メロウスイートチョコレート
年を越した辺りから急激に冷え込む日が増え、江戸にも何度か雪が降り積もった。
そんな天候では騒ぎを起こす気も萎むのか、おかげでここ数週間ほどは過激攘夷派どもの動きもおとなしいものだった。そのため真選組の中も大分落ち着いた空気に満ちている。
その日も真選組の屯所は、朝からどこかのほほんとした雰囲気に包まれていた。
屋敷内のそんな安穏な空気を感じ取ると、平和で何より──などと欠伸が出そうになり、銀時は何度となくそれを噛み殺している。
現在銀時は屋敷の一角にある座敷にて土方と打ち合わせを行っているのだ。
落ち着いている今の内に下相談をしておこうという程度の、切迫した話し合いではないが、それでも欠伸などしようものなら鉄拳が飛んできかねない。
ぐ、と奥歯を噛みしめながら、銀時は座卓の上に広げられた何枚もの文書へ視線を落とした。
先ほどまで、今度の隊士募集に関して話していた土方が今口にしているのは、そろそろ突入する年度末の多忙期に際しての仕事の割り振りについてだった。簡潔に言えば、土方が忙しくなるからその分彼の通常業務を銀時に受け持て、というのだ。それもかなりの仕事を、だ。
あまりの量に思わず銀時が「えーーー」と不満をあらわにしたら、途端土方の剣呑な目に射抜かれた。
「なら、てめーが、作るか、提出書類、一式」
ことさらゆっくりと言葉にしながら、土方がバン、と一枚の書類を叩く。それは、年度末絡みで提出しなけらばならない書類の一覧表だった。その種類の多さだけで銀時などはげんなりしてしまう。
そっちはムリですごめんなさい──と銀時が素直に頭をさげたそのとき、座敷へ向かってバタバタと駆けてくる足音が聞こえてきた。何事かと土方と顔を見合わせる。
と同時に、
「ふくちょうーー!」
という悲鳴にも似た声とともに襖が開けられた。
なんだよ、と眉をひそめて見やったそこに居たのは、数人の隊士たちだった。その困惑しきりな顔ぶれを見回し、銀時は内心舌打ちをする。
真選組内において「副長」と肩書きのみで呼ばれた場合、大概は土方のことを指している。だから銀時は、押しかけてきた隊士たちは土方に用があるのだろうと思ったのだ。おまけに隊士たちの様子から、少々厄介なことが起こったのだろうと察することができる。
仕事とはいえふたりきりののんびりとした時間を邪魔されたことが少しばかり面白くなくて、銀時はむくれてそっぽを向いた。
だが、
「副長、大変なんです!」
「俺たちにはどうにもできません」
「助けてください副長!」
そんなことを口々に喚いた隊士たちによって引っ立てられたのは、土方だけでなく銀時もだった。思わずは!?、と目を丸くしてしまう。
なんで!?と呆気に取られた銀時が訳のわからないまま土方と共に連れて来られたのは──食堂だった。
何故か入口の扉はキッチリと閉められており、その前で幾人かの隊士たちが人垣を成している。周囲に漂う甘ったるい匂いが甘味好きの血を刺激した。
その甘い香りで今日の日付を思い出し、銀時は中で何が行われているのかに気づく。
どうせ土方からは期待できないだろう──と、半ばいじけた脳内で存在を抹消していたが、本日はバレンタインデーなる日だ。誰かが──恐らく真選組の紅一点である神楽あたりが、中でバレンタインチョコを作っているのだろう。
副長──と銀時たちに気づいた隊士たちが「実は」と説明しだした状況は、銀時の想像と大差なかった。
やはり神楽が新八と山崎を伴って、朝から食堂の中に篭っているらしい。それも、絶対に誰も入るな入ったらブッ飛ばす──などという恐ろしい脅しを残してだ。
そのため、誰も食堂内に入ることができずに困っているのだ、と現状を述べた隊士たちが、「どうにかしてください副長」と縋るような目を土方と銀時に向ける。土方が嫌そうに眉をひそめたのが見えた。
「どうにか、って…」
「…ヘタに手出ししねー方がいいと思うけどー?」
銀時がぼそりと呟くと、土方が訝しげな視線を投げてよこす。わかっていないらしい土方だったが、銀時が「バレンタインデー」と耳打ちすれば、それだけで彼もまた得心したようにうなずいた。
「まァ、今日くらいチョコに食堂占拠されてもいいんじゃねーの?アイツが誰に渡すつもりか知らねェけど、おめーらももしかしたらおこぼれもらえっかもしんねーんだし。つーかこの時期の女に逆らったらチョコなんぞもらえねーぞ」
言外に「今日は神楽に逆らうな」と含ませると、隊士たちはそれは嫌です、と顔色を変えた。
「チョコは欲しいです!」
「おこぼれでももらえたら嬉しいっす!」
「むしろ欲しいっす神楽隊長からのチョコ!」
俺も欲しい俺も欲しい、と異口同音に喚いた隊士たちの必死そうな声が、ただ──と情けないものに変わり、
「腹、へりました…」
途端、皆一様に床にへたりこんでしまった。
真選組の食事は基本的に賄いのおばちゃんたち──もとい、ご婦人方が作ってくれている。朝から昼にかけて三食分を用意し、それを当番の隊士たちが温め直したり最後の具材を足したりして配膳することになっているのだ。
時間的に、早朝番で見廻りに出た隊士たちが少し早い昼食を取る頃合だった。恐らく撃沈している隊士たちは、その昼食を取りに来てこの事態に直面し、困り果てている者たちなのだろう。
次々屍と化していく隊士たちの姿に、銀時は土方と顔を見合わせた。どうしたものかとお互い思案に暮れていたが、ややして仕方ないとばかりに土方が動いた。
屍を乗り越え、トントン、と扉をノックする。
「オイ、チャイナ」
「──すみません、神楽隊長は今手が離せません…」
わずかの間をおいて扉越しに返ってきたのは山崎の声だった。
「…なに作っててもいいが、中に入らせろ。腹空かせて死にかけてるのがいんだよ」
「あの、それなんですが…今日は飯、ないんです」
山崎の申し訳なさそうな応答に、土方のはァ!?、という頓狂な声や隊士たちの悲痛な叫びがあがる。
「賄いのおばちゃんたちは来たんですが、その──」
扉越しに山崎が言うには、いつもどおりの時間にやってきた賄い方のご婦人たちは、神楽の奮闘振り──というより調理場の惨状を見て早々に何事かを悟り、今日は何もできないねェ、と帰ってしまったらしい。
神楽に「頑張るんだよ!」なんて激励を残して行った、などというあたり、ご婦人方の目には神楽の奮闘がほほえましく映ったのだろう。神楽のその邪魔をしたくない、という思いもこめられているのかもしれない。
「…なので、昼飯も夕飯もありません…」
各々自分で調達してください…、と山崎はすまなそうな声で、けれどきっぱりとそう告げた。
ええーー…、と隊士たちの弱々しい悲鳴があがったが、疲れたのか関わりたくないのか、それとも単に神楽に甘いだけか──土方は神楽の行動を咎めるでもなく、「…各自、調達」そう隊士たちに命じた。
そんなァーーー…と悲愴な声であふれるなか、昼は出前をとろう、と銀時はそんなことをこっそり決めた。
座敷に戻った銀時たちのもとへ新八がやって来たのは夕方近くになってのことだった。
チョコ完成したの?と銀時が問えば、それが…と困ったような顔で言葉を濁す。
そんな新八の様子に首をかしげたが、とにかくふたりとも来てください──そう懇願されて、銀時と土方は再び食堂へと足を運んだ。今度はなんなく扉が開かれる。
チョコレートの甘い香りが充満する食堂内に神楽の姿はなく、テーブルに大きなトレイが幾つも置かれているだけだった。トレイの上には大きさが不揃いな黒い物体がみっしりと並べられている。
ゆうに三桁を越えているだろう数のその物体は、球体にはほど遠いいびつな形だが、間違いなく
「…できてんじゃん、チョコ」
ソレだった。
銀時がテーブル上のものを見やり再び首をかしげると、訝しげに周囲を見回した土方は食堂に残っていた山崎へと声をかけた。
「…チャイナはどうしたんだ?」
「えー、只今絶賛不貞寝中です…」
「あ?なんで?チョコできてんじゃん。なのになんで不貞寝?」
山崎の返事に銀時が目を丸くすると、地味な監察ふたりはちらりと顔を見合わせ、そのー、と言いにくそうに口を開いた。
「どうにも形がいびつになっちゃいまして…」
「あと、舌触りがちょっとアレなのと、トリュフというにはそのー…」
「味はそんなに問題ないと思うんですけどねェ…いかんせん、神楽隊長の予想というか、理想にはほど遠いらしいんですよ」
「僕らが幾ら美味しい、って言っても神楽ちゃん聞いてくれないんです」
「こんなの配れない、って…。朝から頑張って作ってたのに、神楽隊長そんなこと言い出してですね」
「ホントに、頑張ってたんですよ、神楽ちゃん。一応、普通に甘いののほかに、土方さんでも大丈夫なようにって、甘さ控え目なのも作ったんですから」
山崎と新八は交互にそう口にすると、「…ねェ」と同時に肩を落とす。
新八の発言に土方は「俺でも?」と目をしばたたいた。神楽がチョコを配ろうとした対象に自分も入っているとは思わなかったのだろう。きょとんとする土方に、新八ははい、とうなずいてみせる。
「皆に配るつもりだったみたいです、神楽ちゃん。こっちのとそっちの、一番大きいのがそれぞれ銀さんと土方さん──こっちが甘い方です。で、この大きいけど一番いびつなのが近藤さん」
「なんだかんだで人数分よりも多くできましたけど…神楽隊長、全部捨てる、って言い張って…。俺と新八君で宥めたんですけど、最終的には「もういい好きにしろバカヤロー」って…」
すっかり拗ねちゃいました──と結ぶと、山崎と新八は揃ってカウンター奥の調理場、その隅へと視線を向けた。
どうやら神楽はそんなところで不貞寝してしまったらしい。
チョコの見た目くらいで、とか、バレンタインチョコに神楽がそこまで腐心するだなんて、とか、アレもやっぱ女の子なんだねェ、だとか。そんな呆れやら感慨やらが浮かぶものの、少女の女心の機微などさっぱり見当がつかない。
どんな態度で接するのが正解なのか、否、どう声をかけていいかすらわからずに銀時が深々とため息をつくと、それまで黙って山崎たちの話を聞いていた土方が唐突に手を伸ばした。
「普通に甘い」方からチョコをひとつ摘み、そのまま銀時の口許へと運ぶ。
銀時が頓着なく土方の指先ごとぱくりと銜えたらすかさず脛を蹴られたが、無視して銜えた指先にも舌を這わせた。
「──どうだ?」
指を引き抜いた土方に問われ、んー、と生返事を返しながら口の中のものを咀嚼する。
確かに舌触りはまろやかではなく、ちょっとザラザラしていると感じる。どこかべたりとしたような味──のような気もするが、それでもチョコレートに変わりない味だ。
トリュフというには、と新八は濁していたが、トリュフかどうかなどそんなこと、言わなきゃ誰も気づかないだろう。
「…チョコだな」
銀時がそう結論づければ、土方はそうか、とうなずいた。
「なら──山崎、志村」
監察ふたりにちらりと含みのある目線を向けて、テーブル上のトレイを指し示す。
「早い者勝ちだと周知──行け」
「あいよ」
「はいっ!」
土方に了解を返し、山崎と新八が揃って食堂を飛び出す。ふたりのその顔にはわずかに笑みが浮かんでいた。
隊士たちを煽れ──と土方が言外に含ませたことを正確に読み取ったのだろう。
早い者勝ち──そのひと言で簡単に煽れるほど、隊士の大半がバレンタインのチョコに餓えている。もらえるだけでありがたいと、くれた相手を拝み崇め奉るだろうくらい、チョコに縁のない連中ばかりなのだ。
おまけにそのチョコが神楽の手作り、ときたら味など二の次だろう──神楽本人は不本意だろうが。
実際、昼どきに食堂の前で屍と化した隊士たちは皆、神楽のチョコを欲しがっていたのだ。
周知により数分の後には繰り広げられるだろう、阿鼻叫喚のチョコ争奪戦が容易に目に浮かぶ。
出来はどうあれ、神楽が半日もの時間をかけて隊士たちのために作ったものを、その隊士たちが喜んで食す──それで充分だろうと銀時は思う。否、銀時だけでなく、土方もそう思っているはずだ。
そして恐らく土方は、隊士たちが神楽のチョコに喜ぶその光景を、神楽本人に見せてやりたいのだろうと思われた。その光景を神楽に見せることで、不貞寝するほど悔しさやら悲しさやらを感じただろう少女の労を労ってやりたいと思ったのかもしれない。
意識してではないだろう、けれど傍から見ている分にはどこまでも神楽に甘い土方に、ほんの少しだけ面白くない気持ちになり、銀時はすい、とチョコをひとつ摘み上げた。
「…全部食うんじゃねーぞ」
甘さ控え目な方から取ったことに気づいてないのか、土方からそんな先手を打つ言葉が飛んでくる。
「早い者勝ちなんだろー?」
嘯きながらも、銀時はそのチョコを土方の口許に運んだ。唇に触れそうなほど近いそれに、土方が眉根を寄せて銀時を睨みつける。控え目とはいえ、甘いのが得意ではない土方には厳しいだろうことは銀時にもわかっていた。
だがそこで「いらない」と突き返さないのは、これを作ったのが神楽だからだ。本当にどこまでも神楽には甘い。
そして土方はわずかな逡巡ののち、小さく口を開けた。そこにちょっとだけ強引にチョコを押し込む。指先まで突っ込んだのはわざとだ。すぐに土方から軽く噛まれ、ぷ、と吐き出されてしまったが。
「どーよ?甘さ控え目」
土方の唾液で濡れている指先を自分の口に含み、問いかける。
本当はこんな間接キスみたいな真似ではなく濃厚でチョコよりも甘い口づけを仕掛けたいところだが、カウンターの向こうの調理場で神楽が寝ているために我慢した。
銀時がいやらしく笑んでみせると、土方は思い切り顔をしかめた。じとりとした目で睨んでくるものの、その目許は赤く染まっている。
「…甘ェ」
チョコと、銀時の行動どちらも指しているのだろう、土方は赤い顔のまま、そんなことをこぼした。
* * *
ざわざわと浮き足立ったような騒がしさに目が覚めた。
ぐるりと辺りを見回し、ここが食堂の調理場だと気づく。気づいて──神楽は全てを思い出した。途端、脳裏に蘇ったいびつな形に、泣きたくなってしまう。
本当は、もっと綺麗に作りたかった。お店に並んでいるチョコレートのように、見るからに美味しそうなものを作りたかったのだ。
そんな綺麗で美味しいチョコを作って、「感謝するがいいアル」なんて超上から目線で配って歩く──それが神楽の計画だった。それは普通に渡すのが気恥ずかしかったからに他ならないのだけれど、その光景を想像すると心が弾んだ。アイツはどんな反応するだろう、なんて内心ワクワクしていたのだ。
でも──と神楽は思い出してしゅん、と肩を落とした。
あんな見た目と味のチョコではその計画も叶わない。むしろ、渡すこと自体叶わないとすら思った。
それが悔しくて悲しくて、現実逃避のように不貞寝した。それも調理場の隅で、食材が入っているダンボールの山に隠れるようにして、だ。
けれど不貞寝したところで何も変わらない。起きて再びヘコむだけだ。
神楽が抱えた膝に顔を埋めてしょげ返っていると、突然バァン、と戸が開け放たれた音が大きく響いた。
「チャイナさんが作ったチョコだと!?」
次いで近藤だろう、一際大きな声が聞こえて、神楽はびくりと顔をあげた。
チャイナさん──神楽が作ったチョコ、と近藤はそう言った。
驚いて調理台の上を見れば、不貞寝する前は確かにそこにあったはずのチョコがない。
まさか、と慌ててカウンターへとにじり寄ってこっそり食堂の方を覗けば、テーブルを取り囲む黒い集団──何十人もの隊士たちが、何やら張り合うようにしている姿が見えた。俺のだ俺のだ、と口々に喚き、押し合いへし合いしている。
──なにしてるアルか、あのバカども…
賑やか──というより喧しい気配の正体に神楽が呆れていると、
「チャイナさんがコレを俺たちに…!」
近藤の感極まったかのような涙混じりの声が食堂内に響いた。
え、と目を見開く神楽のその視線の先で、近藤はまるで神から下賜されたかのように、小さな黒い物体を恭しく掲げている。それは、間違いなく神楽が作ったチョコだった。
チョコひとつでなんとも大げさな反応に神楽が目を丸くしていると、
「匂いだけで胸焼けしそうでさァ」
ぴくりと神経を刺激する声が聞こえてきた。
慌てて首を引っ込めると、黒い集団をなんなくすいすいと縫って亜麻色の頭──沖田がテーブルに辿り着いたのが見える。
「朝っから天岩戸隠れ気取ってなに作ってたかと思いきゃ──なんでィ、こりゃあ」
そんなことを言いながら、沖田は大きめの塊をひとつ摘むと躊躇なく口の中に放り込んだ。
マズイとか何か文句を言い出すか──神楽が臨戦状態に入りながら見やるなか、沖田はただ「甘ェ」とこぼしただけで、そのまま食堂を出て行ってしまった。呆気ない反応だ。
あのサド男のことだから、もっと馬鹿にし、けちをつけるようなことを言うだろうと思っていたのに。
思いもしない沖田の反応に神楽が毒気を抜かれて唖然としていると、お、という声が頭上から降ってきた。
「ようやく起きたか」
「──ニコ中」
振り仰いだ先にいたのは、カウンター越しに神楽を覗き込んでいる土方だった。妙なトコで寝てんじゃねェよ、などと呆れたようにため息をついたりなどしている。
「お前な、全然控え目じゃねェぞ、アレ。普通に甘かったからな」
「…食べたのか…」
茫然と訊ねた神楽に、ああ、とうなずいた土方が、だから──と小さく笑んだ。
「来年はもうちっと甘くねェの作ってくれや」
来年、とそう言う土方に神楽がえ、と目を瞬いていると、突然「神楽ァ!」と呼ぶ銀時の声が届いた。見れば銀時は黒い集団の中にまじり、チョコレート争奪戦を繰り広げている。
「おめー来年は気張ってこの倍作れ!足んねーよ、糖類王とバレンタインチョコに餓えたこんな餓鬼どもの群れにゃあよ!」
チョコを死守し、隊士たちを蹴散らしながら銀時が喚く。銀時のその声で神楽がいると知ったのだろう、途端、隊士たちの目が神楽に集まった。
全員の視線に晒され、神楽がわずかにたじろいでいると、神楽隊長ごちそう様です! だの、ありがとうございます! だのという声が方々から飛んできた。なかにはあきらかに涙声になっているものもある。
その勢いに気圧されてぽかんとする神楽に、土方はくつりと笑いをこぼした。
「大変だぞ、おめー。来年にゃあもうちっと人数増えてっかもしれねーからなァ、倍どころじゃねェ数作る羽目になるかもしんねーぞ」
お疲れさん、とカウンター越しに頭を撫でられ、神楽はきゅ、と唇を引き結んだ。力をこめていなければ、口許も頬も、馬鹿みたいにゆるんでしまいそうになる。嬉しいのとか、気恥ずかしいのとか、そんな感情がふわふわと湧きあがってきて、お腹のなかがむずむずするようだった。
神楽の作ったいびつな形のチョコを手に、隊士たちは嬉しそうにしている。それらをぐるりと見渡し、神楽はずびっと指を突きつけた。
「──お前らァ、お返しは三倍返しアルからな!」
照れ隠しから、申し付けるようにそんなことを言いのければ、ういっす!と窓ガラスも揺れそうなほどの大きさで合唱が返ってきた。
(13/02/13)
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