Around the world



【五月三日‐‐土方十四郎】


その日、土方が見廻りでかぶき町を歩いていると、見慣れた銀髪を団子屋の店先に見つけた。珍しくもしゅんと肩を落とし、なにやら悄然と自分の手許を見つめている。

近づいて声をかければ、やはり金が無いなどという話になり、途端その男──銀時がしまったとばかりに口を噤み顔を歪める。

その銀時の姿に、バカが──と土方は内心吐き捨てた。

金が無いのが常なこの男が、それでもこうして消沈しているのは、きっと土方の誕生日が近いからなのだろう。

銀時が土方の誕生日に向けて、精力的に仕事を受けようと頑張っていることは知っていた。沖田だの万事屋のチャイナ娘だのがわざわざ土方の耳に入れに来るのだ。

そして、思うように仕事が入らず銀時が焦っているらしいことも知っている。

否、知っているというなら、この男がいつだって金欠なことくらい、最初から知っているのだ。

それでも土方のために何か──何とかしたいと思ってくれているらしい、その気持ちが嬉しくて「まァ頑張れ」なんて土方も返していたのだが、正直プレゼントなど期待していない。
というより、望んですらいない。

だというのに、期待していないと伝えてあるのにも関わらず、銀時は困り果てて気落ちしているのだ。そんな姿にため息がこぼれた。
銀時を困らせたい訳ではないのだ。

けれど銀時は情けない顔で情けない声をあげるばかりで、土方が思わず怒鳴りかけた、そのとき。奇妙なことが起こった。

何やら光ったかと思うと自分と銀時の手首にオモチャのような物がくっつき、その不気味さに狼狽していると、複雑な光の洪水に飲まれのだ。

ぐん、と後ろに引かれたような感覚に思わず目を瞑ると、ぐにゃぐにゃと周囲の空気が歪んでいるのを肌で感じた。全身に鳥肌が立ち、吐き気すら覚える。

込み上げる嘔吐感を堪えていると、唐突に全ての奇妙な感覚がもとに戻った。

ふうと頬を撫でる風の感触に、そっと瞼を押し上げる。

ゆるりと目を開け、辺りを窺い──

「…は?」

土方はきょとんと目を丸くしてしまった。

先ほどまでかぶき町に居たというのに、何故か今自分が立っているのは、真選組の屯所だった。どういうことだと周りを見回したが、微妙な違和感はあるものの見慣れた建物だ。

先ほどまで一緒に居たはずの銀時の姿は、見える範囲にはない。
じわりと嫌な汗が浮かぶ。

勝手に右手首に巻きついたブレスレット──なのだろう──の不思議な光沢をみつめて土方が呆然と固まっていると、

「──土方?」

すぐ傍の部屋から声がかけられた。
聞き覚えのありすぎる声だ。

バッと顔を向ければ、そこに居たのはやはり銀時だった。開けた障子の隙間から、どこか不満げな顔を覗かせている。

「んだよ、見張りに戻って来たってか?そんなに疑わなくてもちゃんとお仕事してますゥ」

口を尖らせて銀時が訳のわからないことを言う。

だが、その意味不明な発言よりも何よりも、

「なんでおめーがここに…てかなんで制服着てんだよ!!」

そっちの衝撃の方が大きすぎて、土方は思わず詰め寄りその胸座を掴んでしまった。

何故なら銀時が着ているのは、真選組の制服だったのだ。

上着を脱いだベスト姿で胡坐を掻いているのが、妙に堂に入って見えて心が落ち着かない。

銀時が真選組の制服を着ている姿は一度見たことがある。それは、土方が妖刀に魂を食われ、真選組が壊滅の危機に陥ったときのことだ。

そのときは土方自身が途中までトッシーというもうひとつの人格になっていたことと、おまけに騒動の真っ最中だったから何かを思うような余裕はなかったのだが、こうして改めてその姿を見ると、どうにも心臓に悪いと思った。現に鼓動が驚く程早く脈打っている。

以前銀時の制服姿を見たその時と違い、今では子供よりも幼稚な駆け引きじみた遣り取りの末に恋人として付き合っている──つまり恋情を自覚している、というのもあるだろう。

要するに──見惚れてしまいそうになるのだ。存外似合うな、などとどこか暢気な感想も浮かぶ。まさしく制服は二割増しだ。惚れた欲目が多分に入っていることもわかっているが。

動揺もあらわに視線を泳がせ、ふと土方は銀時の胸座を掴んだままなことに気づいた。

何気なさを装いながらそっと胸座から手を離すと、なんでって──と銀時が首をかしげる。

「いい加減書類出せ、って朝からぎゃんぎゃん怒ってたのおめーだろーが。だから銀さん、おとなしくこーして面白くもねェ書類仕事頑張ってんじゃねーか。むしろ褒めろよコンチクショー」
「いやいやいやいや」

どうしようか、この状況もこの男の言ってる意味も、さっぱりわからない。

褒めるどころかむしろ途方に暮れる思いで土方が畳の上にへたり込むと、「土方?」銀時が窺うような声をあげた。

「土方…だよなァ?」

土方の顔を覗き込むようにして、銀時がするりと頬を撫で上げる。

近すぎる顔と撫でられた感触に、土方は思わずうわ、と小さな悲鳴じみた声をあげて銀時のその手を叩き落としてしまった。

「ちょ、待て、万事屋。それよりもこのワケのわかんねー状況を──」
「…お前、誰?」

すう、と銀時のまとう空気が変わった。
そう思った次の瞬間には馬鹿力で顎を掴まれる。

「なにが目的でソイツのカッコしてんの?」

じわりと殺気を滲ませて銀時が低く問う。
射抜くような赤い双眸に気圧されそうになるのをぐっと堪え、土方も負けじと睨み返した。

「てめーこそ、誰だ。なんでそのツラとカッコでウチに居やがる」
「おーヤベー、噛み合わねー」

それまでの態度を一変して頓狂な声をあげると、銀時はあっさりと手を離した。

「ってかそのカッコ正解。俺、その顔した奴相手に酷ェことできねーし、したくねーもん。したくねーから──動くなよ?」

最後のひと言で凄んでみせると、銀時がずりずりと畳の上をにじって移動しだす。

何をするのかと訝しく見ていると、部屋の隅に転がっている黒い物──充電のコードが差しっぱなしの携帯電話を手に、どこぞへと電話をかけはじめた。

「──へーい、今日のパンツ何色──嘘、切るな切るな」

銀時がふざけたことを言いながら通話しているその隙に、土方もそっと携帯電話を取り出した。
画面を確認すると、今日は間違いなく五月三日だ。時刻は団子屋の店先で銀時と会ってから数時間は経っている。

そんな時間の経過を不可解に思うが、それ以上に圏外の表示に目を丸くした。

タイミング良く、マジでか!と銀時の驚いたような声がして、思わずびくりと身を竦ませる。

「え、ちょ、変なことされんじゃねーぞ!いくら俺っつってもダメだかんね、ソレ違うからね!」

ややして、わーった、と通話を終えた銀時は携帯電話を放り投げると、えーと、と土方の方へと戻って来た。

「あのな、どーいうことなのか俺にもよくわかんねーんだけど」

困ったように頭を掻きながら、

「初めまして、別の世界の土方君」

銀時はそう言い、微笑んだ。

よくわからない、と前置きをした銀時が言うには、どうやらこの世界は土方が普段暮らしている世界とは別物らしい。

こちらの世界にはこちらの世界の土方が存在していて、おまけにこちらの世界で銀時は、万事屋ではなく真選組に身を置いている──などと言う。

「ちょーっと信じらんねーんだけど、でも電話かけたらフツーに土方出たし、向こうにも「俺」が居るとか言うし…だからまァ、よくわかんねーけど、そーいうことで」

よくわからない、と繰り返しながらも銀時は事態を飲み込んだらしい。

不意にあの空気が歪んでいるような感覚を思い出し、土方は納得した。

きっと、あのとき違う世界とやらに移動したのだ。そして恐らく、右手首についたブレスレットが全ての元凶なのだろう。

右手首で淡く輝いているそれを苦々しく睨んでいると、ふと視線を感じた。なんだ、と顔を上げれば、銀時が穏やかな顔で見つめている。

銀時のその表情も格好も、土方の良く知る銀時とは異なっていて、これは別人なのだ、と改めて実感した。

これは、土方の知る銀時では──万事屋の銀時でなはいのだ。

「万事屋が…真選組に…」

それも土方と同じ副長職に就いているという。

腕の立つ男だ。実力的に肩書きには不足ないだろう。
それに腹立たしいほどに器用だから、きっとなんやかやと上手く仕事をこなしているだろうとも思う。

だが──と土方は内心首をかしげた。

銀時がその気になれば、真選組で上手くやれるだろうと思っても、それでもなんだか──違和感がある。

そんな思いで見つめていると、不意に銀時が動いた。

「あ、さっきは悪かったなー、思いっきり力入れちまった」

ごめんごめん、と両手で土方の頬を挟み、慰撫するように擦る。途端どくりと心臓が跳ねた。

ヤメロ!、と慌ててその手を引き剥がし叩き落とそうとしたが、今度は上手いこと力が篭められていて叶わない。

じわじわと顔が赤くなっていくのが自分でもわかった。そんな土方を見つめ、銀時がにぃ、と笑う。

「やっぱこの反応はアレだろ、そっちの俺とデキてんだろ、おめー」
「うっせェ!離せバカヤロー!」
「しんせーん!土方君の反応、しんせーん!たーのしーい!土方君、ウブーい!」
「誰が初心だ!テメーがそんなカッコしてやがるのが悪──!」

銀時の赤い瞳がきらりと光った気がして、土方は口を噤んだ。

自分の発言にほぞを噛んだが、とき既に遅しだったらしい、あらやだ、と銀時が面白がってるとしか思えない声をあげる。

「俺が制服着てるから?俺の制服姿でこの反応?えーマジでー?そんなに似合ってるー?」

浮かれたようにへらへらと笑う銀時に、土方はギリと歯噛みした。

土方で遊んでいるような態度に腹が立っても、違う、とは言えないのがさらに腹立たしい。

確かに似合っているのだ──悔しいが、見惚れるほどに。

「おめーがそんなモン着てるのが面妖なだけだ。マダオのくせして──」

悔し紛れにそんなことを言い──そして土方は自分の内にあった違和感の正体に気づいた。

銀時なら真選組でも上手くやっていけるだろう。
そう思う反面、この男が組織などというものに縛られているのが、とても不似合いだと感じる。

何ものにも捕らわれず、縛られず、自分の思う道を進む──そんな男のはずだ、この男は。

それが何故、真選組になど身を置いているのか。

「…なんで、おめーはここに…」

なんだか心苦しくなって土方が眉を下げると、んー?、と銀時は小首をかしげた。

そーだなァ、と落とされた声は、思いのほかやわらかな響きを含んでいる。

「最初はこんなトコいつでも辞めてやらァって思ってたんだけどなァ、たしかに。色々メンド臭ェし、どっかの誰かさんはキレーなツラしておっかねーし」

ちらりと意味ありげな視線を土方によこす。どっかの誰か、とはこっちの世界の土方なのだろう。

知るか、と土方が顔をしかめると、それでも、と銀時はふわりと微笑んだ。

「護りてーもんができちまったから、かねェ」

そんな笑みで、そんなことを言う。

その姿に、土方はわずかにふさいだ気持ちがすう、と晴れたのを感じた。

どこに立とうと、どんな立場にあろうと、銀時のその根本は変わらないのだろう。

窮屈な制服を身にまとっていようと、自由をまとっていようと、銀時は自分の思うままに進むだけなのだろう、きっと。

「こっちの土方君がおめーんトコの俺連れて戻ってくるっつーから、まァそれまでゆっくりしていきなさいな。ついでに俺も休憩ー」

言うなりゴロリと寝転がった銀時が、あ、と頓狂な声を出して、土方を見上げた。

「こっちのが帰ってくる前に一個訊いていい?」
「…なに」
「明後日誕生日だろ?なんか欲しいモンとか、ねェ?マヨと煙草以外で」

銀時の予想外の質問に、土方はぱちくりと目をしばたたいた。

いやさァ、と銀時が困ったように髪を掻き回す。

「こっちの土方に訊いても、別になんもねェ、っつーんだもん。物はいいからフツーに真面目に働け、だとよー」

それじゃあいつもと変わんねーじゃん、と銀時がぶつぶつぼやくのを聞きながら、自分ならそう言うだろうな、と土方は思った。

少なくとも土方は、欲しい物、などと言われても、何も浮かばないのだ。
煙草やマヨネーズなどの嗜好品なら幾ら有っても困りはしないが、それだって自分で買うから、欲しい、などとは思わない。

強いて言うなら、銀時がどうしようかと頭を悩ませ、どうにかしたいと思ってくれている、その気持ちが嬉しかった。

多分、こっちの世界の土方もそうなのだろう。物よりも、思ってくれているという、そのことだけで、充分なのだ。

「別に欲しい物なんかねーよ」
「あー…、物より思い出、ってやつ?」

土方がふるふると頭を振ると、銀時は何か得心したのだろう。体を起こしたかと思うと、じり、と土方ににじってきた。

そんじゃあ──と土方を覗き込んだ赤い瞳がじんわりと細められる。

「プレゼントは銀さんで──ってことでオッケー?」
「ッだァァァア!!恥ずかしいこと言ってんじゃねェェェェ!!」

恥ずかしさから盛大に叫んで銀時の顔を思い切り押しやれば、銀時から「痛ェって」と笑い含んだ声が返ってくる。

なんだコイツ、なんで万事屋の癖に妙にエロくさいんだ──土方が羞恥に顔を赤くしていると、不意にパァッ、とブレスレットが光った。へ? と銀時の間抜けな声が聞こえる。

またあの不可解な現象が起きるのか。

土方が渋面で段々と光量を増していくブレスレットを睨んでいると、土方、と呼ばれた。

顔を上げ見やった先で、銀時が微笑んでいる。

──げんきで

銀時の唇がそう動いた次の瞬間、土方はふたたび白い光に飲み込まれた。

(13/05/03)



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