心を亡くすと書きますので

 土方が机上の紙を睨みつけながら指先で文机をコツコツと叩く。その音だけが室内の空気を揺らしていた。
 頭の中で何人もの顔を入れ替えてはシミュレートを繰り返し、再び顔を入れ替える。幾度もその作業を脳内で行い――ひとつところでつまづくと、コツ、と文机を叩く音が一瞬大きくなり、そこで止まった。
 チ、と思わず出た舌打ちに、土方は自分が苛立っていることを自覚する。
 苛立っているその理由は明白だ。
 年末年始で忙しい――言ってしまえば、そのひと言に尽きるのだった。

 年の瀬も押し迫ってくると、真選組が駆り出される機会が急激に増える。
 年末年始における市中の特別警戒取り締まりに始まり、初詣客で賑わう社寺仏閣の警護、おまけに方々へと挨拶回りをする幕僚たちの護衛などという正直遠慮こうむりたい用件まで。内容は様々だがどこも人手が不足しているのだろう、あっちもこっちも、と真選組にお鉢が回ってくるのだ。おかげで師走も半ばとなると隊士たちは皆、殺気立つほどに忙しくしている。
 そして、真選組内で誰よりも激務をこなしているのは、土方だ。
 警護等における隊士たちの配置や調整から、それに関わる書類の作成。そして真選組としての挨拶――挨拶そのものは局長である近藤に任せるが――の手配など、デスクワークだけでも山積みな上、市中の警戒にも加わっているのだ。仮眠すらまともに取っていない状態がずっと続いている。
 山崎などは「少し休んでくださいよ」と心配そうに進言してくるが、はっきり言って休んでいる時間すら勿体ない。
 だから。
 だァァァもォォォ! などと奇声じみた雄叫びを上げながら真選組のもうひとりの副長である男が室内に現れたところで、土方がそれを無視しても仕方ないことなのだ。
「なにこの忙しさ! 「心を亡くす」で忙しい、とかふざけんじゃねーってくらい忙しいんだけど! 亡くすどころか爆発しそうだわ心なんか! 外寒ィしクリスマス近ェからケーキの誘惑半端ねェし! ってかクリスマスなんだよそーなんだよ! どーりでいちゃいちゃしてるバカップルどもが目に余ったワケだよ!」
 どっかりと土方の横に腰をおろした銀時がぎゃんぎゃん喚き始める。
 その喧しさに、このクソ忙しいときに――と土方はこめかみを引きつらせたが、取り合うことはしなかった。半ば無理矢理隣の物体を無視するよう、思考をめぐらせる。
 銀時に構っている暇などない。年始の恒例行事である惣登城の警護、その計画を立て書類を作成してしまわなければならないのだ。
 なにしろその書類は、今日の夜、近藤に確認してもらい最終調整ののちに明日の朝イチで警察庁へと提出しなければならないものだ。したがって、銀時の愚痴になどかかずらっている暇はない。相手にしている時間的余裕などないのだ。
 だから内心苛立ちを募らせながらも銀時のぼやきを聞き流していたのだが――
「って聞いてる? クリスマスだよ? 世の中ラブラブいちゃいちゃしてエロエロしちゃう恋人たちで溢れる性なる夜が今年もやって来るんだから、俺らも性なる行為をしませんか?」
 す、と土方の腰を撫でながらそんなことを言う銀時に、プチ、と何かが――間違いなく堪忍袋の緒だろう――切れた。
「うっせーんだよ! ぐだぐだ言ってる暇あったら仕事しやがれテメー!!」
 なにがクリスマスだ苦しめバカヤロー! と体ごと向き直って不埒な動きを見せる手を叩き落とせば、銀時は「はァ!?」と盛大に顔をしかめて不服をあらわにした。
「働いてんじゃん! メチャメチャ仕事してんじゃん銀さん! 働きすぎて神楽に「槍でも降るんじゃないアルか?」言われたわバカヤロー!」
「じゃあ今この瞬間はなんだ! サボりか、あァ!? 俺の前でサボるたァいい度胸だコノヤロー!」
「違ェっつの!!」
 大声でがなり返して――銀時は深々とため息をこぼした。途端、まとう空気までががらりと変わり、まるで叱られた子供のような、そんなどこか情けない顔で土方を窺うように見やる。
「なァ、銀さんメチャメチャ頑張ってんですけどォ?」
 唇を尖らせ、拗ねたように言うその表情に、土方はわずかに気勢を削がれて鼻白んだ。なんだか自分が酷く無情な物言いをしたようにすら思えて、居心地の悪さすら覚える。
「……そーかい」
 お疲れさん――と気まずいながらも労いの言葉をかければ、銀時は「そんだけ?」などとさらに眉を下げる。そんな顔に、土方まで困惑から眉が下がってしまった。
「そんだけ、って……他にどーしろっつーんだよ……」
「そーだなァ……」
 言うなり銀時は土方の手から筆を取り上げ、素早く動いた。土方がはたと我に返ったときには、胡坐をかいている腿の上に銀時の頭が乗っている。
「――オイ」
「ご褒美いただきまーす」
 さっきまでのしおらしい姿はどこへやら、銀時は土方を見上げ、にんまりとした笑みを向けてよこした。途端、土方の中にわずかにあった、銀時への同情心に似た感情が掻き消える。
「ふざけんなテメー! なんだコレは! 仕事になんねーよ退け!」
「ちょっと位いいじゃん! 充電したらちゃーんとお仕事すっから!」
 銀色の頭を畳の上に落とそうとすると、銀時は激しい抵抗を見せた。じたばたと抗い、終いには土方の腰にしっかとしがみついて意地でも離れない、といった態を表す。
 その必死にも見える銀時の姿に、怒りも呆れも何もかもが臨界点を突き抜けてしまい――土方はがっくりと脱力した。銀色の頭を見下ろしながら、アホか、とため息をこぼす。すると、アホでもいいですー、などという可愛くない返事が返ってきた。
 もともと苛立ちからささくれ立っていた神経はその返答にカチンときたが、それでも腰を抱きこんでいた手が背中に回り宥めるように撫でられると、すぐにすう、と怒りが鎮まる。
 この男が何を目論んでいるかなど、気づかない訳がない。
 銀時が自分で言っていたように、彼にしては珍しく精力的に働いていることは土方も認めている。そしてこの男も山崎同様、土方が働き詰めに働いていることに対していい顔をしていないことも、知っている。
 自分が充電という名の息抜きをしたい、という点は大いにあるだろう。だが、それ以上に土方にも休ませたいのだ、この男は――それを感じ取ると、土方は銀時を引き剥がすことができなくなる。
「……少しだけだぞ、サボリ魔。仮にも副長がサボってんじゃねーよ、他の奴らに示しがつかねェだろーが」
 畳に落とす代わりのように銀色の髪をポンポンと叩けば、銀時がふっと小さく笑った気配がした。赤い瞳が嬉しそうな笑みを湛えて、ちらりと土方を見上げる。
「じゃあいっそ、土方副長殿も共犯ってことで」
 そんなことを言うと、銀時の腕がするりと動いた。土方の項に手をかけ、自身も身を伸ばすようにしながら土方を引き寄せる。
「――ふざけんな」
 腐れ天パ――という憎まれ口は、その天パの男の唇で遮られた。




 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。「副長、風邪ひきますよ」という山崎の声と肩を軽く揺すられる感覚で、土方はハッと目が覚めた。
 慌てて半身を起こせば外は既に暗く、部屋には室内灯が灯されている。それを知覚すると、ザッと血の気が引いた。
「仮眠するにしても、寝るならちゃんと布団敷いた方がいいと思いますよ」
 顔色を失くした土方をよそに、山崎がそんなことを言うが、土方の思考には入ってこない。
「――今何時だ……」
「え? えっと、夕方の――五時前です」
 山崎の返答に、思わず舌打ちした。あれから三時間近く寝ていたことになる。その時間の経過をはっきりと理解すると、土方は内心頭を抱えた。
 ――あんのバカ……!
 もちろん、あのバカこと銀時の姿は室内にない。ちゃんと仕事する、と自分で言ったとおり、市中の警戒に出たのだろう。
 だが――と土方は脳裏に浮かんだ銀髪に、苦々しい思いで舌打ちした。
 やわらかな口づけを繰り返すうちに、そのやわらかな空気に釣られるようにして寝てしまったのは土方自身の問題だ。それを責めるつもりはない。ないのだが、せめて起こして行けよ、と八つ当たりじみた非難をしたくはなる。
「時間ねェってのに、三時間も無駄にするたァ……」
 今日の夜、近藤に渡さなければならない書類は未だ出来上がっていない。その空白部分と残り時間とを照らし合わせると、本当になんで寝てしまったんだ馬鹿かお前――と数時間前の自分を殴りに行きたくなる。
 クソ、と吐き捨てて苛々と煙草を咥える土方に、いやでも、と山崎が苦笑を向けた。
「副長、最近全然寝てないんですから、寝落ちしちゃうのも無理ないというか、むしろ休んでくださいというか……」
「アホか。夜までに仕上げなきゃなんねェのがあるってのに、休んでる暇なんぞあるかっつの」
「ああ、例の惣登城のやつですね……」
 山崎は気遣わしげに相づちを打ったがすぐに、アレ? と頓狂な声をあげた。
「なんだ、出来てるじゃないですか――て、アレこの字……」
 出来ている――というその言葉に、土方はがばりと顔をあげた。見れば山崎が怪訝そうな表情で手にした書類を眺めている。
「――よこせ」
 山崎から書類をひったくり確認すると、まさしくそれは、夜までに作成してしまわなければならないものだった。そして、山崎が言うように確かに仕上がっている。つらりと通覧してみたが、内容に――人員にもその顔ぶれにも配置にも、何ひとつ不備はない。
 だが、もちろん土方は仕上げてなどいなかった。
 ――あの野郎……
 疑うべくもない。これを作ったのは、銀時だ。
 土方がしてやられたような苦々しさを噛み殺しながら再度書類を確認していると、山崎がくすりと笑った気配がした。
「さすが土方副長。旦那を操るのが上手ですねェ」
 途中から微妙に変わった筆跡で、これが誰の仕業なのか気づいたのだろう。山崎が感嘆したような口調でそんなことを言う。
 その口ぶりから、どうやら山崎は土方が銀時にやらせたのだと思っているようだ。
 咥えた煙草に火を点けながら、アホか、と土方は小さくこぼした。
 土方が銀時を上手く操っているのではない。
 ――アイツが俺に甘いだけだ……
 言葉にするのはさすがに気恥ずかしいその真相を、土方は結局煙を吐くに紛れて濁して誤魔化した。

亡くす前に充電する坂田副長。
ツイッターで灼さんが仰っててそこからキャー(*゚∀゚*)って盛り上がったW副長お忙しや話でした
(12/12/21 SSS up)
(13/01/14 改訂)