猶予は煙草一本分



なァ、と背後から声をかけられ、土方は酔いの回った緩慢な動きで振り返った。

なんだ、と見やった先で、銀時がへらりと笑う。

「やろーぜ」
「…は?」

銀時の言葉に土方はぱちりと目をしばたたいた。

あまりに突拍子もない――というか意味のわからない発言に、考えることを脳が放棄してしまったらしい。ただぽかんと目の前の銀髪を凝視する。

なんだって?、と疑問符を浮かべたまままじまじと見ていたら、ややしてしびれを切らしたらしい銀時が、だーかーらァ、と天パの頭を掻き回した。

「おめーとやりてェ、って言ってんの。やろーぜ」
「…はぁ…」

やはり脳は銀時の言葉を拒絶しているようだった。



土方が今夜銀時と出会ったのは、偶然でしかない。なじみの店で酒を飲んでいて、たまたま鉢合わせたのだ。

カラリと戸が開かれた音になにげなく入口へと目を向けたら、銀時がやって来たところだった。混みあう店内で空いていた席が土方の隣しかなかった。そんな偶然が重なって、たまたま隣り合わせで酒を飲む羽目になったのだ。

そうして、そうなってしまえば意地の張り合いへと突入するのは、もはやお約束の域だろう。

競うようにしてお互いアルコール分解能力を越えたハイペースで杯を空けていった。

正直、途中の記憶が曖昧だが、リバースだけはしていないだろう――と思いたい。

思い出せるのは、店の親父に「旦那方、その辺にしときなよ」とやんわり諌められたところからだった。

さあさ、もう店じまいだ、と苦笑いの親父に背中を押されるようにして店を出たのがつい先ほど。

肌寒い夜風が体中に染み渡った心地よい酒気を急速に醒ましてしまいそうで、土方は帰路を急ごうとした。

屯所に戻ってさっさと寝よう――そう目論んだのだが、それよりも先に銀時から呼び止められたのだ。

――やろーぜ

――おめーとやりてェ、って言ってんの。

えーと待て待て、と土方は額を押さえてフリーズ中の脳を無理矢理動かした。

――やりてェってーのはアレか、喧嘩か。じゃあこれはなんだ、果し合いの申し込みってヤツか?

「アホか。なんでこの状況でおめーに果し合いの申し込みしなきゃなんねーんだよ」


どうやら思考が口をついて出たらしい。銀時が呆れたようにツッコミを入れてくる。

果し合いでないのなら――土方はこてりと首をかしげた。

「じゃあなんだ」
「セッ──」
「黙れ」

おめーが訊いたくせして黙れってなにソレ!と憤慨する銀時を無視して、土方は深々とため息を落とした。

よもやこの男からそういう目で見られる日が来るとは、夢にも思わなかった。

正直、男から懸想されたり、性欲の対象として誘いをかけられたことは、今までにも何度かある。そして土方はそれらの全てを、ときには諭すように、ときには実力行使でいなし続けてきたのだ。

だから、男から誘われること自体は――銀時のように簡明直截な言葉を投げてきた者は初めてだが――土方にとって別段、奇異なことではなかった。怒りが湧くでも、ましてや嫌悪を覚えるでもない。またか、とうんざりする程度には慣れている。

だが、それがこと銀時から――となると、どうにも複雑な心境だった。純粋な疑問とわずかな好奇心、と言うのが近いのかもしれない。そして、そんなことを思う自分自身にもまた、複雑な心持ちだ。

あー、と呻きながら土方が手癖で煙草をくわえると、オイオイオーイ、と銀時が顔をしかめた。

「なに暢気に煙草吸おうとしてんのオメー。俺の言ったこたァ無視か、丸無視か」
「うっせェ。こっちゃあ頭ん中ぐちゃぐちゃなんだよ。煙草の一本くらい待ちやがれ」

け、と吐き捨て、煙草に火を点ける。

麻薬のような煙を肺一杯に吸い込んで吐き出すと、ようやく思考が正常に働き出した気がした。

――万事屋とセックス?

なんの冗談だ、と、誰にともなく訊きたくなる。

――この様子じゃあ突っ込まれんのは俺か?

――つーかこいつ俺にお伺い立ててるってか?

――万事屋が俺に――?

なんだコレは悪い夢でも見てんのか――やはり土方にはそんな感想しか浮かんでこない。

紫煙を吐きながらちらりと銀時を窺えば、眉根を寄せた不機嫌そうな顔でじっと土方を見ていた。早くしろ、と言わんばかりの空気を漂わせながらも、それでもおとなしく土方を待っている。

まるでおあずけ食らってじりじりしている犬みてェだな――そう考えたら、腹を抱えてゲラゲラ笑い転げたくなってきた。
もちろんしないが。

あのよォ――笑いを堪える代わりのように土方は問い掛けた。

「なんで俺だ?」

今までこういう状況では一度も抱いたことのない好奇心が、抑えきれなかった。

何故、銀時が自分に――それが純粋に気になる。

だが銀時は、

「俺だってわかんねーよ」
「なんだそりゃ」

あっさりと放り出された答えに、土方は脱力するしかなかった。

別に、銀時が土方に対して恋慕の情を抱いているとは思っていない。だがそれでも、少しは面白い理由が聞けるかと思ったのに、と抱いた好奇心の分だけ興醒める。

おまけにこれは、閨に誘っている者への返答としてはどうなのか。

お前はいつもこんな風に、ろくに口説きもせずに関係を持つのか、といっそ心配になる。さすがは爛れた恋愛しかしたことのない男だ。

「ちゃんと物考えて喋れよてめー」
「んなこたァどーでもいいだろ。股開くのか開かねェのか──」
「理由を言え、っつってんだよ」

下世話な言葉を遮って、じとりと半眼で睨めつければ、つったってよォ、と銀時は困ったように眉をさげた。

「わかんねーんだから、しゃーねェだろォ。なんでか知んねーけど、おめー見てると色々触りたくなるっつーか?触るだけじゃなくて、身ぐるみ引っぺがしたくなるっつーか?そんでイケナイいたずらしたくなるっつーかぶっちゃけ突っ込んで啼かせてみてェっつーか…あー、だからまァ、ひと言で言やァ――」

わからない、と再度口にしながらも、銀時が言い連ねていく。

あーやっぱ俺が突っ込まれる方か、と土方が現実逃避じみた答え合わせをしていると、不意に銀時が顔を寄せてきた。

意外なほど真剣な目で見つめられ、土方の鼓動がトン、と跳ねる。

「――ムラムラします」
「…相変わらず最低だな、おめー」

真剣な顔でそんなことを言いのける銀時に、土方はがっくりと肩を落とした。見つめられて少しばかり鼓動が跳ねた自分を、情けなくすら思う。

だが、銀時の出した結論に心底呆れ果てながらも、まァいいか、と土方は内心苦笑した。

最初に考えることを選んだ時点で、決まっていたようなものだ。本気で嫌だったら、銀時に応か否かと訊かれた時点で刀を抜いている。

だが、土方はそれをしなかった――それはひとえに、土方の方にも銀時に対して興味があったからだ。もちろん、こんな性的な意味合いは含んでいなかったが。

それでも、乗ってみるのも一興か――と諦観にも似た思いで受け入れた。

「いいぜ」

さらりと応じると、銀時が「へ?」と目を丸くする。その間抜け面を見返しながら、土方は最後のひと口を吸った。

思いもしなかった方向に事態が転がりだしたせいで、現実感が湧かないだけなのかもしれない。

自分が男と――それも銀時とセックスするなど、未だに想像すらつかないのだ。

おまけに受身に回る性交だなんて、生涯縁のない世界だと思っていたのだが。

この掴み所のない男の腹が少しでも覗けるのなら――まあいいだろう。

「いいぜ、付き合ってやる。ただし、痛ェのはごめんだからな」

いいのかよ、と冷静さを残した自分が早計な答えを窘めている気がしたが、土方はそれを無視して煙草を落とし、踏み消した。

煙草一本分――その時間が既に答えを示していたのだ。

お題をお借りしました。ちなみに無自覚両思い。やってる最中もしくは事後に自覚すればいいと思います。
お題配布:Jazz Bug様
(11/12/23 SSS up)
(12/12/08 改訂)

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