それじゃあ、と言って立ち上がった沖田は、どこか清清とした顔をしている。
「そろそろ行くとします」
「……くれぐれも捕まるような下手ァ打つなよ」
「誰に言ってやがんでい土方コノヤロー」
気をつけろ、と含ませて言えば沖田から物凄く嫌そうな目が返ってきて、土方は思わず苦笑した。
幕府の命により真選組が解体したのはつい先日のことだ。
未知の病が爆発的に広まり混沌を極めた世界は、既に秩序を失っている。
白詛と呼ばれるようになったその病がウィルスによるものだと判明すると、地球の外へ──宇宙へと脱出する者が現れた。天導衆をはじめ幕府の重鎮たちの多くもそうだった。誰もが我先にと他の星へ逃げ出している。
己のみ安全な場所へ逃げるなどあってはならぬと避難を固辞していた将軍とその妹姫も、半ば強引に宇宙へと連れ出され、江戸幕府は事実上崩壊した。
建前上は暫定という形で維持されていたが、上層部がほとんど居なくなった幕府はまともに機能などしていない。
そんな壊れ、弱体化した幕府から脅しをかけられたのが数週間前のことだ。
これ以上白詛についての捜査を進めるならば、真選組の存在を容認することあたわず──現在投獄されている近藤の処遇に関しても含みを持たせて、そう脅された。
権威など無いも同然の幕府であっても、真選組が幕府に属する組織である以上、その訓令には逆らえない。
もとより近藤のことがある。組織のトップである近藤が器物破損その他諸々の容疑で捕まった以上、真選組に対してなんらかの処分がくだされるであろうことは、容易く想像できていた。
だが、近藤が逮捕されて数ヶ月が経ってから解体を脅されたことに、土方は不信を抱いた。
白詛の謎を追っていた土方が、攘夷戦争時代の話を聞きつけたのは、ほんの数日前のことだ。
魘魅、蠱毒、星崩し──そんな情報を掴んだところに幕府から脅しが来たのだ、タイミングから見てそれが理由だと容易に知れる。
そして、このまま幕府の側に与していたのでは、近藤を取り戻すことが出来ないだろう──真選組を意のままに操るために、幕府は近藤を牢から出さないだろうと、そう確信した。
だから、土方たちは真選組解体の命を呑んだのだ。
近藤と立ち上げた真選組を失うことに、葛藤がなかった訳ではない。どうあっても護り抜きたいという思いもあった。だが、組織の存続よりも近藤を取り戻すことが最優先だと、土方や沖田をはじめ、隊士たちの誰もが苦水を飲む思いで決断した。
それに──と土方は、隊士たちには言えないもうひとつの理由を思い起こし、そっと目を伏せる。
白詛の捜査を打ち切れ、という命にだけは、どうしてもうなずくことができなかった。白詛の謎を突き止めなければならない理由が土方にはある。
それは、白詛が広まる直前に「ナノマシンウィルス」と書かれたメモを残して消えた男に──坂田銀時に繋がる唯一の手がかりだと直感したからだ。
銀時を思い出し、土方が密かに心痛を押し殺していると、心配しなくても──と沖田が飄々とした声をあげた。
「ヘタレしか残ってねー幕府の連中を引っ掻き回してやりまさァ」
見れば沖田は、ドS全開の不敵な笑みを浮かべている。いつもならその笑顔は土方の背筋を凍らせる類のものなのだが、今回ばかりは頼もしいと、土方もまた笑った。
沖田はこれより単独で動く。
命により解体という無念を呑んだ真選組だったが、それだけで幕府側が納得するとは思っていなかった。連中が真選組に対して、このままおとなしく引き下がるはずがないと思っているだろうこともわかっている。
だからわざと表立って幕府に造反し、返報を仕掛ける──その役を担うのが沖田だ。
かつての立場上、土方は自分がその役を引き受けようと思ったのだが、土方が表立ってそんな動きをしたのでは、近藤の奪還が目的だとすぐに勘づかれてしまう恐れがある。そう冷静に判じたのは、意外なことに沖田だった。
沖田なら腕もある。おまけに、以前よりドS王子だの目に余る破壊行動だのと、その好き勝手な行動が幕府側でも問題視されていた。
そして、土方ほど近藤に傾倒していると幕府側には思われていないらしい──それが一番大きな決め手となり、沖田に任せることにしたのだ。
「そうだな……。お前にそんな心配なんぞ、無用だったな」
「……アンタこそ、大丈夫なんですかい」
不意に、沖田が真面目な声で訊ねてきて、土方はわずかに眉をひそめた。
「なにがだ」
「アンタぁ……万事屋の旦那が姿消してからこっち、自分がどんなツラしてやがんのか、気づいてねーんですか?」
すい、と顔を寄せ、沖田が重ねて問うてくる。その真っ直ぐな目と言葉に土方は、沖田が自分と銀時の関係に気づいていたのだと知り、愕然とした。同時に、大丈夫なのかと心配されるほど自分は面に出していたのか、と内心ほぞを噛む。
銀時との関係──それは腐れ縁以上の関係だ。端的に言うなら付き合っていた、と言うのだろう。男同士で、体の関係まであるお付き合い、だ。
けれど、恋人だったのか、と言われると言葉を濁すしかない。そんな関係になってから大分年月が経つが、お互い自分の気持ちを口にしたことなどない──気がするのだ。
それでも土方は銀時と付き合いを重ねていたし、何度となく体を重ねていた。口にしないだけでお互いに想い合っているとわかっていたし、銀時の方もそう考えているだろうと、思っていた。
当時そんなことを暢気に思っていられた自分に、土方は苦笑するしかない。
暢気にそう思っていた。だが、やはりそれは土方にとってだけ都合のいい見方だったのかもしれない──そんな懸念が浮かんだのは、銀時が行方知れずになってからだった。
あの男がそうやすやすと死ぬはずがない──そう確信する半面、死んでいない、というならば、尋常でない事態が起きたのだということも理解していた。
銀時は、誰にも何も告げずに、どこぞへと姿を消したのだ。万事屋のふたりにも、階下の大家にも、そして土方にも、何も告げずに──それがただ事ではない。
と、そう考えたとき、すっと臓腑が冷えたような感覚を覚えた。腹の奥底からじわじわと全身が不安に侵食されていったようだった。
銀時にとって新八や神楽、お登勢たちが大切な人であるのは間違いない。けれどそこに自分が並ぶだろうか、と考えると、土方には肯定できるだけのものが何ひとつとしてないのだ。言葉すら、何ひとつ。
銀時が姿を消した、というだけで憂慮に堪えないというのに、そうなってからこんな根本的なことに煩悶し心を悩ませている、など。自分でも情けなさに呆れるしかない。
「──土方さん」
土方が無言を貫いても、沖田は土方を逃がそうとはしなかった。さらに顔を寄せ、鼻先どうしが触れそうなほどの至近距離で双眸を覗き込まれる。
沖田の色素の薄い瞳に心の内の全てを見抜かれてしまいそうで、土方はばつも悪く目を逸らした。そのときだった。
ビリ、と空気が帯電したかのような感覚が走り、土方は反射的にバッと背後の窓を振り返った。
開けられたままの窓からは、夜の闇のなか立ち並ぶ家の屋根がどうにか見えるだけだったが、その先に誰かが居たのだと直感する。感じたのは何者かの視線──そして殺気に近い気配だったのだ。見やった先の暗闇のなか、一瞬、新月の闇に紛れて何かが動いたような気がした。
「──今のは……」
常になく愕然としたような声に見れば、沖田も強ばらせた顔で窓の外を凝視していた。彼もまた先ほどの気配に気づいたのだろう。否、その手の感覚は沖田の方が鋭い。「まさか……」とこぼしてるあたりから、土方以上に何かを感じ取ったのだろうとわかる。
「……総悟、ここはいいからお前はもう行け」
現在身を置いているこの料亭はすぐに引き上げ、土方たちは別の場所に潜伏する手筈になっている。深入りするよりも、互いに身を隠した方が得策だと土方は判断した。
「……土方さん……」
沖田は何かを言いたげに土方を見つめていたが結局言葉にはせず、ややして「それじゃあ」とだけ残して部屋を出て行った。
沖田が退室してすぐ土方たちもその場を離れ、そうして隠伏しながら情報を集める日々が始まったのだが、それからもその気配を頻繁に感じるようになった。
あのときのような殺気めいたものではないが、気づくと土方に寄り添うようにしてその気配がある。
それを感じ取ると、どうしてか落ち着かなくなり、胸が締めつけられるように痛んだ。
そんな状態が半月経ち、ひと月経ち、ふた月めに入りかけたところで土方は──ようやく腹を決めた。深入りすまいと思ったが、その正体を突き止めることにしたのだ。
そう決意したその日の夜、機会は廻ってきた。夜の闇に紛れ、土方が今のアジトに向かっていたとき、またあの気配がしたのだ。
全身の神経を集中させて、気配のもとを探る。背後の数軒先、崩れかけたビルの屋上──そう特定し振り返るのと、黒い影がザッと動いたのはほぼ同時だった。
逃がすか──影が消えた方向を見定め、土方は駆け出した。幸い、今日の月は上弦だ。満月ほどではないが月明かりが助けとなる。
影の動きとわずかに残された気配を追いかけ続け、土方が辿り着いたのはターミナル跡地だった。我が物顔で町を闊歩するゴロツキ共でさえ近寄らないその廃墟に、躊躇なく足を踏み入れる。
なんとなく、予感があった。例の人物はここに居るだろう。そして、土方が追って来ていると知ってなお、逃げたりはしないと。
まるで引き寄せられているかのように上階へと進み、崩壊して開けた階へと辿り着くと、果たしてその人物はそこに居た。
大きな笠と肩にかけられた大きな数珠のような物のせいだろう。物物しいシルエットだった。数珠のような物から下がる怪しげな呪符が、壁もないせいで吹き込んでくる風になびいている。
土方が気配を隠すことなく歩み寄れば、その人物がゆるりと振り返った。大きな笠から見える顔は、包帯のような布で覆われている。そこに呪文めいた文字が浮かんでいるのがなおさら不気味だった。
総じて怪しいとしか言いようのない姿に、土方は息を呑んだ。実際に目にするのは初めてだが、情報として知っている姿だったのだ。
──魘魅
白詛の謎を追いかけるうちに、「星崩し」と呼ばれた傭兵部隊の存在を掴んだ。連中は蠱毒と言われる呪術──その実ナノマシンを使った人為的なウィルス兵器を用いて数多の戦を、星を、終わらせてきたという。
今、目の前に居るのはその「星崩し」の首領格である魘魅だ。
蠱毒が白詛に酷似していることから、魘魅がこの世界の崩壊に絡んでいるだろうと土方は察していた。今、目の前に居る存在が、その正しさを示している。
だが、眼前の存在が全ての元凶なのだとわかっても──理性ではそうわかっていても、土方は攻勢に出れなかった。腰に佩いている刀に手を伸ばすこともできない。
酷く懐かしい──そんな感覚に、全身が支配されていた。それは、あってはならない──生じるべきではない感覚だった。
理性はこれを敵だと見なしている。捕らえ、情報を引き出すべきだと頭の中で命じている。だが、感覚がそれを拒んでいる。そんな相反する己の状態に一番困惑しているのは土方自身だった。
頭が混乱したまま、土方はふらりと足を進めた。よろめくように少しずつ距離を縮める。
怪しげな風体の男──男だ、と直感している──は、土方をただ黙って見ているようだった。そんな男の様子に土方の困惑は強くなり、疑念が深まる。
まさか、と思った。思ったはしから、そんな訳がない、と打ち消す声がする。知るべきではない、と脳裏で警鐘が鳴り響くが、それでも──土方は男の笠に手を伸ばした。危険だ、などとは微塵も浮かばない。
男はされるがまま微動だにしなかったが、笠を取った土方の震える手が次いで顔を覆っている布に触れると、その手を避けるようにわずかに後退した。小さく開いた距離に哀しくなり、土方の眉がさがる。すると、男が息を呑んだのがわかった。
その隙に再び伸ばした手は、避けられることはなかった。未だ震える指で恐々と布を取り去っていく。
まさか、と思った。そんな訳がない、とも。
けれど、布の下から現れた顔に土方は──瞠目した。
「……万事屋……!」
やはり、目の前の男は白詛が広まる前に姿を消した万事屋──坂田銀時だった。
最後にその姿を見てから半年以上経っている。銀時はそのときと変わらず──という訳ではなかった。わずかに見える首筋から頬の輪郭あたりまで、布や呪符に書かれているのと同じ、文字のような模様が走っている。髪の色も、以前と違うように見える。
それでも、これは銀時だ──それだけで土方は胸が震えて言葉がつかえた。
今までどこに居たのか、とか、この姿はなんなのか、とか、生きていたなら何故連絡のひとつもよこさなかったのか、とか。言いたいことは山ほどあるのに、何ひとつ言葉にならない。
土方がただ唇をわななかせていると、違ェよ、と銀時の静かな声が鼓膜を揺らした。
「もう、万事屋じゃねェ」
弱々しく落とされたその声が悲痛に響き、土方のなかにふっと不安が過った。銀時は誰にも何も告げずに姿を消した──それは、なぜだ。
取り去った布を握り締めたままだった土方の手を、銀時がそっと握り締めた。銀時のその手にも布が巻かれている。触れているのが素肌の感触でないことをどこか淋しく思っていると、銀時はぽつぽつと語り始めた。
久し振りに耳にする心地良い声が告げる非情で残酷な現実が、土方から言葉を奪う。なんでそんなことに、などと、そんなことしか浮かばない。
土方が言葉を失っていると、だから──と銀時は吐息混じりに落とした。
「もう、万事屋じゃねェ……もう……」
戻れねェ──そう続け、銀時が力なく微笑む。それは、痛みや哀しみや絶望を溶け込ませたような笑みで、土方のなかに遣り切れないようなもどかしさが込み上げる。堪らずに銀時の手を握り返し、体ごとぶつけるように口づけた。
驚いたように目を瞠った銀時が土方の体を押しやろうとする。その動きにちくりと胸が痛んだが、させまいと銀時の首に両腕を回した。
唇を舐めて口を開けろと促す。けれど銀時は唇を引き結んだままで、焦れて唇を吸うと、
「──土方!」
ついにぐい、と土方の肩を押して体を引き剥がした銀時が咎めるような声をあげた。
「お前っ、調べてたんならウィルスがどんなんかわかってんだろ!? 俺の体ん中にゃその大元があんだぞ!」
「それが──!」
言いさして──土方は言葉を呑んだ。
それがどうした、とは、言えなかった。近藤を取り戻せていない今はまだ、そんなことを言えない。言ってはいけないのだ、土方は。
遣り切れなさに唇を噛み締めた土方へ、銀時がやわらかな笑みを向ける。
「……俺のこたァ死んだものと思ってくれていいから……だからおめーは──」
「ったら……ッ! だったらなんで見てた! 俺を、ずっと!」
死んだものと──という銀時にカッと憤りが湧き起こり、聞きたくもないその続きを遮る。
あの日からずっと、自分に向けられていた気配があった。それを感じ取るたびに落ち着かない気持ちになった。胸が締めつけられるように痛くなったのだ。
今、ここにこうして土方が辿り着いたのは、あの気配があったからだ。でなければ、ここに来ることも、こうして銀時と再び会うこともなかった。
土方に気づかせ、呼び寄せたあの気配──あれは土方を見ていたのだと、今なら断言できる。
「これからもてめーはそうやって、ただ黙って見てるつもりだってのか……」
そして以前、総悟と別れたあの日に感じたあの気配、あの、殺気にほど近い気配と視線は──
「……俺が、誰か他の奴を選んだとしても」
間違いなく、悋気だ。
確信し、心無い発言でそれを再び煽る。銀時は瞬間、顔色をなくし、土方の両腕を痛いほどに掴んだ。銀時のその双眸は、紛れもなく悋気で燃えている。
向けられた感情に、土方はほの暗い悦びを感じた。
だが、一瞬悋気に燃えていた赤い瞳はすぐさま揺らぎ、次いで深い哀しみの色を帯びる。
「……俺にゃあもう、おめーを引きとめる資格はねーよ。や、最初っからなかったかもしんねーけど……、おめーが、選んだ奴なら、そうそうおめーのこと無碍にしねーだろうし……」
「資格なんざ知るか」
銀時がぼそぼそと続ける気弱な言葉を一蹴し、土方は再び口づけた。今度は唇を引き結ぶいとまも与えずに、その口内へ舌を滑り込ませる。
先ほど銀時が見せた感情だけで、充分だった。
思えば、沖田と別れたあの日──銀時が気配をあらわにした最初のあの日、土方は窓に背を向けて立っていた。その土方に対し、沖田は正面から至近距離で顔を覗き込んで来たのだ。恐らく銀時の側からは、沖田が土方に口づけたようにでも見えたのだろう。
そんな風に妬心をあらわにして、今日も土方の簡単な謀計に容易く乗り悋気を見せた。
それほどの感情を見せたくせに、銀時は土方がそうしたいなら、と身を引こうとしたのだ。資格がない、だとかそんな理由で。
それだけで、充分だった。
驚いたように固まっている銀時の体を掻き抱き、奥で縮こまっている舌を舌で舐め上げる。恐る恐る銀時が応え出し、すぐに口づけは深まった。
舌を絡ませ合いながら、体を抱き締めあえば、衣服も銀時が肩に下げている物も、邪魔でもどかしくなる。
土方は口づけを解くと、銀時からでかい数珠のような邪魔なだけの物を外して落とし、自分も服を脱いだ。
やはり躊躇を見せる銀時の手を取り、いいから、と行為を急かす。それでもためらう指が哀しくて、土方は銀時を見つめた。
よろずや──と呼びかけて、口を噤む。
──もう、万事屋じゃねぇ……
そう言った銀時の声と顔が蘇ると、その呼び名を口にすることができなくなる。だから、
「……銀時……」
恐らく初めて本人に向かって言うだろう呼び方をした。
その途端、銀時の顔がくしゃりと歪んだ。泣き出すかと思ったその反応に、ダメだったのだろうかと土方が眉をさげるのと、銀時にきつく掻き抱かれるのは同時だった。
「土方……!」
もつれるように地面に倒れ込み、深く深く口づけあう。
シャツだけの姿では背中に擦れるコンクリの感触が痛かったけれど、そのまま抱かれた。
熱を、その存在を感じたくて、ただがむしゃらに抱き合う。そんな行為だった。
久し振りの媾合だったからだろうか、わずかに気を失っていたらしい。さらさらと髪を弄る感覚に呼び起こされるようにして、ふうと意識が浮上する。
ゆるりと瞼をあげると、痛ましげな表情で土方を見つめている銀時の姿がそこにあった。かち合った赤い瞳がホッとしたように細められたけれど、やはり哀しみの色が滲んでいる。
そんな顔で土方の髪を梳いている銀時に、どうしようもなく胸が痛んだ。
風で揺れているからだろうか、どこからかミシミシと建物の軋む音がかすかに聞こえる。
それは滅びゆく世界の軋みにも聞こえ、土方は堪らずに手を伸ばした。土方の髪を弄っている手はそのままに、銀時のもう一方の手を取り、ぎゅうと握る。
この男が独り、滅びの音を聞き続けなければならないのならば、せめて──何もできないけれどせめて、隣で一緒に聞いていてやろう。
そんな思いを篭めて、強く握り締めた。