かくも愛しき 02



そうして土方のセックスレス宣言からふた月近くが経ったその日、土方は朝早くから万事屋へと向かっていた。

今日は銀時の誕生日――にされた日だ、と本人は言うが――だ。

夕方には万事屋の従業員たちやその姉、そして大家のバアさんたちがパーティを開くのだという。せめてそれまでの時間を一緒に過ごしたい、と銀時が常になく神妙な面持ちで求めたものだから、土方はほだされてしまった。半ば無理矢理休みをもぎ取ったのだ。仕事最優先の土方にしたら、これ以上ないくらいの――そしてこれが精一杯の譲歩だった。

ただ、銀時の誕生日を休みにする分、前日までにこなさなければならない仕事が増えるため、どうしても当日の朝にしか訪ねて行けない。土方がそう告げると、それでもいい、と銀時は嬉しそうに笑った。

その笑みに、土方は丁度いいのかもしれない――そんなことを思った。誕生日だから、なんてベタすぎるが、銀時が望むのならセックスレスを解くに、丁度いいだろう、と。

そんなことを考えながら辿り着いた万事屋の階段を登ろうとしたとき、上階からガラリと戸が開く音がした。

「うっさいネ、死にかけミイラ男はおとなしく死にかけてればいいアル。ケーキは私の物アルヨ!」

降ってきたのは万事屋の従業員であるチャイナ娘――神楽の怒ったような声だった。それに何事かを返す声も聞こえたが、すぐにバンと閉められた戸によって遮られる。

死にかけ?、と土方が茫然としていると、足音も荒く階段を下りてきた神楽とかち合った。土方を見て大きく見開かれた目が次いで眇められる。

「…なんだヨ、チンピラ警察がなんの用アルか」
「オイ、死にかけって――」

喧嘩腰な神楽の口調に構ってられないほど、土方は内心動揺していた。上手く頭が回らないまま訊ねると、神楽がむう、と顔をしかめる。泣き出しそうな、そんな顔で「浮かれてたからアルヨ」とぽつりとこぼす。

「銀ちゃん、昨日の仕事でヘマしたアル。お腹斬られてパックリいったネ」
「あ?腹斬られた奴が、なんで家に居んだよ。病院入ってろよ」
「ムリヤリ出てきたアルヨ、あの天パ」
「は!?なん――」

何故、と驚愕もあらわに質そうとした言葉は、少女の真っ直ぐで深い眼に射抜かれ、喉許で止まってしまった。

「――知らねーヨ」

知らない、などと言いながらも、神楽のその双眸は言外に「お前だろ」と告げている。

「…だから、パーリィは延期決定アル。ケーキは私たちで食べるアルヨ。銀ちゃんの分なんか残んないネ。だから、お前が新しいの買ってやればいいアル」

そんなことを言うと、神楽は茫然と立ち尽くす土方の横をすり抜け、駆け出した。小さな背中はすぐに雑踏に紛れて消える。

小さな背中が消えた方を放心したまましばし見つめ、土方はようやくのことで階段を登った。

勝手知ったるであがった万事屋の中、約束を交わした男は奥の和室で転がっていた。胸許から腰のあたりまで、包帯がぐるぐると巻かれている。そんな姿で、現れた土方に、よォ、とばつが悪そうに片手をあげてみせた。

「…なにやってんだテメー…」

まだ頭が回らないまま、茫然と土方が呟くと、銀時はもそもそと体を起こした。どこか困ったように頭を掻き回す。

「いや、なにって…神楽に聞いたんじゃねーの?」

下で鉢合わせたんだろ、と問われ、土方は緩慢にうなずいた。

「たしかに聞いたが…」
「あ、でもべつに大したこたァねーぞ?神楽は大げさに言ったかもしんねーけど、ピンピンしてっからね?だからつきっきりで看病とか、そんなんする必要ねーから新八ん家行けっつったのによォ、あんにゃろう…」

ひとりでべらべらと連ねた銀時が、俺のケーキ…!と顔を歪める。ケーキを悔しがるような素振りだが、その実、痛みを堪えているのだろう。仰々しく包帯が巻かれ、小さく呻くその姿は、とてもじゃないが「大したことない」ようには見えない。

「…なにやってんだ…」

銀時を見下ろしながら、土方は再度呟いた。

浮かれていたから、と神楽は言った。それは、土方との今日の約束があったから、なのだろう。病院を出てきたのはその約束のためだということも、容易に察することができる。

だが、そのあたりのことが理解できても、本当に何をやってるんだ、という感想しか浮かばなかった。

何故、己の誕生日というこんな日に、死にかけているのかこの男は。

思考が働かないまま茫然と銀時を見下ろしていたら、ちょいちょい、と手で招かれた。

銀時に促されるまま、その正面で膝立ちになれば、するりと腕を回された。腰を抱き、土方の胸に顔を埋める。

胸許の銀髪をほとんど無意識に撫でながら「…やんねーぞ」釘を刺すと、銀時は小さく噴き出した。

「わーってるっつの」
「って言うワリにゃ、硬くなってきてねェか?」
「そりゃおめー、男のサガなんだからしょーがねーだろ。好きな奴抱いてたら、そりゃムラムラするに決まってんだろ。ムラムラしたらそりゃおめー、銀さんの銀さんだってギンギンさんになるっつの」
「なら離れろよ」
「もーちょいいいじゃねーか。減るもんじゃねェんだしよ」

そう言い、ほう、と落とされたため息には安堵がまじっているように感じられた。

「心臓の音って、なんか安心すんだよな」

ぽつりと銀時がこぼす。

「あと体温な、あったけーとすげェホッとする」

その存外静やかな声で唐突に銀時の過去を思い出し――思い至って土方は言葉を失った。

「…ホッとする」

生きてんだよな――まるで自分に言い聞かせるかのように落とされた小さな声が、さらに胸を衝く。

攘夷戦争に参加していたこの男は、数え切れないほどの死を見てきているのだ。きっと、土方が知る誰よりも、多く。

心臓の音、体温――それらが失われていくさまを、何度も何度も見てきたのだろう。

「…死にかけたのは俺じゃなくておめーの方だろーが」

自分が生まれた日――それが正確かどうかわからないらしいが、それでも、大切な人に生まれた日として決めてもらったというその日に、死にかけるなんて、何をしているのか。そんな目に遭っておきながら、土方との約束のために病院を抜け出し、そして何よりも土方の生を確かめて安堵している、など。

「べつに死にかけちゃいねーだろ。ちーっと怪我しただけじゃねーか」

そんなことを言いながら、銀時は土方の胸に自分の頬を押しつける。背中に回された腕にも力がこめられた。

心臓の音、体温――土方のそれらを感じているのだと、その姿からわかる。感じて――自分自身と土方の命を、実感しているのだ、この男は。

それをはっきり感じ取ると、胸が締めつけられた。堪らずに銀色の頭を掻き抱く。

「…ふざけんな死にかけの怪我人」

こぼれた声は、泣くのを堪えているかのように震えてしまった。

むしろいっそ、頑是無い子供のように泣き喚いてしまいたいほどだ。

そんな、自分でも訳のわからない不明確な感情が胸中で暴れている。悔しいのか、愛しいのか、哀しいのか――それすらも判別できないまま、ただただ心が叫んでいた。

千千に乱れた感情をどうしていいかわからずにいたら、不意にとある言葉を思い出し、土方はああ、と目を閉じた。

かなしい、は「愛しい」とも書くのだったか――。

かなしくて、いとしいと、答えに近いその言葉に感情が集約されていく。

「死にかけ死にかけって、しつけーなおめーも。こーしてピンピンしてんだろーが。つーか、俺ァ死ぬならおめーの上で腹上死、って決めてっから。こんなことで勝手に死にかけにしないでくんない?」
「黙れ死にかけバカ」

腹上死とかふざけるな、と頭を叩けば銀時は小さく笑った。その振動が体に伝わってくると、土方にも銀時の生が一層強く感じられた。生きているのだと実感し、反面、足りない――などと勝手なことを思う。

「…早く傷口塞げ、お前」
「あ?」

土方がぽつりとこぼすと、腕の中で銀髪が動いた。首を伸ばすようにして土方の顔を見上げてくる。疑問符を浮かべた表情をまっすぐに見つめた。

「気合で塞げ。今すぐやれ」
「アホか。んな一気に塞がるか」
「さっさと治せ。で、喜べ。セックスレス解除だ」

いっそ倣岸なまでに言い放つ。銀時はぽかんと口を開きっ放しの呆けた顔で、ぱちぱちと瞬いた。

「…どんな心境の変化だ、そりゃ」
「おめーが可愛いこと言うからやりたくなったんだよ」

ぺたりと腰をおろし、銀時の肩に頭を預ける。

「早くその怪我、治しやがれ」

こうして抱きしめ合うだけでなく、もっと深くで――体の奥深くでその生を感じたいと、そう思った。

もしかしたら、銀時もそうだったのだろうか。情欲から、ということも多分にあるだろうが、体を繋げることで生をより強く実感したかったのかもしれない。

そう思い至ると、銀時の無茶な媾合も許せるのだから、現金なものだと自分でも思う。

きっと、これからもこの男を仕事より優先させることなどできないだろう。それは銀時も承知で手を伸ばしたのだ。この関係が、土方の進む道の枷になってはならない――それは変わらない。

それでも――そんな制約の中、ぎりぎりまで許してしまうのだろう。この男も、この男のやること全ても。

「…っだァァァもーーー!」

くっそ!と頓狂な雄叫びをあげた銀時が、ぐいと土方の体をはがす。次の瞬間には噛みつくような勢いで口づけられた。

性急に割り入ってきた銀時の舌が、口内の感じる部分を舐めあげ、刺激していく。

「っ、ん…」

舌を吸われ、軽く噛まれるとじん、と痺れるような快感が生まれた。気持ちがよくて、頭がぼうっとしていく。

くちゅくちゅとわざと立てられる音にも、興奮した。夢中で舌を絡ませあい、陶然と快感を貪っていると、すっと銀時の手が動いた。

しゅるりと帯がほどかれる感覚で、土方は我に返った。不穏な動きを見せ始めた銀時の手をがっちり掴む。

「――オイ」
「もう治ってるー、ってことで――」

咎める土方に、銀時がふざけたことを返してくる。

「あァ?」

治ってるだァ?とその腹に手を当て睨みつけたら、銀時はひっと小さな悲鳴をあげ、「ですよねー」などと、がっくりと頭を垂らした。

やりたくない訳ではない。欲しているのはお互い様だ。だが、こんな怪我人とセックスする気にはなれない。お互いの下肢がすっかり反応しているとわかっていてもだ。

口でしてもいいが、それよりもまず、と土方は包帯の巻かれた胸許に唇を寄せた。

心臓の上――命の鼓動を刻む、その上に口づける。

「おま…ッ」

銀時が驚いたような声を出す。トトン、と跳ねた心臓の脈動が包帯越しに唇に伝わり、土方はふっと笑みをこぼした。

いとしいと、素直にそう思う。

この男が生きてたことが――生まれてきてくれたことが。そして、出会えたことが――。

そんな、今まで気にもとめなかったことのひとつひとつが、奇跡的なことに思えた。泣きたくなるようなこの感覚は、幸福感なのだろう。

何か――神だとか仏だとか、信じてもいないそれらに感謝を捧げたくなる。それほどに、物凄く幸運で幸せなことなのだ。


かなしくて、いとしいと、心が叫ぶ――そんな相手に出会えたことは。

遅刻だけど銀誕その2!銀さんおめでとうございまーす!
(12/10/14)



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