穏やかな秋の日だった。
のどやかさが空気中にぽわぽわとたゆたっているようで、思わずあくびが出そうになっては、慌てて噛み殺す。土方がそのくり返しと戦っていると、隣から「今日はもういいんじゃねーですかい」と帰路を促す声がした。
「こんな日はなにも起こりゃしませんぜ。ウチの連中だって今ごろ暢気に『ドキッ☆男だらけの大運動会〜ポロリは勘弁☆〜』の真っ最中ですぜィ、ムサ苦しいったらねーや」
「そんなに参加したかったら今からでも遅くねェ、行ってこい」
「なに言ってんですかい、参加すんのは土方さんの方でさァ」
隣を歩く沖田はかったるさ全開で、あくびも全開だ。噛み殺したりなどしない。そんな姿に呆れながら、土方は仕事だ、とだけ返す。
そんなとき。
「もーらい」
気の抜けた声がしたと思ったら、現れた人物にすい、と口のものを奪われた。
いつのまに――と睨みつけた先では、なんだかいつもよりも気配が軽やかというか楽しげな男がへらりと笑っている。
その男は空に何かを描くかのように、土方から奪ったそれを動かしている。それは先ほどまで土方が咥えていた煙草だ。あくびとの格闘でフィルターには噛んだ跡がしっかりとついている。
「おや旦那、こんなトコにいらしたんで?」
沖田が首をかしげて男――銀時に訊ねる。こんなところにいていいのか、と含まれた言葉に、土方も同感だと銀時を見やった。先ほど、ケーキ屋の前で偶然出会った志村妙とチャイナ娘との会話で、今日が何の日なのか知ってしまっただけに、早く行けとすら思う。
「ちょっと用があってな」
だが当の本人の答えはしれっとしたものだった。万事屋の連中や妙が待っているだろうに、意に介した様子もない。
「――さっさと済ませて帰れ」
口に出すのも癪だったが、チャイナ娘たちの楽しげな様子を思い出して少しばかり憐れんでしまった土方がそう言うと、「もう済んだ」と返ってくる。なら帰れ、と睨めつけた先で、銀時はくるりと煙草を回して人差し指と中指ではさむと、そのまま自分で咥えた。
初めて目にする姿に、土方は軽く目を瞠った。意外と様になっているのがなんだか悔しい。
そんな土方に、銀時が悪戯を成功させた悪ガキのような笑顔を向ける。
「間接キッス〜」
歌うような調子でそんなふざけたことを言うと、銀時は土方が握り締めた拳を放つ前に身を翻した。ひらりと手を降り、じゃーなー、と背を向ける。
「毎度ありー」
ふわふわと揺れる白い髪が雑踏に紛れて行くのを見送り、土方は舌打ちした。
「――アホか」
まさか用というのがこのことじゃないだろうな、とすら訝しんでしまう。最近とみにつきまとっては好きだのなんだのふざけたことを口走るふざけた野郎なだけに、ありえなくもない、などと思えるのが頭痛の種だ。
だが――、
「もっとマシなもんねだりゃあいいだろうに」
吸いかけの煙草ひとつ、など。
そんな益体も無いものを、今日という日を盾に取るでもなく、手にしたなんて。
なんなんだ、と土方は髪を掻き回した。こんな日くらい、好物の団子でもパフェでもなんでも、口に出して構わないだろうに。いつも以上に傍若無人に振舞えばいいだろうが、と苛立ちと困惑が頭の中を巡る。もっとも、ねだられたところでくれてやる気などないが。それでも――。
もやもやとした気分のまま、新しい煙草に火をつける。そんな土方を見やる沖田のしらっとした目が、なにを簡単にくれてやっているんだ、と言外に告げていた。
「だからおとなしくポロリに参加しとけって言ったんでさァ」
「ポロリは厳禁だ」
「どーせ今ごろ近藤さんあたりがポロリしてますぜ」
「勘弁してくれ……」
有り得るから困るんだよ、とため息をこぼした。何が一番有り得て何に一番困っているのかは、見て見ぬ振りをする。
見上げた空は澄んで青く、暖かくゆるやかな日差しが世界を包んでいる。
こんな困りごとなど馬鹿馬鹿しくなるほどどこまでも暢気な日で、土方は煙を吐くに紛れて息を落とし、あのふざけた男が生まれたというには相応しい日だ、と、苦笑した。