ、と言葉に詰まった。
この男はときおり、臆面もなく土方が気恥ずかしくなるようなことを言う――こんな風に。
そのたびに土方は窮してしまい、まともな切り返しができなくなる。今もそうだ。
依頼にかこつけてでも誰に会いたかったのか、など、聞くまでもなくわかりきっている。それを嬉しく思う気持ちもあるのだが、だからといってなんと返せばいいと言うのか。
土方が言葉を探して困惑していると、なのによォ、とわざとらしく銀時が口を尖らせた。
「だってェのに誰かさんは他所モンだの部外者だの冷てェこと言うしよォ。けっこー銀さん傷ついてんですけどー」
銀時はふざけた軽い口調でむくれてみせたが、その実結構本気で拗ねているのがわかる。あのなァ、と土方は苦笑した。
「俺とおめーの話じゃねェだろ、さっきのァ」
公私を混同するなよ、と銀色の頭をポンと叩くと、銀時はぱちりと一瞬目を丸くし、次いで嬉しそうに笑った。
なァ――と土方を見上げる銀時の笑みが、じわじわと濫りがわしいものに変わっていく。
「ミントン部よりもおめーと作りてェのがあんだけど」
「――なんだ」
「部員二名限定の、その名もラ――」
「黙れ寒ィ」
銀時に最後まで言わせず、バッサリ遮る。
まるで閨で見るような笑みだったから、その手のことを言い出すだろうとは思っていたが、飛び出しかけたのは予想を遥か斜め上方に上回る寒い言葉だった。言った当の本人ですら、その寒さを認めるほどだ。
「寒ィな、めっちゃ寒ィな、言った俺も寒ィわ」
銀時はごろりと腹這いになってじりじりと這い寄ってくると、ホレさぶいぼ、と着物の袖を抜いている方の腕を差し出して見せる。どれ、と土方が覗き込もうとすると、差し出された腕がするりと土方の腰に回った。
「寒いから、あったまることしねェ?」
「…その誘いも充分寒いっつの」
「部活動のためだ、寒さには目を瞑れ!俺も瞑る!」
開き直ってそんなことを言う銀時に、コイツ頭大丈夫か、と土方はいっそ心配になった。
大体、ラ部とやらがどんな活動をするのかはわからないが、どうせそんな名前をつけたところで、やることは常と変わらないだろうに、とも思う。
もっとも、寒くて馬鹿馬鹿しい誘い文句だと呆れたところで、それでも嬉しいと思ってしまうのだから、土方も大概ヤバイのだろう――頭が。
な?、と見上げてくる銀時のどこか不安そうな表情に、土方は小さく噴き出した。
「――部活動は勤務時間外に行う決まりだ」
言外にあとでな、と含ませて、庭から見えないようこっそりと回されている手をべしりと叩く。途端、やりィ、と銀時が嬉しそうな声をあげた。
「んじゃあ、夜な。ウチでいいだろ?」
「ああ」
土方がうなずくと、銀時はけってーい、と起きあがり、庭におりた。
てっきりそのままミントン部に加わるものと思ったら、「そーいやァ」と土方を振り返る。
「部活のかけもちって、アリ?」
土方を見下ろし、銀時が何かを唆すようにニッと笑う。銀時の言わんとするところを察し、土方はちらりと山崎たちの方を見て――意地の悪い笑みを浮かべた。
「――ナシだ」
「りょーかい」
土方の回答にひらりと手を振って銀時が応じる。
「新八ー、神楽ー、けーるぞー」
銀時が声をかけると、新八と神楽は、はーい、と喜び勇んで駆けて来た。それぞれの様子を見るに、新八はぐったりと疲れ果てているし、神楽にいたっては既に飽きていたらしい。
邪魔したな、とあっさり告げて帰ろうとする銀時たちに、おう、と手をあげて応じると、山崎が慌てて引き止めに入る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ旦那ァァァ」
「悪りィな、やっぱ無理だわミントン。ルールあんのとか、マジ無理だわ」
「そんなッ、前金払ってるじゃないですかー!」
「毎度ありー」
「旦那!」
山崎が取りすがらんばかりに銀時に詰め寄る。振り返った銀時は、ちらりと一瞬土方に目配せすると、おもむろに山崎の耳許に口を寄せた。
「いらねェコトに首突っ込むとロクな目に遭わねーぞ、ってこった。雉だって鳴かなきゃ打たれねーんだからよ。――勉強になっただろ?」
な? と人の悪い笑みで警告する銀時の低い声に、山崎は息を呑んだ。その反応で、やはり山崎は気づいていて銀時をダシに使ったのだと確信する。
山崎は青ざめた顔で銀時と土方とを見やり――がっくりと肩を落した。
前金――勉強料が幾らかは知らないが、自業自得だろう。毎度ありー、と再び口にし退去する万事屋一行を見送りながら、土方は気分がすっきり晴れるのを感じた。
結局、土方が当初予想した通り、バドミントン部は部員が集まらず、創設には至らなかった。おかげでやさぐれた山崎から恨みがましい目で見られたりしたが、打たれ強い監察はしばらくすると仕事中にラケットを振るくらいには復活していた。
もちろん、土方の鉄拳制裁も復活だ。
そして、部員二名限定のラ部の方はといえば、ネーミングの寒さにドン引きしながらも、なんだかんだで順調に活動が続けられている。
(11/06/19 銀土部up)
(11/10/09 改訂)
【Novel Top】【Top】