その日、血相を変えた銀時が一散に向かっていたのは真選組の屯所だった。
先ほど万事屋を訪れた近藤から、なんだか怪しげなことを言われたのだ。
──トシが大変なことになってるんだ
──すまんが銀時、お前ちょっと屯所行ってくれんか
土方が大変なことになっている、などと言いながらも、近藤からは深刻そうな気配は微塵も感じられなかった。だから大怪我をした、とか、土方の命に関わるようなことではないのだろうと銀時も察したのだが、それでもやはり心がざわついて落ち着かない。わざわざ近藤が万事屋まで足を運んだ、ということにも不安が煽られた。
だから銀時はバイクを飛ばし、息急き切って駆けつけたのだ。それはもう取る物も取り敢えずといった有り様でだ。
だというのに、だ。
「関係者以外入れるなと厳命されてますんで」
銀時は門前で足止めを食らってしまった。門前の立ち番たちが銀時の行く手を遮り、中に入れようとしないのだ。
その頑とした態度に困り果て、「あー……」と頭を掻きながら、仕方なしに銀時は口を開いた。
「一応、関係者だろ、俺。……おたくの副長サンとお付き合いしてんだし」
ぼそぼそと呟くような音量になったのは、人に言うのは未だ気恥ずかしいのと、自分以上に恥ずかしがり屋な土方が嫌がる──おまけにここは土方のホームだ──だろうと思ったからだ。
銀時と土方が付き合っていることは、真選組内に知れ渡ってしまっている──らしい。別段、自分たちから公言した訳ではないのだが、ダダ漏れだったという。だから近藤は土方の変事を銀時に知らせてきたのだ。
とはいえ、知られてしまっているとわかっていても、それでも土方は羞恥ゆえに嫌がる。だから銀時は土方との関係を吹聴するのは控えていたのだが、背に腹は変えられない──というか、さすがに土方のホームである真選組の屯所でまで強引な真似をするのは気が引けて、穏便な方法で中に入るために口にしたのだ。
だというのに、だ。
銀時がそう言った途端、立ち番たちの銀時を見るしらっとした目が急速冷凍されたかのように冷ややかなものになった。
「俺たちは認めてません」
そのひと言に、銀時の自制は簡単にぶち切れた。思わず、あァ!?、と雄叫びじみた声が出る。
「オメーらに認めてもらう必要なんかこれっぽっちもねーよ!! も、いいからそこ退けや! 俺ァ土方に会いに来たんだよ!!」
「ちょ、なにすんですか! 公務執行妨害で逮捕しますよ!!」
「ふざけんなこの税金泥棒! 妨害してんのはオメーらの方だろーがァァァ!」
ぎゃあぎゃあ言い合っているうちに、騒ぎを聞きつけたのか建物から何人もの隊士が覗きに出てきた。
侵入しようとする銀時と、それを阻止しようとする立ち番の攻防で、どんな状況なのかを把握したのだろう、
「ぜってェ入れんなよー!」
「お引取りくださーい!」
立ち番には激励が、銀時には帰れ帰れの大合唱が外野から投げられる。
「うっせェ! こっちゃあゴリラから直々に屯所行って土方に会えって言われてんだよ! 文句ならテメーらの大将に言えや!!」
銀時が喚けば、隊士たちは皆「はァあ!?」と頓狂な声をあげた。なかには、あんのゴリラァァア!、だの、局長あとでブッ飛ばす!、だの言う者もいる。
その心意気や良し──うなずきながら、銀時は怒りの矛先が近藤に向いているその隙を突いて門を突破した。
「あ、待て万事屋!」
「ちょ、万事屋の旦那! なに勝手に入ってるんですか!」
慌てたような声を無視して屋敷へと入れば、中に居た隊士たちが銀時に気づき、ぎょっと目を丸くする。そして次の瞬間には誰もが銀時を捕らえ留めようと突進してきた。その様は、いち侵入者に対してのもの以上に殺気立っているように感じる。
そんなに邪魔をしたいのか──銀時は隊士たちの行動に忌々しく舌打ちした。
銀時と土方が付き合っているのがそれほどに面白くないか。こぞって邪魔をし阻止したいほどに──許せないとでもいうのか。
──ふざけんな
鬱屈をぶつけるように隊士たちを蹴散らす。それでもしつこく食い下がってくる者たちを振り切りながら廊下を駆け、角を曲がった、その瞬間。ドン、と何かがぶつかる衝撃を受け、銀時は思わず足を止めてそれを受け止めてしまった。
咄嗟に両手で抱えるようにして受け止めたそれは、子供だった。いきなりぶつかって驚いたのか、銀時の脚にしがみついた格好のまま固まっている。背の丈は銀時のみぞおちにも届かない。
神楽よりも全然小さいな──と黒い髪の旋毛を見下ろし、ほんの一瞬そんなことを考えていると、旦那ァ、と頓狂な声で呼ばれた。
──しまった、
逃げそびれた。銀時が内心ほぞを噛みながら顔をあげれば、子供がやって来た方向から山崎や原田たち、見慣れた顔ぶれが駆け寄ってくるところだった。皆一様に疲れを滲ませた笑みを浮かべている。その一番後ろには沖田の姿もあったが、彼だけは飄々とした顔のままだ。
総じて微妙に薄気味悪い空気だ──銀時が眉根を寄せて訝っていると、よかったー、と山崎が両手を突き出してきた。
「旦那、土方さんください」
「ヤなこった」
聞き捨てならない山崎の言葉を反射の速度で切り捨てる。山崎のみならず、原田たちや銀時を捕らえようと追ってきていたはずの背後の隊士たちまでもが「早ッ!!」と異口同音に驚くほどの早さだった。しがみついている子供も一瞬ぴくりと体を震わせる。
そんな周囲の反応にわずかな気恥ずかしさを覚えるものの、返答など決まっているのだから当然のことだ。少しずつ距離を縮めていってようやくのことで口説き落とした恋人を、くれと言われて諾と返す奴がどこに居るというのか。というより何故ここで、そしてこのタイミングで土方をくれ、などと言われなければならないのか。
よっぽど真選組の連中は土方が銀時などと付き合っているのが面白くないのか──銀時が不快もあらわにじとりと睨めつけると、山崎たちは困ったような視線を交わし合う。「あのですね──」代表して山崎が口を開きかけたそのとき、
「はなせテメー!」
土方の名前を出されたことでちょっと存在を忘れかけていた子供が、スイッチが入ったかのように暴れだした。暴れんじゃねー、とじたばたともがく小さな体を押さえながら、銀時は山崎たちに視線を向けた。
「放していいの? コレ」
「ダメです!」
「ダメじゃねーよ! はなせ!」
山崎の制止に異を唱え、子供はさらに一層激しく手足をばためかせた。振り回された小さな拳が金的すれすれの攻撃を繰り出してくる。
「うおっぷ! んのクソガキ、暴れんじゃねェっつってんだろ!」
「痛ってェな! なにしやがるテメー!」
堪らずゴツ、と拳を落としたら、甲高い非難の声をあげて子供が振り仰いだ。
睨みつけるような子供の目とがっつり視線がかち合い――銀時は固まってしまった。あのですね旦那、と山崎の疲れたような声がどこか遠く聞こえる。
「その子が土方さんです。こっちによこしてください」
山崎の言葉は脳の表面を滑って行ったかのように入ってこない。
見下ろした先にいるのは、子供だ。年のころは晴太より少し上くらいだろう。
紛れもなく子供だ。だが、黒く真っ直ぐで艶やかな髪も、意思が強そうに引き結ばれた唇も、銀時を睨みつける少しつり上がった──けれど今はとても大きい双眸も、全てがかの人に重なって見える。
だから、なのか。内容など滑って行ったと思えた山崎の言葉がすんなり理解できた。
これは、土方だ。
「……やっべ、ちょー可愛いんですけど」
ポロリと本音がこぼれる。真顔でそんなことを呟いた銀時に、土方(子)は頬を引きつらせ、原田たちが順応早ッ! と叫ぶ。
はなせェェェ! と再び暴れ出した土方(子)をひょいと抱えあげ、
「――で? 一体なにがどーしてこうなってんの?」
周りを見回しながら首をかしげて問えば、沖田を除く全員ががっくりと脱力した。
真っ先にそれを聞きなさいよ――呆れたような疲れ果てた声で、オカマ口調の隊長がぽつりと呟いた。
子土方を抱えたまま銀時が通されたのは、近くの座敷だった。山崎と沖田だけがそれに続き、室内に足を踏み入れる。
抱え上げてからはおとなしくなっていた子土方だったが、部屋の障子が閉められるなり再びじたばたと暴れ始めた。
「ちょ、危ねーって」
「いい加減はなせ万事屋!」
銀時を誰だと訝るでもなく、そう呼ぶ。ということは──
「中味は大人のまんまなの?」
てっきり中味も年相応に戻っているのかと思いきや、違うらしい。
銀時が目を丸くしつつも土方を畳の上に降ろせば、ああ、と子供から肯定が返ってくる。
「妙な薬飲まされてナリだけガキんころに戻っちまったんだよ」
「ちなみに原因はもちろんこの人です」
土方の言を継いで山崎が恨めしげな目を向けたのは、やはりというか、沖田だった。
その原因たる人物は飄々とした顔のまま「いえね、」と肩を竦めてみせる。
「この前、町なかで職質かけた挙動不審な天人から、コレやるから見逃してくれ、って見たこともねェ薬もらったんですよ。まァそいつァ犯罪者でも攘夷関係者でもなかったですし、薬に害はねェってことだったんで、一応試してみようかと思いやして」
「それでなんで俺で試すんだよ! 自分でやれよ自分で!!」
「その方が面白ェからに決まってんじゃねーですか」
小さな体全身で怒りをあらわにする土方に、沖田が当たり前だとばかりに返す。
「元に戻る手立てはわかってんだ、そうぎゃあぎゃあ騒ぐことでもねーでしょう」
「あ、なんだ、元に戻る方法あるんじゃん」
かったるそうに続けた沖田の言葉に、良かった良かった、と銀時が胸を撫で下ろせば、途端横合いから「良くねーよ!」と子供の声が飛んでくる。
「それがどんなのかも知らねェで暢気なこと言ってんじゃねェぞテメー!」
「は? え、なに、なんかヤベェ方法なの?」
土方の反応に銀時は目を丸くし、土方と沖田とを交互に見やった。怒りでか土方はただ顔を赤くして歯噛みしている。そんな子供とは対照的に、沖田が表情ひとつ変えずに口を開いた。
「心底惚れてる相手の体液を摂取すること──だそうで」
……えーと?、と銀時の思考が止まる。
「……体液?」
銀時がこてりと首をかしげると、沖田はうなずいてみせた。
「体液」
「摂取?」
「摂取、吸収、まァ言い方はなんでもいいですがねィ。もちろん方法も」
「方法?」
「上の口からでも下のく──」
「総悟ォォオオ!!」
沖田の下品な言葉を遮ったのは土方の悲鳴に似た怒声だった。
体液、摂取、上からでも下からでも──沖田の発言を何度となく脳裏でリピートし、ようやく銀時はその異様さを理解した。コレはヤバイだろう、と嫌な予感がじわじわと生じる。
「……そーいう体液の摂取で切れる薬、って……おめー、コレ──」
「ええ、どうやらその手のプレイ用の薬だったみてェでして」
「やっぱりかーーー!!」
その手のプレイ用ということは、間違いなくマニアックな方向のヤバさだ。
アホかーーー!! と頭を抱える銀時をよそに、沖田が飄々と続ける。
「調べたところ、体液ならなんでもいいらしいんですがね、でも種類によって効き目の強さってェんですかい、モノによっちゃあすぐに治るモンもありゃあ、それなりの量を摂らなきゃ治んねーのもあるそうでして──まァ早ェ話、一発やりゃあ一発治るそうでさァ」
沖田があっさりと言い放ったふざけた結論は、やはり最大級に嫌な方向のものだった。
ちらりと土方に目を向ければ、外見は子供に戻ってしまった男は聞きたくない、とばかりにそっぽを向いている。後ろからでもその耳が真っ赤になっているのが見えて、銀時はどうにも気まずく視線を外した。
してもいない疚しいことをしているような、そんな謂れない後ろめたさに銀時が襲われていると、旦那ァ……と山崎のおどろおどろしい声が低く響いた。
「まさかこんな姿の土方さん相手に猥褻行為をしようだなんて、思ってないでしょうねェェェエエ」
怨念でも篭ってそうな様相で山崎がにじり寄ってくる。アホかァァ! と銀時は涙目になりながら、不気味でしかないソレから逃げるように後ずさった。
「いくらなんでもガキすぎるわ! 犯罪すぎるわ! 法律に引っかかるわアホかァァァ!!」
「ホントですかァアアア?」
「た、体液っつったら他にもあんだろーが! なんか別なのにすればいいだろーが! ってか土方君が心底惚れてる相手、って俺ってことだよね!? ソコは喜んでいいんだよね俺!?」
周章狼狽で銀時が喚きたてると、ぱちぱちと場違いな拍手が起こった。沖田だ。
「さすが旦那、ご立派な覚悟でさァ」
ニコニコと微笑みながら、沖田が何故か刀を手に取る。その光景に銀時は、は?、と頬が引きつるのを感じた。
「覚悟ってなァに? つーかなんで沖田君、刀持ったの?」
「児ポ法に引っかかるようなマネはしねェ、ってなったら残る手立ては血ィくらいしかねェじゃねーですか」
そう言い放つと、沖田の笑みがドS全開の真っ黒なものに変わった。その左手に握られた刀は、既に親指で鯉口が切られている。
コイツ──と顔を強ばらせたまま、銀時はその光景に確信した。沖田は最初から、こうして銀時に刀を向けるのが目的だったのだ。もちろん、土方への嫌がらせも存分にこめられているだろうが。
不穏な笑みを浮かべる沖田を腹立たしく思いながら銀時がじりじりと間合いを測っていると、「──総悟」と土方のため息が落とされた。
「一応とはいえコイツは一般人だ。一般人相手に屯所ん中で刃傷沙汰起こすんじゃねェ。山崎、俺の部屋にあるだけ玉ねぎ持って来い。──行くぞ、万事屋」
沖田と山崎にそう声をかけると、土方は立ち上がって銀時の手をひいた。おやおや、と沖田がわざとらしく驚いたように目を丸くする。
「なんですかい。ふたりきりでしけ込もうってェハラですかィ」
「ったりめーだ。なんで人前でコイツの……ようなマネしなきゃなんねェんだよ」
体液を飲む、と言うのも恥ずかしいのか、土方がごにょごにょと口ごもるように誤魔化す。その様から銀時までなんだか恥ずかしくなってきてしまい、土方に促されるまま逃げるようにして座敷をあとにした。
小さな手で銀時を先導する土方が向かっているのは、どうやら自室のようだ。
「幾つくれーなんだろーな、今のおめー」
「さァな。十かそこらじゃねーのか」
そんな他愛のない話をしながら土方の自室に通される。
ふたりきりが気まずかったり気恥ずかしかったり、という、最近では縁遠くなった感覚にどうしていいか戸惑っていると、しばらくして山崎が若い隊士を伴ってやって来た。
籠に山ほど積まれた玉ねぎとまな板と包丁、そして「あとで使いますんで、切ったのこっちに入れてください」と大きな鍋も持って来たところを見るに、脳ミソプリンとはいえ山崎は優秀というか気が回るのだろう。
もっとも、包丁を土方に示し、
「その体で刀持つのは大変でしょうけど、コレなら扱えますよね? いざとなったらためらわずズブリですよ、副長」
などと恐ろしいことを残していったあたり、褒める気など全く起きないが。
山崎たちが退室し、再びふたりきりになった気まずさを吹き飛ばすように銀時はよっし! と大声を張り上げた。
「しゃーねェ! 出血大サービスだ、ガンッガンに泣いてやらァ!」
「……出血……」
呟いた土方がまな板の上の包丁へちらりと視線を向ける。
「え、ソッチ!? ソッチにしちゃう!?」
「その方が手っ取り早──」
「ノーーーン! 落ち着けェェ土方落ち着けェェェ!」
「……いっそ尺って飲んじまえば早ェのか……」
何かが吹っ切れたのかあるいはブチ切れたのか、土方はそんなことを言う──子供の姿で。
「……勘弁しろって……」
銀時は両手で頭を抱え、深々とため息をこぼした。
「さすがにガキ相手に勃つとも思わねェっつーか、勃ったら勃ったでヤベェし俺もなんかショックだし、むしろ!」
実際、直接的な刺激を受ければ恐らく反応してしまうだろう。だがそうなったらきっと、銀時のなかに苦々しいものが残ることになる。
今の──子供の姿の土方に対して、いつもの土方に抱いているような邪な欲は、銀時のなかに生じていない。それどころか、中味が大人のままだとわかっていても、ただただ可愛がり甘やかし、護ってやりたい、とすら思うのだ。
それはきっと、土方の生い立ちや過去を知っているから余計になのだろう。
土方はこの外見のときくらいに親を亡くし、異母兄弟のもとに引き取られ、そして──兄の事件があったのだ。それを思えば庇護欲が湧いても仕方ないだろう。
そんな相手──しかも外見は丸っきりの子供だ──に口淫させたり、ましてやセックスなど、銀時の方が堪えられそうにない。
「ホント、マジ無理だから」
マジ勘弁してくれ、と銀時が力なくこぼしたら、土方は渋々引き下がった。
土方の気が変わらないうちに玉ねぎをみじん切りにしていく。その手際の良さにか、土方がおお、などと目を丸くして覗き込んでくる。
そんな反応が可愛くて、張り切って包丁を動かせばすぐにボロボロと涙がこぼれ出した。そのたびに手を止めて、土方が舐めるに任せる。
それを繰り返して早数十分。山ほどあった玉ねぎは底をつき、大量のみじん切りが出来上がったがしかし涙では沖田の言う「効き目の強さ」は弱いようで、土方の姿は元に戻らなかった。
土方が自分の小さな両手を見下ろす。次いでくるりと体を確認すると、ため息をこぼした。そこにはあきらかに落胆の色が混じっている。
「悪りィ、玉ねぎ追加すんのちょい待って。休憩させて休憩」
銀時が玉ねぎの刺激で痛い両目を手で覆っていると、土方がずい、と膝でにじってきた気配がした。肩に小さな両手が置かれ、子供特有の高い体温が近づいてくる。
「……ガキ相手に勃たねェのは仕方ねェ、けど、これくらい、なら、我慢できるだろ」
歯切れ悪く呟いたかと思うと、ちゅ、と音がして唇にあたたかいものが触れた。銀時は一瞬、何が起きたのかわからなくて唖然として固まってしまった。
小さな舌がちろりと唇を舐め、口を開けろと促す。その感触で我に返り、銀時は思わず「うぉ!?」と土方の体を押しやってしまった。
突然のことにびっくりしたのか、大きく目を丸く見開いた土方が、次いで眉根を寄せ、きゅっと唇を引き結ぶ。
──あ、やべ
傷つけた。そうはっきりとわかる姿に銀時は──ブチ切れた。
「っだァァァもォォォォ!」
くっそ! と半ば自棄っぱちで土方を畳の上に押し倒す。
「元に戻ったら覚えてろよテメー!」
つーかぜってェ戻す、戻してエロいことする、と銀時が宣言すると、きょとと銀時を見上げていた土方が、ハッと何かに気づいたように手を動かし出した。いきなり自分の帯を解き、着物も肌蹴てしまう。
「なにしてんのお前ェェエエエ!」
「あ? 着たまんま戻ったら豪いことになんだろうが」
ほとんど裸になった土方の両手が銀時の首に回される。その背中を抱き上げるようにしながら、口づけた。
小さい口だ。銀時が舌を滑り込ませれば、それだけで一杯になるような口内で、小さい舌が縮こまっている。それをぺろりと舐め上げると、やはり罪悪感のような後ろめたさで胸がつかえた。
どうしたって見た目が子供なのだから、物凄くいけないことをしているような気になるのは、仕方ない──そう自分に言い訳して、舌を絡め、唾液を交わす。
とにかく今はさっさと土方を元の姿に戻してしまわないと、銀時がきついのだ──色々と。
ん、と鼻からあえかな息をもらし、土方がこくこくと唾液を飲み込む。
いつも交わしているような深く激しい口づけではないけれど、何度も何度も舌を絡め、唾液を注いだ。
変化の訪れは唐突だった。何度目になるのか、こくりと土方の喉が動いたとき、土方の半身を抱えていた腕に重みが増した。
本人もわかったのだろう。銀時の体を押しやって半身を起こすと、自分の手や体を見回した。
「戻った……!」
ほうっと安堵の息が深々と落とされる。ほぼ裸という状態のままで。
「おー、おめっとさん」
「悪かったな、万事屋。おめーにも手間ァかけさせ──」
土方が言い終わるより先に、遠慮なく再び押し倒した。土方から、へ? と珍しくも間の抜けた声が聞こえたが、無視して自分とほとんど変わらないサイズの体を撫で回す。今度は銀時の口から安堵の息がこぼれた。
「そうそう、コレコレ。このサイズだよ、なんかちょっと懐かしいくらいなんだけど」
「オイ、万事屋……おま……」
「コレで安心してエロいことできるわー、色々エロエロと」
顔を引きつらせる土方ににんまりと笑みを返し、銀時は唇を重ねた。先ほどとはうってかわって、貪るみたいな口づけを仕掛ける。
結構きつかったのだ、天使みたいな子供相手にべろちゅーをかます、などという真似をするのは。そういう趣味の人間なら天国のような状況だろうが、銀時にはそんな趣味はない。なけなしの良心の呵責やら罪悪感やらでただただ苦しかった。
だから──という意趣返しのつもりはないけれど、せめて今の土方の痴態で早めに上書きしたい、とは思う。
「ん……、んぅ」
舌を絡め取り、表面どうしを擦り合わせ、口内の感じるところを尖らせた舌先で舐め上げる。
角度を変え、わずかに唇が離れると土方が待て、と制止の声をあげた。
「ちょ、万事屋待てって!」
「ムーリーでーす」
「待てっつの! おめーも気づいてんだろーがァ!!」
アレぇぇ! と土方が銀時の背中を叩きながら指さしたのは、廊下側の障子で、銀時は内心忌々しさに舌打ちした。
障子の向こうで何人もの隊士たちが息を呑んで聞き耳を立てていることは、銀時も疾うに気づいていた。妙に禍々しい気配がひとり分あるが、山崎あたりだろうと冷静に察してもいる。
だが、そんなものより、目の前のご馳走──ほぼ裸の土方だ。じたばたともがく土方の体を抱き込んで、むちゅ、と首筋に唇を落とす。
「まァまァ、ギャラリーなんぞ気にしてねーでコッチ集中しろって」
「できるかァァァ!!」
アホかァァァ! と土方が銀時の髪を思い切り引っ張る。痛ェって! と抗議の声をあげて──銀時はため息をついた。
「──だそうだデバガメ共ー。おめーらの副長サンは見られて興奮する趣味はねェってよー」
気持ち障子の方へと首を曲げて、そこに居る者たちへと声をかける。
「ってワケで、今すぐ全員消えろ。5秒以内に消えなきゃあ俺が消すぞ」
この世から──と殺気を滲ませ、半ば以上本気で凄んだ。
銀時としてはギャラリーが居ようが居まいがさっさと進めたい気持ちが強いのだが、土方の色っぽい姿や声を提供してやるつもりは欠片もない。だからさっさと消え失せろ──と脅しをかけたのだが、
「かくなる上は」
「死なばもろとも」
などという不穏なセリフが聞こえてきたかと思った次の瞬間にはスパーンと障子が開けられた。
「万事屋覚悟ォォォ!」
「副長を護れー!!」
うおおおお、と野太い叫び声と共に隊士たちが一斉に室内に雪崩れ込んでくる──銀時に向かって。
「ぎゃあああ! キモイわァァアア!」
飛び掛ってきたムサ苦しい集団に銀時は悲鳴じみた叫びをあげた。あられもない土方の姿を隠すように背中に庇う。
「土方てめ、服着ろ服!」
途端、「副長ォォォ! ご無事ですかァァァ!!」などという隊士たちと押し合いへし合いのせめぎ合いになる。どんだけ土方大事の集団なのか。中には万事屋許すまじ、と刀に手をかけようとしている者も居る。
「うっせェェェ! せっかくのいいトコ邪魔しやがってェェェ! テメーら全員死にやがれェェェ!!」
「お前が死ねェェェ!」
死ね、だの、殺す、だのぎゃあぎゃあと喧しい喚き声がひしめく室内に、
「テメーらァァア! 暴れんなら外でやりやがれェェェ!!」
全員切腹させんぞォォォ! という土方の怒号が響き渡った。
見れば誰よりも先に抜刀しているのはほぼ裸のままの土方で──全員色んな意味でその場にぶっ倒れた。
その後、大人に戻った土方は良かった良かったと喜ぶ隊士たちに囲まれてしまい、何故かそのまま祝いの宴へと突入し、結局、銀時が土方と色々エロエロできたのは、翌日の夜になってからだった。