頼みたいことがある、と突然近藤から電話で呼び出され、万事屋一行は真選組の屯所を訪れた。
真選組から仕事の依頼だなんて珍しいですね、と新八が言えば、アイツらナニ企んでるか知れたもんじゃないネ、などと神楽が訳知り顔で返す。そんなふたりの遣り取りに、金になんならいいんじゃねーの、と気のない声を出しながら、銀時は内心わずかな期待に胸を躍らせていた。その姿をちらりとでも見られたらいい、というささやかで可愛らしい期待だ。
だが、屯所の門をくぐると同時に感じた違和感に、銀時たちは顔をくもらせることになった。
何かが変だ――入り口に立ち、見あげた屋敷にそんなことを思う。「静かアルな」と落とされた神楽のひと言で、その違和感の正体が知れた。真っ昼間だというのに、人のいる気配がしない。屯所を訪れること自体滅多にないが、それでも何かがおかしいと感覚が伝えている。
人の気配がほとんど感じられない広い建物は、どこか現実感が欠如しているかのようだ。なんだか不気味ですね、と青い顔でこぼした新八に、オイオイなんだよおめー、ビビッてんの? などと馬鹿にしたように返したものの、得体の知れない薄気味の悪さに銀時も内心、尻込みしていた。おまけになんだかとても嫌な予感がする。
出迎えた若い隊士にこちらです、と通されたのは入り口にほど近い座敷だった。隊士が失礼します、と中に声をかけて襖を開ける。どうぞと勧められるままに室内へと足を入れれば、そこには三つの人影があった。電話をよこした近藤と、よく見かける坊主頭の男、そして土方の三人だ。
座卓を囲む近藤と坊主頭の男が制服姿なのに対し、土方だけが黒の長着をまとい、ひとり我関せずの態で開け放たれた障子から外を眺めている。見かけることができれば、と密かに思っていた姿だったが、その微動だにしない背中に銀時は眉をひそめた。室内に満ちるどこか張りつめた空気と相俟って、奇妙な不安感を覚える。
銀時たちが固まっていると、まァ座ってくれ、と近藤が促した。
「すまんな、皆出払っているから茶などは出せんが、まァ楽にしてくれ」
座卓を挟んで向かい合うように腰をおろした銀時たちに、近藤が笑ってみせる。だがその笑顔も強ばった硬いもので、銀時は土方の背中と近藤とに視線を走らせた。
「――で? なんかヤな予感がすんだけど、なんの用?」
嫌な予感――屯所に足を踏み入れてからしだいに強くなっていく感覚を、それでも顔には出さずに、銀時が問う。近藤はそれなんだが、と神妙な顔で切り出した。
「人を――いや、天人をひとり、探して出してほしい。できるだけ早急に、だ」
近藤が告げた用件に、万事屋一行は揃って、は?、と眉根を寄せた。
異様な空気とそんな真っ当な依頼が結びつかなくて困惑する銀時たちを、近藤と坊主頭がじっと見つめる。その姿が悲壮じみていて、銀時は胸の奥底でざわりと蠢いた嫌な想像がふくれあがるのを感じた。
人探し、それもできるだけ早急に――そんな内容や、近藤と坊主頭のどこか焦りを滲ませた気配に、それだけで尋常でない事態が起きていると知れる。こちらの話を聞いてもいないのか、身動きひとつしない土方の背中が余計に不安を掻き立てた。
新八と神楽の窺うような視線を感じて、銀時は渋々といった口調で「詳しく言え、聞いてやらァ」と先を促した。
近藤にひとつうなずいてから、坊主頭――原田が口を開いた。
一昨日、原田と土方が市中見廻りでかぶき町を通りかかった際、チンピラ数名に囲まれている天人を見かけたのだという。
職業上、看過する訳にもいかず、原田と土方は仲裁に入ろうとした。そのとき、天人がなにやら喚きながら小さな壺を取り出したのが見えたらしい。なんだと訝しく思う間もなく、天人は突然その中味をぶちまけ、駆け出した。
恐らくその行動は逃げるための防衛行為だったのだろう。天人の狙いはチンピラたちだったはずだ。
だが、逃げようとする動きから天人の狙いが狂ったのか、それを引っ被ったのはチンピラではなく、土方だった。
「そうしたら副長の体からこう、ふわっと白い煙みてェなのが出てきてな、その壺の中にするっと入っていっちまって……」
副長がこんなことに――と悔しそうに続けた原田の言葉に、じわりと嫌な汗が浮かぶ。銀時は一度もこちらを振り返らない土方の背中を見やった。
「こんなこと、って……いったいどうなったんです?」
銀時が気になって仕方のないことを、代わりのように新八が訊ねる。
新八の問いに、近藤はうん、とひとつうなずくと、土方に近寄った。「トシ」とその肩に手を乗せ、半ば抱えるようにして土方の体を銀時たちの方へと向ける。
一見して怪我などは見受けられない姿だが、常との強烈な差異に銀時は言葉を失った。
彼らしくもなく茫洋としている顔は相変わらず整っていたが、その顔にもいつもはきつく睨みつけてくる黒い双眸にも、なんの感情も見受けられない。銀時たちの方を向いているというのに、その目はまるで何も映していないかのようだ。
否、映し出していないどころか――
「俺ァその壺に吸われたっていう煙みてェなのは、トシの魂なんじゃねェかと思うんだよ……」
まるで抜け殻のようだ――銀時がそう思ったのが聞こえたかのように近藤が言う。
「だから、トシを元に戻すためにも、その壺を持った天人を捕まえてほしい」
頼む、と近藤と原田が頭をさげるのを、銀時は呆然と眺めた。
近藤の話によると、屯所の中に人がほとんどいないのは、一昨日からほぼ全員でその天人を探しに出ているためだった。だが、総力をあげて捜索しているというのに、一向に天人の行方が掴めない。そのため、銀時たちに協力を依頼することにした。その天人がチンピラに絡まれていた現場がかぶき町だったことから、真選組よりも銀時たちの方が詳しいのではないか、と思ったのだという。
唯一天人を実際に見た原田が言うには、その天人は緑色の肌をした中肉中背の気弱そうな見た目――という、特徴があるようでないような外見だったらしい。
「……それだけで探せってか」
半眼になる銀時たちに、原田は「そう言うだろうと思って」と一枚の紙を差し出した。天人の似顔絵を描いたのだ、と得意げに言うのだが――原田作だという似顔絵は、その役目を果たしやしないだろう、と思わせる出来だった。
「んだよ、全然わかんねーよ、緑ってことしかわかんねーよ。緑っつったらおめー、ピッコロさんだろーが。ピッコロさん探せってか。アレ? むしろピッコロさん探した方が早い? コレ」
「ピッコロの真似したひち●りかもしれないアルヨ」
「ひち●りはおめー天人じゃねェだろ。つーかいつの話だよ」
似顔絵をひらりと振りながら銀時が呆れを装うと、こちらは心の底から呆れ果てているらしい神楽が便乗する。
散々な言われようにでかい図体で肩を落とす原田を、まァまァ、と新八が宥めるのを横目で見ながら、銀時は大きくため息をついた。
「ま、やるだけやってみるけどよ」
内心の焦燥やら心痛やらを押し殺して気のない素振りでそんなことを言うと、近藤はどこか淋しげに口の端をあげた。
「明日までに……ってェのは、さすがに無理な話か……」
近藤が力なく笑う。明日までに――と、自分もまた願っていただけに、銀時の胸がちくりと痛んだ。
明日、五月五日は土方の誕生日だ。
銀時にその知らせをもたらした情報源――地味な監察の男だ――は、当日ささやかながら夕餉の席で祝う予定だと、そう言った。
もっとも、祝われる本人が仰々しいものや派手やかに飾り立てられたものを厭うから、精々が食事とともに一杯、酒盃を仰ぐだけのものらしい。
だが、地味な監察の男はそれでも祝えるのが嬉しそうだった。その姿に苛立ちが込み上げ、脅すようにして団子をおごらせたのは、完全に八つ当たりだ。
地味な監察の男こと山崎の口ぶりから、彼だけでなく近藤や原田たち皆が土方の誕生日を――その日を祝えることを――心待ちにしていることは窺い知れた。先の近藤の言葉で、それが当たっていることも。
彼らの嬉しそうな姿を面白くなく思う気持ちがない訳ではない。それでも、祝いたいという近藤たちを馬鹿にするつもりはなかった。むしろ、俺だって――と、ただ銀時は口には出せない想いを噛み殺しているにすぎない。
自分と土方は仲が悪い――そう周囲に思われているだろう自覚はあった。
実際、出会った当初から諍いは絶えなかったし、今でも町なかなどで顔を合わせればどちらからともなく憎まれ口を叩く。喧嘩を売るようなそれを契機に掴み合いへと発展することもしばしばだ。
そんな遣り取りが当たり前すぎて、周囲の連中――特に近藤や新八などには、今さらだとばかりに気にも留められていないことも知っている。
だがその実、ずっと張り合い罵り合っているばかり、という訳でもなかったりする。周りには知られていないが。
しつこいくらいにねだりまくって団子をおごってもらうことに成功したのをきっかけに、ときおり土方の腕を引いては団子屋やらファミレスやらに連れ立つようになった。偶然を装って居酒屋で鉢合わせれば、なんてことのない会話を肴に酒を酌み交わしたりもする。
土方は単に金に窮している銀時にたかられているとしか思ってないだろう。ときには「そんなに困ってんのかよ」と哀れむような目で見られたりもした。そんな態度に反発を覚えたり胸が痛くなることもあったが、金がないのは事実だけど、おごってもらうのが目的な訳ではない――とは、到底言えないので、へらりと笑ってごまかしていた。
笑ってごまかしながら、土方とそんな時間を共にできるよう、そうして少しずつ距離を縮めていたのだ。
自分の感情に気づいてからの涙ぐましい努力に、銀時は我ながらいじましいんだか、いじらしいんだか、と苦笑するしかない。
自分の感情――すなわち、土方に対する恋情だ。
いつからだとかもわからないまま、気づいたときにはどうしようもないほど土方に心を傾けている自分がいた。
凛とした背中も、頑ななまでに一途で真っ直ぐな魂も、歯痒いほどに不器用で、でも彼らしい優しさも、全てに心を揺さぶられ、惹かれていたのだ。
だから、山崎から土方の誕生日を聞きだした銀時は、半ば無理矢理土方と飲む約束を取りつけた。明日――つまり土方の誕生日である五日に、なじみの居酒屋で、と。
屯所で仲間たちに祝われるのは知っている。それを少しばかり面白くなく思うものの、その邪魔をしたい訳ではない。誕生日という年に一度のその日に力を借りて気持ちを伝えようというのでも、ましてや同じ感情を返してもらえたら、などという期待を持っている訳でもない。
ただ、土方の誕生日に、わずかな時間でも一緒に過ごしたかっただけだ。そして、おめでとうのひと言を伝えられたら――そう思っていた。
そんな他愛もない、けれど大切な時間を積み重ねたかった。その重ねた時間がいつかは――という望みに繋がればいいという、密かな願いをこめて。
屯所からかぶき町へ戻ると、知り合いという知り合いに「気の弱そうなピッコロ」を見かけたら知らせてくれと連絡を入れた。
そんな曖昧な情報だというのに――否、曖昧だからこそか、「気の弱そうなピッコロ」の目撃情報はすぐさまもたらされた。「これならそっこー見つかりそうじゃね?」などとちょっと浮かれたくらいに幸先が良い。
だが、そんな軽口を叩く余裕があったのは、ふたり目までだった。四人目のピッコロと向かい合うころには三人とも口数が少なくなり、五人目との対面を終えたときには無言になった。
そして六人目も空振りに終わった今、万事屋三人の足取りは重いものとなっている。
曖昧すぎて逆に絞り込めないのだろう、六人のピッコロは全員外れだった。
近藤たちの前ではいつものやる気のない態度を繕えたが、時間が経てば経つほど銀時からそんな余裕のある振りが剥がれていく。その姿に神楽などは「銀ちゃん顔怖いアルヨ」と眉をひそめたが、彼女も新八も顔を強ばらせていた。
明日までに――近藤のその言葉が意味することを知った子供たちも、それなりに思うところがあるらしい。
既に夜も更け、かぶき町はけばけばしいネオンで彩られている。日付が変わるまであと数時間しかなかった。
おめでとう、というたったひと言を果たして素直に口にできるか、という危惧はしたが、こんな形で土方自身を失うかもしれない、など。考えてもみなかった事態に、不安から気ばかりが急いていく。
そんなじりじりとした焦燥を抱きながら、酔客や客引きで賑わう通りを歩いていると、人波のなかから妙の店で見かけたことのある男――店員だ――が、銀時たちに向かって駆けて来た。
「お妙ちゃんが「それっぽいのが来た」って。そう言えばわかるって言ってたんだけど」
銀時たちを探し回ったのだろう、男が息を切らせて伝える。七人目だ。
時間が時間だったので新八と神楽を先に帰らせると、銀時は男とともにスナックすまいるへと向かった。
すっかり顔なじみになった店長に妙がついているテーブルを教えてもらうと、そこに座っていたのは確かに緑色の肌で気の弱そうな顔立ちの天人だった。原田が描いた似顔絵には似ても似つかないが、ハナからそれは当てにしていない。
銀時に気づいた妙が小さくうなずいたのを見て、そちらへ足を運ぶ。
「オイオイ、テメーよくも逃げてくれやがったなァ、オイコラ。一昨日の落とし前、きっちりつけてもらおうか、あァ?」
因縁をつけていたというチンピラの仲間の振りをして、銀時は気弱なピッコロの隣にどっかりと腰掛けた。この小芝居も七回目だ。
気弱なピッコロが「ななななんのことです」などと怯えた様子で銀時から距離を取ろうとするのを、反対側から妙が阻止する。銀時はオイオイ、と人の悪い笑みを作りながらピッコロの肩に腕を回した。
「とぼけんじゃねェよテメー。今日はポリ公の邪魔も入んねェからなァ、逃げられると思うなよ」
コレが外れだったら、あと何回ピッコロ面談やることになんのかなァ、などと思いながらも小芝居を続けた。
六人のピッコロはこの辺りで「本当になんのことかわかりません」と泣きが入ったのだが、さてこいつはどう出るか――とわずかな表情の変化も見落とさないよう様子を窺う。
「ししし知りませんよ、知らない、知らないっ」
挙動不審に繰り返した七人目のピッコロが、右手をそっと懐へと差し入れた。次の瞬間、
「知らな――ッ!」
「――ンだ、こりゃあ」
ピッコロが動く前に、銀時はその腕を掴むと捩じあげた。その手には小さな壺が握られている。
ナントカ大魔王が出てきそうだな、小せェけど――などと暢気な感想も浮かんだけれど、それ以上にコイツが、という憤りが湧き起こった。
コイツのせいで土方があんな人形のような抜け殻の姿にされたのか――凶暴な感情のままに、口の端をいびつにあげる。ピッコロがびくりと身を竦ませた。
「さーて、コイツのことを詳しく教えてもらおうかァ、ピッコロさんよォ」
凶悪な笑顔で銀時が言うと、ここで暴れるのはやめてくださいね、とお妙が場違いなまでに穏やかに微笑む。
二種類の笑みに挟まれ、天人はすみませんでした――とがくりと頭を垂れた。
そろそろ日付も変わろうかという時刻だが、やはり屯所の中には人の気配がほとんどしなかった。幾人かを残し、隊士たちは未だ江戸の町を捜索しているのだろう。
銀時は声もかけずに勝手にあがると、しんと静まり返った廊下を進んだ。昼間通された部屋の襖を開けると、灯りも点いていない室内で土方がひとり、閉められた障子にもたれていた。
ピッコロもどきの天人を問い詰めたところ、「壺」は中の液体を掛けられた人物の「中味」――やはり近藤が言うように魂とか精神体とか呼ばれるものらしい――を吸い取るのだという。
放っておいても「中味」は一週間かそこらで自動的に壺から本体へ戻る、と天人は言った。
一週間も待てるか、とさらに締めあげて、強制的に元に戻す方法を聞き出したのは、誕生日に間に合わせたいという気持ちもあったが、それ以上に一刻も早くいつもの土方を取り戻したかったからだ。絞め殺さんばかりの勢いで天人に噛みついた銀時の姿には、余裕も何もなかっただろうと自分でも思う。
銀時は室内灯を点けると、土方の正面にしゃがみ込んだ。土方の頬をそっと両手で包み、顔を合わせる。自分の方を向いている黒い瞳はやはり何も映していないようで、銀時は「そりゃツラも好きだけどよォ」と切なく眉をさげた。
「やっぱ中味がねェとなァ……」
もちろん彼の見た目も好きだが、それだけではやはり足りない。それは以前、土方が妖刀に魂を食われたときにも思ったことだ。なによりもその中味に――彼の魂に惹かれたのだ、とつくづく痛感する。
だから――と銀時は小さく呟いた。
「戻ってこい」
懐から取り出した小さな壺を畳の上に置くと腰から木刀を抜き、柄頭で叩き割る。粉々になった壺の残骸からぶわりと霧のような白い気体が舞ったかと思うと、それはすう、と土方の体に消えていった。
あれが魂だか精神体だかいう「中味」か、と銀時が見つめていると、それまで茫としたきり身動きひとつしなかった土方が、突然がくりとその場に崩れ落ちた。
「土方!」
慌ててその体を抱え起こす。壺を壊せば強制的に「中味」は本体へ戻ると天人は言っていたが、何か方法を間違えたのだろうか。
意識を失ったのか、くたりとした土方に銀時が青くなっていると、ふるりと土方の瞼が震えた。銀時が息を詰めて見つめるなか、ゆっくりと土方が目を開ける。
何度か瞬きをくり返すと、土方はふうとその双眸を銀時に向けた。
「――万事屋……?」
ンだ、夢か?、と土方が訝しげに眉をひそめる。いつもの土方だ。灯りを受け、強く輝く瞳が意思を持って真っ直ぐに銀時を映している。そのことが嬉しくて、土方をきつく掻き抱いた。
「よかった……」
元に戻ってよかった――こぼれた声は自分でもおかしいほどに震えていた。
銀時が深々と安堵の息を落とすと、腕の中の体がぴくりと強ばる。土方のその動きに、銀時はハッと我に返った。
瞬時に今の状況から起こりうる事態を予測した脳は、ヤバイ――とそれだけを弾き出す。
いやあのその、と慌てて体を離そうとしたら、それより一瞬早く、土方の腕が背中に回された。その感触に、今度は銀時の体が強ばる。
「――土方……?」
肩口に埋められた、黒く羨ましいほどに真っ直ぐな髪を、きょとと見やる。本人に知られていないとはいえ、惚れた相手にこうして抱き返してもらえたりなどすると、どうにも邪な期待を抱いてしまうのだが。
銀時が困惑しつつも不埒な葛藤をしていると、土方がふうと息をついた。
「……おめー必死すぎ」
肩口から届いた土方のくぐもった声に、銀時はカッと顔が赤くなるのを感じた。
まさか、あの余裕のない姿を見られてたとか、ないだろう。ないないあるワケないから――と自分に言い聞かせ、なんのことだと空とぼける。
「あァ? いきなりなに言ってんのお前。誰が必死? いつ必死?」
「一週間も待ってられっか、今すぐ返しやがれ――だったか?」
聞き覚え、否、言い覚えのある言葉を返されて、いよいよ銀時の体は固まってしまった。その反応に、土方が小さく噴き出す。
「どうやら夢じゃあなかったみてーだな」
どこか楽しげな声にも、銀時の羞恥は増していくばかりだ。
――一週間も待ってられっか! 今すぐ土方返しやがれ!
放っておいてもいずれ戻る、と言ったピッコロもどきに、銀時は確かにそう怒鳴った。土方はそのとき元には戻っていない。魂だか精神体だかは壺の中にいたことになる。もし、ピッコロもどきへの怒声を本当に土方が聞いていたとするなら、
「……聞、こえて、た、ってかァァァ! チクショォォォ!!」
スナックすまいるで壺を手にしてからこの部屋でそれを叩き割るまでの全てを聞かれていた、ということだ。
壮絶な恥ずかしさから盛大に叫んだら、うるせェ!、と土方に怒鳴られた。うるせェっておめーなァ、と反射的に言い返そうとして、ふと土方がまだ肩口に顔を埋めたままなことに気づく。
それを疑問に思っていると、その音が絶えた一瞬を見計らったかのように、ポーン、と暢気な機械音が鳴った。音の出所である掛け時計を見ると、針は零時丁度を示している。
「……一週間も待てるワケねェだろ、クソ」
小さく独り言ちると、銀時はそっと土方の体を押し離し、時計を顎で示した。
「ハイ、日付変わりましたー。今日は五月五日です、おめでとー」
照れ隠しからぶっきらぼうな口調で言うと、土方は驚いたような顔で銀時を見つめた。今日がなんの日かを銀時に知られていると思っていなかったのだろう。目を丸くして、まさか、と呟く姿から、そのことがありありと見てとれた。
そんなに驚くことか?、と、気のない振りを装いながら銀時が見返すなか、じわじわと土方の頬が赤くなっていく。え、と思わず先ほどまでの壮絶な羞恥も忘れて凝視してしまったほどだ。銀時の視線に、ハッとして土方が顔をうつむける。
いやそれでも耳まで赤いの丸見えだけど、と驚愕からぶしつけなまでに見つめていると、
「見てんじゃねェ」
クソ、と土方が悔しそうに吐き捨てた。
間違いなくコレは照れているな、と銀時はそんな簡単なことにようやく思い至る。
照れている、ということは、嬉しいのか土方は。あんな可愛げのない言い方になってしまったというのに――そう思ったら銀時のなかにじわりとあたたかいものが広がった。
それは愛しさ、としか言いようのないもので、胸の中を満たしたそれに、堪らず「土方」と呼びかけた。もう一度、ちゃんと言葉にするために。
「誕生日おめでとう」
「……ありがとうよ」
「んでもってお帰り、土方」
「おう」
「誕生日に間に合ってよかった」
「おう」
「好きだ、俺と付き合って」
「おう――あ?」
祝う言葉に、ふくれあがった想いを紛れ込ませ、耳許でささやく。流れのままに返事をした土方が、弾かれたように顔をあげた。銀時が最後に何を言ったのか、理解するのに時間がかかったのだろう、わずかな間ののちその顔がバッといっそう赤くなる。
そんな土方の反応に、抱き返してくれたときから生じていた期待がさらに強まり、銀時はぶは、と噴き出した。途端、土方が眦をつりあげる。
「てめ……!」
銀時の態度に、からかわれたとでも思ったのだろう、ふざけんな! と土方が胸座を掴みあげる。いやいや、と銀時は笑みを噛み殺しながらながらかぶりを振った。
「ふざけてねェって。本気、ちょー本気」
「ついでみてーに言っといてなにが本気だ!」
「つーか壺ん中で聞いてたんじゃねーの? 聞かれてるなんて思わねーからつい本音ポロリしちゃったんだけど、どーしてくれんの。銀さん意外とナイーブなのよ? 恥ずかしくて憤死しそうよ? 責任とってよ土方君」
ついふざけたような口調になってしまい、「なにが責任だ」と土方にギッと睨まれる。どうやら土方は銀時の言葉を冗談と取って怒っているようだ。
だが、怒ってはいるものの、そこに嫌悪などは見られない。
それに後押しされるように土方の頬を両手で挟み、こつ、と額を合わせた。
「好き、必死になるくらいすげェ好き。おめーが元に戻ってホントによかったって、泣きてーくらい好き」
誕生日に間に合ってよかった。おめでとうと言えて――その生を祝うことができてよかった。
祈りを捧げるかのように銀時がその本音を隠すことなく告げると、しかめ面だった土方はわずかに眉をさげ、瞳を揺らした。その瞳にも、本気か、と小さくこぼした声にも、戸惑いと期待が滲んでいる。
本気も本気、と銀時は笑みを浮かべた。
「オッケーもらえてちょー嬉しい」
「……ちょーとか言うな」
気持ち悪りィ、と続けながらも土方は小さく笑った。否定も銀時の手を振り払うこともしない。それがこの男の返事だと銀時は確信した。
キスしてもいいだろうか――至近距離で見つめ合いながら逡巡していると、銀時の内心を察したのか、土方がふっと目を伏せた。意外と長い睫毛に縁取られた瞼が閉じられる。その動きに誘われるように顔を寄せた。
お帰りと、よかったと、おめでとう、そして、好きだという思いをこめて――そっと唇を重ねた。