イボの話

 先ほどまで飛び降りるだのチ○子だのと騒がしかったビルの屋上は、いまやすっかり静まり返っている。ぽろりとイボが転げ落ちると同時に元の本体に戻った集団を眺めやり、銀時はため息をこぼした。
 まったくもってふざけた顛末だ。ちょっとだけ自分の頭を疑い、沈んだ時間を返してほしい。
 ――おめーまでなに乗っ取られてやがんだ。
 どこか恨みがましい思いで土方の傍にしゃがみ込み、意識のない恋人を見下ろした。途端、忘れていた空虚感を思い出し、知らず銀時の眉根が寄る。
 それは不安にも似たもやもやとした感情を胸中に呼び起こして、どうしようもなくさせた。この空虚を埋めることができるのは、未だ意識を失っている恋人だけだろう。

 そう確信すると、誰もが目を覚まさないのをいいことに銀時はひょいと土方を抱え――ホテルへと向かった。



 ベッドに降ろした土方を見つめ、それにしても――と銀時は首をひねった。
 本体にはイボ――もとい、寄生型エイリアンに乗っ取られていたあいだの記憶があるのだろうか。
 ちょっとだけ、覚えていてくれたら愉快な出来事――もちろん、ベッドの上でのものだ――はあるが、できることなら記憶がなければいい、と思う。妙との子供、などという薄ら寒い冗談はもとより、あの男の最期(?)を、覚えていてほしくない――ような気がする。あんな、一歩間違えれば愛の告白にもなりかねないような言葉など、銀時にとって気分のいいものではない。
「ん……」
 顔をしかめた土方から小さな呻き声がしたかと思うと、ゆるゆるとその瞼があがる。起きたか、と土方を覗き込み見つめていると、茫洋とした目がしだいに焦点を結び――半眼になった。
「――んだ、そのふざけた頭は」
「――寝起きの一発目がソレってどうよ」
 呆れて返したものの、第一声がそれで、ああ本物だ、と安心する自分もどうかと思う。思わず久し振りー、と口にすれば、土方は、は?、と眉をひそめた。
「なに言ってんだ、昨日会ったばっかじゃねーか。つーかなんでこんなトコにいんだよ」
 室内を見回し、いつのまに連れ込みやがった、と顔をしかめる土方に、銀時はにんまりと笑んでみせる。
「今日は何日でしょう」
「あ? なに言ってんだいきなり」
 訝しみながらも律儀に土方が告げた日付は、やはり数日前のものだった。彼の記憶はそこまでしかないと知り、銀時は内心胸を撫でおろす。
「ブブー。実はおめーらイボに体乗っ取られててなァ――」
 と、今日の日付を教えると、土方の眉間の皺がますます深くなった。なんだか可哀相な人を見る目で銀時を見やる。
「……おめー、頭大丈夫か……?」
「んだよ、疑うんならテレビでも新聞でもなんでもいいから確かめてみろっつーの」
 銀時が口を尖らせると、不審げに見ていた土方は思いついたように携帯を取り出し、開いた。画面に表示された日付を確認し、目を丸くする。
「マジかよ……」
「覚えてねーんだ」
 銀時がぽつりと呟くと、土方は不安げな目を向けてきた。してやったり、と内心の喜悦を押し殺し、気落ちした態でがくりと肩をおとす。
「俺の咥えてくれたり、自分で慣らして上に乗ってきたりしたの、覚えてねーんだ」
「なッ……! んな真似誰がすっか!!」
「でも記憶ねェんだろ? 否定、できなくね? 覚えてねーんだから」
 おまけに本当のことなのだから、銀時に責められる謂れはない。
 銀時が拗ねた素振りを装い上目で見やると、土方はぐ、と言葉に詰まった。真っ赤な顔で銀時を睨みつけるものの、その目には困惑が見てとれる。その表情に、銀時は顔がゆるんでしまいそうになるのをぐっとこらえた。



 二年後だのなんだのと口走り、様子のおかしくなった人々を見ながら、途方に暮れたのを覚えている。
 全員おかしくなったのか、それとも自分の頭がおかしくなったのか――周囲に合わせながらもそんな焦燥が胸中で渦巻き、本当におかしくなってしまいそうだった。
 だからこそ、公園のベンチに座ってほわほわとした笑みを浮かべる土方を見つけたときの不安や恐慌は半端なかった。半ば取り乱したように何かに急かされるままホテルへと連れ込んだのは、確かめたかったからだと今ならわかる。
 ベッドに押し倒された土方は、一瞬眉根を寄せかけ――けれど柔和な笑みを浮かべた。その様子に、実は演技しているなと気づいたが、それでも本来の土方なのかどうか掴めない。銀時が無言で見つめていると、土方は困ったように小首をかしげた。
「いきなりなにをするんですか」
 土方の似合わない言葉遣いに、銀時は眉をひそめた。
「ここまで来たら、やるこたひとつしかねーだろ」
「まだ昼間ですよ、銀さん――」
 おっとりと言われ、ゾ、と鳥肌が立った。同時に、やはりこれは本来の土方ではないと確信する。いつもの――銀時が知っている土方だったら、こんな状況でまで銀時相手に演技したりなどしないだろう。たとえ、土方が銀時を疑っているとしても。
 本当に自分の頭がおかしくなったのか。今のこの土方が本来の土方で、銀時が思い描いている彼は実在しないのか――そう思ったら、なんだかすべてのことが虚しくなって、どうでもよくなった。
 これは土方であって、土方じゃない。
 だから、口淫もねだったし、自分から乗るよう強要もした。
 土方はさすがに笑みを仕舞い込んだが、できねェの?、と挑発するように言えば、ぐ、と唇を噛み締め、要求をすべて飲んだ。負けず嫌いは変わらないらしいな――妙なところで感心する。
 抱いてしまえば感じやすい体はいつも通りだったけれど、やはりどこかで違和感を覚え――銀時は虚しくなった。



 その虚しさを払拭するためにもこうしてホテルに連れ込んだのだが、土方の反応になんだか段々楽しくなってしまった。
「そーだよなァ、イボに乗っ取られてたからやったんだよな。おめーがやるワケ、ねーよなァ……」
 わざと負けず嫌いを煽るようなことを言い、はぁ、とため息をついてみせる。実際、土方と付き合いだしてから結構な月日が経ち、何度となく体を重ねているが、一度もしてもらったことがないのだから当然なのだが。
 それでもこの挑発に乗ってくれたら最高に楽しいんだけど、とちらりと窺うと、ぎり、と奥歯を噛み締めた土方に襟元を掴まれた。ぐらりと体が傾ぐ。
「――やりゃあいーんだろ」
 負けず嫌いを遺憾なく発揮させた土方は、そのまま体勢を入れ替えると銀時の上に跨った。色気の欠片もなくばさばさと無造作に制服を脱いでいく。
「つーかいい加減ヅラ取れ」
 おめーじゃねェみてーで落ち着かねェ、と乱暴に銀時のカツラを取り払いながらも、土方は恥ずかしいのか目を合わせようとしない。
 ジジ、とジッパーをおろす土方をマジでか、と見つめていると、見てんじゃねェ、と咎められた。
「いやいやムリムリ、見ちゃうって」
「うるせェ黙れ」
 言うと、土方は意を決したように取り出した銀時のものを口に含んだ。
 温かい口腔に包まれる感覚に、銀時は思わず息を呑む。濡れた音をたてて自分のものが土方の唇から出入りする光景はつい先日も目にしたが、そのときよりも興奮しているのが自分でもわかった。目を伏せ、丹念に舌を這わせる土方のその目許が朱に染まっているのが、ことさら扇情的だ。
 するりと目許からこめかみを撫であげると、ようやく土方が目をあげ銀時を見やった。その視線にすら煽られる。早く繋がりたくて、銀時の腿に乗せられている手を取ると、土方の後ろへ導いた。
「自分でやってみ?」
 銀時の声にぴくりと肩を震わせ目を瞠った土方が、ふるふると頭を振る。さすがにそこまでは無理か、と銀時は苦笑した。
 土方を抱えあげ自分の肩に掴まらせる。銀時が後ろに触れると、土方はびくりと体を竦ませた。宥めるようにその背中をさすり、中に指を差し入れる。土方が息を呑むのがわかった。何度となく体を繋げていても、その瞬間の反応は初心そのもので、そのたびに銀時をたまらない気持ちにさせる。
「あ……っ」
 銀時が中を擦りながらほぐし、しだいに指を増やしていくと、土方の口からこらえきれない嬌声があがり始める。その声にも欲情を煽られた。このまま押し倒して硬く張りつめた性器を捩じ込みたくなるのをぐっとこらえると、銀時の首にしがみついて体を震わせる土方の耳許に唇を寄せた。
「続きは?」
 笑みを含ませささやくと、顔をあげた土方が潤んだ目で睨みつける。それでも土方は銀時の肩に掴まると、意地を張るかのように自分の後孔へと屹立をあてがい、恐る恐る腰をおろした。ゆっくりと熱い粘膜に包まれていくのが、もどかしい反面、たまらなく気持ちいい。
「――ッ、」
 その体勢で自分の体を支えるが辛いのか、土方の腿が震える。宥めるようにさすり、土方の体を支えるように腰と背を抱えて、銀時は自分に寄りかかるよう促した。土方が体重を預けながらじりじりと銀時自身を飲み込んでいく。
 ようやく根元まで飲み込むと、土方は銀時の肩口に額を押しつけ、荒い息を繰り返した。
「――これ、で、満足、か、よ」
 恥ずかしいのだろう、顔を真っ赤にしながらも、それでも睨みつけるような目で強気なことを言う。
 そんな土方の姿に、やっぱりこうじゃねーと、と銀時は内心ほくそ笑み、それと同時にイボ体の土方にしてもらったときに感じた違和感の正体がわかった。
 イボ体は「向上心」を糧にする、というだけあって、物凄く一生懸命だった。口淫も自分で慣らすのも、なにもかもが一生懸命で――それだけだったのだ。こんな負けず嫌いで勝気で、それでいて恥ずかしくてたまらないとでもいうような素振りなど、欠片もなかったのだから、違和感を覚えるのも当然だろう。
 やっぱ本物が一番だよなァ、と銀時は目を細め、下から突きあげた。
「あッ!」
 途端、土方が上擦った声をあげ、背を逸らす。
「ちょ、待……っ」
 銀時の肩を強く掴み抗議の目を向ける土方に口づけ、深く奥を突く。舌を絡めながら揺さぶり、跳ねる腰を逃がさないとばかりに掻き抱いて中を擦りあげた。
「んん……っ!」
 こらえるように目を閉じた土方が、痛いほどに肩を掴む手に力をこめるけれど、快楽のほどを示すようで、それにすら興奮した。
 その体と反応を堪能しながら、こっちが本物で――そして本物に戻って良かった、と心底思う。
 同時に、瓢箪から駒ならぬイボ体から本物に、ほんの少しだけキューサイネトルに感謝した。

(10/12/05)