まだ明るい日が射し込む室内を、水気を帯びた淫靡な音が満たしている。
その音の源が自身のあらぬところだと思うと、土方は羞恥に消えてしまいたくなった。望んだ行為とはいえ、こればっかりはどうにも決まりが悪くて仕方がない。
非番の日、人払いを済ませてある万事屋におもむき、人には言えないような行為に浸る。この家の主とそんな関係になってから、まだ数ヶ月しか経っていない。その上、片手で数えられるほどしか体を重ねていないのだから、どうしても羞恥に襲われた。男に組み敷かれる、なんてこと、慣れてるはずがないのだから仕方あるまい、と言い訳のように胸中で呟く。いつか慣れる日がくるのかと思うと、それもなんだか空しくなってくるが。
今日も玄関をくぐるなり出迎えてくれた男に抱きしめられて、あと数歩歩けば布団の敷いてある部屋だというのに、そのわずかな時間も惜しむようにソファにもつれ込んだ。
土方の後ろをほぐそうとする指が三本に増やされるころには、あがる嬌声を抑えるのも困難になり、堪えきれずにもれた喘ぎに耳を塞ぎたくなる。
居た堪れなくて持ち上げた腕で顔を隠していたら、やんわりとその腕を外された。
「顔見せろって」
やわらかい声に目を向ければ、声音と同じ色にわずかな不安を混ぜた目とかち合った。見えねーとわかんねーから。そう言って、困ったように笑う。そんな銀時に土方の方こそ困り、それ以上に呆れ果てた。
頭を悩ませる部下同様に鬼畜系なはずの銀時が、土方の体を開き押し入るときはとても慎重になる。その遣り様はまるで壊れ物でも扱うかのように丁寧で、怯えているようにすら見えた。
その理由には嫌というほど心当たりがあるけれど、そんな腫れ物に触るような扱われ方にも、らしくない銀時の様相にも、しだいに苛立ちを覚え始めたのはいつからだったか。
今では鬱陶しくすら思うというのに、銀時は縋るような目で土方を見、挿れていい?、などと訊いてくる。
「なァ、いい?」
「好きに、すればいーだろ、っ」
荒ぐ息の合間にそう言うと、銀時の眉がひそめられた。泣き出しそうな、困ったような、怒り出したいような、そんな歪んだ顔で、できるワケねーだろ、と妙に気弱な声を出す。土方は心の内でアホかと吐き捨てた。そんな姿を見ると、どちらが被害者だったのかわからなくなる。
返事の代わりに銀時の首に腕を回せば、銀時は安心したような息をついた。それがなんだか、腹立たしいような哀しいような、もやもやとした感情を生じさせる。
銀時の先端がぐ、と押し入ってくると、土方の体がひくりと跳ねた。その反応に、銀時の動きが止まる。痛ェ?、と心配そうに覗き込む顔が苛立たしい。
「いちいち、訊くな!」
「ンなこと言ったってよォ……」
「べつに、蹴りゃ、しねェよ」
最初のことを思えば仕方ない反応だろう、と土方は銀時に気づかれないようため息を落とした。どんだけ痛かったと思ってやがる、などと口には出せないが、あの日のことがしこりのように残っているのは事実だ。それを思い返せばこんな弱腰な銀時に対して情けなど微塵も浮かばない。浮かばないが、いい加減にしろバカが――とは思う。
始まりは――といえば、最悪だった、としか言いようがないくらい、酷いものだった。
なにせ、銀時に無理矢理犯されたのだから。
その日の見廻りは、かぶき町の周辺だった。一緒に組んだ沖田はちょっと目を離した隙に姿をくらましている。あの野郎は、と内心で悪言を連ねながら土方がひとり歩いていると、突然豪雨に見舞われた。
慌てて近くの店の軒先に飛び込むと、同じタイミングで駆け込んできた人物がいた。何気なくそちらを見やって、「おめーかよ」思わずげんなりした声がこぼれたのは、もはや条件反射の域だろう。
「こんなトコでなにやってんの、お前」
呆れたように返してきたのは銀時だった。かぶき町なのだから、銀時がいてもおかしくはない――と思い至り、ふと周りを見てここが万事屋にほど近い場所だと気づく。
おめーこそなにやってんだ、家近いだろーが。土方がそう言うと、銀時は無理無理と勢い良く手を振った。この雨ムリだってムリムリ、マジムリ! だって痛ェもん! 痛ェ雨とか、ねーだろ! などと口早に言うと、ぶるぶると頭を振って水気を飛ばす。
動物かてめェは。そんなことを言いながらも、一瞬見惚れそうになり、慌てて土方は視線を外した。やみそうにない勢いで降り続けている雨を見ながら、跳ね上がった鼓動を宥める。
ツイてるんだかツイてないんだか――思わずため息をこぼすと同時に、ふるりと体が震えた。表面の水滴を払ったものの、既に中までじっとりと濡れていてる制服は重さを増して、少しずつ土方から体温を奪っている。このままでは風邪をひきかねない。
ぽたぽたと髪の先から落ちる雫を見ながら、車呼ぶか、と思案する。濡れて張りつく髪を掻きあげたら、不意にその手を取られた。今、そんなことをできる人物は銀時しかいない。だが何故――と突然のことにきょととする土方の手を掴んだまま、銀時は雨のなか駆け出した。
離せ――と振り離せたはずなのにそれを惜しんだのは、銀時のその手が熱かったからだ。そこから広がる熱が気持ち良くて、心までもがじわりと温かくなり、力尽くで手を引き戻すことを躊躇してしまった。
だから、なのか。連れ込まれた万事屋で、ソファに押し倒され銀時にのしかかられても、どこか遠くの出来事のように感じて反応できなかった。服を剥ぎ取られても、肌に直接触れられても、何故この男はずっと黙ったままなのか――そんなことの方が気になっていた。
銀時の手がするりと後ろへ回り奥に触れて、無意識に体がびくりと跳ねる。そこでようやく、自分が何をされているのか――何をされようとしているのか、理解し、土方は恐慌した。
やめろ、なにしやがる、はなせ、とあらぬ箇所をいらわれる恐怖から、闇雲に手足を振り回す。けれど、暴れ、逃げを打つ体は銀時の体に押さえ込まれ、罵る言葉は口づけで封じ込まれた。
後ろを指でなぶられ、口内を舌でねぶられる。上からも下からも体を侵食されるかのような感覚に堪らず、口内を蹂躙する銀時の舌を噛んだ。途端、鉄錆に似た味が広がり、吐き気がした。一瞬ひるんだ銀時の舌が、再び土方の舌を絡め取る。血の味が強くなった。
ずるりと指が引き抜かれて、悪寒が全身を駆ける。身を起こした銀時の表情を窺いたくても、薄暗い部屋のなかでは見えるもの全てが酷く曖昧で、捕らえようがなかった。
それをどこか惜しく思っていると、酷く熱を帯びた先端を後孔にあてがわれ、土方はびくりと背筋を震わせた。湧きあがるのは、どうしようもない恐怖だ。
やめろ、となんとかしぼり出した土方の固い声を無視して、銀時はわずかな躊躇もなく一気に猛りを埋め込んだ。
「──ッッ!」
あげたはずの悲鳴は咽喉にひっかかり音にならなかった。想像以上の痛みに、全身から血の気が引いていく。脊髄を駆けのぼった激痛に、入れられたそこから体がまっぷたつに引き裂かれるのではないかと思った。反射による涙がぼろりとこぼれる。
いやだやめろ――と、それだけが頭を巡り、口をついていた。
銀時は土方の拒絶も取り合わず、痛みでこわばる体に腰を叩きつけてきた。強く、強引に、何度も何度も。突き込まれるたび、屈辱に耐える体も感覚も、土方を好き勝手に蹂躙する銀時で一杯になり――絶望に変わって胸の中に広がった。
夢なら良かったのに――そんな愚かしいことを、身も世もなく願ってしまうほどに。男の自分が同じ男からこんな目に遭わされているということ以上に、それがよりによって銀時だということが、堪らなく惨めにさせた。
好きだったのだ、特別な意味で。
顔を合わせればケンカになるばかりなのに、長いこと秘めやかに想い続けてきた。誰にも知られることなく、これからも密かな恋情を抱き続けていければそれでいい――そう思っていたのだ。
訳もわからないまま好きな奴に強姦されているというだけで、惨めさに内側からぐずぐずと爛れ朽ち果てていくかのようだというのに、体が痛みだけでなく快楽を拾い始めると、いっそう心が冥く澱んだ。抑え込めずに反応する体が滑稽にすら思えて、心の奥深いところを抉る。
背けていた顔をぐい、と捕らえられ、涙で滲む視界を銀時に捉えられる。感情の読み取れないその顔を見上げながら、銀時がひと言も発していないことに思い至った。いっそ、自ら公言しているその性質のままに、嘲る言葉のひとつでも吐いてくれればいいのに、とぼんやり思う。
惨めたらしく残っている哀れな想いにとどめを刺すように、酷い言葉を投げればいいのに。
「やめろ」
掠れる声で何度目になるかわからない言葉を口にしたら、黙れというように唇で唇をふさがれた。
焦れたようにきつく前を扱かれ、追い込まれる。土方が絶望を噛み締めながら吐精すると、追従するように銀時も中で放ったのがわかった。
なんでこんなことになったのか――今さらのように思い、浮かぶ仮定に土方はきつく瞼を閉じた。銀時から与えられるだろう侮蔑の視線と言葉を覚悟し、心を空にする。
「――好きだ」
ぽつりと落とされた苦しげな銀時の声に、土方の思考が止まった。
意味を解することもできないほど空になった頭と心に、好きなんだよ、と繰り返す銀時の声がゆるりと入り込み、やがてじわりと広がる。嘘だろ――ようやく動きを取り戻した頭で思ったのは、そんなことだった。
嘘だ、信じられるか――そう思うのに、銀時の言葉にうつろな心のどこかが悦んでいるのを感じ、土方はギリ、と奥歯を噛み締めた。
広げた脚のあいだにいる銀時のものはまだ土方の中に入っている。そんな体勢だというのに土方はすい、と右脚を銀時とのあいだに引き入れると、
「順番逆だろーがァァァ!!」
自分にのしかかる男を渾身の力で蹴り飛ばした。
「いやー、まさかあの状態でしかもあんなカッコから蹴りが来るとは予想外でしたよビックリだコンニャロー」
自身を根元まで納めると、土方の息が整うまで待つ。熱くて狭い土方の内側に包まれた性器は痛いほどに張りつめ、早く動けとせっつくが、銀時はぐっと堪えた。
腕に抱いているこの体をほしいままに貪りたい気持ちはあるけれど、我を通す訳にはいかない。もう過ちを犯してはならないのだ。
浅い呼吸を繰り返していた土方は、ハァ、と一際大きく息をつくと嫌そうに顔をしかめた。
「うっせーへタレが。いきなり強姦されたこっちの方がビックリだっつんだバーカ」
「……その節は誠にすみませんでした……」
痛みからでも快楽からでもない土方のその表情に、銀時は身を縮めた。本気であのときの自分を殺しに行きたくなる。否、殺してしまっては今こうしていられる自分が存在できなくなるので、四分の三殺しか。
こうして戯れごかしに口にできるようになったものの、それでも土方からあのときに関する嫌悪や怯えが垣間見えると、臓腑に氷を詰め込まれたかのように肝が冷えた。そんな、ひやりとした恐怖に襲われると、銀時は動けなくなってしまう。土下座でもなんでもするから頼むから、とみっともなく泣いて縋ってしまいたくなるのを抑えるのが精一杯だ。
どうしたって手に入れられないのなら――と、最悪な手段で彼のプライドも心も打ち砕こうとしたのは他でもない自分だというのに。頼むから嫌いにならないで――など、どの口がそれを言えるというのか。
やはりあのときの自分を殺したくなって、銀時は情けなく眉をさげた。
最中は痛みに対する反射から滲んでいた涙が、堰を切ったようにぼろぼろと溢れていた。ギリと歯を食いしばった、悔しさと怒りに満ちた表情だというのに、その目だけが遣り切れないないほどの哀しみを湛えていて、銀時は激しい後悔に襲われた。何故あの瞬間、凶暴な衝動を抑えられなかったのか。
この想いを抱いてから、その体に伸ばしかけた手を押しとどめたことは何度もあったというのに、あの瞬間、それができなかった。
雨に濡れた土方に酷く欲情し――同じくらい、絶望した。何かが頭の中で弾け飛ぶくらい、深く強く。
土方はプライドの高い男だから。だから絶対、男の――ましてや自分の想いに応えてくれることなどないだろう。そんな矜持を持つ彼の姿に心惹かれていたというのに、あの瞬間、だったらいっそそのプライドを酷い方法で無理矢理へし折って心の底から憎まれた方がいい――そう思ってしまった。
そんな身勝手な思いで手を引いて、押し倒し――無理矢理犯した。
殺したいほど憎んで怒ればいい。憎んで、憎んで、自分を犯した男を誰よりも強くその心に刻めばいい。そう思っていたのに、土方はただ傷ついていた。
そんな痛ましげな土方を見てハッと我に返ると、どうしようもないほどの後悔と、それでもやはり掻き消せない想いとが胸中に渦巻いた。堪らなくなって、好きだと告げたけれど、それで全てが許されるとは思っていない。殴られるのも覚悟していたら――蹴り飛ばされた。
「ゴメン、悪かった。許してくれ、とは言わねェ。けど、もっかい最初から、ちゃんとやり直してェ」
ひくりと竦んだ体をきつく抱きしめて、宥めるように背中をさすった。なァダメか、と縋るように繰り返し、頼むから、と哀願する銀時の口を閉じさせたのは、土方の震えた声だった。
「ふざけんじゃねーぞ、人のコトなんだと思ってやがんだ。バカだバカだとは思ってたが、バカなのにもほどがあんだよ、やってられっかバカ野郎……!」
苦しげに言い連ねた土方の顔が、それでも――と歪む。
「それでも、おめーを嫌いになれないてめェが、一番やってらんねェ……」
好きなんだよ、と。ぱたぱたと綺麗な涙をこぼしながら声を震わせる土方を、強く抱きしめることしかできなかった。
これを壊そうとしていたのか――あの瞬間の残酷な意思を思い返し、先ほどまでの自分にゾッとした。
「っあ! あ、ああ、も、」
ムリ、もたねェ。体を震わせながら言うと、銀時が俺も、と目を細めた。途端、強く突きあげられ、奥まで押し込まれる。早くなった動きに合わせて性器を擦られればすぐに限界がきた。
「んッ――!」
腰を痙攣させて精を吐き出す。無意識に中を締めつけたらしく、銀時が低く呻いた。体の奥深くにじわりと広がる感覚で、銀時も吐精したと知る。
弛緩した体がどさりと土方の上に落ちてきた。汗ばんだ背中に手を回しながらもその重さに身じろぎしたら、銀時の体がびくりと硬直する。慌てたように半身を起こしたその情けない顔に、土方は余韻も何もかもが吹っ飛ぶような苛立ちを覚えた。
「……おめーなァ……」
銀時はあのときもその後も、許してくれ、などとはひと言も言わなかった。けれど、許しを請う代わりのように、過剰なまでに土方を推し測る。土方のなんでもないような反応にも勝手に傷つき、再び傷つけることに怯えていた。
バカが、と再び思う。情けなどかけるつもりは毛頭ない。だが、土方の様子を窺い、尻込みをするような、そんな遣り切れない顔をしている銀時など、見ていて気分が悪いだけだ。自分が心惹かれたのは、こんな姿ではない。
いい加減にしろよ――低くそう言うと、銀時の体がわずかにこわばった。
「神妙なてめーなんか気持ち悪ィだけなんだよ」
「ンなこと言ったってお前ね、こちとら既に大ヘマこいてんですよ、崖っぷちに指一本でぶらさがってるよーなもんなんですよ。これ以上好きな奴に嫌われたくねー男心をなめんじゃねェ」
「ふざけんなヘタレ。好きだっつっただろーが。てめーみてェなバカ、さっさと嫌いになれてりゃ苦労してねーんだよ」
いつもと変わりない口調で、けれど馬鹿みたいに情けないことを言う銀時に、吐き捨てるように返す。バカが、と再度罵り、目をしばたたかせる銀時の髪を掴んで引き寄せ、口づけた。
馬鹿だ、本当に。最悪な方法で人のことを傷つけたくせに、それ以上に傷ついているこの男も、そんな姿にいとも簡単にほだされてしまう自分も。
きっと――と、土方は諦観に似た思いで確信する。きっと、何をされても。殺してやりたいほどの怒りを覚えても。最後には、許してしまうのだろう――この男を。
「それでもてめェがいいっつってんだ、何遍も言わせんじゃねェ」
恥ずかしいことこの上ない言葉を、銀時の目を見据えながら言い聞かせるように告げる。臆しているのが土方だけでなく、銀時もなのだから、仕方ない。
どっちが被害者なんだ、と再び思った。けれど、きちんと伝えなければこの男はいつまでも自分を責め続けるだろう。土方が責めた以上の強さで。責め続けた挙句に、こんな柄にもないような態度を取り続けるのだろう――そんなのは御免だった。人の覚悟をなんだと思っているのか、このバカは。
銀時の顔がふにゃりと歪んだ。泣き出すか――と思ったその表情で、土方ァ、と微笑み、土方をきつく抱きしめる。
「好き。すげー好き。どーしようもねーくらい好き」
好きだと繰り返す銀時に、知ってる、と可愛げなく返し、その背中に手を回す。宥めるようにさすりながら、だから、と続けた。
「もっかい最初から、ちゃんとやり直すんだろ」
てめーで言ったことを忘れてんじゃねェよ、と言えば、うんゴメン好き、と銀時の声が首筋にかかる。ようやくちゃんと「最初」に戻れるか――土方はふわふわと首許をかすめる銀色の髪を撫でながら、息をついた。
なんて手の掛かる男なのか。フライングの上に逆走したあげく、スタート地点を見失ってしまうなど。そんな男の手を引いて、その場所を教えてやる羽目になるとは――と苦笑が浮かぶ。
「――好きだ」
あんなことがあっても消し去れなかった想いを口にすれば、土方を傷つけたことに傷つき、尻込んでいた男は抱きしめる腕に力をこめた。
逆走行為は許されたものではないけれど、もう一度スタートを切って走り出せば、そのうち遅れも取り戻せるだろう。
自分を見つめて心底幸せそうな笑顔を浮かべる銀時を見ながら、そう思った。