鬼も福も
時刻としては未だ夕方だが、短くなった日は既に沈み、辺りは夜の景色となっている。
肌を刺すような寒さの中、土方はふたつ名に相応しい形相で市中を歩いていた。店が連なる明るい通りだけに人出も多い。だが、大抵の者は土方を見るなり恐れおののいたように道を開けた。その周囲の怯えぶりもまた苛立ちを増幅させてくれる。
思い出しても腹立たしい数分前の出来事が浮かびあがり、土方は鬼のような仏頂面をさらにしかめた。
今日は昼から市中見廻りだった。組んでいたはずの沖田が早々に姿をくらましたのはもはや想定内だが、正直その時点でイラッとしていた。
時間になり屯所に戻ると、門をくぐって敷地内に足を踏み入れた途端、その沖田から出迎えられて、そこでまたぷつりと血管が切れそうになった。
「総悟テメー!」
怒りもあらわに掴みかかりかけた土方を、沖田が「おっと待ちなせい」などと澄まし顔で制したのも面白くない。その上、にやりと何かを企んでいる笑みを向けてくる。
「アンタァ中に入っちゃいけませんぜ、土方さん」
「――あァ?」
なんだと、と苛立ちのままに睨めつけてみても、総悟は意に介した様子もない。
「今日は節分、近藤さんはいねェ――ってなりゃァ今年の鬼役は土方さんしかいねェでしょう」
鬼役――そのひと言で、土方は沖田が何が言わんとしているのか、全てを察した。
去年までは近藤が自ら進んで鬼の面――可愛らしいイラストのお面だ――を被り、その役を買って出ていた。ぎゃーぎゃー騒ぎ笑いながら逃げまどう近藤に隊士たちも笑いながら豆を投げる――もちろん手加減している。でなければ土方が許す訳がない――賑やかな光景は、毎年恒例のものとなっていたのだ。だがその近藤は現在、出張でいない。だから代わりに土方が鬼役をやれ、ということだ。
冗談じゃない――去年までの光景を思い浮かべ、土方はげんなりと顔をしかめた。
「……ンなもん、やりてェ奴だけで勝手にやってろよ」
俺ァごめんだ、と続けた土方に構わず、沖田は「問答無用でさァ」とジャキ、と背中に隠していた武器を構えた。
「――ってワケで、鬼はー外ー」
その手に握られているのは見慣れたバズーカではなく、おもちゃだとひと目でわかるマシンガンで、土方は頬をひきつらせた。物凄く、とても、嫌な予感がする。
「やるって言ってねェだろ誰も。つーか今現在外だからね、ココ」
「総員配置につきやがれ」
土方の意見をとことん無視して、沖田が号令を飛ばす。途端、姿を現した隊士たちに囲まれ、土方はわずかに身構えた。隊士たちも全員、手に手におもちゃのマシンガンを携えている。
「野郎ども、やっちまいなァ」
沖田の命と同時にパラタタタ、と軽快な音を立ててマシンガンから連射されたのは――豆だった。鬼はー外ーォ、などという和やかな掛け声とは不釣合いなまでに、その威力は馬鹿にできないものがある。良い子の皆は真似すんなよ、と誰にともなく言いたくなるほどだ。
「痛ェ! 痛ェっつーの! テメーらァこんな真似してタダで済むと思うなよ!」
「節分ですからねィ。鬼の居場所なんざココにゃあねェんでさァ」
とっとと出て行きなァ、とドS全開のとてもとても楽しそうな笑顔で沖田が言う。その表情と言葉に、土方の中でぶっつりと盛大な音を立てて何かが切れた。ぎり、と歯を食いしばり――ふいと踵を返す。猛烈な腹立ちと理不尽な悔しさに顔をこわばらせたまま、今しがたくぐったばかりの門へと足を運んだ。
ちょっと沖田隊長、それは酷すぎでしょ! と山崎のたしなめる声や、すみません調子に乗り過ぎましたごめんなさい戻ってきてください許して副長ォォォ、などと陳謝する多数の声が背後から聞こえたが、やさぐれた土方はそのまま門から外へと飛び出した。
怒りやらなんやらにグラグラと煮えていた頭も、吹き抜ける風の冷たさで徐々に静まっていくと、土方の中に認めたくない感情が小さく残された。連れて歩みもしだいに遅くなる。
もともと自分が隊士たちに好かれている、などとは思っていない。むしろ怖がられ嫌われているだろうという自覚もある。だがそれでも、ちょっとばかり――否、結構拗ねたくなっても仕方ないだろう。
なんだよ――と、すん、と鼻を鳴らしたとき。
「オーニさーんコーチラ」
暢気な歌声が横合いから届いた。ハッと声のした方を見れば、店先の壁にもたれた銀時が笑いながらひらひらと手を振っている。どうしてここに――と土方はその銀髪を呆然と見つめた。
確かに足はかぶき町の方へと――無意識のうちに――向いていたが、この辺りはまだ屯所にほど近く、銀時が普段ふらりと出歩く区域から外れていると知っている。その証拠に銀時の横には彼の愛用のバイクが置かれていた。
「……なにやってんだ、おめー、こんなトコで」
きょとと訊ねる土方に、銀時は「ん?」と微笑うと、
「キレーな鬼さんに会えるって聞いてよォ、こりゃあいっちょ捕まえねーと、と思って」
待ってた、と平然と言いのけた。そのどこか甘ったるい口ぶりに、土方はぐ、と言葉に詰まる。大っぴらにはできないが、銀時とはいわゆる恋人同士などという面映くて仕方ない関係だ。そんな間柄だが、今この男がまとっている空気は妙に――常以上に――やわらかく甘やかで、視線を合わせることすら気恥ずかしくなってくる。
土方がどうしたものかと戸惑っていると、すい、と隣に寄ってきた銀時が顔を覗きこんだ。
「鬼は外ー、って、追い出されたんだろ?」
やさしい笑みで銀時が問うように断言する。その言葉で先ほどの出来事を思い出し、思わず土方はむ、と口を尖らせた。
「……んで知ってやがんだ」
知らず拗ねたような口調になってしまった土方に銀時が苦笑する。
「お宅んトコのドS王子が嬉々としてエアガン揃えてんのを偶然見かけてな。教えてもらったってワケ。つーか経費で落とすっつってたけど、あんなのも経費になんの? お宅は」
「なるかァ!」
つーか総悟の野郎……!、と土方が思い出し怒りに体を震わせていると、銀時はやっぱりなァなどとしたり顔でうなずいた。
「そんなワケでハイ、鬼さんコチラ」
おいで、と両手を広げるその顔には、やはりやわらかな笑みが浮かんでいる。
「ウチは鬼も福もウェルカムだからよ。来るもの拒まずばっちこーい!」
「……んで去るものも追わず、ってか」
まだどこか拗ねた心持ちで土方が揚げ足を取ると、銀時はいや、とあっさり返した。
「幸運の女神と土方限定で追いかけるね」
そらもう必死でな、と土方の手を取る。懲りずにまだパチンコにつぎ込む気なのか、と半眼になる土方を上目で見つめ、銀時は「それによ」と意味ありげな笑みを浮かべた。
「ババアがよォ、恵方巻き作りすぎたっつっておすそわけをな、くれちゃったんだよ。そしたらさァ、見たくなるよね、フツー。だって銀さんすっごい見たいからね」
「なにをだよ」
「土方君が黒くてぶっといの咥えてるトコ」
「アホか」
呆れを隠すことなく返しながらも、土方は気分が大分浮上していることに気づいた。男のロマンだろォ、などと言い放った銀時が「な?」とねだるように見つめてくるのにも、思わず笑みが浮かぶ。
「マヨ――」
「あるある、あるから。手ェつけてないお徳用サイズがあるから」
土方の言葉を苦笑まじりに遮り、銀時はボス、とヘルメットを被せた。バイクにまたがり、後ろに乗るよう促される。差し伸べられた手を取った土方が後ろに座ると同時に、バイクは夜の町へと走り出した。
「おめー、メット……!」
「あー? 土方君が代わりに被ってっから平気だろ」
「じゃねェェェ!」
道交法違反だぞてめェェェ! という土方の叫びは寒風に紛れて町の喧騒に掻き消えた。
大江戸スーパー経由で到着した万事屋では、新八と神楽がふたりの帰りを待っていた。その目当ては主にスーパーで買ってきた食材なのだろう。神楽などは「今日は肉入りの鍋アルな!」と飛び跳ねんばかりに浮かれていた。
だが、笑顔で出迎えられて面映いながらも荒んだ心がほわりと温かくなる。
土方が表情をやわらかくすれば、それを見て銀時が嬉しそうに笑うものだから、甘やかされているのを実感した。
その後、
「副長ォォォすみませんでしたァァァァァ!」
「帰って来てください副長ォォォ!」
「恵方巻き! 恵方巻きマヨスペシャル用意してますから!!」
山崎を先頭に隊士たちが万事屋まで詫びを入れに来たのは鍋をつついている時分だった。どうしてここにいるのと知れたのか、と土方は内心首をかしげる。ちょっとだけ恵方巻きマヨスペシャルに心動かされていたら、銀時が拗ねたような顔になった。
「顔見せてやる必要ねェから」
「今さら来ても遅いアルヨ。今日はニコ中、ウチのものネ」
「自業自得ですよねェ」
相手にするな、と万事屋の三人が口を揃えて言う。
「いや、でもさすがに……」
隊士たちがなおも万事屋の玄関先で大声を張りあげている以上、そんなもの近隣迷惑でしかない。引きあげさせるべきだろうと土方が立とうとしたら、三人がかりで阻まれてしまった。
「大丈夫、もうすぐ来っから」
銀時が訳知り顔で言う。は?、と土方が首をかしげたとき、
「うるせェェェェェ!! なにしてんだテメーらァァァァ!!」
とっとと帰んなァ!!と、階下の女店主だろう迫力ある怒鳴り声が響いた。
な?、と銀時が言うのに、土方はただこくこくとうなずいた。そんなァァァ、と情けない声が玄関先から聞こえてくる。
「諦めて帰ェれけェれ。あんましつこいとウチの最終兵器出動するぞー」
「行くアルヨー。っていうかうぜェからもう行くアル」
ベランダから銀時が声をかけると、神楽が飛び出していった。新八の「あ、たまさんも出てきたみたいですね」という呟きに、外からの悲鳴が重なる。
オイオイ、と土方ですらさすが憐れに思っていると、いいのいいの、と銀時がこたつに戻ってきた。
「今日は万事屋一家が大手振って土方君独占できる日なんだから。黙って独占されてなさいって」
「そうですよ。このまま万事屋に住んでしまえばいいくらいです」
「アラ、ぱっつぁんいいこと言うー」
「いや、あの、お前ら……?」
のほほんと交わされる会話に土方が困惑していると、とりあえず、と銀時のそれはそれはにこやかな笑顔が向けられた。
「今日は泊まってくよな、もちろん」
「な、おまッ!」
新八の前でなにを、と土方が慌てると、大丈夫ですよ、と当の新八からあっさり返される。
「神楽ちゃんはうちに連れて行きますから安心してください」
にっこりと告げられた言葉に、土方は羞恥の余り絶句した。その反応に、アレ?、と銀時が目を丸くする。
「もしかして、知られてねェと思ってた? とっくにバレてるぜ? あとはお前が嫁に来るだけだから。みーんな楽しみに待ってっからね、お前の嫁入――」
みなまで言わせず、うわあああ、だかうぎゃあああ、だかいう悲鳴とともに土方の拳が炸裂した。
そして。
常以上に甘やかす男に閨でさんざん甘い声をあげさせられた土方が、沖田の度を越した悪ふざけが銀時と団子ふた皿で交わされた計画だと知るのは、数日後のことになる。