熱帯夜


 観測史上最高気温――などという言葉を毎日のように聞いている。それほどに、この数日は異常なまでに暑かった。
 日が沈み夜になっても涼しくなる気配はなく、夜半と呼んで差し支えないだろう現時刻においてもなお、空気に熱が篭っている。江戸全体が、塊のような熱気に飲み込まれたかのようだ。きっと、体も飲み込まれ、体の中に熱が篭っているのだろう。現にこうして何もしていなくても、じわりと汗が滲み出て、肌の上を滑る。
 だから。
「――くっつくなよ暑ィ」
 非番前日の習慣で訪れた万事屋にて、銀時に抱きつかれた土方が思い切りその体をどついて押しやっても、仕方ないことだろう――と、土方は思う。暑いからやめろ、と明確な理由を告げる土方に、銀時だって「確かに暑ィな、ここんとこ」と同意したのだ。
 なのに銀時は、「でも――」と含み有りげに笑うと、すいと手を動かした。指先が土方の首に触れ、つつ、と何かをなぞるように鎖骨まで降りる。その動きで肌が汗ばんでいることを感じた土方が顔をしかめて睨めつけても、銀時は意に介した様子もない。それどころか、
「汗かいてる土方君、エロイんだもん。こんなん見せられてやらねェ、とか、ありえねェから」
 濫りがわしい笑みでそんなことを言うなり、いきなり土方の腕を引いた。あっというまに和室へと連れ込まれ、布団の上に押し倒される。土方が慌てて身を起こそうをしたときには、既に帯が解かれていた。
「冗談じゃねェ。んなクソ暑ィときに――って聞けよ!」
 のしかかろうとする男に喚きながら抵抗しても、銀時は土方の拒否を聞こうともしない。暴れる土方を押さえつけ、先ほど指先でなぞった箇所を今度は舌でべろりと舐めあげる。その感触に土方が小さく体を震わせれば、銀時は益々我が物顔で土方を暴き始めた。単衣を肌蹴られてあらわになった素肌の上を、銀時の唇や手のひらが快楽を引き出そうと動き出す。
「て、め……!」
 あがる息を堪えるために歯を食いしばりながら、土方は嫌だ、と思った。
 感じない訳でも、行為自体が嫌な訳でもない。現に体はこの先に待つ快楽を期待し、悦んでいる。だがそれでも――暑い。暑くて、嫌だ。
「だからくっつくなっつの!!」
 快と不快の天秤が不快の方に傾き、土方は渾身の力で銀時の頭を押しやった。あだっ、と銀時の間抜けな悲鳴があがる。
「おま――」
 一瞬、むっとした表情を浮かべた銀時が、次いでニヤリと笑った。土方にとっては、嫌な種類の笑みだった。
「そんじゃあ、あいだ取ろうぜ。折衷案。オッケー?」
 そんな笑みで、でも目には獰猛な色を滲ませる銀時に、土方は口をついて出そうになった不承知を呑み込んだ。冗談じゃねェふざけんな――などと言おうものなら、余計に状況が悪くなる気がする。
 万が一、この場を切り抜けられたとしても、後日もっと酷い目に遭うだろう。恐らく、きっと――絶対に。
 瞬時にそんなことを予見して土方が盛大に顔をしかめると、それを見下ろす男はさらに笑みを深くした。



 ――暑くて――熱い。
 ぐちゅぐちゅと響く卑猥な音に合わせて、視界がぶれる。否、揺れる。
 突き上げられ揺さぶらながら、土方は胸中で、根本から問題が違うだろ、と喚いたが、実際に口からこぼれるのは意味をなさない声だけだった。
「ん、ぅあ、あ」
 がつがつと穿たれる律動に、押し出されるようにもれてしまう。
「オーイ、大丈夫かー?」
 いつもなら耳許で落とされる銀時の声が、少し遠くから聞こえる。
「て、めェが、言う、な」
 ムカつく――と、その何も詰まってなさそうな頭を殴りたいのに、叶わないのがまた、ムカついた。
 ――なるべくくっつかないようにヤればよくね?
 折衷案、などと銀時が提案してきたのは、そんなふざけたことだった。
 そしてその言葉どおり、銀時は上体を起こしたまま腰を動かしている。触れているのは土方の腰を掴んだ両手と、土方の下半身を乗せた腿、それに結合部くらいのものだ。
 脈動する熱の塊が体のなかを行き来するたびに、感じる箇所を擦られて土方の腰が跳ねた。全身に電流が流れるように、快楽が駆け抜ける。気持ちいい。気持ちいいのだが、快楽と同じだけ熱が体の中に蓄積されて、苦しい。
 頭がぼうっとするのは快楽のゆえなのか、暑さでやられたのか――それともその両方なのか。
 ――サイアクだ
 ぼやけた頭で罵る。最悪で、最低だ。やってられない。早く終われとすら思うのに、気持ちいいのだからどうしようもない。やってられない。
「あっ、あ、んん――」
 ――でも、
 無意識に彷徨った手が空を掻き、足りない、と思う。それが一番――やってられない。
 銀時に知られたら、間違いなくからかわれるだろう。ここぞとばかりに無茶な要求をされるかもしれない。そう思うのに、耐えきれず、
「よろず、や」
 伸ばした手のその指先で、銀時を呼んだ。
 土方が何を求めたか――瞬きひとつで察したらしい銀時が、ふっと笑みをこぼす。
「暑ィからくっつきたくねェんじゃなかったの?」
 揶揄するようなことを言うくせに、その声音も双眸もやわらかく、どこか嬉しげだ。それに「うっせ」と返しながら、土方は再び指先を揺らめかせた。
「た、りねェんだよ……ッ。早くし、ろッ」
「ハイよろこんでー」
 笑い含みに言うと、銀時は伸ばした土方の手を片手で掴み、もう片手を土方の背中に回して、よいせとばかりに土方を抱き起こした――繋がったまま。
「ッあ、ア!」
 突然深くなった結合に、息が止まる。背を波打たせ、思わず銀時にしがみついた。
「――ッ」
 銀時もまた、息を呑んだ。何かを堪えるように歯を食いしばっていたかと思うと、深々と息をつき、
「すげ、締まった」
 感嘆したような声でそんなことを言う。
「だ、まれ」
 羞恥から銀時の背中を叩いたものの、大した威力がないことは土方にもわかっていた。禄に力を篭めていない拳が、銀時の汗で滑る。拳だけじゃない。ひたりと合わせられた体同士が、互いの汗でぬるりと滑るようだった。密着したことでさらに熱を感じ、頭がくらりとする。
 けれど、暑さも、汗も、不快で仕方なかったというのに、今土方のなかに満ちているのは充足感だ。本当にやってられない。
 どれだけ気持ちよくなったって、これがなきゃ物足りないと思ってしまうあたり、自分もいよいよ末期だな――などと自嘲気味に思いながらも、銀時の背中を抱きしめた。ほう、と自然、息がこぼれる。
「なに、デレなの? これはデレてるのか、おめー」
 笑ってそんなことを言いながらも、銀時もまた土方の体をぎゅう、と掻き抱いた。そうするとより一層満たされるようで、土方はあーもう、と内心諦めの息をつく。
 ――末期でもいいよチクショウ
 銀時の背中に回した手を、す、と背骨に沿って滑らせた。それを合図に、土方を上に乗せたまま銀時が律動を再開する。その動きに翻弄されながらも、土方もまた自ら腰を振った。
「んっ、ん、あ、あ」
 深くまで貫かれるのが、気持ちいい。
 どこまでも上がり篭っていく熱が、気持ち悪い。
 気持ちいい、気持ち悪い、気持ちいい――気持ちいい。
 快も不快もぐちゃぐちゃに混じり合うような媾合に、感覚は全てを快楽へと変えた。射精感が込みあげて、堪えられなくなる。堪らなくて、銀時を強く掻き抱いた。
「あ! ア、ァ、あ――!」
「――ッ!」
 一際強く突き上げられて土方が達すると、なかがきゅうと銀時を締めつける。それに刺激されてか、銀時も低く呻くと、腰を押しつけるようにして、なかに射精した。



 結局、その後何度となく行為を繰り返し――土方はダウンした。まるで熱を出したときのように、全身が怠くて、指一本動かすのもしんどい。
 ぐったりと横になった土方の世話を焼いたのは、どこか上機嫌な銀時だった。濡れたタオルで土方の体を拭いたり、氷水に浸した手拭いを額に乗せたりと、妙に甲斐甲斐しい。しまいには団扇で扇いで風を送ってくれるほどで、土方は眉をひそめた。
「……気味悪りィ……」
 だが、雪でも降んじゃねーか、と土方が訝しく睨みつけても、銀時は「真夏の雪もオツじゃねーの」と楽しそうに笑うだけだった。

(12/07/31 SSS up)
(12/12/07 改訂)