かくも愛しき 01
揺れる視界のなか、これで何回目だよ、と朦朧とした頭でうっかり数えてしまい、土方はうんざりした。
まだ意識がはっきりしているあいだに、同じタイミングで二回射精したことは覚えているが、それからさらに二、三回なかに出された気がする。そうなると四、五回はいたしてることになる。そらもう、うんざりもする。
――なんかの記録にでも挑戦する気か、この腐れ天パは。フザケんなこの野郎。…つーかセックスの連続回数世界記録って何回なんだこの野郎。ちょっと怖ェぞこの野郎…。
ぼやけた頭でそんなことを考えていたら、勃ちあがり体液まみれの性器をいきなりぐりりと強く弄られ、体が跳ねた。
「いっ…!」
突然生じた痛みにあがりかけた悲鳴をなんとか呑み込むと、「んだァ?」とからかうような声が降ってきた。
「ぼんやりしちゃって。土方君はもうギブですかー?」
「ふ、ざけんな、ッ」
にやにやと見下ろしてくる銀時をギッと睨みつけると、その反応に赤い瞳がじんわりと笑んだ。
「え、まだまだ余裕だって? さっすがー」
「違ッ…!てめーが、しつけ、だけ、ッあ!」
いきなり強く突きこまれ、土方の非難は途中で絶えた。それまでのゆったりとした緩慢な動きが、急に激しい律動へと変わる。
「…ッ!」
一瞬、息が止まった。
既に快感など飽和していると思っていたのに、それ以上の快楽が体のなかにザアと広がる。それはもう苦痛と紙一重だった。
「あっ、あ、っや、もうやめ…ッ!」
嫌だ、もうヤメロ、と喘ぐ合間に口にしても、銀時は「またまたー」などと取り合わない。
「こんなに、気持ちよさそうにしといて、そりゃねーだろ」
笑い含みに言うと、しとどに濡れて律動に揺れる土方の性器をつう、と指先で根元からなぞり上げた。
「ッ、あ!」
土方が腰を震わせると、そのさまに銀時の笑みが深くなる。
ムカつく。そのふざけた天パの頭を殴ってやりたいが、既に腕を動かすのすらだるくて叶わない。
それがさらにムカつくが、結局土方はなす術もなく揺すぶられていた。
* * *
ふうと浮上した意識が閉じた瞼越しにも光を感じ取る。
目を開ければ、すっかり見慣れてしまった万事屋の天井が視界に映った。障子越し、室内に差し込む陽の光が、外の好天具合を教えている。朝方――なのだろう――の冷涼とした空気を感じながら、土方は深いため息をこぼした。
目覚めは良い方だ。特に今日のような朝から晴天で空気が澄んでいる日など、気分爽やかに起床できた――今までは。
すっきり覚醒した思考と裏腹に体は鉛のように重く、動くのが億劫で仕方ない。
このまま怠惰に横たわっていたがる体を叱咤しながら半身を起こし、土方は苦々しい思いで未だ隣で寝こけている銀時を見下ろした。
体力には自信がある。そして、仕事などで疲弊していても、大抵ひと晩寝れば疲れもすっきり取れていた。回復できていたのだ――常ならば。
それがどうだ――と今の状態を冷静に確認すると、ため息しか出てこなかった。昨夜何度も何度も好き勝手揺さぶられた体は、こうして上半身を起こしているのが精一杯なくらい、未だままならない。
この前など初めて「やり過ぎて腰が痛い」というのも体験してしまった。動いた瞬間、腰からビシッと電流のように激痛が走り、土方は一瞬動きも息も止まってしまったのだ。あれは確かに、痛い。
半身を起こした感じから、今日はそこまで酷くないとわかる。だが、今日が非番で良かった、と心の底から思った。それほどに、体中が倦怠感で侵されている。こんな状態では見廻りですら覚束ないだろう。
このままではいつか仕事に支障が出るかもしれない。
それを想像し、土方はダメだ――と強く思った。
それでは駄目なのだ。銀時との関係が原因で仕事に障りが出たり、疎かになってしまったら――土方はこの関係を続けていられなくなる。
そんなことを鬱々と考えていたら、隣で寝ていた男が身じろぎした。起きるか、と見やるなか、ゆるゆると開いた眼が土方を捉える。
「あー…、んだ、もう起きてたのか…」
さすが早ェな、などと欠伸まじりに言いながら、銀時はむくりと起き上がった。そこには怠そうな気配など見られない。それがなんだか腹立たしくて土方が顔をしかめると、どした?、と銀時が覗き込むように顔を寄せた。
むっと睨みつけた先の赤い瞳がわずかに笑みをたたえ、近づいてくる。唇同士が触れそうになり――土方は銀時の顔を手で押しやった。そのままずびしと指を突きつける。
「ってワケで、当分おめーとはやんねェ。無理矢理やろう、とかふざけたマネしやがったらぶっ殺すからそのつもりでいろ」
「…は?なにがどーいうワケ?いきなりすぎてサッパリ意味わかんねーんだけど。ってかなにその拷問」
虚を衝かれたためか、銀時は反発するでもなくただきょとと目をしばたたいた。寝起きでいつも以上に好き勝手散らばった天パを掻きながら、えーと、と窺うように土方を見やる。
「つーか大体よ、やんねェっつっても、無理じゃね?おめーだって我慢できなくね?」
銀時が手を伸ばし、土方の裸のままの腰をいやらしく撫でる。べちっとその手を叩き落し、土方はあのよ、とため息とともにこぼした。
「一応お前、俺のこと好きなんだよな?」
「あ?なに今さら。最初っからそう言ってんだろーが。つーか一応ってなんだよ、一応って。めちゃめちゃ好きだっつーの。ナメんなこんにゃろう」
「じゃあ、少しは大事に思ってるよなァ?」
「ったりめーだろ。なに、なんなの、今日のおめーは乙女モードか。「私のことどー思ってるの?」ってやつか」
それはさすがにキャラ違いすぎじゃね?などと銀時が訝しげに眉根を寄せる。おちょくるような言葉は無視し、銀時の返答に土方はうんうん、とうなずいた。
当たり前――つまり、大事に思ってくれている、という訳だ。
取った言質を脳裏で反芻し――
「…ったらこんな足腰にくるまでやんじゃねーよ!途中でヤメロって何度も言っただろうが、あァ!?」
土方は憤慨をぶちまけた。
突然の剣幕に銀時が驚いたように目を丸くする。その鼻先に、再びびしりと指を突きつけた。
「今日が非番だからまだいいものの、ハッキリ言ってこんなんじゃ仕事になんねーんだよ!!」
「…非番だってわかってやったに決まってんじゃねーか」
「あァ?」
土方の非難に、銀時がボソボソと言い訳がましくこぼす。カチンときて思い切り凄めば、銀時はばつが悪そうに視線を泳がせた。
その姿をフン、と鼻で笑い、土方は一方的に告げた。
「ってワケで、当分セックスレスでお願いします」
「いやソレ、お願いしてるって態度じゃねーよ…。めっちゃ上からだよ…」
「それともアレか。やれねーんだったら意味ねェってか?」
うつむき加減になった銀時を覗き込むようにして、わざと意地悪く問いかける。
そんな訳はないと知っていての問いは、いわば土方の目論見を通すための手だ。
もっとも、これで応などという返答をよこしやがったら本気で殺してやるが――そんな物騒な決意を固めながら答えを待っていたら、唐突に銀髪が動いた。次の瞬間にはゴツ、と額に衝撃が走る。――頭突きしやがったのだ、腐れ天パが。
「ってェなテメー!!いきなりなにしやがんだ!」
「――当分、っていつまでだコノヤロー」
土方の怒声に返ってきたのは意外なまでに覇気のない声だった。てっきり怒ったとばかり思ったのだが、見れば銀時は眉を下げた情けない顔をしている。
拗ねたように口を尖らせてはいるものの、上目で土方を見やるその表情は叱られた子供のようにしゅんとしていて、土方は自分が酷く無体なことを強いているような気になった。――常に無体を働くのは銀時の方だというのに。
「…当分は――当分だ」
「未定かよ」
憮然とながらも、銀時は渋々といった態で「わかった」とうなずいた。
次いで、あーあ、とわざとらしく落とされたため息が、なんだかつきりと胸に刺さった。
* * *
そんな遣り取りから大分経った日、土方は自室で煙草をくゆらせながら、割り切れない気分を持て余していた。
このところ、仕事を終えてひと息つくと、いつもそうだ。仕事から切り替わった思考に、知らず眉根が寄る。
脳裏を銀色がちらつくたびに、訳のわからないもやもやとした感情が渦巻き、気持ちが落ち着かなくなる。その感情の正体も、そしてその感情が生じた理由もわからなくて、土方は苛々と煙草を揉み消した。
土方が自分で望み、言い出したことだ。それを無理矢理銀時に押しつけ、渋々の態で従わせている。
おかげで体調は万全で、仕事だって順調にこなせている――望んだとおりに。
だというのに、何故こんなにも気持ちが晴れないのか。それが自分自身でもわからなくて、よけいにもやもやする。
否、わからないというなら、銀時との関係で心乱しているこの現状自体がまず、わからないのだろう。
だって、あり得ないのだ。自分が男と関係を持っている、など。
女とだって、色恋自体避けていた。ミツバとのことがあったから、というのもあるが、それ以上に土方の選んだ道故に、という方が大きい。
仕事を――真選組を護るとそう決めている。それを最優先にする土方が、相手を幸せにしてやれるとは思えなかった。おまけに、土方の恋人あるいは伴侶だと知られたら、それが原因で相手が危険な目に遭うかもしれない。だから、特定の相手など作らずにいた。
だというのに、伸ばされた手を、取ってしまった。
それが自分でも不可解なことだし、そしてその手を伸ばした相手が万事屋――銀時だということがまた、よくよく考えると不思議で仕方ない。それより以前が以前だっただけに、尚さらだ。
出会いは最悪の部類だろう。桂たち攘夷志士と一緒に居た銀時に斬りかかったのだ。
そんな物騒な遭遇以降、生じた腐れ縁から何度となく顔を合わせることになったのだが、土方は当初、銀時を胡散臭い男だと怪しんでいた。
銀時は腹の読めない男――否、読ませない男だった。少なくとも土方はそう思っていた。それがまたぞろ土方の不信感を煽ったのだ。
けれど、胡散臭いだけだと思っていた銀時のなかに真っ直ぐな魂を見たときから、土方のなかで何かが変わっていったのだろう――いつからか銀時に対して好感を抱いていた。それが恋情へと育っていったのは、さほど時間がかからなかったように思う。
そして、いつのまにか生じていた感情を土方が自覚したころ、気づいたことがある。
銀時が、誰にでも手を差し伸べ、他の誰かの大切なものを必死に護ろうとするくせに、自ら望んで抱え込もうとはしない、そんな男だということを。
そんな姿から、何に対しても執着がないのか、とうら哀しく思った。
胸が痛んだりもしたのだが、けれどどこかでホッとしていた気もする。
銀時が好きなのだと自覚しても、土方にはどうこうしたい、という欲はなかった。誰かとわりない仲になるつもりなどないのだ。
だから――執着心のない銀時相手に、最初から望みなどあり得る訳がない、とわかっていたからこそ、密かに恋情を抱いていられた。
そんなある意味不毛な状況を掻き乱し壊したのは、銀時だった。
――おめーのこと好きなんだけど。
ある日、ぶっきらぼうな口調でそう土方に告げたのだ。
好きだ、と――密かに想っていた相手から同じ感情を返されて、嬉しくない訳がない。土方とて、その言葉にどうしようもなく心が喜んだのだ。けれど、そのとき歓喜と一緒に胸中に生じたのは、絶望にも似た悲嘆で、土方はいっそ口惜しくすら思った。
報われなくてよかったのだ。想いが通わなくても、ただ銀時を密やかに想っていられれば、それでよかった。なのに何故、土方を好きだなどと言うのか――八つ当たりのようにそんなことを思った。
かつて心から惚れた女を捨ててまで、今の道を選んだ。そんな土方が誰かを――銀時を選ぶなど、あっていい訳がない。
だから一度は断ったのだ。土方の両手は既に真選組で一杯なのだと――他に護るものを抱える余地はないのだと、そう銀時の想いを切り捨てた。
けれど銀時は諦めてくれなかった。護られる気も、抱えてもらうつもりもない――彼女のときとは違うだろ、とそんなことを言った。大切なものを護る土方の、その邪魔をするつもりもない、とも。
ミツバとのことも――彼女を遠ざけた理由も知っていて、銀時は手を伸ばしたのだ。それを知ると、逃げ道を全て塞がれた思いがした。
――だからあとは、好きか嫌いか、しかなくね?
そんでおめーも俺のこと好きだろ?、などと断言され、違うと嘘をつくこともできずに、そうして――伸ばされた手を、土方は取ったのだ。
とはいえ、ふたり同じ想いを重ねていても、それぞれ互いの優先順位は低かった。だからこそ、土方は銀時と付き合うことができたのだ。
真選組よりも――仕事よりも優先させることはない。そんな相手を今さら作ることも、関係が原因で仕事に支障をきたすことも、誰より自分自身が一番許せないのだ。もし真選組とこの関係の比率が動き、銀時の方に傾いてしまったら、土方は全てを断ち切るつもりだった。
それ故、当分やらない、などと銀時に告げ、無理矢理呑ませた。それは、この関係を終わらせたくないからだ。
だから、何事もなく仕事をこなし、銀時との関係も順調――一見は、だが――なこの現状はとても喜ばしいことなのだ。
そのはずなのに――やはり土方の心は晴れずにいた。
(12/10/14)
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