ファミリア 01
ブオン、と塊みたいな排気ガスを吐き出して、新八たちを乗せてきたバスが走り去る。小さくなるまでそれを見送ってから、新八は横に立つ銀時たちを見上げた。
新八の視線に気づいてか、銀時が地図と周囲の景色とを見比べる。
「――コレだな」
行くかー、とだるそうに言った銀時を先頭に、バス停のすぐ横から伸びている細い小径へと足を踏み入れた。
周囲は山深く、色鮮やかな緑が夏の風に揺れている。その葉擦れの音がやけにはっきりと聞こえるのは、江戸で耳にしているような喧騒がないからだろう。
すげーなんもねェな、などと銀時が隣を歩く人物に声をかける。それに対し、山ん中の温泉なんてそんなもんだろ、と返したのは、新八でも神楽でもない。ふわふわ揺れる銀髪と同じくらいの高さで、さらさらと風になびいているのは、黒く真っ直ぐな髪だ。
そのふたりの背中に、新八は奇妙な違和感を感じていた。見慣れない光景が絵空事のようで、まだこの現実について行けてないのだろう――自分でそう結論づけるものの、もやもやとしたものが胸につかえたままだった。
* * *
それは約一週間前のことだ。神楽が商店街の福引で、一等の温泉旅行を引き当てて来たのだ。それも、家族旅行用のものだったのか、四名様ご招待、という太っ腹な内容だった。
四名、ということで、最初はいつものように銀時と神楽と新八、そして新八の姉である妙の四人で行こう、という話になった。
だが、妙にその話をすると、彼女は「折角だけど…」と困ったような顔で辞退した。
どうやら勤め先の店で風邪が流行っているらしく、店の女の子たちが何人も寝込んでいるのだという。そのため、風邪もひかず元気な妙は、当分店を休めないのだそうだ。
翌日、万事屋でそのことを告げると、銀時は何やら考え込み、神楽に至ってははっきりとわかるほどに落胆した。
「えーーー」とソファの上でゴロゴロ転がりながら、駄々をこねだす始末だ。
「アネゴ行けないなんてつまんないアルー。新八ィ、お前アネゴと代われヨ」
「なんでだよ!ていうか、そしたら僕が行けなくなるんだけど!?アレ、それでも構わないってこと!?僕行けなくても全然構わないってこと!?」
「おー、よくわかってるじゃねーか、ちょっとだけ見直したアルヨ。ちょっとだけな」
「正直だなオイ!」
「新八はおいとくとして、あとひとり、どーするアル?バーさんでも誘うアルか?」
新八にとっては散々なことを言い捨てて、神楽が銀時に問い掛ける。それまで新八と神楽の遣り取りに珍しく口を挟まなかった銀時が顔をあげ、ゆるゆるとふたりの方を向いた。
「あの、よ」
だったら――と、どこか緊張した面持ちで口を開く。その表情に、一体何を言い出すんだろう、と新八が知らず息を詰めると、銀時は「誘いたい奴がいんだけど」と続けた。なんだ、と思わず拍子抜けしてしまう。
「なんだ、そんなことですか…。いったい誰です?」
そう問いながらも、長谷川か桂あたりを誘うのだろうと新八は思っていた。
だから、銀時が物凄く言いにくそうにしながら、ようやくのことで「…ひじかた」と口にしても、一瞬、誰のことなのかわからなかった。
「ああ、ひじかたさんですか…。――って、え?土方さん!?土方さんって、あの土方さん!?真選組の!?え、どうしてです!?そんな仲良かったですっけ!?」
新八が知る限り、土方、という名の人物などひとりしか居ない。
だがその人物は、こんな状況で誘いたい――などと、銀時が名を出すには、とても不適当な相手だ。仲が良いどころか、むしろ反対だろう。彼らが犬猿の仲だと思っているのは、新八だけではないはずだ。
新八が驚愕もあらわに騒ぎたてると、銀時はばつの悪そうな顔でがしがしと頭を掻いた。
「いや…その――、な」
「そんな仲だからアルヨー、新八ィ」
口ごもる銀時に代わって神楽が返答をよこす。その声に、は!?、と新八はもちろん、銀時までもが驚いた。
「そんな、仲…?」
「え、ちょ、神楽!?おま、知ってたってか!?マジで知ってたってか!?」
「当たり前ネ。なんべん私が新八ん家泊まれ、って追い払われたと思ってるアルか」
確かにここ数ヶ月、神楽が志村家に泊まりに来る頻度が上がっている。そしてそれは、銀時が誰かを家に――しかも夜に招いているからで、つまりはそういう相手ができたのだろうと新八も察していた。
そう、察してはいたのだ。だが、まさかそれが銀時と犬猿の仲――だと、今の今まで思っていた土方だったとは、想像だにしなかった。その上、旅行に誘いたい――ひいては新八や神楽に対して「そういう相手」だと告げるような真似をするだなんて。
呆然とする新八の前で、銀時は悪あがきのように「いや、でもさ」などと神楽に言い募ろうとするが、少女のしらっとした目が冷ややかになるばかりだった。
「新八ん家泊まって帰ってくると、家の中ニコチン臭いアル。これで決定打ネ、ファイナルアンサーヨ」
「マジでか!ファブってたんだけど!?めっちゃ念入りにファブってたんだけど、臭いしたってか!?」
「してたアル。ごっさしてたアル。夜兎の嗅覚なめんじゃねーぞ」
「夜兎怖ェェェェェ!!つーか神楽が怖ェェェェェ!!」
銀時が盛大に喚きながら頭を抱えてしゃがみ込む。
夜兎の嗅覚が怖いのか、子供とはいえ女は怖い、なのかはわからないが、確かに新八もちょっと怖いと思った。銀時にほんの少しだけ同情する。
その銀時はひとしきり喚いてみせると、諦めたのか腹を括ったのか、深々とため息をついた。
「…いや、まァ、うん。おめーらにもそのうち話そうと思ってたしな…」
そんな前置きをして、銀時は土方といわゆる「そういうお付き合い」をしている、と告げた。だから、この温泉旅行に誘いたいのだ、とも。
「べつに、おめーらに見せつけようってんでも、認めて欲しいってワケでもねーけどよ。さすがにおめーらにまで隠しとくのはメンド臭ェっつーか…」
銀時にしては珍しく歯切れが悪い。表情もどこか気遣わしげで、見慣れないそんな姿に新八までもがなんだか心許なくなってくる。
「だから、まァ…おめーらがアイツ居ても気にしねェってんなら、よ…」
言いよどむように語尾が消えてしまい、新八は思わず神楽と顔を見合わせた。
一瞬眉根を寄せた神楽が、次いでいつもどおりの飄々とした顔で「べつにいいアルヨ」とうなずく。それに続くように、新八もまた首を縦に振った。
「…僕も構いませんが…」
「でも私たちの前でイチャイチャしやがったらぶっ飛ばすから覚悟しろよコノヤロー」
そんな遣り取りがあって土方を誘うことになったのだが、新八は正直彼がこの旅行に来られるとは思っていなかった。
なにせ相手は武装警察真選組の副長だ。妙以上に忙しい人だということは、本人に聞くまでもなくわかっている。
その土方が休みを取れるとも、こんな旅行などのために休みを取るとも思わなかったのだ。
だが、土方は銀時の誘いを受け入れた――らしい。
翌日、これまた言いにくそうに銀時が告げてきた。
そうして本日、四人揃ってこうして宿へと連れ立っているのだった。
* * *
前を行くふたりの背中をぼんやり眺めながら、新八は今朝の様子を思い出していた。
今はふたりとも、なんでもないような顔で他愛もない会話をしているが、今朝早く万事屋で落ち合った土方は、どこか思い詰めたような硬い表情をしていた。先日見た銀時のようだ、と思えば、その銀時もまた強ばった顔をしていて、新八はなんだか落ち着かない気持ちになったのを覚えている。
例えるなら、ふたりともなにかの宣告を待っているかのような、そんな表情だった。
だからこそ、普段と変わらない態度で「早く行こうヨ!温泉温泉キャホー!!」とふたりに声をかけた神楽に救われた思いだった。
銀時と土方もそうだったのだろう。
「おー、行くかー」と銀時はいつものように気のない声を出したが、その一瞬前、土方と視線を交わし、ふたり揃って小さく安堵の息をついていたのが見えたのだ。
もしかしてふたりは、新八と神楽の反応を窺っていたのだろうか、と今になって思う。そして、その推測もまた、どこか居心地の悪さを覚えるものだった。
実はフォローの人である土方はともかくとして、銀時が自分たちの顔色を窺うような、そんな素振りを見せるなど、不気味だとしか言いようがない。おまけに、事は銀時の色恋に関してなのだから、新八たちの感情など気に掛けなくてもいいだろうに、とも思う。
そう、銀時の恋路なのだ――前を歩くふたりに改めて意識するが、やはり新八には絵空事のように感じられる。
――なんでこのふたりなんだろう。
それが新八には不思議だった。
このふたりに関しては、とにかく仲が悪い――という認識しかなかったのだ。町なかで顔を合わせても、巻き込まれた何かしらの騒動で偶然鉢合わせても、いつだって喧嘩腰な遣り取りばかりしていたはずだ。
それが、いつのまにそんな関係へと発展させていたのか――それが不思議で仕方がない。
銀時も土方も、大人の男だ。ダメな、とか、バカな、とか頭に付けたくもなるが、ふたりとも、歴とした男だ。土方など、以前近藤が「真選組一のモテ男」と言っていたように、女性からモテまくっているのも知っている。
そんな人が銀時と――と思うと、どうにも現実味が湧かない。
大体、銀時だって意外と女性にモテているのだ。ときおり爛れた女性関係をにおわせるようなことを口にしていたことからも、銀時が同性に対してのみ恋愛感情を抱くという性質とは思えない。その点では土方もそうだろう。沖田の姉とのことを、はっきりとではないが山崎から聞き及んでいる。
そんなふたりが何故、お互いを選んだのか――。
そんなことを考えながら小径を進み、橋をひとつ越えたところで、ようやく旅館が見えてきた。
* * *
その宿はさほど大きくもなく、建てられてから結構な年月が経っているだろうと思われた。そこには古さというより、寂の趣を感じる。
カラリと玄関の戸を開けると、宿の中はしんと静まり返っていた。入ってすぐ正面にある帳場にも、人の姿はない。
今日の予約を入れた際、利用するバスの時間も伝えていたのだけど、と無人の屋内に新八が首をかしげていると、オイ、と銀時と神楽にせっつかれた。見れば、やれ、とばかりに顎で指図される。
「すみませーん!」
僕かよ、と思いながらも仕方なしに大声を張り上げると、奥の方でガタン、と大きな音がした。何事かと目を丸くしているあいだもガタガタと何やら物音が続く。
ややして、バタバタと足音も荒く駆けて来たのは、パッと見、どこのチンピラだ、と言いたくなるような風体の男だった。顔付きも恐ろしげで、新八などは思わずビビってしまったほどだ。
そんな新八と、平然としている銀時たちに、男ががばりと頭を下げる。
「す、すみません、もうお着きになったとは…えーと、四名でお越しの坂田様、ですね?」
「え、あ、はい」
なんだかファミレスで待たされたときみたいな奇妙な応対だな、と思いながらも新八がうなずくと、男は引きつった笑顔で新八たちを順に見やり――その視線が土方に移ると、ハッとわずかに目を見開いた。途端、男がうつむき加減になる。
そんな態度に訝しく眉をひそめていると、男は「どうぞこちらへ」とさっさと歩き出した。慌てて履物を脱いでその背中を追うが、男は新八たちを待つ素振りもない。おまけに「こちらです」と部屋へ案内すると、そそくさと去ってしまうという有り様だった。
男の不審な挙動に内心首をひねりながらも部屋にあがり、ぐるりと室内を見回す。
通された部屋は、ごく普通の客室だった。十帖ほどの和室に、ゆったりとしたスペースの広縁がついている。
腰をおろしホッと息を落とすと、温泉に来たのだ、という実感が移動の疲れを伴って湧いて――やはり変だ、という思考に落ち着く。
「――なんだか、様子が変ですよね」
座卓を挟んで向かいに座った銀時へと声をかけるが、返ってきたのは、んー、という気のない声だった。
その反応に目許を引きつらせる新八をよそに、銀時は卓上に置かれていた菓子を頬張りながら「そーいや」と隣に座る土方へと視線を向ける。
「なんかおめーのこと知ってるっぽかったけど、知り合い?」
「いや、見たこともねェ」
「ふーん。ま、おめー面割れてっからなァ、一方的に知られてんのかもな」
「そんなとこだろ」
銀時と土方が、そう言葉を交わしながらちらりと視線を交わす。そこには色事を思わせるような熱はなく、そのことに新八は何故かホッとした。
内心胸を撫で下ろしていたら、「どーしたネ」と広縁から外の景色を眺めていた神楽が振り返った。
「あやしーアルか?この温泉」
「いや、べつにそーいうワケじゃあ――」
「なら」
そういう訳ではない、と言いかけた新八を遮り、神楽がにんまりと笑う。え? と思う間もなく、駆けて来た神楽に腕をがっしと掴まれた。
「探検するしかないアルな!!行くぜ、ぱっつぁん!」
「え、ちょ、神楽ちゃん!?」
「あとは若いふたりに任せて邪魔者は退散するアル〜」
からかうようにそう言うと、神楽は新八の手を引いて、部屋を飛び出した。
背中に銀時の「オイ、おめーら!?」と驚いたような声がぶつかったが、神楽は軽やかに笑うだけで取り合わない。
半ば――というかほとんど神楽に引きずられるようにして、建物中を駆け回る。ついには宿まで飛び出してしまい、新八は慌てて声を張り上げた。
「ちょっと神楽ちゃん、探検ってどこまで行くのォォォ!!」
「そんなもん決めてないアル」
「なら止まれェェェ!まずいいから止まれェェェ!」
声の限りに新八が叫ぶと、あいよ、とようやく神楽の足が止まり手を放される。
あまりにも急停止すぎて、新八の体は前方に吹っ飛ばされた。悲鳴をあげながら転がり、壁に激突する。
「ったァ…」
傷む体をさすりながら周囲を確認すると、どうやら宿の裏手らしい。てっきり激突したのは塀かと思ったのだが、それは小屋の壁面だった。恐らく宿の物置小屋なのだろう。
「…で?なんか怪しそうなのあった?」
とてとてと歩いてきた神楽にそう訊ねると、は?と神楽が小首をかしげる。
「怪しそーなのって、なんのことアルか?」
「オォイ!探検って言ったの誰!?って言うか探検って――」
新八が喚いたそのとき、がたん、と小屋の中から小さな物音が聞こえた。
何事かと口をつぐみ耳を澄ませば、かすかに呻き声らしき音も聞こえてくる。
「――神楽ちゃん!」
「行くぜ、ぱっつぁん!」
頼もしく言い放ち、神楽が小屋の戸を開ける。新八も後を追い、薄暗い中に足を踏み入れた。
(12/08/12)
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