大人の言い分・子供の気苦労




大人の言い分

新八と神楽が寝入ると、銀時は土方を誘って風呂へと向かった。

早朝の清掃時間以外ならいつでも入れますよ、と言ってくれた女将から、星空を見ながらの露天風呂もまたいいのだと、そう勧められていたのもあり、露天の方へと足を運ぶ。

源泉かけ流しの温泉は若干熱いくらいだが、夏とはいえ少し肌寒い山の夜気が通るためかのぼせにくく、長いこと浸かっていられた。

だらりと湯の中に四肢を投げ出した銀時の隣で、土方もまた気持ち良さそうに手足を伸ばしている。もともと熱い湯が好きな彼には、このくらいの温度は丁度いいのかもしれない。表情も穏やかで、口許にはやわらかな笑みが浮かんでいる。

そんな姿を見ているだけで、来てよかったな、と銀時は心から思った。ほんわりと胸があたたかくなる。土方を誘うと子供たちに持ちかけてからずっと、不安やらなんやらに胃が痛くなる思いだったが、その心痛もすっかり霧散した。

「…よかったな…」

温泉に来れたこと、子供たちの反応――そんな幾多のことを含めて銀時がしみじみこぼせば、土方もまた、ああ、と同じような声音で同意した。

「最初はどうなることかと思ったし、妙な事件にも巻き込まれちまったが…」

来れてよかったよ、と土方は銀時を見つめて微笑むと、まるで甘えるように銀時の肩に頭を乗せた。途端、どくりと銀時の鼓動が強く脈打つ。

普段は白い肌がほんのりと朱く染まった土方の姿も、ほう、と心地良さそうにこぼれた吐息も、ぞくりとした感覚を生み、じわじわと欲が生じる。

今日は朝からずっと気を張っていてそんなことを考える余裕もなかったのだが、気の抜けた今、不意に生じた欲は急速に強まっていった。

泊り客は銀時たちしかいない。

そのうちのお子様二名は既に眠ってしまっている。

――ときたら、

「やるしかなくね?」

もうそれしかないだろう。
銀時が覗き込むようにして顔を寄せれば、唐突な誘いかけに土方は盛大に顔をしかめた。

「今日はやらねェっつっただろーが、最初ッから」

確かに、この旅行に誘ったときから旅行中は――少なくとも子供たちの目があるところではなるべく接触もしないようにしよう、とふたりでそう決めた。

だが、メガネにも釘刺されてただろ、と睨みつける土方の顔が赤いのは、湯のせいだけではないと気づいている銀時には、歯止めになどならない。本当にいつまでたっても土方は恥らいっぱなしで、銀時は煽られる一方だ。

「アイツらなら爆睡中だから平気だろ。おまけにアイツらもちゃーんとその辺わかってるみたいだし?土方君色っぽいし?銀さんの銀さんもそりゃあ抑えなんか効かないよね?ギンギンさんになっちゃうよね?」
「テメー、ガキどもの前でもンなこと言いやがったら本気で叩っ斬るぞ」
「今さらじゃね?もうバレバレだったじゃん。神楽なんか俺が押し倒してコマしたのまで見抜いてたじゃん」
「だからッ!そうやってテメーが開き直ってべらべら喋ってたらますますチャイナが手に負えなくなんだろーが!アレ一応女だろ?嫁入り前の娘に妙な言葉教えてんじゃねーよ!」
「お母さんだ…ここにお母さんがいるよ…」

おかーさーん!、と暗い山間へと向かって声をあげたら「夜中にでけェ声出すな!」と怒られたが、お母さんという単語には特に反応がなかった。

自分が子供たち――特に神楽にとっては父親代わりという自覚は一応ある。ならばその銀時の恋人である土方が母親代わり、ということになっても仕方ないのかもしれない。

だが、彼のこの神楽に対する心配はむしろ生来の気質からの方が大きいように思えて、そうなると元来お母さん気質だということか、と銀時は妙な発見にいっそ感嘆してしまった。

土方と「そういうお付き合い」を始めてまだ半年にも満たないというのに、なんだか既に子供を持つ夫婦のような心境になっているのがちょっとだけ遣る瀬無い気もする。

「――あ」

夫婦――と考えて、ふとやり残したことが浮かび、銀時はあー、と髪を掻き回した。

「んじゃあ次は俺がおめーんトコに挨拶に行かねーとな」
「は?挨拶って、どこに、なんの」
「そりゃーもちろんゴリラにだな、おたくの十四郎さんをお嫁にくださ――」

銀時が言い終わるより先に、土方の手が動いた。ガッシと銀時の頭を掴んだ腕によりそのまま湯の中へと沈められる。

夜気で冷えてたらしい顔がいきなり熱めの湯に浸けられ、痛みすら覚えた。

「なにすんだテメー!痛ェだろーが!!」

がばりと顔をあげた銀時が非難すれば、あァ!?、と土方からチンピラの如く凄まれた。

「テメーがアホなこと言い出すからだろーが!なにが嫁だ!つーか誰が嫁だ!!」
「んなもんおめーに決まってんだろーが。なんべん俺に突っ込まれてアンアン啼いたと思って――」

再び湯の中に沈められ、銀時の言い分は途中で絶えた。


* * *


子供の気苦労

「次はいつアルか?」

今度は定春と妙も一緒に、というのが嬉しくて仕方ないのだろう。宿を出てバス停へと向かう道すがら、来たときとは逆に自分たちの後を並んで歩く銀時を振り返り、神楽がわくわくとした様子で問いかける。

億劫そうに歩く銀時が「気が早ェっつの」と呆れれば、その隣からは「後ろ向きに歩くな、危ねェ」と注意が飛ぶ。なんだか土方はすっかり面倒見のいいお母さんのようだ、と新八は心の中でこっそり笑った。

「まず定春オッケーな温泉探すのが先だろーが」
「あと土方さんと姉上の予定を聞かなきゃ、ですよね」

銀時のだるそうな声に新八が続ければ、ゲ、と銀時の顔が引きつった。

「…ホントにお妙も誘う気だよ…」
「当たり前アル!今度は定春とアネゴと私たちの五人と一匹ネ!」

きゃほー!、と楽しげな神楽の歓声にため息をつき、ふと銀時が隣の土方を見やった。

「どした?」

どこか心配そうな声に釣られて新八も目を向ければ、土方は何やら考え込んだような深刻な顔をしている。

「トッシーどうしたネ?温泉、ムリそうアルか?」

神楽が眉を下げて訊ねると、土方は「あ、いや、そうじゃねェ」と否定した。

「その…、下手すりゃ総悟もついて来そうだと思ってな…」

もちろん嫌がらせで、と続ける土方に、銀時がはァ!?、と頓狂な声をあげる。

「オイオイオーイ、そんなことになったら、コレと喧嘩おっぱじめて宿破壊するに決まってんだろーが。損害賠償ハンパねェことになんだろーが!」
「そんなガキみてーなブスイなことしないアルヨ」

銀時に「コレ」と指し示された神楽は、銀時の不穏な予測に頬を膨らませてぷいとそっぽを向いた。

いや、絶対やるよね、と新八はその姿に苦く笑い――ふと、脳裏にもっと嫌な想像が浮かんだ。思わず頬が引きつる。

そんな新八に気づいた土方が「どうした?」と首をかしげた。

その心配そうな顔と飄々とした銀時を見やり、それより――と恐る恐る口にする。

「…近藤さんまでついて来たり、しないですよね…?」

新八の疑念に銀時と土方が息を呑むのがわかった。わずかに顔をしかめて、ちらりと視線を交わすふたりが思い浮かべているのは、恐らく新八が想像した光景と一緒だろう。

「…温泉が血の池地獄になるぞ…」

ゴリラの血で――と銀時が呟けば、ゴリラじゃねェよ、と土方が即座に突っ込むが、どちらの顔も浮かないものだった。同時に落とされたため息には疲れの色も見える。

あり得ない――などと、言いきれない。むしろ確率的には血の池地獄を見る可能性の方が高いだろう。

なんて前途多難で騒々しい未来が予測される家族なのか――。

新八の口からもまた、ため息がこぼれた。

夫婦の日ー(ちょっと遅刻)な万事屋家族。
(12/11/23 SSS up)
(13/01/14 改訂)

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