Around the world



【五月三日‐‐土方十四郎 2】


暴力的なまでの光の洪水は唐突に治まった。
今回は最初のときのような嘔吐感は沸かなかったが、なんだか妙に頭がくらくらとする。

額を押さえながらそっと目を開けると、土方が居るのは路地裏とも言えないような、建物と建物に挟まれた暗がりだった。
建物自体は賑やかな通りに面しているのだろう、喧しい喧騒とけばけばしいネオンの灯りが土方の元にもわずかに届いてくる。

どうやらまた違う世界に飛ばされたらしい──頭上を見上げ、土方は確信した。コンクリート製のこんな高い建物が、それも連なって建っている場所など、江戸にはない。

今度はどんな世界なのか──土方が深くため息をこぼしたとき、

「──そこに誰か居んの?」

通りの方から訝るような声を投げかけられた。男の声だ。

そちらへと顔を向けても、通りのネオンが逆光になっていて土方からは声の主の姿が判別できない。
だが、既になんとなく予感はしていた。

カツカツと近づいてくる硬い足音をどこか落ち着かない心持ちで聞いていると、

「土方?」

弾んだ声があがり、足音が早くなった。

ネオンから遠ざかり、土方に近寄ったことで、その顔立ちがはっきりと見える。
ぱああ、と効果音がつきそうなくらいの勢いで顔を輝かせて駆けてきたのは、やはり銀時と同じ顔の男だった。いつもの格好でも真選組の制服でもなく、スーツを着ている。

あ、コレは別の世界の銀時だ、とすんなり納得できたほどの反応──というか表情だ。

「どしたの、仕事忙しくてしばらく帰れそうにないって言ってたのに。あ、もしかして俺の顔見に来てくれたの?だったらこんなトコに隠れてないで電話入れてくれればいいのに──あ、ちょっと待ってね」

言うなりこの世界の銀時は携帯電話を取り出し「あ、ぱっつぁん?ちょっと奥の部屋使うから、鍵開けて。今すぐ──すぐ!」などと、どんどんと話を進めていく。

土方が口を挟めずに唖然としているうちに話は終わったようで、

「行こ?」

と土方の腰を抱くようにして、この世界の銀時が歩き出す。

向かったのは銀時がやって来た方とは逆方向で、すぐに狭い道へと出た。車一台通るのが精々な広さだろうそこは、面している建物の壁が黒いためか、薄暗くひっそりとしているように感じる。

よく見ると黒い壁には入口のように開いている箇所があった。銀時に促されて足を踏み入れれば、すぐに同じく黒い色の扉にぶつかる。
躊躇なくその扉を開けた銀時に、どうぞ、と勧められ、中の狭い通路を少しばかり進むと、小奇麗な部屋が広がっていた。

革張りのソファと重厚そうなテーブルが置かれ、そこここに花が飾られている。

室内の様子というよりも雰囲気がどことなく高天原に似ているな、と土方が辺りを見回していると、背後からアレ?と銀時の声がかけられた。

「どしたの、その格好。新しい制服?それにしては舞台かなんかの衣装っぽいね」
「いや、これは──」

事情を説明しようと銀時を振り返り──土方は絶句してしまった。

明るい室内で見たその男は、確かに銀時と同じ顔立ちだ。
同じ顔立ちだったが、髪が──金色だった。

ああもうコレは完璧別の世界だわ、と土方が軽い眩暈を覚えていると、金髪の銀時は「でも──」と土方を見つめ、微笑んだ。

「すげー似合ってる」

銀時と同じ顔に、愛おしいものを見るような微笑を浮かべてそんなことを言う。
思わず土方はびしりと固まってしまった。

誰だこの男は本当に銀時なのか、否、別の世界の銀時だったそうだった、などと思考が取り乱しているのを他人事のように感じる。

土方?と首をかしげる男にハッと我に返り、慌ててこれまでの顛末を捲し立てた。

何故か違う世界に飛ばされていること、自分はここの土方ではないこと、さっきも違う世界で違う世界の銀時と会ったことなどなど──言ってる土方自身ですら俄かには信じがたい話だろうと思う。

金髪の銀時はきょとんとしながらも黙って聞いていたが、土方がひととおり話し終えると

「まあ、とりあえず座って?なにか飲む?」

などと自身もソファに腰かけ、のほほんとそんなことを言った。

信じていないのかそれとも最初から聞いてすらいないのか──隣に腰をおろした土方がじとりと見やっても金髪の銀時は、煙草吸ってもいいよ、などと平然と返してくる。

「…まァ信じらんねーのもムリねーけどよ」

土方とて自分が実際に体験していなければ信じられない話だ。
ため息まじりにこぼして煙草を咥えると、流麗な仕草で金髪の銀時がライターを差し出し、火を点ける。

ああコレはホストだな、などと、どうでもいいことを察した。

「あ、俺ね、金時。銀時じゃなくて、金時ね」

金髪の銀時──金時は、土方の話を聞いてはいたらしい、そんな自己紹介をすると、「まァね」と組んだ足に頬杖をついた。わずかに低い位置から土方を見上げるように覗き込む。

「まァたしかに信じらんない話だけど、でも土方がここに居るってこと自体が、信じる理由っつーか、その話を信じるしかないっつーか?」
「あ?どーいうことだ」
「仕事忙しくてしばらく帰れそうにないって言われてるもん、土方に」

そう言い、金時は唇を尖らせた。それは拗ねているというより単に淋しいのだろう。
この世界の銀時──金時は随分とわかりやすく感情を面に出すらしい。

「こっちの土方はね、テロ専門の刑事やってんの。警視庁だか警察庁だかなんだかわかんない板ばさみでメンド臭いらしい、ってことしかわかんないけどね」

ちらりと向けられた目が、お前は、と問うているように感じ、土方は素直に「同じだ」と返した。

「俺もテロ専門の警察だ」
「そっか、ホントに同じなんだ」

しみじみと呟いた金時が、ふう、と微笑む。
先ほどと同じ、愛おしむような笑みだ。

「どこの世界だろうと、土方は──土方なんだな」

そんな笑みを向ける金時に、土方はわずかにたじろいだ。
なんだか居た堪れないような気持ちが込み上げる。

「…それが、どーした」
「俺、そっちの世界に居ても、土方に惚れてるなァ、って思って」
「ッだァァァァ!!」

臆面もなくそんなことを言われてしまい、土方は盛大に喚いてしまった。顔が赤くなっているだろう自覚がある、

先ほど会った副長の銀時もエロ臭くてどうしようかと思ったが、わかりやすいほどに好意を面に出しストレートに口にする金時も大概だ。
心臓に悪い。

こっちの土方は良く心臓もってるな、慣れか、慣れなのか、などと変な感心をしていると「あ、そっか」と金時が何かに気づいたように手を叩いた。

「そっちの世界にも「俺」が居るんだもんな、んじゃあもうとっくに「俺」が手ェ出してるか」
「んだその断定は!」
「え、だって「俺」だろ?だったらお前に惚れないワケないじゃん、ぜってェひと目惚──」
「つーかもう黙れお前ェェェ!」

ぎゃーー!と悲鳴をあげ頭を抱えんばかりの勢いで両耳をふさぐと、金時が笑ったのが気配でわかった。じとりと恨みがましい目で睨めば、ごめんごめん、とやはり笑いながら背中を抱かれる。

「別の世界だろうとなんだろうと、土方と会えて嬉しくてついはしゃいじゃった。こっちの土方とはさ、えーっともう二週間、になるかな?そんくらい顔も見れてないからさ、もうすぐ誕生日だってーのにさァ…」

そう言いため息を落とす金時に、そういえばそんなことを言っていたな、と思い返す。

忙しくてしばらく帰れそうにない──そうこっちの土方に言われているから、土方が目の前に居ること自体が不可解な現象を信じる理由だと。

「こっちはさ、土方が仕事で忙しいからお祝いとかできねーだろうけど、お前はそっちの俺に目一杯全力で祝ってもらってよ」

苦笑にわずかな哀愁を滲ませて金時が土方の顔を覗き込む。その表情に、昼間見た銀時の情けない顔がどこか重なる。

世界が違かろうと事情が違かろうと、結局銀時は困ったり悩んだりへこんだりしているらしい。

「…こっちのァ金が無ェってへこんでやがるけどな」
「でも祝う気は満々だろ?」
「どーだか」

土方がため息をこぼしたとき、ぶぶぶ、と震動音が聞こえてきた。金時の携帯だろう。

窺うような目に、出ろと顎をしゃくって返すと金時は、ゴメンね、と断りを入れて携帯を取り出した。

「メール──土方からだ。わー、なんかすげー不思議な感じ」

土方と携帯の表示とを見比べて暢気な声をあげた金時だったが、内容を確認すると今度は、マジで!?と頓狂な叫びを発した。

「五日、休みになったって土方!わ、どーしよ嬉しい!俺も休み取ろーっと!」
「…いいのか、ホスト」

明後日のことだというのにそんなに簡単に休める仕事なんだろうかホストは、と土方が首をかしげていると、金時はにんまりと笑った。

「風邪ひく予定ー」
「オイ」

仮病予告かよ、と土方が呆れてツッコミを入れたとき、ふわん、と例のブレスレットが光り始めた。

またどこぞへと飛ぶのだと半ば諦めの思いでため息をこぼすと、金時は目を丸くしていた。

その顔に、精々こっちの俺を全力で祝ってやれ、と土方が微笑いかければ、金時もまた微笑む。

手を振るその姿が徐々に光に飲まれ見えなくなり──そして再び光だけの世界が広がった。

(13/05/04)



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