Nobody takes seriously
「新八ィ、タオル持ってきてくれやー」
「はーい」
ガタガタと玄関の戸が開けられる音と同時に銀時の声がして、新八はソファから立ち上がった。
箪笥から洗い置きしてあるタオルを取り出し、廊下へ通じる戸を開ける。途端、強烈な酒の匂いが鼻を突いて、新八は思わず顔をしかめた。
真っ昼間っから酒を喫したのかこのマダオ──と半眼で玄関先を睨みつけたのだが、その想像は違うようだとすぐに思い直す。新八の視線の先で突っ立っているのはひとりだけでなく、ふたり――銀時と私服姿の土方だったのだ。
何事? と目を丸くする新八をよそに、銀時は「タオルタオル」と手招きする。
急かすその動きに従い近寄れば、意外にも酒の匂いは土方から漂ってくるようだった。おまけになんだか頭から長着の胸許まで濡れている。
「どうしたんですか!?」
そのカッコ――と新八が驚きのままに叫べば、土方は決まりが悪そうな表情で口を開いた。だが、何かを言うより先に
「いいからおめーは風呂行け、風呂」
酒臭ェっつの、と銀時からピシャリと指示が飛ぶ。
ムッとしながら風呂場へと向かった土方を見送り、仕方なく銀時に何故を問うと、たまたま市中で出くわした土方にパフェを奢らせるべく連れ立ってファミレスに行ったら、そこで昼間から酒を飲んでた他の客がケンカをおっ始めて巻き込まれたらしい。
土方は頭から酒をかけられるわ、銀時は頼んだパフェをひっくり返されるわで散々だった――などと言う。
そう説明した銀時は、風呂場へと長着を持って行ったかと思うと戻ってくるなりしょげた様子でソファに突っ伏した。恐らくパフェを台無しにされてショックなのだろう。
糖分王で甘味バカの銀時が、その大切な糖分を駄目にされたのだ。その落胆具合も受けたダメージも容易に想像がつく。
だが――と新八はじとりと銀時を睨みつけた。
「……ひとり土方さんにタカろうとした罰なんじゃないんですか」
新八と神楽抜きでひとり良い目を見ようとしたからだ、という思いから、同情などできやしない。むしろちょっとだけ、ざまァみろ、などとすら思う。
「いいじゃねーかよパフェの一杯くらい!!」
新八の冷ややかな声に、銀時はうつ伏せたままバンバンとソファを叩いた。なんだか涙声のような気もするが、やはり同情心など浮かばない。
浮かばないが――ふと、嫌な予感がした。だって、そんな目に遭っておいて泣き寝入りをするようなタマではないのだ――銀時も、土方も。
「……店、壊してないでしょうね……」
新八が恐々訊ねると、ようやく銀色の頭があがった。あァ? と胡乱げな双眸を新八へと向ける。
「俺はやってねーぞ」
「俺もやってねーよ」
銀時の返答に、もうひとつの答えが重なる。
見れば風呂上り――メチャクチャ早い――で銀時の長着を着た土方が、しれっとした顔で戸口に立っていた。
それに対し銀時が「はァ?」と頓狂な声をあげる。
「や、おめー思っくそキレて暴れてたじゃん。んでもって店の窓割れてたじゃん。アレ、ぜってェおめーの仕業だろ」
「あァ? そりゃてめーじゃねェのか? 糖分返せって木刀振り回してただろーが。言っとくが俺は刀抜いてねーぞ」
「でも殴ってたよね!? 酔っぱ二、三人殴り飛ばしてたよね!?」
「で、おめーがソレ踏んづけてたよな。何人かにジャイアントスイングかましてたよな」
銀時とその隣に腰をおろした土方が延々と互いの粗を突き合う。その大人げない遣り取りに新八は深々とため息をこぼした。
「……銀さんはともかくとして、土方さんまでナニやってるんですか……」
大人げない。あまりにも大人げなくてみっともない。
嘆かわしい、とばかりに新八が呆れもあらわな目を向けると、土方はばつが悪そうに目を逸らし、銀時は「俺はともかくってどーいう意味!?」などと喚いた。
「アンタは今さらだって言ってんです。――でも真選組は局中法度で私闘を禁じてるんですよね? いいんですか、町なかでそんなことして」
銀時にしらっとした一瞥を返してから、新八はまだ髪の毛先から雫がぱたぱたと落ちている土方へとわずかに心配を滲ませた顔を向ける。
「いや、今日のは私闘っつーより報復だから問題ねェ」
どこか拗ねたような口調で土方が言ったのはそんなことだった。
その姿に、アレこの人こんなにガキ臭かったっけ? などと意外に思いながらも、新八は「あのですね」と再び口を開く。ほんの少しだけ、あの地味な監察の気苦労がわかった気がした。
「って、そしたらどっからが私闘になるんですか……。銀さんとしょっちゅうケンカしてるのはなんなんですか」
「ソレこそ私闘じゃねーだろ、挨拶みてーなモンだろ」
「あー。「こんにちは」の代わりのメンチ切り、ってか? ふざけんなよおめー、なんだその物騒な挨拶!」
土方の顔を覗き込むようにして銀時ががなるが、土方はフン、と鼻を鳴らした。
「人の顔見りゃあタカってくる奴にはソレで充分だ」
「いっつもタカってるみてーな言い方やめてくんない!?」
「事実だろ」
「違ェよバカ!」
挨拶みたいなモン、という遣り取りが今日も今日とて繰り広げられ、新八は頭痛を覚えた。おかしい。新八の記憶に間違いがなければ、このふたり付き合ってるんじゃなかったか。
いい加減にしてくれないかなこのマダオども、などと冷ややかにマダオふたりを眺めやり――ややして新八は盛大な呆れから半眼になってしまった。
ぎゃあぎゃあと悪言を交わしているくせに、銀時は見かねたように土方の濡れた髪をタオルで拭ってやっている。そんな甲斐甲斐しい真似をしながら、銀時と土方は口悪く言い争っているのだ。
目の前に新八が居るというのに気にするでもないその光景に、
――挨拶みたいなモン、というより……
犬も食わないアレですか――そう思い至ると新八は再び深々とため息をついた。