春すぐちかく

 サァと頬を撫でる風は大分寒さが薄れ、もうそろそろ季節が変わるのだろうと予感させた。日差しはやわらかくあたたかい。つい先日、冬将軍の最後の意地かと言いたくなるような大雪が降ったのだが、昨日の雨と今日の陽光でその名残は綺麗に掻き消されている。
 だが、こんな春の訪れを感じさせる穏やかな陽気に反して、銀時の胸中は酷く荒んでいた。
 面白くない。大変非常に面白くない。
 そんな苛々とした感情を持て余しながら、銀時はこの不機嫌の原因となる人物のいる真選組屯所の門をくぐった。

 わざわざすみません、などと人のよさげな笑顔で出迎えたのは、地味な監察の山崎だった。
「この前、珍しいくらいの大雪が降ったじゃないですか。多分それがトドメだったと思うんですよね」
 おかげでこのありさまですよ、と通された座敷のど真ん中には、大きなたらいが置かれていた。天井から不規則に雫がしたたり落ちてはぴちょん、という気の抜ける音がそこから聞こえてくる。
 山崎が言うには、老朽化していた屋根が先日の大雪に耐え切れなかったのか、ついに雨漏りがするようになったらしい。昨日の雨でもう駄目だ限界だという結論に達し、万事屋に修理を依頼したのだという。
 当面の応急処置でいいんで、という山崎に、まあいいんだけどよォ、と銀時はがしがしと髪を掻き回した。
「いや、仕事だし屋根の修理くれェ慣れてっからいいけどよォ、おたくら公務員だろ? 金あんだろ? 本職に頼めばいいじゃねーか」
 さらに言うなら、こうなる前に修繕くらいしておけよ、金あんだろ――と、やっかみ半分に思うのだが、呆れて見やった先の山崎は、神妙な顔でゆるりとかぶりを振った。
「あったら旦那にお願いしてません」
 なんだか失礼なことを言われた気もするが、それよりも内容に驚いてしまった。ねェの?、と目を丸くすると、山崎が真顔でうなずく。
「年度末なんです」
「……あ?」
「予算がもう底をついてるんです」
 淡々と告げる山崎の声には、どんよりとした鬱憤が満ちているように感じる。
「でも年度明けまで持ちそうにないんで、ここはひとつ旦那に格安でお願いしようってことになりまして」
 来年度は予算増えるといいんですけどねぇ……、などと遠い目をして山崎が乾いた笑い声をあげる。懐の寒波振りなら負けはしない――否、むしろ余裕で大勝なのだが、そんな銀時ですらなんだか憐れになってきた。
「おたくも大変そうだねェ……」
「大変ですよ、どこぞの隊長がむやみやたらに破壊しまくるんですから……」
 おかげで予算が幾らあっても足りないだのなんだのと愚痴をこぼした山崎は、
「……まあ、一番大変なのは副長ですけどね」
 ため息まじりにそう結んだ。
 その言葉に先日の出来事を思い出し、ざわりと胸中が波立ったが、銀時は表情に出ないよう押し殺した。へー、と気がないような声をあげるのにも慣れている。
「そんなに大変なんだー、副長さん」
「年度末だから作成しなきゃならん書類も大量ですからね。おまけに接待続きなもんだから、ロクに寝れてないですよ、あの人」
 銀時が心中穏やかでないことなど知るよしもない山崎はそう言うと、それじゃあお願いしますね、と座敷をあとにした。



 仕事に取り掛かりながらも、銀時の脳内はくだんの副長のことで占められていた。引き起こされる感情は、決して愉快なものではない。胸中にどす黒く渦巻くそれは、そんなに忙しいくせに――という怨嗟じみた嫉妬だ。
 くだんの副長こと土方が、現在多忙を極めていることなど知っている。ほかでもない、本人から告げられているのだ。だから当分会えない、会う時間を取れない――と。
 何故そんなことを前もって告げられているかといえば、銀時と土方が歴とした恋人同士、という間柄だからだ。お互いがお互いの最優先とはなれないことを承知の上で、それでも構わないと銀時が手を伸ばし、逡巡した末に土方がその手を取った。
 そうして始まった関係だから、仕事を優先する土方に、拗ねてみたことはあっても不満をぶつけたことはない。不服をあらわにしたところで、最終的に土方を困らせるだけだとわかっていたからだ。
 だから、土方から当分会えないと言われても、我慢していた。実際、市中でその姿を見かけることすらできず焦燥を抱いても、仕方がないと自分に言い聞かせていたのだ。
 そんな銀時のなかで何かがぶち切れたのは、そうして我慢して我慢してひと月近くも経った、先日のことだった。

 その日、立て続けに仕事をこなして珍しく懐があたたかかった銀時は機嫌が良かった。懐具合を嗅ぎつけたお妙に、いいから金落としに来いや、と脅されてスナックすまいるに出向いたときも――搾り取られるかと思うとやるせなかったが――楽しく呑めるならまあいいかと上機嫌だった。上機嫌だったのだ、そこで近藤に遭遇するまでは。
 お妙にどつかれながらも懲りずに言い寄る近藤を見て、真っ先に込みあげたのは殺意にほど近い怒りだった。
 恋人との逢瀬が叶わないほど土方が忙殺されているというのに、なんで頭である局長がへらへらと飲み歩いているのか。
 いやマジぶっ飛ばしてやりてェ、と拳を振るわせれば、近藤がご機嫌な口調で「ちゃんと仕事してきましたァ」などと悪びれずに言うものだから、我慢せず一発殴っておいた。近藤は銀時が殴った頭部を押さえながら、接待を終えたその足でスナックすまいるに直行したのだと言い訳したが、それで収まるものではない。
 ほどなくして近藤は酒とお妙の拳により撃沈したが、それでもまだムカついていた。もちろん、近藤に対する腹立ちだ。だからそのとき近藤の携帯から土方に電話を入れたのは、迎えを呼ぶうんぬんもあったが、それ以上に彼の声だけでも聞きたかったからにほかならない。
『――どうした?』
 数度の呼び出し音ののち聞こえた声は、相手が近藤だと思ったからか、予想よりもやわらかなものだった。瞬間、胸にちくりと嫌な痛みを覚える。その痛みを黙殺して、銀時はいつものやる気のない声を出した。
「副長さーん、今日のパンツ何色ー?」
『……万事屋?』
 なんでおめーが? と電話の向こうで土方が訝っているのがわかる。きっと状況が掴めずに困惑しているだろう、とその姿を想像して銀時はひっそりと笑った。
「おたくのゴリラがメスゴリラにのされたんだけどさァ、それより何色?」
『……ってことはスナックすまいるだな』
 はぁ、と電話の向こうで落とされたため息が、耳に直に吹き込まれたようで、腰の辺りがぞわりとした。そういえばひと月もその体に触れていないのだ、と唐突に思い至り、飢餓にも似た焦燥が広がる。困らせるだけだからと口に出すのも堪えていた、会いたい、という欲が抑えきれなくなりそうになり、銀時はへらりと笑って軽口でごまかした。
「なァ副長さん、ゴリラの引き取りってどこに頼めばいいの? やっぱ保健所? それか動物園? ってか副長さん、何色か言えねェってことは、もしかしてノーパン?」
『すぐに行くからそれ以上危害加えられねーよう見張っといてくれ』
 セクハラ的な発言には一切触れず、土方はそう言うと電話を切った。あっさりと途切れた通話をちょっと淋しく思いつつも、土方の言葉を反芻し、ん?、と首をかしげる。
 ――すぐに「行く」?
 まさか土方自ら近藤を迎えに来るつもりなのか、と考えて、いやいや、とかぶりを振る。いくら近藤大事とはいえ、今の土方にそんな時間的余裕などないだろう。銀時など恋人なのにわずかな逢瀬すら叶わないのだから、と自分に言い聞かせても、嫌な予感は拭えない。
 いやいやまさか、でも、と潰れている近藤を眺めながら煩悶していた銀時だったが、しかし店に現れたのは、果たして土方本人だった。
 きゃー、と黄色い声があがった入り口に目を向けると、まだ仕事をしていたのだろう、制服姿のままの土方がそこにいた。ちらりと店内を見回して倒れている近藤を認めると、背後の隊士に何事か――近藤の回収だろう――を命じている。約ひと月ぶりに目にしたその姿に、銀時はなんとも複雑な情動に駆られた。
 会いたいと願っていた相手だ。久し振りに土方の姿を見られて嬉しい気持ちは確かにある。あるのだが、その反面、どうしようもなく腹立たしかった。
 銀時がそんな相反する感情を噛み殺していると、土方はお妙と二、三言葉を交わしてそのまま店を出て行ってしまった。慌てて後を追うと――もちろんお妙にしっかりとお代を搾り取られた――店先につけてあった車に今にも乗り込みそうな後姿が見えて、思わずその腕を掴んでいた。土方が驚いたように振り返る。
 銀時は土方が何かを言うより先に、「ちょっとコレ借りっから、ゴリラ連れて先戻っててくんねェ?」と隊士に言い放ち、無理やり腕を引いて歩き出した。
 焦ったように土方が何やら言っていたが、それを無視して建物と建物の隙間のような細い路地に入り込む。無言のまま突き進み、人目もひと気も絶えたところでようやく足を止めると、即座に腕を払われた。
「なにしやがんだ、てめェ」
「んだよ、久し振りに会ったんだから、もーちょい顔見せてくれてもいいだろ。ゆっくりじっくりさァ」
 体ごと後ろに向きなおり小首をかしげてみせると、怒り喚いていた土方は困ったように眉根を寄せた。
「……忙しいんだよ。まだ仕事が残ってんだ」
 戻らねェと、と疲れたように言う土方の目の下には、薄っすらと隈が浮かんでいる。本当に忙しいのだろう。それを感じ取ると、自分の我意を押しつけるのはとても無情なことに思える。もとより惚れた相手だ、無体を働きたい訳ではない。大切なのだ。優しくしたいとも思う。だが、同じくらい――腹が立って仕方なかった。
 ぎり、と二の腕を強く掴み、土方の体を壁に押しつけた。痛みでだろう、土方が眉をひそめ、銀時をきつく睨みつける。その不愉快そうな目に、銀時は自分の顔が歪んでいくのを感じた。
 へーえ、とこぼれた声には、嗜虐的な色が滲み出ている。
「そーんなに忙しいのに、ゴリラ迎えに来る時間はあるんだ」
 覗き込んだ土方の瞳には、底意地の悪い嫌な笑みを浮かべた自分が映っていた。笑える。余裕のある振りもできず、怒りや悋気を悟られまいとそんな顔をする自分が笑えて仕方ない。
 自嘲からその笑みを深くすれば、土方はギッと眦をつりあげた。
「あァ? てめーが引き取りだなんだって電話してきたんだろーが」
「んなの他の奴よこせばいいんじゃねーの?」
 銀時が言うと、土方は一瞬目を丸くし、次いで心底悔しそうに顔をしかめた。
「そんなの――」
「そんなにゴリラが大事?」
 わかっていても土方の口からは聞きたくなくて、言葉を遮る。土方の眉間のしわが深くなった。
 忙しさを疑っている訳ではない。真選組において常から土方がどれだけ多忙を極めているかも知っている。
 けれど、会えないと告げ、その言葉を疑えないほどの忙しさにも関わらず、こうして近藤を迎えに来たことが、銀時には目もくれなかったことが、どうしようもなく不愉快で苛立つのだ。
 衝動のままに口づけて、さらに強くその体を壁に押しつける。口づける瞬間、土方が顔を歪めたのが見えた。
 唇を深く重ね、口内を舐めまわし、舌を絡める。わずかに震えた体に手のひらを滑らせたら、突然土方がぐいと顔を背けた。
「――やめろ」
 低く冷ややかな声で制止され、銀時の動きが止まる。その声にも、至近距離から覗き込んだ目にも、なんの感情もこめられていなかった。
 こわばってしまったかのように動けない銀時をさほど強くもない押しのけ、土方は重い足取りで表へと戻っていった。
 いっそ怒ってくれたなら――どんなものでも感情を向けてくれたなら、こちらも鬱憤をぶつけられたのに、と、離れていく黒い背中に八つ当たり気味にそんなことを思った。



 ざっと見て、瓦ではなくその下が駄目になっているのだろう、と目星をつけて瓦を剥がす。案の定、土の下の金属板に穴が開いていた。このせいで水が下の板にまで染みていったのだろう。というかこうなるともう、こんなん素人にやらせんな! と喚きたくなる。慣れていると言ってしまった手前、ぐっと呑み込んだが。
 当面の応急処置でいいということは、予算が入ったらちゃんと修繕するだろう、と適当に穴を補修し、適当に土を戻す。
 持ち前の器用さと適当さで作業をこなしていたら、いつのまに時間になったのか、昼飯だと呼ばれた。
 縁側に腰かけ、用意してもらった昼食を食べていると、空になるころを見計らって山崎がお茶を淹れに現れた。どこのウェイターだ、とそのタイミングの良さにいっそ呆れる。
 やれ今日は天気が良くていいだの、もうじき花見の季節ですねだのと口にした山崎が、不意に「旦那」と世間話の延長のように銀時を呼んだ。
「本当に忙しいんですよ、副長。そんなときにまで局長を迎えになんて、さすがに行きませんよ、あの人だって。夜廻りの連中を向かわせるなり俺に押しつけるなりしてます。おまけにあのときは仮眠取ろうとしてましたから、副長は」
 突然振られた話題に、一瞬鼻白んだ。
 はっきりと言わなくても、あのとき、というのが先日スナックすまいるで近藤と鉢合わせ、銀時が連絡を入れたときのことだと知れる。銀時が電話を掛けたとき、山崎は土方の傍にいたのだろう。それを面白くなく思うと同時に、何をどこまで知っているんだ、と訝しんだ。
「……なにが言いてェ」
 牽制をこめてじとりと見やるが、山崎は意に介した様子もなく、こぽぽ、と湯のみに茶を注いでいる。
「旦那からの電話じゃなきゃあ、俺が迎えに行かされてましたね、間違いなく」
 淡々と落とされた言葉に銀時の思考が固まった。どういう意味だ、とぼかんと見つめるが、山崎は飄々とその視線を受け流す。
 ふたつの湯のみを小さな盆に載せると、山崎はおもむろにそれを銀時の前へ差し出した。
「それじゃあコレ、旦那と副長の分なんで、お願いします」
「は? なんで俺に押しつけんのソレ」
「食後の休憩は一時間でいいですかね?」
 銀時の疑問を無視して、山崎が常にない妙な押しの強さを見せる。
「副長の部屋、わかりますよね。時間になったら呼びに行きますんで」
 それじゃあ、と笑顔で一方的に切りあげ、山崎が退去する。白々しくわかりやすいその言動に、銀時はため息を落とした。

 勝手知ったるで辿り着いた部屋の障子を声もかけずに開ければ、部屋の主は文机に向かっていた。ちらりとも視線をよこさずに「声くらいかけろ、万事屋」と呆れたように言う。
「……一杯千円でーす」
 近くに腰をおろし盆を畳の上に置くと、土方はぼったくりかよ、と軽く笑った。こちらの方を向かない横顔には、疲労が色濃く見える。目の下の隈はこの前見たときよりも酷くなっていた。
 湯のみに手を伸ばすこともせず黙々と仕事を続ける土方を見ながら、銀時は山崎の言葉を脳裏で反芻する。
 ――旦那からの電話じゃなきゃあ、
 なァ、と自分の方を見てくれない横顔に、一方的に声をかけた。
「この前、お前がゴリラ迎えに来たのは、俺が電話したから?」
「……なんだいきなり」
「ちょっとでも俺に会いたいから、無理して迎えに来たの?」
「わかってんだったら――」
「お前の口から聞きてェんだよ」
 わかっててもな、と続けると、ようやく土方が銀時へと顔を向けた。きょとんとした顔でぱちぱちと目をしばたたかせる。まるで驚いているかのような表情は常よりも幼く見えた。あークソ可愛いなーコンニャロー、などと内心悶えていたら、ややしてふう、と息をついた土方が、来いとばかりに銀時を手で招いた。触れそうなほど傍ににじり寄ると、銀時の肩にぽすんと土方の頭が降りてくる。
「……悪ィな、今そこまで頭回んねェ。回してる余裕がねェ」
 小さくこぼす土方に、銀時は目を瞠った。普段なら謝ったりはおろか、余裕がない、などという弱音を口にすることなど絶対にない土方がそんなことを言うだなんて。
 目を丸くしながら銀時は肩口の頭を見つめ、口を開いた。
「……寝てねェの?」
「合間に仮眠取ってる」
「あんときで何徹くらい?」
「覚えてねェ」
「仮眠よりも俺?」
「……全然ツラも見てなかったし」
 誘導するように問いを重ねても、土方は素直に返してくる。頭が回らない、回している余裕がない――と自分で言ったように、疲れているからか碌に寝ていないからか、取り繕う余裕すらないのだろう。珍しい現象に銀時が呆然と至近距離の顔を眺めていると、土方はムっと口を尖らせた。
「なのに、おめーはなんか機嫌悪ィし腹立つこと言いやがるしでムカついた」
「悪ィ。ゴリラに嫉妬してた」
 素直な土方に感化されたのか、銀時の口から本音がするりとこぼれた。今度は土方が目を丸くする。
「嫉妬?」
 なんで、と心底わからないといった風情の土方に、銀時はばつが悪くなる。
「いや、するだろ、嫉妬。忙しいから当分会えねェっつってたのに、ゴリラ迎えにならホイホイ来んのかって思ったら、どんだけゴリラ大事なんだよって拗ねたくもなるだろ」
 自分に会いたいがために来たのだとは知らなくて、ひとりで勝手に悋気した。おまけにそれを土方にぶつけたのだから、どうしようもない。
 ごめんな、と情けなく眉をさげると、土方はふわりと笑った。
「――まあ大事だけどな」
「オイぃぃぃ!」
 思わず叫んだら、うるさい、と土方が顔をしかめる。大事というその言葉が、意趣返しなどではなく本音なのだから堪ったもんじゃない。ううと唸るしかない銀時を、土方が楽しそうに見ている。その笑みにつられて顔を寄せたら、土方の唇はすんなりと銀時のそれを受け入れた。
 やわらかな口づけを繰り返すと、それだけで拗ねたくなるようなわずかな不満が掻き消えるのだから自分も大概現金なものだと思う。
「……俺に仕事よこしたのって、おめーの指示?」
「いや、言い出したのは山崎だ」
 あっさりと答えた土方に、ジミーかい、と銀時はがっくりとうなだれた。少しでも銀時に会いたくて土方が要請したのかと思いきや、そこでまたあの地味な男が絡んでくるのか。これはもう完璧にバレているな、と銀時は確信した。銀時と土方の関係も、あの日に何事かがあったことも知っているだろう。
 その上でこんな場を設けたあの地味な部下は、ふたりのあいだを取り持とうというより、土方の心配しかしていないだろう。先ほど見せた妙な押しの強さも、土方絡みゆえになのは知っている――ムカつくが。
 土方大事なのは構わないが、度を越しすぎないよう釘を刺しておくべきか――銀時が真剣な顔で考え込んでいると、万事屋?、と土方が怪訝そうに覗いてきた。
 くっきりと浮かんでいる隈が痛々しくて、そっと目の下を撫でる。顔色悪ィぞ、と眉をひそめて咎めるように言っても、土方はくすぐってェ、と猫のように目を細めて笑うだけだった。そのやわらかな笑みに、じわりとあたたかいものが胸に広がる。
「ジミーがよォ、昼休み一時間くれたから、おめーも一緒に休もうぜ」
 こうして仕事にかこつけて銀時を呼びつけ、あまつさえ土方のもとに茶まで運ばせた。そんな真似をさせてくれた山崎が、本当は何を銀時に頼み、望んでいるのか。わかってしまうだけに、やはり釘を刺しておこうと、こっそり決めた。
 よいせとばかりに土方を抱えて、横抱きにする。
「時間になりゃあ呼びに来るからよ。それまでちょっと寝とけ」
「……ん」
 既に半ば眠りかけている土方は、銀時の首許に額を押しつけるようにもたれかかった。
「あと、もうちょいで、山越える、から」
 睡魔と闘っているのだろう、もうろうとした声が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。それでもなんとか伝えようとする土方をぎゅ、と抱きしめた。
「ああ。銀さんいい子で待ってっから、あんま無理すんじゃねーぞ」
「そしたら、さくら……」
 不自然に消えた語尾に代わって、静かな寝息が聞こえ出した。
 さくら――と最後にこぼされた言葉で、ふと外の陽気を思い出す。そういえばあの地味な監察もしきりに天気が良いだの花見の季節だだのと言っていた。気づかなかった訳ではないが、気にもとめていなかったことを気づかされる。
 春めいてきていた気候に何かを思うよりも、この腕のなかの人物に全ての神経が向かっていたのだと実感し、銀時はわずかに苦笑した。

 桜が咲くころには、一段落ついているといい。そうして、いつものようにお互いの時間を縫って、ふたりで桜を眺められればいい――土方が望むように。
 それを彼が望んでいてくれていることが何よりも嬉しくて、穏やかな寝息をこぼす唇にそっと口づけた。

壱万打リク「PictMemo内12/8のイラストについての話」
12/8のイラストはコチラ
(11/03/05)