ミニスカポリスと摩訶不思議アドベンチャー



ヤバイ、コレは本気でヤバイ──。

デコボッコ教団を名乗るふざけた奴らのふざけたウィルスのせいで性別が逆転してからこっち、ずっと不可解で不愉快な思いをしてきたが、それでも今の状況よりはまだマシだっただろう、否、断然そっちの方が良かった。
というか、今がマズイ──。

着々と距離が縮んでいく煌びやかなネオン輝くお城に脳内で警鐘が鳴り響き、]子こと土方十四郎(現在女)は顔を引きつらせた。
つれて顎の肉がたぷりと揺れたのがとても鬱陶しくて忌々しい。


* * *


デコボッコ教団の騒動が収束してから早くもひと月近くが経とうとしていた。

土方たち真選組改めまん選組や万事屋一行とその関係者数名を残して元に戻った世界は、すぐに普通の秩序と無秩序を取り戻し、今ではそんな騒動など最初からなかったかのように、社会は何事もなく回り続けている。

否、それまでと同じ──という訳でもないのだろう。

地下に居たせいで元に戻れなかった面々が、ノリノリでだったり仕方なくだったりしながらも、それぞれの生活を選び見つけ、一部の者は新たな地位を築いている。

その最たる者が月雄と総子だ。

元真選組改めまん選組の隊士たちも、総悟を除き全員がキャバクラ「ミニスカポリス」などという店でキャバ嬢として働いている。月雄が計らい、近藤が決め、そうしてできた店だ。

当然、土方も]子として店に在籍する羽目になったのだが、内心途方に暮れる思いだった。

よりによって何故キャバクラなのか。

幕臣で侍だった厳つい男たちが女になったからといってミニスカポリスの格好でキャバ嬢だなど、まったくもってふざけた話だ。

おまけに──と今の自分の体型を考えると、余計にだった。

ミニスカポリスどころかミニスカポークだろう、などと揶揄され、腹が立って拳銃(本物)を言った奴の額に突きつけたりもしたが、正直自分でもなんでこんな体になってしまったんだ、と嘆きたくはあるのだ。

全身の肉が邪魔で動きにくいし、動くとすぐに息が上がる。
穴に嵌まって抜けなくなったりもした。
ダイエット、の五文字がずっと頭の中にあったことは否めない。

それでキャバ嬢って……と憂鬱にもなったが、それでも、安心していた部分もある。

そりゃあ客引きに出るなり馬鹿にされるようなことを言われればムカついたし、他の元隊士・現同僚キャバ嬢たちから宥めるかのような態度を取られて余計に苛立ったりもしたけれど、さすがに自分に客がつくことはないだろうと、土方は他人事のようにどこか高を括っていたのだ。

だというのに、だ。

]子を好みだ気に入った──などと言い出す男が現れ、事態は一変した。

月雄が言うには、その客は吉原でもB専なことで有名らしい。いい客を捕まえたな、とすっかり色男になった月雄にそりゃもういい笑顔で褒められたりもした。

その男──服部というらしい──は月雄が「いい客」と言うだけあって、金払いは確かに良い。
]子として接客しているあいだの態度も、ときおり腿──というか肉──を撫でるくらいなもので、総じて礼儀正しい振る舞いだった。


男の顔は目許が重い前髪で隠れてしまっていたが、スッと通った鼻梁と薄く形良い唇から、B専だが本人はBではないらしい、と窺えた。


言葉どおり]子はすっかり気に入られたようで、服部は毎日店を訪れては]子を指名し、湯水のように金を使って行ったのだが、それでもまだ土方は安心していたと言えば安心していた。


なんせここはキャバクラだ。精々一緒に楽しく酒を飲んで、少しの接触にさえ目を瞑ればそれで済む。苦水を飲むような思いでほんの数時間をグッと堪えていればそれで終わりなのだ。割り切っていたのだとも思う。

そしてそれが毎日続いていたからだろう。
服部に対する警戒めいた感情などすぐに薄れていき、今では全くなんとも思わなくなっていた。

だからその服部からアフターに誘われても、土方は断りきれずにうなずいたのだ──その判断を後悔する羽目になるとは、思いもせずに。


* * *


ヤベェだろ、これマジでヤベェだろ──内心冷や汗をダラダラ流しながら、土方は己の足に動くな動くなと念を送っていた。
けれど、そんな願いや自分の意思とは無関係に歩みは止まらず、なんだよコレェェェ! と心の中で悲鳴をあげる。

それは、服部と一緒に小さな飲み屋で軽く酒を飲み、店を出てからのことだ。
慣れた仕草で服部の腕が背中に回され、く、と力が篭められた次の瞬間、土方は体の自由が利かなくなってしまった。自分の意思と関係なく足が動き、服部が促す方へと歩いていく。

傍から見れば一見恋人同士に見えなくもないだろう。否、間違いなくそう見えるはずだ。土方は服部にもたれかかるようにして、自分の足を動かしているのだ──見た目的には。

なんだよコレ──驚愕もあらわに叫びたいのに、声すら出ない。それがもどかしくも恐ろしかった。

そんな状態で足を進め、やがて服部がどこへ向かおうとしているのかがわかると、今度は盛大な呆れと焦りとが湧き起こった。

服部が目指しているそこは、ひと目で何が目的なのかがわかる、大人のお城だ。

その建物を指さし、ちょっと休んでいこう?などと、服部が優しげに声をかけてくる。

──ふざけんな、なんで俺が

言い募り、憤りをぶちまけたいのにそれが叶わなくて小さく拳が震える。

それに気づいたらしい、服部はわずかに首をかしげるようにして土方の顔を覗き込んだ。

「アレ?]子ちゃん、震えてるけど寒い?それとももしかして、怖い?」

気遣うような声が余計に神経を逆撫でした。

震えているその理由の八割から九割は怒りだ。
こんなことになったそもそもの元凶も、今の自分の状況も、この得体の知れない男も、何もかもが腹立たしくて仕方ない。

そして、悔しいが残りは恐らく恐怖なのだろう──服部が言うように、

服部の底の知れなさ──感嘆するほどのB専振りもだが──に薄気味の悪さを覚え、腹の奥底からじわじわと恐怖にほど近いものが生じていた。

今の土方の状況は、間違いなく服部が何かを仕出かしたからだろう。それがなんなのかがわからないのも不気味だが、男自体が一番不気味で不安を掻き立てる。

一見してわかりにくいが、とても隙がないのだ、この男は。

──コイツ、なにモンだ──

内心の恐慌を押し殺しながら土方がきつく睨みつけると、背中に回されている服部の腕にぐ、とさらに力が篭められた。

「大丈夫だって、俺こう見えてもそのへん紳士だから優しく──」
「忍糸使っといてどこが紳士だこンのイボ痔忍者がァァァアア!」

突然、どこからともなく女の怒鳴り声がしたかと思うと、高速で物体が飛び込んできた。

驚くほど高さとキレのあるジャンピング・ニー・バットが服部の背中に決まり、うお、と服部が前方に転がっていく。

いきなりの出来事に目を丸くしながら、土方は自分を庇うように仁王立ちしている人物の背中を見つめた。なんでおめーが、と出ない声で呟く。

服部に先ほどの蹴り技を決め、怒りもあらわに土方の前で肩をそびやかしているのは銀時──銀子だった。

地面に尻もちをついたままの服部が頭を擦りながら銀子を見上げ、首をかしげる。

「なんだ姐さん、俺が痔持ちだって知ってるってことはアンタもしかして俺のファンかい?悪いね、俺ァアンタみてーな別嬪さんにゃあ興味ねェんだ。他当たってくれるか」
「ムカつくー!憐れむような声が余計にムカつくわ!俺ァテメーのファンでもなけりゃ姐さんでもねェェェ!おとなしくクソしてボラギノール塗って寝てろテメーは!」

がなるなり、銀子は服部の頭目掛けて木刀を振り下ろした。
それをなんなく躱した服部が、木刀と銀子とを見比べて頬を引きつらせる。

「この木刀──まさかお前、ジャンプ侍か!?なんでまだ女のまんまなんだよ!?」
「うっせェ!んなこと俺が一番言いてェわ!さっさと戻りてェわ!!」
「……え、てコトは、まさか]子ちゃんも……」

強ばった動きで服部の顔が土方に向けられる。
未だ動けない土方に代わり肯定を示したのは銀子だった。

「コイツもホントは男だ。俺やおめーと同じモン股にぶら下がってらァ」

銀子の下世話な説明に、服部はマジかよ、と頭を抱えた。]子ちゃんが男……などとぶつぶつと繰り返している。

そのまま厳しい顔──前髪でほとんど見えないから土方の想像だが──で考え込んでいた服部だったが、突然ハッと何かに気づいたかのように顔を上げ、土方を見やった。

「ってコトは]子ちゃん今なら処──」
「食いつくトコそこかァァァ!」

立ち上がるなり土方に寄ってこようとした服部を、銀子が全力でふっ飛ばした。

トドメとばかりに服部の尻へと木刀をブッ刺した銀子は、恐ろしく剣呑な顔をしている。

そんな顔のまま振り返った銀子が土方の周りを木刀で何度か払うと、ふっと体が自由になった。

「あ、動いた」

ホッと息をついて土方が胸を撫で下ろしていると、なにしてんだよ──と銀子の怒気を孕んだ低い声が地を這うように響いた。

「なんでこんなトコまでホイホイついて来てんだよ、ふざけんなよオメー!」
「ホイホイ、て……俺ァ──」
「それともアレか、上客ついてチョーシこいちゃったか。豚じゃなく女として見てもらって嬉しくなっちゃったか」
「誰もんなこたァ思っちゃ──」
「人のことアバズレとか言ってたけどォ、]子こそ尻軽のアバズレなんじゃないのォ、そーんな簡単にホイホイ引っかかっちゃってさァ。あ、もしかしてちょっとノリノリだった?あのイボ痔忍者に抱かれてもいっかなー、とか思っちゃったりしてた?銀子お邪魔しちゃったァ?ごっめーん」

土方の言い分も聞かずに銀子が女口調で嘲るように言い連ねる。

馬鹿にしたような笑みのその奥に怒りや侮蔑が透けて見えて、土方はきつく唇を噛みしめた。

さっきまで抱いていたほんの少しの怖さとか、銀子が現れて助けてくれた安堵とか、苛立ちとか、哀しいのとか──そんな諸々の感情が溢れて渦巻いていく。

「……っで」
「あァ!?」
「んでテメーにそこまで言われなきゃなんねーんだよ!馬鹿にしてーだけだったら他当たれ!そんなに腹立つってんなら俺なんか最初っから放っときゃいいだろ!」
「放っとけんならこんなにムカついたりしてねーよ!!」

泣きたくなるような感情の嵐に思わず大声で怒鳴ったら、銀子からそれ以上の声量で怒鳴り返され、土方はきょとと目を丸くしてしまった。

銀子のその真剣な顔と思いがけない剣幕に、荒れ狂っていた感情も全部どこかへふっ飛んでしまったようだった。

ぽかんとしたまま銀子を見上げていると、チッと舌打ちをひとつ落とし、銀子が顔を背ける。

てっきり土方を置いて立ち去るのかと思ったら、ぐいと土方の手首を掴み、背中を向けたまま歩き出した。

「ったくなんなんだよ、ふざけんなっつーの。んなナリだから変な虫なんてつかねェだろうって安心してたのに、なんでこんなことになんだよ。なんだよアイツ、マジおかしいんじゃねーの。ストライクゾーンがアウターゾーンすぎるだろ。つーかアイツ不細工専門だろ、なんでコイツがアウターゾーンに入んだよ。コイツ豚なだけで顔そのものはキレーだろーが。BじゃなくてDだろーが」

土方の手を引いて前を歩く銀子から、ぶちぶちとこぼしている声が聞こえてくる。

貶してるのか違うのか、結構失礼なことを言われているとわかっても、何故か土方はツッコミすら入れられなかった。

土方が言葉を挟めずに無言で後をついて歩いていると「──決めた」ぽつりと銀子が呟いた。

「ぜってェ探し出す」
「は?なにを」
「元に戻る方法に決まってんだろ」

決然と言うと、銀子は足を止めて振り返った。気づけばスナックお登勢の──万事屋の店先に辿り着いている。

「今のまんまでいいって奴ァ、好きにすりゃいいさ。だが俺ァ御免だ。やっぱ慣れ親しんだ息子がお留守だとおちつかねーし、こんなナリじゃ……なんもできねェ」

ハァ、と深くため息を落としたその姿は本当に困り果てているようだった。

──こんなナリじゃなんもできねェ

その言葉と様子から、銀子ではなく銀時に──男に戻って、女を口説くなり抱くなりしたいのだろうと土方は思った。

途端、何故かちくりと胸が痛んだ。

その理由がわからずに土方が内心首をかしげていると、不意に銀子が顔を覗き込んできた。

「……おめーもだろ?」

当然だ──土方が答えるよりも先に、銀子が「つーか」と続ける。

「こんな心配しなきゃなんねーのとか、俺が持ちそうにねーからよ……おめーも男に戻ってくんない?」

困り果てたように下がっている眉もその声もどこか気弱そうで、土方は滅多に見ない銀子──というか銀時の姿に自分まで困り果てる思いがした。

そんな心の内を押し殺し、強気な表情を繕う。

「……おめーに頼まれるまでもねェよ」

そんな可愛げのない返事になってしまったが、銀子は気にした様子もなく「うっし」とにっかり微笑んだ。

「そんじゃあ作戦会議といきますか」

未だ土方の手首を握ったままだった銀子の手がするりと動き、指を絡めるようにして手を握られる。

きゅ、きゅ、と何度か力を篭めると、銀子は「うは」と笑った。

「ぷにぷにでちょっと気持ちいいかも」
「うっせェ。男に戻りゃあこんな肉なくならァ」
「そんじゃあ今のうちにもーちょい堪能しとこーっと」

握り合わせた手を引かれ、銀子に続いて階段を昇った。──元に戻る、その方法を見つけ出す、その一歩だった。


* * *


デコボッコ教団の次の標的となった星に向かった土方たちは、そこで再びウィルスを浴び、ようやく元の性別に戻ることができた。

今までの鬱憤を晴らすかのように大暴れしてデコボッコ教団をボッコボコにしたのがつい先ほどのことで、今はワクチンを受けて元に戻ったクリス星人たちの歓待を受け盛大な宴会が繰り広げられている。

その賑やかな集団を抜けて外へ出ると、土方は無事残っている建物にもたれかかり煙草を咥えた。

深く煙を吸い込み、吐き出す。
やっと取り戻した本来の自分の体、その感覚に懐かしさと安心感を覚える。

とりあえず肉がない、というだけで体がひどく軽く感じるのが嬉しかった。

「ほんっと、あの肉はどこに消えたんだろーな」

摩訶不思議アドベンチャーだわ、などと続けながら銀時が現れたのは、一本目を吸い終え、二本目を咥えたときだった。

「コレに懲りてちょっとマヨ控えたら?」
「うっせェ。この体にゃあ影響ねーからいいんだよ」

煙を吐きながら、同じ高さに戻った赤い瞳をじとりと見やる。
というか何故女になったときはあんな身長差がついたのか、今となってはそれが不可解だ。

「いやいや、油断してると危険だぜー?」

そんな軽口を叩きながら、銀時がすいと手を伸ばす。それに煙草を持っていない方の手を取られ、土方はぎょっと目を丸くした。オイ、と慌てて周囲をぐるりと見回す。

だが、そんな土方の焦りなど気にもせず、銀時はあのときと同じように指を絡めると、「あのぷにぷにはどこ行っちまったんだろーねェ」などと感慨深げに呟いた。

「……さんざんTOKYO Xだの]子だの豚だの言ってたくせして、実はテメーも]子のふくよかなグラマラスバディにやられてたんじゃねーか」

ハン、と馬鹿にするように笑って言えば、銀時は「いやいや、]子のアレはグロテスクボディだからね」と即座に言い返してくる。

そのくせ土方の手をいじり、離そうとしないのが、妙に心をざわめかせた。

──こんなナリじゃ……なんもできねェ

銀時には男に戻ったら、やりたいことがあるのだろう。

少なくともそれは、こうして土方の手──それも男に戻った筋張った手だ──をいじり回すことではないはずだ。

ちくりとあのときの胸の痛みがまた生じ、土方は煙草のフィルターをぎゅ、と噛み締めた。

「……ま、めでたく皆戻れたんだ、これでおめーも惚れた女口説くなりできんだろ」

さっさとてめーのやりたいことをしろと、言外に含ませて銀時から自分の手を取り戻そうとしたが、思いのほか強い力で握り込まれていて叶わない。

あー、と銀時が気の抜けた声をあげる。

「そーだな。もうこんなことになんねーように、キッチリ言っとかねーとな」

今はないぷにぷにの感触を探すようにしていた指の動きが止まり、ぎゅ、と強く握り込んだ。

「っつっても口説き落としてーのは女じゃなくておめーなんだけど」


* * *


その後、地球は江戸に戻った土方たちは、本当に本来の生活へと戻ることができた。

それまでと変わったことといえば、密かに銀時と土方が恋人などというお付き合いを始めたことくらいだろう。──そのはずだった。
そのはずだと、土方は思っていたのだ。

だが、気恥ずかしいもののそれなりに甘く幸せな銀時との関係が続いていたある日のこと、町なかでバッタリと出くわした服部に

「別嬪さんは範囲外なんだが、]子ちゃんかと思えばアンタでもイけるぜ、俺ァ」

などと言われ、土方はまたしても妙な騒動が起こりそうな予感に目の前が暗くなる思いがしたのだった。

(13/04/15 blog up)
(13/07/07 up)

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