ちらちらふわふわと小さな雪が舞い降りるのを土方はぼんやりと眺めた。吐く息は白く視覚化されるが、やがてふうと空気に紛れ、消えていく。大分外気温が下がっているらしい、と土方は風に流され消えていく白にそんなことを考えた。
賑やかな喧騒が、ほんの少し遠く聞こえる。元日の儀式とも言える登城のため、幕僚たちとその御供衆が続々と到着しているのだろう。
彼らを警護するため、土方たち真選組も駆り出され、中の門から大番所に至るまでを警衛している。つまり、土方は大番所に詰めて隊士たちを統率しなければならないのだが――何故自分はこんな物陰に連れ込まれているのだろう、と肩口に押しつけられた銀色の髪を見ながら他人事のように思った。
「――オイ、なにしてんだてめー。仕事中だろーが、とっとと配置に戻れ」
他の隊士たちに気づかれないよう腕を引き、この場に連れ込んだ上に先ほどからしがみつくように抱きついて離れない男――銀時の背中をベシ、と叩くと、「寒ィ」と不満気な声が返ってきた。
「寒ィ。なんだよこの寒さ。なんで雪なんだよ。嫌がらせ? コレって俺らに対する嫌がらせ?」
「誰からの嫌がらせだよ。つーか答えになってねーっつの」
俺はカイロ代わりか、と呆れながらも、銀時のその腕を振りほどくのは躊躇われた。
「オラ、離せ。これが終わったらてめーはオフだろーが。あとちっと我慢しろ」
夕方には全ての幕吏たちが退城する。そうしたら、銀時をはじめ、この場にいる半数の隊士たちが休みに入るのだ。あと数時間の我慢だろうが――そう宥めるが、銀時は充電、などと訳のわからないことを言い、抱き込む腕に力をこめた。思わず土方の口からため息がこぼれる。
いい加減にしろ、と無理矢理引き剥がすのは容易いだろう。だが、それをせずにほんの少し態度が甘くなってしまうのは、銀時が年末の警戒からこちら、ずっと働き尽くめだったのを見ていたからだ――土方は自分自身をそう推察する。
忙しかったのは皆同じだ。だが、その筆頭とも言える土方と同じくらい、このサボり魔の男が、文句も言わず精力的に働いていた。思い返しても、この男にしては珍しい――と驚愕しきりなほどだったのだ。そんな姿を見ていたのだから、この程度の休息くらい大目に見てやろう、と妙に甘い考えを抱いてしまっても無理ないだろう――言い訳のようにそんなことを思う。
労わるように背中を軽く叩くと、銀時がわずかに体を離し、で?、と覗き込んできた。
「土方君は夜までお仕事なんですかー?」
「そーだな、原田たちの報告待ちのあいだに今日の報告仕上げちまいてェところだな」
今日のこの警護と、初詣で賑わう社寺の警護にあたっている隊からの報告をまとめ、書類を仕上げてしまいたい。そう言うと、銀時の眉根が寄せられた。
「明日は?」
「あ? 昼から明治神宮の警護だが」
「しごと!」
非難がましい声をあげる銀時に、シフト見てねーのか、と呆れる。だが、それ以上に呆れ果てたような目を向けられて、土方はなんだよ、と思わず鼻白んでしまった。銀時が深々とため息を落とす。
「――休め。いいから休め。お前働きすぎ。付き合って頑張ってみたけど、銀さんもうしんどくて倒れそーなんですけどー」
「だから、シフト見ろ。いっぺんちゃんと他の奴の分もシフト見ろ、おめーは」
「んな話じゃねーだろ、なんで休み入れてねーんだって話だろ」
「入れてるっつーの」
返しながらも、今年は休めるだろうか、と内心疑問に思う。土方の休みは三箇日明けに一応予定されているが、去年はなんだかんだで結局休む暇がなかっただけに、自分でもわからなかった。
休め休め休めって、としつこく繰り返して、銀時が口を尖らせる。
「正月くらいイチャイチャしよーぜー」
銀時のその姿と言葉にああ、と気づいた。そうか、拗ねているのか、コレは――そう感じ取ると、土方は思い切り呆れ顔になってしまった。その土方の表情に、ひでェ、と銀時が再び肩口に顔を埋める。
「またそーいう反応するしよォォォ!」
「いい年してイチャイチャとか言うからだろーが」
「してーもんはしてーんだから仕方ねーだろーが」
ううう、と肩口から届く唸り声に、思わず苦笑する。呆れはするが、それ以上に仕方ねェな、と甘やかしたくなる自分の方にこそ呆れる思いだ。
ため息をひとつついて、土方はポン、とふわふわの銀髪を叩いた。
「……夜、仕事終わったら行くから――」
いつものトコで待ってろ――ぼそりと小さく言うと、勢い良く銀色の頭があがった。
「マジで!?」
目を丸くする銀時に、ちょっとだけ気恥ずかしさを覚える。
いつものトコ、とはすなわち銀時と秘めかで人には言えないような逢瀬を重ねる部屋のことで、つまりは「やるぞ」という誘いに他ならない。普段土方の方からそんな誘いをすることなどないからか、銀時が驚きの表情を浮かべ――次いでそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
喜色に輝く目を見返しながら、ああ、とその額をぐいと押す。
「だからおとなしく警護に戻れ」
「おう」
ちゅ、と軽く触れるだけの口づけを落として、銀時はひらりと身をひるがえした。大番所へと戻っていくその背中に、現金な奴――と呆れながらも、不思議な感慨を覚える。
いつのまに、こんなに変わってしまったのか。
あの男が松平に連れられてやって来たときには、こんな風になるだなんて――甘やかしてやりたい、などと思うようになるだなんて、想像もしなかった。
いつか殺し合いが起こるんじゃないかと思ってました――そう、隊士のひとりに笑いながら告げられたことがあるが、実際そんな空気だったのだ、かつては。だというのに――と土方は今までのことを思い起こし、首をかしげた。
今でも普通に罵り合うし、派手な喧嘩もする。けれど、その合間にこうして甘ったるくて仕方ないようなことを言ったり、体を重ねたり、している。自分が男と――それも、あの男とそんな関係になっているのが酷く信じがたいようで、でも事実、この不可解で騒々しい日常が既に当たり前となっているのだ。解せないことこの上ない。ないのだが、きっと――と土方は苦笑した。
きっと、今年一年もこんな調子で過ぎてゆくのだろう――それが嫌ではないのだから、仕方ない。
――精々総悟辺りが厄介事起こさねーように祈っとけ。
制服の集団に紛れた銀髪に、心中でそんなことを呟きながらも、今日は早めに仕事を切り上げよう――そう、ひっそり心に決めた。