草深い山中の探索にも大分慣れてしまったな──と土方は繁みを掻き分けながら思った。
日中、山の中を探し回り、夜には疲れ果てて泥のように眠る、という日も、いよいよ五日目となってしまった。
だというのに肝心の蝶を誰ひとりとして目撃していない現状に気ばかりが急いて、土方はガサリと乱暴に草木を払う。
山崎には働くな、と釘を刺されていたが、そんなものは無視していた。体を動かしていた方がその間は余計なことを考えなくて済むのだから、精神的には楽だろうとすら思う。余計なこと──銀時とのことだ。
あの最初の夜以来、銀時は土方から少し距離を置くようになった。いつものような過剰なまでの接触もない。それに安堵しながらもどこかうら淋しく思ってしまう、そんな心中の動きが自分でも訳がわからなくて、土方は途方に暮れるばかりだったのだ。
だから敢えて精力的に山中を探索していた。
額の汗を拭い、ふうと息をついたとき──ちりりと何かが神経に引っかかった。瞬時に頭が切り替わる。土方はす、と身を低くした。目の前の繁み──その奥に、何者かが居る。
気配と足音を殺してそっと近づくと、ガサガサと草を踏む足音と、あきらかに部外者とわかる気配が強くなる。
御留場への不法侵入者だ──土方は腰の得物を握り締め、右手を柄にかけようとした。そのとき、突然何者かに背後から組みつかれ、手で口を塞がれた。
咄嗟に振り払おうと動きかけた体を、背後の気配が馴染んだものだと察した理性で抑える。横目で見やれば、案の定、肩越しに覗き込んでいるのは銀時だった。繁みをちらりと見やってから土方に目を向け、シー、と声に出さずに告げる。
わかったから離れろ、とばかりに銀時の腕をタップアウトすると、ようやく拘束が解かれた。
「どーやらアイツらが犯人らしーぜ」
つい、と繁みを指し示し、土方の耳許でささやく。銀時が示した方を見やれば、ひと目で天人とわかる牛に似た姿かたちの者たちがしゃがみ込んで顔をつき合わせていた。その数は四人。
立入を禁じている御留場に無断で立ち入るばかりか、将軍家の別邸にまで入るようなのはロクな奴じゃねーだろ、と銀時が言っていたのを思い出す。天人にとっては将軍もその権も無意義なのだろう──そう思うと、ふつふつと憤りが湧き起こった。
「──随分舐められたもんだな、地球人も」
低く言うと、銀時が問うように土方を覗き込んだ。
「捕まえる?」
「目当てのもんが見つからねェんなら、代わりに手土産持って詫び入れるしかねーだろ」
アレなら土産にゃもってこいだろ──口許だけで笑って続ければ、確かにね、と銀時は肩を竦めた。
すう、と同時に動く。存在を気取らせることなく天人たちに近づき、刀を突きつけたのもまた、同時だった。
「──動くな」
土方の制止に、四対の目が驚いたように振り返った。それを冷ややかに見下ろし、カチャリと刀を鳴らす。
「てめーらここでなにをしている。ここが将軍所有の地だと知ってのことか」
「将軍? ああ、あの間抜けな傀儡のことか」
驚愕の表情を歪んだ笑みに変え、天人が馬鹿にしたように言う。土方はひくりと目許が引きつるのを感じた。
「口の利き方にゃあ気ィつけろ」
「知ったことか。ここは我らの仕事に都合がいいから使っていた、それだけのことだ」
「仕事だァ?」
胡乱げに返したのは銀時だった。そうさ、と天人が下卑た笑い声をあげる。
「空気か気候か──なにが要因かはわからんが、ここでは育成が上手くゆく。だから繁殖地として使ってやってるんだ、ありがたく思え」
そう言い、天人は抱えている籠を擦る。その中に見えるのは淡い緑色の虫だった。それはきっと蝶の幼虫だろう。そうあたりをつけると、全てが繋がった。松平の言っていた「キレーな蝶々」は、この天人たち──恐らく商人なのだろう──がここで育てていた商品という訳だ。
やはり土産にゃあ丁度いいな、と改めて思う。むしろ松平の性格を考えると、見張りが目撃したというのは果たして蝶だけなのか──最初から、この不逞の者たちを捕縛させるのが狙いだったのではないか、とすら訝ってしまう。
「なにがどうありがてェってんだ。感謝されてェんならパフェのひとつも持ってこいや」
呆れたように銀時が言うと、嫌味な笑みを浮かべていた天人が不興顔になった。
「お前たちの方こそ口の利き方には気をつけろ。我々が「楚丑」だと知っての振る舞いかァ?」
あきらかに見下しているとわかる居丈高な口調で告げた名に、土方は盛大に顔をしかめた。
楚丑──その種族の名で脳裏に浮かんだのは、幕吏の、しかも重鎮である天人の顔だった。その後ろ盾があるからこそ、この天人たちも好き勝手に振舞うのだろうかと忌々しく思う。
どこまでも舐めた真似を──憤りのまま、刀を両手で握りなおした。
「御留場まで好き勝手にしていい、なんてな条約はどこにも──」
「まあまあ、いいじゃねーか土方君」
刀を納めた銀時が土方の肩を掴み、宥めるように抑える。ぎりと睨みつければ、含みを込めた赤い瞳がちらりと笑みを返してきた。
「こんなトコにずっと居ても平気だってんだから、心配するこたねェんじゃね? 俺ァ早ェとこ出てェよ、こんなトコ」
何かを企んでいる──そう察して、土方は銀時の策に乗ることにした。渋々ああ、と頷いて納刀する。
銀時に肩を抱かれ促されるままに踵を返すと、背中に天人のどこか焦ったような声が投げかけられた。
「なんの話をしている、貴様ら」
天人のその反応に、銀時がかかった、とばかりに口の端を上げたのが見えた。なァに、と悠然と振り返り、淀みなく言を紡ぐ。
「天人が地球にやって来るより前の話さ。でけェ戦があってなァ、ここでも高名な大名家両軍入り乱れての合戦が行われたワケよ。そりゃー沢山の軍兵が死んだらしいぜ。──で、だ。そんときの戦で命を落とした武者共がなァ──」
でるんだよ──銀時が低くささやくように告げる。シン、と静まった周囲の温度が下がった気がした。固まってしまったかのように動かない天人たちに、銀時は薄っすらと笑ってみせる。
「今でも戦が続いてると思って、敵を探してんだ。見つかったらまず──殺される。まァ天人の皆さんにゃあ、どーでもいい話かもしんねーがな」
銀時が胡乱な目で天人たちを見やる。
ザアと風が渡り、木々を揺らした。その音に天人たちがびくりと身を竦ませたとき、うおおおおおお、という低い唸り声が風に乗って聞こえてきた。
天人たちがひッ、と短い悲鳴をあげる。銀時の話が口からでまかせだとわかっている土方ですら思わず怯んでしまったのだから、無理もないだろう。
「ああ──ホラ」
銀時が首をめぐらせ、ぽつりと呟く。
「今でも戦ァやってやがる」
淡々と落とされる声のその静やかさが、なおさら恐怖を駆り立てた。ザアザアと鳴る風が、呻きのような轟を運んでくる。
「精々見つからねーよう、気ィつけるこった」
殺されねェようにな──銀時が笑う。それが駄目押しになったのだろう、天人たちは悲鳴をあげて駆け出した。荷物もそこそこに、脱兎の如く逃げて行く。
小さくなっていく悲鳴と天人たちの背中を見送り、やれやれ、と振り返った銀時は、いつものやる気のない目に戻っていた。
「帰ったら見張り強化させた方いいんじゃね? まーた来っかもしんねーぞ、アレ」
その普段どおりの調子に、土方は知らず詰めていた息を吐いた。不覚にも足から力が抜けそうになり、近くの木にもたれかかる。
その姿にオイオイ、と銀時が苦笑した。
「なーにお前まで引っかかっちゃってんの」
「うるせェ! 妙な仕込み入れてんじゃねーよ!」
じとりと睨めつけ怒鳴ったのは、気恥ずかしさからもあるが、銀時に手の内をあかさせるためだった。肝を抜かれた、などとは絶対に口にしないが、あの呻き声には正直身が竦んだ。それだけに、本当に嘘だという確信が欲しかったのだ。
仕込み?、と怪訝そうに首をかしげていた銀時が、ややして気づいたのか目をしばたたく。
「ああ、さっきの声? べつに仕込んでねーし。つーかもっと前から聞こえてたし」
「あァ?」
「ここに俺とお前しか居ない──ってなったら、答えはひとつしかねーだろ」
呆れたような銀時の表情と声にしばし考え込み──思い至って土方はがっくりと肩を落とした。
沖田と神楽か。あのふたりが喧嘩している、その声なのか。
正体に気づき、土方は深いため息をこぼした。こんなところでまで争っているのかアイツらは、と頭痛すら覚える。
「あのふたりが仲良く蝶々探しなんざ、するワケねーわな」
肩を竦めて言うと、銀時はするりと身を寄せてきた。
「つーか、わかってんの?」
とん、と顔の横に銀時の手がつかれる。何を、と正面の顔を見やり──土方は固まってしまった。鼻先どうしが触れるほどの距離で、銀時が微笑む。
「今言っただろ。ここにゃあ俺とお前しか居ない、ってよ」
「ま、待て坂田──」
「もう無理、待たねェ。考えてくれたんじゃねーの?」
何を──そう訊ねかけて、焦る土方の脳裏にふと銀時の言葉が蘇った。
──ついでにもひとつ、考えといてほしいことがあんだけど。
「……アレぇぇぇ!?」
「うっわひでェー!」
土方が頓狂な声をあげると、銀時はなにその反応!、と喚いた。だが、
「アレでなにがわかるかボケェェェ!」
ハッキリ言えやァァァ!、と土方も負けじと声を荒げる。
──銀さんの気持ち?
考えておいて、などと銀時にそんなことを告げられたのは、大分前のことになる。
だというのに、口づけてくるものの銀時ははっきりとは言葉にせず、おまけに茶化すような態度だったものだから、土方は半ば以上本気になどしていなかったのだ。それが続いたところで、不意打ちのような口づけにも、しだいに慣れてしまっても仕方ないだろう。終いにはどうとも思わなくなっていたのだから、滑稽だ。
それが変化したのは、先日の事件以降のことだ。土方が自分の感情を──銀時への恋情を自覚してしまった。
けれどそれは飽くまで土方の中での変化だ。銀時の口からはっきりとしたことを言われた訳ではない。
いやさァ、と銀時が膨れ顔でぶちぶちとこぼす。
「いやまあ、本気にされてねーだろうとは思ってたよ? 銀さんも。思ってたけどよォ、それにしたってその反応はなくね? もうちょっとこう、初々しいトキメキ感をこう──」
「ふざけんな! コッチゃァてめー自身で手一杯だったんだよ、おめーのたわ言までいちいち考えてられっかっつーの!」
「たわ言じゃねーっつーの!」
ああもう、と焦れたように銀時が土方の頬を両手で挟む。じとりと睨みつける土方を覗き込み、真っ直ぐに見据えてきた。
「好きだ」
その目に射抜かれる──そう、思った。息を呑む土方を銀時がぎゅ、ときつく抱き締める。
「傍に居てェし、全部欲しいし、近藤にゃムカつくし、おめーになんかあったら、って考えるだけで──頭おかしくなりそーなくれェ、好きだ」
耳許で落とされる真摯な声が、土方の心臓を──魂を揺さぶる。
ああそうか、と土方は不意に気づいた。あれは近藤への悋気だったのか、とか、やはりあの事件のときこいつも苦しかったのか、とか。そんなことのひとつひとつがするりと紐解くように胸中で解けて──土方は銀時の背中に手を回した。
「──ああ」
口にできたのはそれだけだった。くすりと銀時が笑みをこぼしたのがわかる。
「俺も──って言ってくんねーの?」
わずかに体を離し、再び土方を覗き込む。その笑みを含んだ目にチッと舌打ちし、土方は思い切り顔をしかめた。
「──俺もだよ満足かコノヤロー」
「満足ですよコノヤロー」
からりと笑い、銀時が顔を寄せる。一度軽く触れた唇は、次いで深く重ねられた。
入り込んできた舌が土方のそれを絡みとり、呼気を奪うような強さで吸われる。ぞくりと背中が震え、土方は銀時の肩を掴んだ。
今まで何度もしてきたことと同じ行為だとは、到底思えなかった。
今にして思えば、慣れてしまうほど何度も口づけを許している時点で答えなど出ているようなものだろう。本気で嫌だったなら、全力で抗い、突き放せばいいだけだ。
それを、からかわれていると感じるのが癪に障るから──などと嘯き、唯々諾々と受け入れていたのは、本当は嫌だったからにすぎない。からかわれている、とそう感じ、認めるのが、嫌だった。
「ん……」
もれる息が熱を帯び、銀時の肩を掴んでいた手が縋りつくそれに変わる。
背中に回されていた銀時の手がするりとシャツの中に入り、肌を滑った。その感触に背中を震わせたそのとき。ゴラァァァ、だか、うらァァァ、だか言う声が存外近くから聞こえ、土方はびくりと竦んでしまった。沖田たちだ、と慌てて銀時の体を押しやる。
めくられたシャツの裾をなおしていると、やべーやべー、と銀時が口の端にちゅ、と唇を落とした。
「とっつぁんからおめーを休ませるよう言われてんだった」
「──ホントだったのかよ」
「ホントホント」
土方が目を丸くしていると、だから──と銀時はに、と笑い、耳許に口を寄せた。
「続きはあとでな」
低くささやく声にぞくりとしながらも、続き、というその言葉の意味を解した土方は、思い切り銀時を張り飛ばした。
結局、蝶は見つからなかったが、魔神三人からは神妙な気配など微塵も感じられない。それどころか日が暮れると、キャンプファイヤーやりたい、などと言い出し、あれよあれよというまに庭に薪を組み上げる始末だった。
土方はその光景を呆れながら眺めていたが、最後だしまあいいか、と制止しなかったのは、結果はどうあれこの馬鹿げた指令が終了するという開放感が勝っていたからだろう。
濃紺に変わった空を焚き火の炎が舐め上げるのを見上げながら、銘々がぽつぽつと昼間のことを口にしだす。案の定、沖田と神楽は山中で出くわしてから喧嘩に突入していたという。
まあその声も一役買ってくれたがな、と土方が天人の話をすると、「──で?」と沖田がちらりと冷えた視線を向けてきた。
「そいつらァ見逃したってェんですかい?」
沖田の不服そうな声に神楽も追従する。
「ボッコボコにしてやればよかったアルヨ」
神楽の言葉に沖田もまったくだ、とうなずく。過激派なふたりに、まあまあ、と銀時のやる気のない声がかけられた。
「おもしれーのが背後に居るんだ、後々使えっかもしんねーだろォ、コレ」
なァ、とちらりと向けられた視線に、土方は薄く笑んでみせる。
逃げ去る天人たちを見ながら、背後にいる幕吏に対して牽制くらいには使えるか、と土方がそう思ったように、銀時もまた、同じことを考えたのだろう。天人たちを捕らえるでもなく、この場から追い払うような手を使ったのもそのためだと今ならわかる。
「そーいうこった。精々利用させてもらうとするさ」
土方が不穏な笑みを浮かべたとき、庭の一角に山と積まれていた枯葉がかさりと動いた。風か、と見やったその先で、ふるふると枯葉の山が動き出し、びくりとする。
「なななななになになにッッ!?」
「おおお俺に訊くなよッ、つーか押すんじゃねーよ!」
「おめーこそ人ォ盾にすんじゃねェェェェ!」
脅え、ぎゃあぎゃあ喚く銀時と土方をよそに、過激派未成年コンビはその山に近づくと「あ」頓狂な声をあげた。その反応に、なんだよ!、とふたり同時に喚く。
全員が注視するなか、ザア、と枯葉が舞った。
否、それは枯葉ではなく──
「きれいアル!」
青白く輝く美しい羽の、蝶の群れだった。
「夜行性の蝶──?」
青の大群を見上げ、土方は呆然と呟いた。
山崎が気を利かせて集めてくれた資料には、蝶のほとんどが昼行性だと書かれていた。だから、山の中を歩き回るのは日中だけにしていたのだ。
それが夜行性で、おまけにこんな近くに居ただなんて──と思わず額を押さえると、くん、と上着を引かれた。なんだ、と見れば、夜空に舞う蝶を眺めていた神楽が「ニコ中ー」と土方を振り仰ぐ。
「……アレ、捕まえればいいアルか?」
どこか心苦しそうなその姿に、命令なのだから当然だ──とは言えなかった。否、言いたくないと思ってしまった。代わりに土方は別の言葉を口にする。
「──俺は単なる目付け役だ。捕まえんのは、お前らの任務だろ」
「銀ちゃあん」
聡い神楽は、銀時が指揮官だと判断したらしい。ねーねー嫌アルヨー、と銀時には素直にねだる神楽に、思わず苦笑する。
この炎が照らす空の下、自由に羽ばたく蝶の姿に神楽が何を思ったのかは、想像するしかない。だが、確かにこの中から数羽を捕らえ籠に押し込めるというのも無粋な話だ、と土方ですら思ったのだから、神楽が捕獲に難色を示すのも無理ないのかもしれない。
神楽の嘆願に根負けしたのだろう、ややして、あークソ!、と銀時は自棄っぱちな声をあげた。
「おめーらも一蓮托生だからな、覚えとけよ!」
「うん!」
「ハイ、リピートアフターミー。『なにも見てないぞ!!』」
「なにも見てないゾ!!」
銀時の宣言に意気揚々と返したのは神楽だけだった。銀時がオイオイオーイ、と土方たちに非難の目を向ける。
「沖田くーん、土方くーん、声が出てないぞー。ハイ、もーいっぺんー」
「そんなくだらねー真似しなくて済むんなら、見てねー振りくらい幾らでもしまさァ」
「右に同じだ」
沖田と土方が呆れを隠すことなく言うと、銀時はなにソレ!、とがなった。
「ノリ悪りィ! おめーらちょーノリ悪りィ! なにソレ、かっこつけかコノヤロー。かっこつけかっこ悪りィ、って名言を知らねーのか!」
「ちょーとか言うな」
「蝶だけに?」
「死ね」
「ふたこと目にゃあ死ねとか言うなやァァァ!」
冷ややかに吐き捨てた土方の肩を揺すり、銀時が泣き出しそうな声をあげる。フン、と顔を逸らせば、見やった先の神楽と沖田はぽけ、と青の群れを見上げていた。釣られるように土方と銀時も再び空へと視線を向ける。
焚き火の灯りを受けて輝く羽は素直に美しいと思えて、見たがっていただろうこの場に居ない人物を思い浮かべると、少しだけ胸が痛んだ。
翌日、江戸に戻り一度屯所に寄った土方と銀時は、そのまま慌しく警察庁へと赴いた。
本当は土方ひとりで報告に行くと言ったのだが──松平もそれを見越して土方を同行させたのだろう、と推測した──銀時がいいじゃんべつに、とついて来たのだ。
その警察庁長官室で、松平はデスクに足を乗せた横柄な態度で土方たちを見やった。あァん?、と凄む姿はどこのヤクザだ、と思う。
「見つからなかっただァ!?」
「代わりに害虫駆除してきてやったんだ、ありがたく思え、ジジイ」
銀時が含みを込めて言えば、松平はほォ、と眉をあげた。
「駆除か。俺ァてっきり全滅させてくるかと思ってたがなァ」
このクソジジイ──小さな声で呟いたのはふたり同時だった。
「やっぱ最初っからそっちが狙いだったんじゃねーか! 蝶々探しとか、回りくどい真似すんじゃねーよメンド臭ェ!」
「あァ? だーれがんなこと言ったァ? おめーらが勝手にやったことなんてオジさんは知らねーよォ」
喚く銀時に松平は飄々と返す。食えないジジイだ──と土方は内心苦々しく思ったが、この様子ならお咎めはないだろう。それに関しては素直に安堵した。
「──とっつぁん、上様に伝えておいてくれ」
土方が言うと、松平は胡乱げな目を向けた。その目を見返しながら、土方の脳裏にあの青の大群が浮かぶ。
「ご多忙なのは存じていますが、一度足をお運びになられてはいかがでしょう。見たい景色も見られるやもしれません──と」
滅多に城を出ない理由が多忙なためだけとは思わないが、それでも──あの捕らわれの将軍にもそんな光景を眺める時間があってもいいだろう、と思う。
土方が告げると、松平はに、と嬉しげな笑みを浮かべた。
「──おう、伝えといてやらァ。そんときゃあおめーらにお供させっからなー、覚悟しとけーコンチクショウ」
「ああ、あと、ちょーちょ捕まえて来れなくてごめんなさい、ってな」
銀時が殊勝な詫びを口にする。それは、屯所を出る前に神楽から言付かったものだった。ハハ、と笑った松平が、気にするなとばかりに手を振る。
「まァ俺が夜の蝶で楽しませてやらァな」
「最初ッからそーしとけよ」
「……ほどほどにしとけよ」
呆れたように返す銀時に、さらに呆れた土方の声が重ねられた。
「あー……、やっとメンド臭ェのが終わったー……」
屯所への帰路、ハンドルを握る銀時が心底疲れ果てた声を出した。まったくだ、と土方も助手席のシートに身を沈める。自ら動いていたから自業自得とはいえ、本当に松平は土方を休ませる気があったのだろうか、と疑問に思えるような指令だった。改めて思い返してうんざりする。
ふとダッシュボードに目をやり、土方はそこに放り投げていた封筒を思い出した。
──すでに解決したみたいですけどね。
まあ一応念のため、と屯所に寄った際、山崎から受け取ったものだ。調べが早いな、と土方は訝しんだが、山崎が言うには、先日屯所を訪れた松平が、そのときある程度の情報を授けて行ったらしい。
中から取り出した書面に目を通すと、そこには土方たちがまだ掴んでいない情報も書かれていた。やはり天人の商人は同種の幕吏と繋がっていたようで、少なくない金が流れている。
これは使えるな、とさらに読み進めていくと、例の蝶に関しても書かれていた。
どうやら例の蝶は、彼らの星でも育成が難しいらしい。あの場所で繁殖が上手くいったのは、奇跡的なことだとまで書かれている。
さらにその青い蝶は──
「──はァ?」
書かれていた内容に、土方は思わず頓狂な声をあげてしまった。どした、と運転席の銀時が目を丸くする。
その青い蝶は、幸せを運ぶ青い蝶と呼ばれている──そんな一文に、土方はアホか、とため息をついた。
「なんだそりゃ。鳥と間違えてんじゃねーのか」
赤信号で停車した際に、ホレ、と銀時に書面を渡す。つらりと読み上げた銀時はあらららら、と気の抜けた声をあげた。
「幸せを運ぶ、ねェ……。そんじゃまあ、気張って運んできてもらおうじゃねーの」
そんなことを言う銀時の声を聞きながら、むしろあの光景を見られること自体が幸運なのだろうか、と土方は青の群れを思い描いた。