うららうららか

 日差しの穏やかなあたたかい日だった。
 だからだろう。書類仕事の合間の息抜きで何の気なしに外廊下へと出た土方は、そのやわらかな陽気に誘われるように、自然と濡れ縁に腰をおろしてしまった。
 ふう、とときおり流れる風に目を細めながら、ぼんやりと庭を眺める。
 とても長閑だと思った。なんだか自分には不似合いだ──そんな感想が胸の真ん中にぽかんと浮かんだほどに、長閑でゆったりとした時間が流れているのを感じる。
 それはとても不思議な心地だった。
 かつて近藤と共に江戸へ出てきてこの職を拝命したときには、こんなひとときを過ごす自分など想像もつかなかった。実際、当初のうちは自分から進んで忙しく働き回っていたし、それが苦でもなかったのだ。むしろ普段の──特に刀を手に血を浴びるような、そんな任をこなしているときの方が性に合っていると感じ、それ以外のことに時間を割かれるのが嫌なほどだった。
 だというのに、いつから自分はこんな長閑な時間を当たり前のように享受できるようになったのか──などと、とりとめもなくそんなことを考えていたら、「お」というどこか驚いたような声が聞こえてきた。なんだ、と声のした方を見やれば、制服姿の銀時が暢気な足取りでこちらへと歩いてくるところだった。土方がひとり茫っとしているのが意外なのか、ぱちくりと目をしばたたかせる。
「珍しくね? んなとこでおめーがボーっとしてんのって、珍しくね? まァちょーど良かったんだけど……珍しくね?」
 そんなことを言い連ねながら「今ヒマ?」と土方の隣にしゃがみ込む。
「ヒマだろ? つーかヒマだろ? つーかヒマだよな!」
「ヒマってほどでもねェが……、どうした?」
 顔を覗き込んで断定してくる銀時の勢いに気圧されながらも土方が訊ねれば、銀時は一枚の大きな紙を板の上に広げた。
 それは、近々オープンするケーキ屋のチラシだった。店の自慢らしい何種類ものケーキの写真が綺麗にレイアウトされ、美味しそうな雰囲気を伝えてくる。
 これは甘味好きの銀時が興味を示すのも当然だろう。土方は納得した。そして、このチラシを持って土方のもとへとやって来た理由も、なんとなく想像がつく。土方にたかろうとしているのだろう、この甘味バカは。
 で?、と土方がチラシから銀時にしらっとした目を移せば、甘味バカは身を乗り出すようにして目を煌かせた。
「すっげ気になるんですけど!」
「……行けよ、勝手に行けよ、好きなだけ買って来いよ、自分の財布で」
 土方が呆れを隠すことなく冷ややかに返しても、「まァいいからおめーも見てみろって!」などと銀時は意に介した様子もない。ゴロリと腹這いに寝転がって広げたチラシを覗き込み、どれにしようかと悩んでいる。
 その姿に、つーか、と土方は根本的なことを思い出した。
「……血糖値は大丈夫なのか、糖尿」
「糖尿、で切るのやめてくんない? つーかまだ一歩手前だからね? 「ちょっと控えなさい」で済んでるからね?」
「なら控えろっての、糖尿目前」
 一歩手前、などと屁理屈のように言い開きする銀時をいっそ憐れむ思いで見ていると、ぱたぱたと軽やかな足音が近づいてきた。見れば神楽が、ニコ中ー、と土方を呼びながらこちらへと向かって来る。
 満面の笑みを湛えた神楽のその手には畳まれた紙があった。それはどう見ても今床に広がっているのと同じもので、土方は頭を抱えたくなる。どうやらこちらも土方にたかろうとしているらしい。
 その神楽は辿り着くなり、土方と寝転がっている銀時、そして床に広げられたチラシを見てこてりと首をかしげた。
「なにしてるアルか?」
「いや、うん、多分おめーと同じ……だなァ……」
 疲れさえ覚えた土方が遠い目になりながら言えば、神楽は「ぬけがけかよテメー!」と銀時の背中の上にどすんと乗った。ぐえ、と銀時から潰れた声があがったが、少女は気にする様子もない。
「ニコ中ー、私コレがいいアルー」
 銀時の背中に寝そべり肩越しにチラシを覗き込んだ神楽が、苺の乗ったピンク色のケーキを指さしながら土方を見上げる。その表情は期待に満ちたきらきらとしたもので、土方は諦めの息を落とした。そんな顔で言われては、なんで俺が、という不満など掻き消えてしまう──否、湧きようもない。
 俺はなー、と対抗するように銀時が選べば、神楽もまた、コレもコレもと次から次へと指し示す。ふたり分というにはふざけすぎなほど多いその注文に、土方は覚える気にもなれなかった。
「……なんか印でもつけとけ……」
 ため息まじりにそう言うと、銀時と神楽からやったー!、と歓声があがる。土方が諦めて奢ってやることにしたと、ちゃんと読み取ったらしい。
 喜びはしゃぐふたりに嵌められた感は否めないが、ハナから財布にされていたことに呆れはしても、不思議と苛立ちは湧かなかった。
 天気があまりにも穏やかだから、という訳ではないだろう。けれど、のどやかであたたかい空気が体中に染み渡っているかのように、土方のなかもまた、穏やかに凪いでいる。やいのやいのと言い合いながらケーキを選んでいるふたりの姿がいっそ微笑ましくすら見えるのだから、仕方あるまい。
 苦笑しながらその光景を眺め──ふと、土方の脳裏にあるものがよぎった。
 目の前の腹這い状態で積み重なった大小の姿が──
「──親子亀……」
 ふと浮かんだそれに重なる。
 思わず土方はプ、と小さく噴出してしまった。そんな土方を見上げ、揃ってきょとと目を丸くするあたりもとても父子のようで、ますます可笑しくなる。
「アラ、聞きましたー神楽さん? 親子ですってよー俺ら」
「全然ダメですわねェ、このニコ中。全然わかってないアルわよー」
「でーすーよーねーぇ」
 銀時が首を捻るようにして神楽に声をかければ、少女はやれやれ、と言わんばかりに首を振る。
 交わされている微妙に失礼な会話に土方が「なんだよ」と眉をひそめると、それを見て銀時と神楽はニヤリと笑った。
「──銀ちゃん」
 神楽が銀時の首にしがみつくように腕を回す。その次の瞬間、
「とーーうッ!」
 銀時が神楽を背中に乗せたまま跳ね起きたかと思うと、土方に飛びかかってきた。
「うぁっ!?」
 逃げる間もなく腹の上にのしかかられて、背中から板の上に転がる。頭を打たなかったことだけが救いだ。
 突然のことに土方が目を丸くしていると、腹の上で交差するように乗っかかっている銀時のその背中の上からひょこ、と身を乗り出した神楽が、楽しそうに土方を覗き込んできた。
「コレで親子ガメ完成ヨ」
 そう言い、にっかりと笑う。
 土方を巻き込んで完成──など、思いもしなかった神楽の発言に土方は目を瞬かせた。
 チラリと目線を脇の方へと向ければ、銀時もそうそう、とばかりに笑っているのが見える。
 一体この父子の中での土方のポジションはどこなのか──それがいささか疑問というか不安でもあるが、それでも、「親子」というくくりに土方も入れようとした、その気持ちが伝わってくると、なんだかあたたかいものが胸中を満たした。巻き込まれたことに呆れる気持ちも確かにある反面、嬉しい思いやわずかな気恥ずかしさも込み上げる。
 そんな色々な感情がまじりあい、結局土方の顔にはふっと笑みが浮かんだ。
「重てェよ」
 銀時が床についた肘で支えているのだろう、ふたり分の全体重がかかっているとは思えなかったが、口をついて出たのはそんな言葉だった。なんだとー、と笑いながら銀時が少し体重を乗せてくる。ヤメロ、と返す土方の声もまた、笑い含んだものになった。
 近藤と共に江戸へ出て、真選組を立ち上げたときには──血塗れた道を歩く覚悟を決めたあの頃は、こんな時間が訪れるとは思わなかった。
 いつのまに、こんなにも暢気なひとときが当たり前のように存在し、自分はそれをごく普通に受け入れているのか──それが不思議で不可解にも思えるが、決して不快ではない。むしろ、その反対だ。
 体温を伴うふたりの重みがあたたかくて、胸の中までほわんとあたたかくなる。
「──重てェよ」
 再び文句のような言葉が出たが、その声は胸の中のあたたかいのが溢れたような、そんな音になった。

拾萬打リク「W副長と神楽ちゃんでほんわかなお話」
(13/03/06)