Around the world

【五月三日‐‐坂田銀時 2】

 目も開けていられないような強い光が唐突に消えた。ざわざわと雑踏の賑わいが聞こえてきて、その間音も絶えていたのだとそこで気づく。
 恐る恐る目を開ければ、周囲はあの奇妙な現象が起きる前と何ひとつ変わっていない、見慣れた光景だった。銀時は変わらず団子屋の店先で縁台に腰かけている。
 だが、見慣れた景色のなかに先ほどまで一緒だった見慣れた姿がない。
「土方!?」
 ガタリと立ち上がり周囲を見回したが、土方の姿はどこにも見当たらなかった。
 銀時は狼狽もあらわに慌てて通りへと駆け出した。チャリチャリと軽い音が手許から聞こえ、内心忌々しく舌打ちする。コレが原因なのだろう、それだけはわかる。
 賑やかな通りを当てなどなく走り回り土方を探していたら、不意に、
「……テメー……」
 背後から聞きなれた声が、けれど最近ではあまり耳にしないおどろおどろしい響きでもって投げかけられた。
「土方……!」
 声でわかっていたが、振り返ればそこに居たのはやはり土方だった。
 自分と一緒に奇妙な現象に巻き込まれ、どうなったのかと心配しただけに、全身から力が抜けそうなほどの安堵が込み上げる。
 ホッとして息を落とした銀時だったが、対照的に土方の様子はどうにもおかしかった。銀時をじとりと睨めつけ、青筋を立てている。
 間違いなくコレは怒っている、と知れる様相で、銀時は首をかしげた。
「……なんでご立腹よ?」
 まさかあの奇妙な現象に巻き込まれた際、何かとんでもない目に遭ったのだろうか──浮かんだ想像に銀時がサアと青くなっていると、土方は再び不気味なまでに低い声を落とした。
「たしか今日は屯所でおとなしく仕事するっつってたよなァ……」
「へ? 仕事?」
「それがなんでこんなトコでふらふらしてんだ、あァ?」
「え、ちょ、なに言ってんの? え、それともドッキリ!? またしてもドッキリ!? さっきの店から全部仕込み!?」
 土方の言っている意味がわからない。なんのことだと銀時が惑いふためくと、ふざけてんじゃねェ! と土方は怒りもあらわに声を荒げた。
「おめーこそなに言ってやがんだ! 意味わかんねェことほざいてねーでさっさと戻って仕事しろ!!」
「いや、だから仕事ってなんのだよ! 今日は依頼入ってねーっての! つーかここんとこ仕事ねーから素寒貧なんだよ! パチンコ行く金すらねェっつっただろーがさっき!!」
「さっきだァ?」
 怒り心頭に見えた土方の気配が、ゾッとするような殺気にほど近いものへと変わる。そんな恐ろしい空気をまとい──笑んだ。
「そんなワケわかんねーこと並べてでもサボりてェとは、いったいどーいう了見ですかねェ──坂田副長殿?」
 どこまでも物騒で恐ろしい、けれど凄艶な笑みに一瞬見惚れかけ──
「さかたふくちょうどの!?」
 その言葉を理解すると銀時は盛大に喚いてしまった。
「は? ふくちょう、って、真選組の? 真選組の副長ォ!? 俺がァァァ!? なに言ってんのお前、なに言ってんのォォォ!?」
 土方の言っていることも怒っている理由も全くわからない。涙目になりながら銀時が土方の肩を掴んでがくがく揺さぶると、土方はすう、とその目を眇めた。
 銀時を頭のてっぺんからつま先までつらりと検分する。
「……お前の名前と住所、あと職業──言え」
 からかってんのかと思ったが、土方の双眸は真剣そのもので渋々銀時は口を開いた。
「……坂田銀時、家は新宿かぶき町──で、万事屋のオーナー? 社長? まあそんな感じで、万事屋銀ちゃんっつーのやってるよ。従業員はツッコミ担当の地味な眼鏡と異次元胃袋のガキと、あとデケー犬が一匹」
 知ってんだろ、と思いながらも答えれば、土方はわずかに目を伏せた。
「……志村と、チャイナか……」
 何事かを考えていたらしい土方だったが、固い顔を銀時に向けると「──来い」と踵を返して歩き始めた。
「へ? え? なにごと?」
 訳がわからないまま、どこに連れていかれるのかとその後を追うと、意外にも土方が向かったのは銀時の家だった。
 間違いなく見慣れた我が家だというのに、何故か「万事屋銀ちゃん」の看板がない。それを訝しく思いながら階段を昇り、玄関の引き戸に手をかけると鍵がかかっていて開かなかった。
「……んだァ? アイツら出かけてんのか」
 神楽も新八も中に居ないらしい。しょーがねェな、と鍵を出そうとしたら、それよりも早く土方がポケットから同じ物を取り出した。
「……あれ? 俺、合鍵渡してたっけ?」
 酔っ払ったときにでも渡したのだろうか、と銀時が目を丸くして見れば、ちらりと向けられた土方のどこか痛ましげな双眸とぶつかり、息を呑んだ。そんな銀時をよそに、土方は玄関の戸を開けると、入れ、と銀時を促す。
「……ただいま帰りましたよー」
 足を踏み入れた屋内は、自分の家だというのに何かが違って感じた。
 居間の戸口で固まってしまった銀時に、後ろから土方の声がかけられる。
「……おめーはココで、万事屋ってのを営んでんだな?」
「ああ──つーかなんでそんな当たり前のこと今さら何遍も確認されなきゃなんねーのか、サッパリわかんねーんだけど。ドッキリならもう白旗揚げっから勘弁してくんね?」
「ドッキリなら俺も勘弁してもらいてーよ」
 振り返った先で、土方は壁に寄りかかってうなだれていた。
「おめーは俺の知ってる坂田じゃねェ──いや、おめーは「ここ」の坂田じゃねェらしい」
「……はい?」
 土方の唐突な発言に銀時は思わず目を丸くする。だが土方は疲れたようなため息を落としただけで、それには取り合わなかった。
「おめーんトコの様子は知らねェが……なんか変わっちゃいねーか、この家」
「……たしかになんか変な感じはすっけど……」
 銀時が眉を下げると、土方は顎をしゃくってみせた。見てみろ、ということなのだろう。促されるまま銀時は自分の家だというのに家捜しを始めた。
 居間やその隣の和室、神楽が部屋として使っている納屋の押入れから台所、風呂場と見て回ると、そのおかしさがわかり、不気味な不安が積み重なっていく。色々と有るはずの物が無かったり、無いはずの物が有ったりしているのだ。
 捜索を終え、呆然としたまま居間に戻ると、土方はソファに座って煙草をふかしていた。思いのほか静やかな目を銀時に向ける。
「……どうだ」
「……冷蔵庫ん中、いちご牛乳とマヨがぎっしり入ってたんだけどォォォ! なにアレ、ちょー俺とお前得なパラダイスで羨ましいんだけどォォォ!?」
「ソコかよ!」
 土方の隣に倒れこむようにして銀時が喚くと、途端ツッコミが返ってきた。
「こっちの……ここを借りてる方の坂田も以前ここで万事屋って仕事してたみてーだが」
 今は違う──そう言い、土方が続けた「こちらの銀時」の話は、銀時にとって俄かには信じがたいものだった。
 坂田銀時が真選組の副長──などというのだ。
「……マジでか」
「SFとかであんだろ、平行宇宙だかパラレルワールドだかってやつ。多分、ソレなんだろーよ。信じらんねーかもしれねーがな」
 つーか俺だって信じらんねーよ、と土方がこぼす。
「……や、それはなんとなく……わかる。つーか、そーなのか、って感じ」
 土方が信じられない、と言っているのは、恐らくその平行宇宙だかなんだか、という現象の方だろう。だが、そちらに関しては例の奇妙な現象を経験しているだけに、銀時は別段不信もなくすんなり受け入れることができた。
 銀時が信じられない、と思うのは、「こちらの銀時」に関してだ。
 真選組の副長だとか、なんの冗談だとしか思えなかった。自分の性格上、真面目に働く、などということ自体が合わないことこの上ない。だが、銀時と違って「こちらの銀時」は金に窮していないだろう、それを思うと少しばかり悔しい気もする。
 それに──
「こっち……つーか、俺んトコの土方君は俺のこと「坂田」って呼ばねーもん。てか名前すら呼ばねーもん。オイ、とか、てめーおめー、とか、良くて万事屋、だもん」
 それがちょっと──否、結構、羨ましかった。
 銀時がわずかに口を尖らせれば、土方はちらりと悪戯っぽい目を向けてよこした。
「……腐れ天パとかな」
「そうそうそう! っておめーもかよ!」
 思わず銀時ががなれば、土方はくつくつと笑いをこぼし──ふとその笑みがどこか淋しげなものになる。
「な──なに?」
 そんな様子に銀時がどぎまぎと狼狽えていると、土方の目がすうと下に下がった。
「……それがおめーの得物か」
 そう呟いた土方が見つめているのは、銀時が腰に差している木刀だった。
「おめーにゃあそーいう生き方の方が、合ってんだろうな……」
 再び銀時の全身を見、わずかに眉根を寄せた土方がぽつりと呟く。
 その表情はどこか苦しげで、銀時はああ、と悟った。目の前の土方は、銀時に「こっちの世界の銀時」を重ねて見ているのだ。
 よくまあ真選組の副長だなんて、と自分でも思ったが、土方──こちらの土方も、何か思うところがあるのだろう。それはきっと、こっちの銀時が副長として不出来だとかいう話ではない──恐らく。
「っつっても俺だろ? ならヤなことなんかするワケねェっつの。我慢し続けるのとか、ホント無理だから」
 銀時がため息まじりにこぼしたら、土方がわずかに首をかしげた。
 真選組の副長、など、性格的にも合わないということは誰よりも良くわかる。そして、どんな世界だろうと「自分」が嫌で仕方ないことを続ける訳がない、ということも。
「そんな窮屈な制服着てても、堅ッ苦しい肩書き背負ってても、それでもいいやって思えるんだろーよ、こっちの俺にとっちゃあよ」
 だから、好きで居るのだ──こっちの世界の自分は。それに関して土方が責任や負い目のようなものを感じる必要など、どこにもない。
 銀時ががしがしと髪を掻き回しながら言うと、ぱちりと瞬いた土方が──ふ、と微笑んだ。
「そうか」
 その笑みもぽつりとこぼした声も、わずかに安堵がまじったやわらかなもので、銀時は欲が込み上げてくるのを感じ、ぐっと拳を握り締めた。
 惚れた相手なのだ。目の前の土方は銀時の良く知る土方とは違う、とわかっていても、どうしたってこの顔には弱い。それがこんな表情を見せたりするのだ、抱き締めたりそれ以上のことをしたりしたい、という欲が沸くのは致し方ないだろう。
 それでも「この土方」にどうこうするのはさすがにマズイ気がして精神力をふりしぼり堪えていると、そーいやァ、と土方の穏やかな声が耳に届いた。
「さっきこっちの腐れ天パから電話があって、屯所に「俺」が居るそうだ。──行くか?」
「やっぱアイツも来てんのか……ってもしかしてこっちの俺と居んの!? え、ちょ、やばくね!? 俺と一緒とかやばくね!? てかなんかすげームカつくんだけど!!」
 幕臣で金がある自分と、自分の恋人が一緒に居るなど、なんだかとても面白くない。おまけに、今現在自分が不埒な我慢をしていただけに、脳裏で警鐘が鳴り響く。
 銀時が慌てふためいて叫ぶと、それを見て土方がぷ、と噴き出した。
「たしかに、同じだなァ」
 こっちの銀時も土方が銀時と一緒に居ると知って同じような反応をしたらしい。それを察し、銀時が「だろ?」と笑ったそのとき。
 銀時の手許からパァ、と光が生じた。
 んだソレ!? と土方から驚愕の声があがる。ああコレはさっきのだ、と銀時は妙に冷静に受け止めていた。
 正面には土方の驚いたような顔がある。その顔にふわりと綺麗な微笑みが浮かび──全てが白い光に包み込まれた。


(13/05/02)