ガソリンと鬼ごっこ



万事屋の大して広くもない事務所の中、銀時は必死になって逃げ回っていた。

待ちやがれ!、と銀時を捕えようと追い掛け回すのは、最愛の恋人――などとは口が裂けても素直には言えないが、いわゆるそういう相手であるところの土方十四郎で、こちらもまたどこか必死な形相だ。

「よこせ!」
「やなこった!」

伸ばされた土方の手を躱し、ソファを乗り越える。

土方が動くに合わせてぐるぐるとソファを回る光景は、傍から見たら間の抜けた鬼ごっこのようだろう――そんなことを考えながらも、銀時の目線は土方の左手に握られた代物に注がれていた。

それは、なんの変哲もないただのペットボトルだ――中味さえ、まともなら。

だが、まともな訳はない。土方の動きに合わせてたぷたぷと揺れる液体は、透明度の高い、薄いオレンジ色をしている。

その色の液体で、銀時が真っ先に思い浮かんだのは――

「ってか、その手のソレなに、ガソリン!?なんでガソリン!?」

それ、だ。

つーかおま、ペットボトルに入れて持ち運ぶなよ警察だろお前!、と銀時が喚けば、「あァ!?」と土方から剣呑な目が返って来る。

「んなもん、決まってんだろーが!燃やすんだよ!」

ソレ、と土方が瞳孔開きっぱなしの目で指し示したのは、銀時が手に持つ数枚の写真で、銀時は内心ほぞを噛んだ。

何故しっかり隠しておかなかった、昨日の自分――などと後悔を噛み締めながら、「渡さねェよ」と土方の視線から庇うように、写真を背中に隠す。

その写真は、先日の逢瀬の際に銀時が撮ったもので、被写体は土方だ。土方は撮られたことに気づいてなかったらしい。それだけでも、土方はいい気がしないだろうということは、銀時にもわかっている。その上、撮ったタイミングがタイミングなのだから、そりゃもう怒髪天を衝いていることだろう。

銀時は写真に焼き付けられた土方の姿を思い出し、納得する。と同時に顔がにやけそうになり、慌てて頬に力を篭めた。

銀時のそんな寸時の思考を読んだのか、土方がわずかに顔を赤らめ、一層きつく銀時を睨みつける。

「てめー…、悪趣味なのもいい加減にしろよ」

んなモン撮ってんじゃねェよ、と低くこぼす土方の声には、怒りと同じくらい羞恥が混じっている――ように感じる。

「や、趣味いいんじゃねーの、俺?」

写真の中の土方は、それはもう堪らなく色っぽくて扇情的だ。

これを見て趣味が悪い、などと言う輩が居たら、お目にかかりたいくらいだ――わざと問題を逸らして銀時がそう言うと、土方はギッと眦を吊り上げた。

「あんなときに、んなモン撮ろうってこと自体が悪趣味だっつってんだ!!」

きっちり問題点を元に戻して土方が怒鳴る。

あんなとき、というのは先日の逢瀬で盛り上がり、箍を外してしまった交わりのことで、つまりこの写真はそう、いわゆる――ハメ撮りだ。


* * *


数日前、土方と人には言えぬ逢瀬を楽しんだのも、この万事屋でだった。

このところ土方が仕事で忙しかったために、こうして行為に及ぶのは約ひと月振りだということもあって、銀時は際限なくその体を求めてしまった。

「あ…あ、あ、ん」

何度となく突き上げ、精を吐き出させるうちに、疲労が溜まっていたこともあってか常以上に乱れた土方は陶酔して――ぶっ飛んだ。

理性の箍も外れたのか、声を抑えることもなく、ただ銀時の動きに合わせて揺すぶられている。

恐らく意識も朦朧としているのだろう、恍然と潤んだ瞳は焦点が合ってないようにも見えた。

「ひじかた、」

大丈夫か、と問うた声も届いていないようだった。律動に合わせて自らも腰を動かし、蕩けた表情で艶かしい声をあげる。

理性のぶっ飛んだ土方のその姿に、銀時の劣情はどこまでも煽られ、今ならセックスの連続記録更新も楽勝だ、などと思った。そのとき。

ふと、部屋の隅に置きっぱなしにしていた物を見つけ――閃いた。

それは、たまたま仕事で使ったカメラだった。これまたたまたま、フィルムも残っている。

ときたら、やるしかないだろう――銀時はにんまりと口の端をあげた。最初から現像は場所を借りて自分で行うつもりだったから、問題ない。

そう勝手に決めると、銀時は繋がったまま土方を抱きかかえるようにしてカメラを手に取った。その一連の動きでまた、土方が悩ましげに喘ぎ、切なそうに体を震わせる。

「ぅア、アッ、ん」
「土方、こっち向いて」

緩慢な動きでふるりと頭を振る土方に、こっち見ろって、と根気よく声をかける。

すると、涙の膜が張られた黒い瞳がようやく銀時に向けられた。

「な、に…」
「写真、撮っていい?」

にんまりとした笑みで銀時が訊ねても、土方は意味を解してないのだろう、茫と銀時を見上げるだけだった。

その様子に笑みを濃くし、「記念撮影〜」歌うように言いながら――もちろん腰を動かしたまま――カメラを構え、シャッターを押す。

茫洋とした土方の目はその光景を捉えていたが、銀時が何をしているか、わかってはいなかったようだ。銀時がいいところを狙って腰を動かせば、また嬌声をあげ、身を悶えさせる。

その官能的な媚態に恍惚としながら、銀時は何度も何度もシャッターを切った。



そして、昨日のことだ。

新八も神楽も出かけた万事屋で、銀時はこっそり現像したハメ撮り写真を取り出して眺め、ひとり悦に入っていた。――どころか、見ているうちに理性がぶっ飛んだ土方の痴態を思い返してしまい、うっかり下肢が反応しそうになっていた、そのときだった。

「――いるか?」

そんな声を伴って玄関の戸が開く音が聞こえ、銀時は慌てて立ち上がった。聞こえた声に、まさか、と思う。

突然の来客に――というより訪れた人物に驚いてバタバタと玄関に走り出れば、そこにいたのはやはり土方で、銀時の鼓動が強く跳ねた。

先ほどまであの写真を眺めて不埒な記憶に浸っていただけに、思わず動揺してしまう。

「ど、どした?いきなり」

どもりながら問うと、そんな銀時の様子に少し眉をひそめながらも土方は「ライター」ぽつりと呟いた。

「は?」

「見あたんねーんだよ、ライター。この前来たとき、忘れてってねェか?」

そっぽを向きながら、土方が続ける。

この前来たとき、とはつまり例の写真を撮ったとき――土方がぶっ飛ぶくらいに交わったときのことだ。土方にしたらその事実は気恥ずかしいのだろう。耳が赤くなっているのが見える。

そんな土方の姿にも元気な息子が反応してしまいそうで、銀時は急いで思考を切り替えた。

土方の言う忘れ物には心当たりがある。

「ああ、マヨ型ライターならあったぜ」
「…そうか」

目を合わせようとしない土方に、「ついでにちょっと休んでけば?茶ァくらいなら出すしよ」と下心満載で声をかけると、土方はそこまで読み取っていないのか「…邪魔する」とうなずく。

やりィ、と銀時は期待に胸をふくらませながら、土方を促していそいそと事務所へ戻った。

引き出しに隠していたライターを取り出し、

「ほれ」

机を挟んで立つ土方へと何の気なしに差し出して――銀時は固まった。サアと血の気が引いたようだった。

土方は硬直したまま、机の上を凝視している。

机の上――に置かれた、写真を、だ。

「…んだ、コレ…」

羞恥でか怒りでか、小刻みに震える土方の手が恐々と写真に伸ばされるのを見て、銀時の手が動いた。土方よりも先に写真を手に取る。

「いや、コレはアレだ――念写だ」
「…あァ?」

低く落とされた土方の声に、銀時の頬が引きつる。コレはやばい。本気で怒っている。

「えーと、あのな、土方君って色っぽいよねー、って。写真に残したいよねー、って。だから銀さん頑張って念写取得し――」
「嘘つけェェェ!!」

じりじりと距離を取り逃げを打とうとした銀時に、土方は大声でがなると抜刀した。

「ふざけんなテメー!なんつーモン撮ってやがんだ!!」
「なんつーモン、って、おめーだろーが!エッロいおめーだろーが!!」
「うっせェ死ねェェェ!!」

なにがエロいだふざけんな!と土方が刀を振りかざして斬りかかってきた。

あっぶね!と銀時が寸でで避ければ、それもまた腹立たしいようで「避けんじゃねェ!」などと、随分な怒り方をする。

「避けなきゃ死ぬわ!!」
「死ねっつってんだろーが!!死ね!!」
「生きる!!」


結局、机を挟んでの攻防は、土方の携帯が鳴ったことで終焉を迎えた。

忌々しげに万事屋を出て行く背中に、銀時はホッと安堵の息をついたのだが、明けて本日、土方は再び万事屋を訪れた。

その手にガソリンを携えて。


* * *


ソファ越しに対峙しながら、銀時はまあ待て、と片手で土方に落ち着くよう示す。

「や、でもさ、撮っていい?って一応訊いたぜ、俺?」
「あァ!?聞いてねーよ、んなこたァ!」
「や、それはホラ、おめーがワケわかんなくなるくらいイっちゃってたからじゃ――」
「いいから死ねェェェ!!」

土方が怒声と共にペットボトルを投げつける。銀時の顔面にヒットした至近距離からのその攻撃は、かなりな威力だった。

ぐげ、と珍妙な悲鳴をあげながらも、銀時は痛みより、

「俺ごとォォォ!?俺ごと燃やす気かてめェェェ!!」

足許に転がるペットボトルにゾッとした。



結局。土方の怒りを鎮めるため、銀時は渋々写真を渡した。

ネガもよこせ、と詰め寄る土方に、もうない捨てた、と言い張れば、不信げな目を向けられる。内心ハラハラながらも、もう二度とハメ撮りなんてしません、と約束すると、怒り心頭だった恋人は不承不承ではあったがようやく許してくれた。

別れ話にまで発展しなかったことにホッと胸を撫でおろし、だから――と銀時はひっそり決意した。


焼き直した写真とネガは、今度こそ見つからないよう厳重に隠しておこう――と。

※ガソリンは専用の容器に入れて持ち運び及び保管をしてください
(12/08/06 SSS up)
(12/12/08 改訂)

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