コントラスト

「だからッ! なんでもかんでもマヨかけんなっつーの! 漬物にもマヨってありえなくね!?」
「おめーこそ酢の物に餡子乗っけるとか、ふざけてんじゃねーよ! 酸っぱいか甘いかどっちかにしろ!」
 昼食をとるために入った飯屋で、沖田は喧しさに顔をしかめた。おごりだという言葉に釣られた自分を、少しばかり恨めしく思う。
 いい年してギャンギャン言い合っているのは上司ふたりで、内容のくだらなさ以上に、こんなバカふたりが上司だという現状が腹立たしい。
 ふたりのバカ――銀時と土方は、呆れ果てている沖田の気配に気づく様子もない。心の底からうんざりする。バカじゃねーのこいつら、と、心の内だけでは留まらず口をついて出そうになるほどに、バカでアホで救いがない。
 ――マヨネーズか餡子か言い合う前に、量を考えろってんでい。
 ――肺ガンでも糖尿でもどーでもいいから、早いトコ揃ってくたばっちまえ。
 普段ならサックリと流せるようなバカふたりの会話が、いちいち気に障って仕方ない。
「どっちもどっちでィ。ふたりとも消えちまえ」
「でもお前、コレありえねーだろ!」
 罵る沖田に、ふたり言い募る声は綺麗に揃った。途端、顔を見合わせて睨み合う。
 ――そんなに鼻につくってェんなら、互いに無視して近寄らなきゃいいだけだろーが。
 ささくれた気分のまま、沖田は心の中で吐き捨てた。
 大体において、このふたりは対照的なくせに、根っこの部分が似通いすぎてるのだ。
 どうでもいいようなことを言い争ったり、罵り合ったりなどは日常茶飯事だし、ときにはキレた土方が抜刀したりもする。屯所が破壊されたことだってあるというのに、その争う内容の大半が、本当にくだらないものでしかないのだ。否、本人たちは真剣かもしれないが、傍から聞いている分には、どっちもどっちで揃ってバカ――としか言いようがないものだった。
 そのくせ、意見が合うところはぴたりと合う。考え方が似ているのだろう、大きな捕り物などのときは、阿吽の呼吸で事を進めていく。暗号のような遣り取りで作戦立てから何から決めていくふたりの姿は、いっそムカつくものがあった。
 そして、有事の際には打ち合わせも何もなく、息の合った動きを見せるのだ。
 それが一番腹立たしい――と、沖田は先日の出動を思い返し、苛立ちを募らせた。



 土方と銀時、そして一番隊による捕り物だった。町外れのさびれた工場をねぐらにしている不逞浪士が、不法に武器を集めて決起しようとしてるという。
 御用改めの名乗りと同時に真っ先に斬り込んだのは、沖田と銀時のふたりだった。こういうときに視野に入るのが黒ではなく銀色だというのにも大分慣れたな、とぼんやり思ったのを覚えている。
 少し前――銀時が入隊する前までは、沖田と共に先陣を切っていたのは土方だった。その土方は、沖田と銀時が斬り込むのを見、周囲の動きを把握してから動くようになった。入隊当初の銀時を信用していなかったために彼の様子を窺っていた、というのもあるだろうが、それでも、隣を駆けるのが土方ではないことが、少しばかり面白くなかった。
 斬り合ってみれば、敵は数こそ多いものの、大した手練でないとすぐに知れた。武器を集めているというから、銃でも撃ってこられたら少し厄介だな、と思っていたが、発砲の気配もない。あとから聞いた話によると、どうもその連中が掴まされた武器はほとんどが紛い物めいた代物で、下手をすると暴発する危険性があった――実際、沖田たちが突入するより前に暴発させていたという――らしい。
 斬っても斬ってもあとから湧いてくるかのような数の多さにうんざりしながら刀を走らせていた沖田の視界に、何やら珍妙な光景が入った。アイツら何を――とちらりと見やった先では、土方と銀時が背中合わせで浪士たちに囲まれている。そんな状況で、その黒と銀色は何事かを言い合っていた。
 ――こんなときに何やってんでい、あのバカどもは。
 じゃれている――としか沖田には思えない――ふたりを、目の前の浪士を斬り捨てながらも呆れた思いで眺めた。
「だーかーらァ!」
 焦れたように叫んだのは、銀時だった。
「冷やだって! もう世間は冷やの季節なんだよ、キンキンに冷やしてなんぼなんだよ!」
「バーカ、夜はまだ冷えるんだ、こんなときゃあ熱燗にかぎんだよ!」
 心底くだらないことを主張しながら、ふたり同時に刀を振るう。どさりと倒れ込んだ浪士の数は、共に三。
 チ、と黒と銀色から舌打ちが聞こえたかと思うと、
「――引き分けかよ」
 そんなふざけたことを一言一句たがわず揃って言い放った。
 ――遊んでやがるってかィ。
 もちろん、相手が弱いからといって、状況が状況だけに手を抜いているとは思えない。実際、先ほどの一刀も、双方本気だった。だが――不真面目だ。楽しんでいると言ってもいい。
 相手もそう感じたのだろう、ふざけるな、だのと怒声をあげながら、一斉にふたりに斬りかかった。
 途端に乱戦となったが、それでもその黒と銀色はどこか楽しげだった。互いに目を配っている訳でもない、むしろ好き勝手に動いているように見えるのに、その刀はそれぞれをするりとかわし、敵だけを斬っていく。
 ときには片割れを盾にして敵の死角に回り込み奇襲をかけたり、片方が蹴飛ばした男をもう片方が振り向きざまに斬り捨てたりと、さながら子供がじゃれあいながら跳ね回って遊んでいるかのように傍若無人で――嫌になるくらい強かった。
 全ての敵を斬り伏せ、刀をおろしたのもまた、ふたり同時だった。
 始まりと同じように、背中合わせのまま、
「――今ならまずはビールかなァ。キンキンに冷えたヤツ」
「ああ、悪くねェな」
 などと言葉を交わす。
 さも、そちらの問題の方が重要だったかのように。
「……あのふたりがいれば、俺たち必要ないっスね」
 はは、と顔を強ばらせる隊士に「バカ言ってんじゃねーや」と返しながらも、沖田は腹の底にほの暗い感情が澱むのを感じた。じわじわと自分の足許が侵食され、立っている場を奪われるかのような苛立ち、妬み、そして――痛み。
 だって、知っている。黒い髪と銀の髪――その色の組み合わせに、攘夷浪士たちがどれほど怯えているか。
 黒と銀。目に焼きついて離れないコントラストが、どれほどの脅威として敵にも味方にも捉えられているか――知っている。
 ――面白くねェんでい。
 このあいだまでは、その片割れは亜麻色――自分だったのに。目を焼くコントラストに自分の色などすっかり掻き消されてしまったかのようで、心底面白くなかった。



 騒々しい昼食を終えて店を出ると、土方はちょっと煙草買ってくる、と言い置いて前方に見える自動販売機へと向かって行った。その背中に銀時は、いってらー、と暢気に手を振る。その銀時の姿に、訳もなく斬りかかりたい衝動を覚え、沖田はぎゅ、と拳を握り締めた。たとえ銀時を斬ったところで、この苛立ちは治まらないだろう。それくらいの分別はついていた。
「勘違いしねェでくだせえよ」
「あ? なんの話?」
 代わりにぽつりとこぼすと、銀時が訝しげに振り返った。その、光を鈍く弾く銀色が、今はまだちょっと憎たらしい。
「ちょいと目立つ組み合わせなだけでさァ」
 可愛くないことを言い捨て、沖田は歩き出した。すさんだ気持ちを持て余しながら、取り出し口から煙草を取ろうとかがんでいる土方に背中からのしかかる。
「さて、なにをおごってもらいやしょうかね」
 そう言ったのは腹いせにすぎなかったのだが、口にしたら欲しいものがポンと浮かんだので、本当におごらせようと勝手に決めた。
「ふざけんな、たった今昼飯おごってやったばっかじゃねーか」
 首を捻るようにして土方が喚く。だが、先ほどのアレは最近出動に駆り出される回数が急増している沖田への労いだと知っているから、別物だ。
 なにしろまだまだ余裕でムカついている。ふたりにも――自分自身にも。
 目に焼きついて離れないコントラストが邪魔なら、それを上回る力で打ち消すしかない――自分の力ひとつで。
 わかっていて、まだそれが敵わない自分に一番腹が立つのだ。
 わかっている、だから今は大目に見やがれ、などと勝手な言い分を盾に、沖田は好きな銘柄を口にした。
「酒かよ! つーか、なんでまた……」
「決意の酒ってやつでさァ」
 何故かを問う土方に、嘯くようにそう返した。



 過ぎる苛立ちと、幾許かの憂いとを漂わせた背中を見送り、銀時はため息をひとつついた。
 何に対する苛立ちかは、なんとなく予想がつく。目立つ組み合わせ――そう揶揄されているのがなんなのか、知らないほど風聞に疎くはない。
 ――それにしても、
 意外だ、と土方に何やらタカり始めた――あれは完全に八つ当たっている――沖田を眺める。
 以前、手合わせで銀時が三本取った――半ば苛立ち紛れのやけっぱちだった――ときも、銀時の過去がほぼ暗黙の了解的に知られることになったときも、沖田はどうでもいい、と言わんばかりの姿勢を取っていたというのに、土方の隣を奪われるのは面白くない、とは。
 あの沖田がねェ、となんだか感慨深くすら思える。
 もっとも、沖田のそれが銀時の土方に対する想いと同種だとは思っていない。きっと、自分がかつて立っていた場所を取られたようで、面白くないのだろう――銀時にはそう思えた。
 だが、立つべき場所が如何様に変わっても、立ち位置は変わらないのだと、そのうち沖田も気づくだろう。だから取り立てて言葉を返さなかった。
 隣に立つのが誰であろうと、一番隊隊長の雷名は消えたりなどしない。それどころか、
「――隣の芝生はことさら青く見えるモンなんだよ」
 今現在、不逞浪士たちを恐怖のどん底に叩き落としておいて、と銀時は一番隊と神楽隊を率いての捕り物を思い出し、ひっそりと笑う。
 神楽隊が捕り物に出動したのは、まだ三度ほどしかない。その全てが銀時の指揮によるもので、一番隊と組んでの仕事だった。神楽を抑えるために銀時が指揮を執り、神楽隊が使えない場合の戦力として沖田が駆り出された結果なのだが、それがもたらした現象はなかなかに面白いものがある。
「近ごろめっぽう怖がられてんのは誰と誰だと思ってんだかね、アイツは」
 その三度の捕り物で、攘夷浪士たちのあいだにどんな話が広まっているか。
 罵り合いながらも競うように浪士たちを討ちとっていく亜麻色と朱色。その組み合わせに怯える攘夷浪士たちが今、どれほどいるか。
 わかってないんだから困りものだよ――と、銀時は苦笑した。

(10/10/31)