四月馬鹿
ニコ中ー、と自分を呼ぶ軽やかな声に土方は何事かと振り返った。途端、腹の辺りに朱色の塊が飛び込んできて、みぞおちへの頭突きに似た衝撃に一瞬息が詰まる。
「おま…ッ」
「ニコ中、今日は四月一日ヨ、エイプリルフールヨ」
突然の行為を咎めようとした土方を遮り、がばりと顔を上げた少女はそんなことを言った。
それがどうした──眉をひそめる土方に、神楽がにっこりと微笑む。
「私、故郷の星に帰るアルヨ」
少女の言葉に土方はぱちくりと目をしばたたかせた。
神楽が何を言っているのか、理解ができない。
故郷、星、帰る──
ぶつ切りのように脳裏で反芻し、ああそういえばコイツ天人だったな、なんてそんなことをぼんやり思った。
帰るのか──その言葉がふっと心に落ちてきたところで、神楽がエイプリルフールだ、と前置きしていたことに気づく。
エイプリルフール──つまりこれは神楽の嘘なのだ。
わざわざ嘘だと宣言してから言うのもどうなのだろう、とか、ここは土方も嘘で返さなければならないのだろうか、とか。
そんなことをまとまりなく考えていたら、
「そらァ…ちったァウチも静かになって万々歳だな」
勝手にぽつりと言葉がこぼれ落ちていた。
じっと土方を見つめていた青い瞳が細められる。
「ニコ中、銀ちゃんと一緒アルナ。四月馬鹿ネ、安心しろヨ」
土方の返しが気に入ったのだろう、にっかりと満面の笑みを浮かべた神楽はぎゅう、と一度強く抱きつくと、身を翻して駆けて行った。
まるで春の突風だ。
わずかな時間の出来事に呆気に取られながら土方がその小さな背中を見送っていたら、新八が反対方向からやって来た。ぽかんとしている土方に「すみません、すみません」と平身低頭で謝りだす。
もしかして新八は神楽のあとを追ってはこうして彼女に代わり詫びを入れて回ってるのだろうか──黒い髪の旋毛を見ながら、土方はそんなどうでもいいことを思った。
どうにも思考が上滑りを起こして空転しているように感じる。
「いや…べつになにされたワケでもねェし…つーかアイツのアレ、自分からバラしてエイプリルフールの意味あんのか?」
土方が首をかしげて問うと、顔を上げた新八は「あー…」と苦笑いを浮かべた。
「えっとですね…今までの被害者の皆さんの反応から、先に嘘だって言っておかないと、被害がとんでもないことになりそうでして…」
「被害?」
「ええ…」
最初の被害者は僕だったんですけどね、と新八が苦笑を深くする。
「やっぱり物凄く淋しかったですし。嘘だって知って安心したものの、それでもやっぱりちょっと、こう、最初の強烈なインパクトが残ってると言いますか…」
新八のその気持ちは、土方にもわかる気がした。
嘘だとわかっていても、なんだか胸の真ん中に穴が開いたような、そんな喪失感が未だ土方の中にあるのだ。
自分でさえこうなのだから、あの男はもっと──と何気なく考え、土方はぎくりと身を強ばらせた。
土方にやってあの男にやらない、など、神楽に限ってありえない。
「…まさかチャイナの奴、アレにもやったのか…?」
敢えて名前は出さなかったが、しっかりと通じたらしい。新八が、ええ、とこちらも強ばった顔でうなずく。
「二番目の被害者です…」
新八が言うには、朝いちで新八に四月馬鹿を見舞った神楽はそのまま銀時の部屋へと向かったそうだ。
近くの部屋である自分がその奇襲を知らないということは、恐らく土方が近藤の部屋にでも行ってるあいだのことなのだろう。
なんだよ、と寝起きの怠そうな姿で部屋の障子を開けた銀時に、神楽は開口一番「私、故郷の星に帰ることにしたアルヨ」と、嘘だという前置きもなく言い放った。
その瞬間、新八は銀時のまとう空気がひび割れたように感じたらしい。
あ、コレヤバイ、と思ったが、けれど銀時はなんでもないような素振りで頭を掻くと、
──あ、そ。喧しいのが居なくなって清々すらァ
まァ気ィつけて帰れよ、などと言い、障子を閉めてしまったそうだ。
閉められた障子越しに新八がエイプリルフールの嘘だ、と声をかけたが、聞こえているかどうかも怪しいのだという。
「神楽隊の皆さんは魂抜けてましたし、泣き出す人も出る始末で…。なので、やるんなら最初にエイプリルフールだって宣言してからにしろ、と──」
そう新八が言っている端から、えェェ!?と盛大な悲鳴が遠くから聞こえてきた。あの声は恐らく近藤だ。
「あ、あ──…!もーチャイナさん、おどかさんでくれよー!心臓口から飛び出るかと思ったァァ!」
続けて届いた涙混じりの声に「ああ、ほらまた…」と新八がため息を落とす。
「宣言しててもコレなんだから…」
そう言うと、新八は声のした方へと足を運びかけ──あ、と土方を振り返った。
「土方さんすみません、僕は神楽ちゃんの…というか被害者のフォローに回りますんで、銀さんの様子見て来てもらっていいですか? 多分あの人、まだヘコんでると思うんで…」
すみませんがお願いします、と言い残し、今度こそ新八は駆け出した。
遠くから「えェ!?」という近藤とは別の悲鳴が聞こえてきたあたり、神楽の被害者はこれからまだまだ増えるのだろう。
それを思うと駆けて行った新八にお疲れさん…と憐憫にも似た思いが生まれる。
遠ざかる背中を見送り、土方は自室のある方向へと足を向けた。誰よりも心を痛めただろうあの男の内心を思うと、落ち着かない気持ちになる。
居ても立っても居られずに、自然、部屋へと向かう足取りは早くなってしまった。
わざと足音を立てるようにして辿り着いた先、銀時の部屋は外から窺う分には中に人など居ないかのように空気が静まり返っている。
「──坂田、開けんぞ」
声をかけたものの、返事など最初から期待していなかった。
からりと障子を開ければ、背中を向けた銀時が部屋の真ん中で胡坐を掻いているのが見える。
土方が来たことに気づいてはいるのだろう。それでもぴくりとも動かない背中が痛々しく思えた。
先ほど生じた喪失感は、未だ土方の中にもある。そして銀時はそれ以上に強く感じたはずだ。反応を返すこともできないほどに。
それがわかるだけに淋しそうな背中が哀しくて愛おしくて、銀時へと歩み寄ると土方はその銀髪をくしゃくしゃと撫でた。
「…すっかり傷心のチチオヤだな」
「…土方、こっち」
顔を上げずに銀時が腕で自分の前に来いと促す。無言でそれに従い、向かい合うように腰をおろせば、すぐさま銀時の腕に抱き込まれた。
ぎゅうぎゅうとしがみつく腕が、なおさら痛々しく感じられる。
「…おめー、チャイナのアレがエイプリルフールの嘘だって、ちゃんとわかってんだろ?」
なんとなく感じてそう断言すれば、肩口に埋められた銀色の頭がこくりとうなずいた。
「でもホレ、今日のは嘘だったけどよ、いつかはアイツも宇宙に出たり嫁に行ったりとかすんだろーな、って思ったら、よ…」
肩口から銀時がぼそぼそと気弱なことをこぼすのが聞こえる。
その言葉に土方はああ、と気づいた。
嘘だと最初から告げられていても、それでも抱いた喪失感は、未来に向けてのものだったのかもしれない。
いつかはあの少女も大人になり、伴侶を見つけたり自分の道を選ぶ日が来るだろう。
そうしたら、そのとき、自分たちは──
「そしたら、皆で泣いて笑って送り出してやりゃあいい」
「…泣くワケねーだろ、バカだろお前」
今にも泣き出しそうな気配のくせに、銀時は強がるように言う。
そんな意地っ張りな男に土方は笑みをこぼし、慰めるように頭を撫でた。
「あの調子じゃあ近藤さんは間違いなく泣くぜ。だから安心しておめーも泣きゃあいい」
「安心して、の意味がわかんねーよ」
「そしたらきっちり慰めてやる、っつってんだよ」
「…ソレ、俺限定だろうな」
神楽のことで心を痛めている男が、それでも悋気を見せる。その様に土方は小さく噴き出してしまった。
「当たりめーだボケ。ふざけたこと言ってっとはっ倒すぞ」
「その前に俺が押し倒すっつーの」
言うなり、銀時は本当に土方を押し倒した。
畳の上に転がり見上げた男は、その双眸に哀しみを湛えていた。まだ来ぬ未来を思い、既に傷ついている。
「気が早ェっつーの」
恐らく、神楽が居なくなる未来のそんな日が来たら、自分もこの男も、隠れてひっそり泣くことになるだろう。
けれどそれはまだ先の話だ。
悲しみにくれるのも、慰め合うのも、まだまだ先のことになるだろう。
だが銀時は何かを言うでもなく、土方の首許に顔を押しつけるようにして抱き込んでくるだけだった。
気が早い──そう呆れ返るしかない。頬をふわふわとした天パの髪がかすめてくすぐったい。
なのに土方は銀時を突き放せなかった。銀時の甘えるような仕種で自分の中の不安や哀しみもわずかに薄らいでいくのを感じると、なおさらだ。
──ニコ中、銀ちゃんと一緒アルナ。四月馬鹿ネ、
未来に憂える前にとりあえず今は、四月馬鹿に騙された同士、慰め合うのもいいだろう。
「──オイ」
顔上げろ──苦笑混じりに促せば、銀時はゆるゆると顔を上げた。そこには未だに哀しみが滲んでいる。
土方はその顔を引き寄せると、ふたり分の哀しみを重ねるように唇を重ねた。
(13/04/01 blog up)
(13/04/29 up)
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