ファミリア 02


そこはやはり物置として使われていたようで、大小さまざまな箱やら行李やらが雑多に置かれている。否、まるでそこに投げ捨てられたかのようだった。

「…こっちアルな」

物音を頼りに、神楽がぽいぽいと物を放り投げ、奥へと進む。すると、入口からは物に隠れて見えなかった人影が現れ、神楽も新八も驚いた。

それは、縄で縛られ猿轡を噛まされた人たちだった。そんな姿で、五、六人ほどが床にうずくまるように転がり、新八たちを見上げている。

「大丈夫ですか!?」

障害になっている箱を乗り越え、新八は一番手前にいた女性に駆け寄った。

女性は青ざめた顔でうなずいたが、次の瞬間、

「んーー!!」

大きく目を見開いた。
恐怖に満ちたその視線は、新八の後ろに向けられている。

バッと新八が後ろを振り返るのと、おやおや、などと笑い含んだ声が届いたのは同時だった。

「お客さーん、困りますねェ勝手にこんなトコ入られちゃァ」

そう言い、ゾッとするような笑みを浮かべているのは、新八たちを案内した男だ。
他にもふたりほどの男がいて、そのうちのひとりは、あろうことか神楽を捕らえている。

「神楽ちゃん!?」

なんで、と新八は驚愕した。神楽なら、この程度の連中など余裕で撃退できるだろう。
なのに神楽は「あーれー」などと棒読みの如く感情が篭っていない声をあげるだけで、抵抗ひとつしない。

「たーすけーてアールヨー」
「ちょっとォォォ!こんなときになにふざけてんのォォォ!?」

新八が叫び、駆け寄ろうとすると、「動くな!」と男から脅された。歯噛みしているうちに、新八もまた男たちに捕らえられる。

神楽とそれぞれ縄で縛り上げられ、女性たち同様、床に転がされた。

「このガキどもどうする?バラしちまうか?」

男のひとりが新八と神楽を見下ろし、物騒なことを口にする。それを、いや、ととどめたのは、新八たちを案内した男だった。

「もう少し待て。人質に使えるかもしれねェ」

そんなことを言い、男たちは小屋をあとにした。ご丁寧にも、神楽が避けた障害物を再び元に戻して行く、という周到さだった。

男たちの気配が遠くなるのを待ち、神楽が女性に近づく。「ちょっと我慢ヨ」と言うなり、彼女の猿轡をぶちりと歯で噛み切った。

「オイ、お前たちココでなにしてるネ。さっきの野郎ども、何者アルか」

神楽が問うと、深呼吸を繰り返していた女性は、実は――と口を開いた。

「私はこの宿で女将をしております。こちらは板長の主人と、番頭の――」

女性――女将が言うには、ここに閉じ込められているのはこの宿の人たちで、先ほどの男たちは未明に宿へ押し入ってきた強盗だった。

宿中の金品を漁り、さらには板場の食材を食い散らした男たちによって、いよいよ始末されそうになっていたところに新八たちが到着したため、慌てた男たちがこの小屋へと押し込めたのだという。

到着したときに聞こえた物音の正体がわかり、納得する。
その一方で、女将の言葉に新八は段々と不安になっていった。

土方を見て驚いていた男が、実は宿に押し入った強盗で、その男は新八と神楽を「人質」と言っていた。

それは、銀時と土方に対しての人質、という意味だ。
恐らく銀時が言っていたように、男は土方を見て真選組の副長だと気づいたのだろう。

あの男たちが銀時や土方に害をなそうをしたところで、まず間違いなく返り討ちにあうだろう、と容易に想像がつく。だが、もし新八たちを盾に取られたら――そう考えると、一抹の不安が拭いきれなかった。

新八がひとり青くなっていると、その様子に気づいたらしい神楽が「新八ィ」と声をかけてきた。

「銀ちゃんとマヨラなら心配ないネ。アイツらならあんな雑魚ども秒殺アル」
「でも、僕らを人質に取られたら、銀さんたち不利じゃない?」
「そんなモンでおとなしくするよーなタマじゃねーだろ」
「…そう言えば、なんでおとなしく捕まったのさ。神楽ちゃんこそ、そんなタマじゃねーだろ」
「かよわい女の子に向かってなに言うアルか、このメガネ」
「かよわくねーよ!全ッ然かよわくねーよアンタ!むしろ最強だよアンタ!」

思わずツッコミを入れたら、神楽の足が飛んできた。脛をしたたか蹴られて、息が止まる。

やっぱり全然かよわくない、と恨みがましく思いながら新八が痛みに呻いていると、ケ、と吐き捨てた神楽がややしてため息をついた。

「…サービスアルヨ」

ぽつりと落とされた声はどこか弱々しくて、新八は目を丸くした。新八の顔を見、神楽が眉を下げて笑う。

「…新八、前言ってただろ?アネゴが心底惚れて連れて来たんなら、誰だっていい、って。アネゴが幸せになれるなら、それでいい、って。それ、ちょっとわかったアルヨ」
「…神楽ちゃん?」

確かに神楽の言った言葉は、新八自身も覚えている。
だが、それがどうしておとなしく捕まったことと、サービス、などという言葉に繋がるのかがわからない。

新八が困惑に眉根を寄せると、神楽は「ホントはちょっと嫌だったアルヨ」とぼそぼそと続けた。

「きっと、マヨラじゃなくても嫌だったヨ」

マヨラ、のひと言で、ようやくなんのことかが知れた。
ぱちりと目をしばたたかせる新八に、神楽がうん、とうなずいてみせる。

「銀ちゃんはみんなの銀ちゃんアル、万事屋の――私たちの銀ちゃんアル。ずっと、そう思ってたネ。だから嫌だったアルヨ」

その気持ちは、新八にも理解できた。

なんだか自分たちが蚊帳の外に追いやられたようで――置いてけぼりにされように思えて、どこか淋しかった。面白くなかった――嫌だった。

ああそうか、と新八はようやくそこで、自分の感情を理解した。

銀時と土方、そのふたりの姿に感じていた、もやもやとした感情は、やきもちだ。それも、蔑ろにされたようで面白くない、などという子供じみたものだ。

自分たちを窺うような素振りを見せる銀時たちに、居心地の悪さを感じていたのも事実だが、それ以上にそんな我が儘な感情を抱いていた。

己の内にあった複雑な思いを確認し、新八は情けなく眉を下げる。
すると神楽は、でも――と淋しげな笑みを浮かべた。

「あんな銀ちゃん見るのは、もっと嫌だったアル。情けねーツラしやがって、あのマダオ」

可愛くないことを言いながらも、神楽の姿はどこか辛そうだった。
神楽もまた新八と同じく、複雑な感情を抱き、そんな自分を情けなく思ったのだろうか。そう察し、新八は素直にうん、と同意した。

「…不気味だよね、銀さんが僕らの顔色見るなんてさ」
「槍降らないのがおかしいくらいアル」

言うと、神楽はフン、と鼻を鳴らした。

「だから、ちょっとだけサービスタイムくれてやったネ。ふたりっきりでしっぽりやればいいアル」

意味をわかっているのかいないのか、いつもの調子でそんなことを言う少女にハハ、と頬を引きつらせて苦笑しながら、でも、と新八は頭上を見上げた。

夏至を過ぎたとはいえ、まだ日は長い。山の向こうに太陽が沈んでも、空が明るさを残しているのは、天井近くの高窓から見える色でわかった。
だが、既に夕刻を過ぎていることだろう。

「…さすがに心配してるんじゃない…?」

この小屋に閉じ込められてから、もうかなりな時間が経っている。

新八がそう言うと、神楽はこてりと小首をかしげた。

「そろそろ一発くらい終わってるアルか?」
「オイぃぃぃ!やめて!そーいう生々しいこと言うのやめて神楽ちゃん!!大体どっちがどっちだよ!!」
「そんなもん――」
「やめろォォォ!言っちゃったけど訊いたワケじゃないから!言っちゃったけど答えるのやめて!!ホントマジ勘弁してくださいごめんなさい!!」

縛られたまま、新八が地面に額をつけんばかりに頼み込むと、神楽のしらっとした目が向けられる。

「これだからメガネはダメアル。このダメガネが」

メガネ関係ねーだろ!と喚く新八をよそに、神楽は「えいや!」と可愛らしい掛け声をあげた。と同時に、彼女を拘束していた縄がいとも容易くぶちりと切れる。

新八が唖然として見やるなか、神楽は楽々と新八や女将たちの縄を引きちぎっていった。

やっぱり全然かよわくなどない――否、かよわくない神楽だからこそいい、と新八が再認していると、きょろきょろと辺りを見回した神楽が「…面倒アルな」ぽつりと呟く。

嫌な予感に、なにが?と新八が問う間もなく、神楽の拳が女将たちの背後に繰り出され、壁をぶち抜いた。

「オイぃぃぃ!」
「物どかすの面倒アル。こっちのが手っ取り早いネ」

面倒、という理由での破壊行動に新八は青くなる。だが、当の神楽は悪びれもせずにあっさり言い放つと、自分が開けた穴をくぐって行った。

続いて外へと抜ける女将たちが、いいから、と咎めなかったのが救いだった。

新八がしんがりで全員外に出ると、空はもう暗くなりかけていた。

これからどーするネ、と神楽に問われ、新八は女将たちを見やる。

「…女将さんたちは、いったんどこかに身を隠しててください」

身を護る術もないだろう女将たちを抱えて、銀時と土方に合流するのはとても不可能に思えた。それなら、自分と神楽のふたりだけで銀時たちを捕まえる方が確実だろう。

あのふたりにかかれば、強盗団を殲滅することなど容易いはずだ。否、神楽ひとりでも容易いとは思う――。

新八がそんなことを考えていたら、不意に「オーイ」と声が聞こえた。

「チャイナー、メガネー、どこ行きやがった」

もうすぐ飯の時間だぞー、と新八と神楽を探す声は、土方のものだ。それが、小屋の反対側――入口側の方から聞こえてくる。

「よかった、これでもう安心ですよ!」

銀時たちを探して合流する手間が省けた、と新八は安堵した。その気配が伝わったのか、女将たちもホッと息をつく。

だが、女将たちを連れ、小屋を回って入口側に行こうとした新八を、シッ、と神楽の小さな手が制した。

「…待つアル」

常になく真面目な声で押しとどめると、神楽は足音と気配を殺し、壁に張りつくようにして移動した。戸惑いながらもそれに倣い、新八と女将たちも息を殺して彼女の背を追う。

神楽を真似てそっと入口の方を覗いたと同時に「お待ちください」と聞きなれない男の声がして、新八は思わず飛び上がりそうになった。

だがその声は、新八に向けられたものではない。

覗き見た先、ガラの悪そうな男たちに囲まれているのは、土方だった。

「お客様、こちらは従業員以外は立ち入り禁止でして――」

そう言い、新八たちを部屋まで案内した男がずい、と足を踏み出す。その男を胡散臭げに見やり、土方は「ああ?」と煙草の煙を吐いた。

「立ち入り禁止だとか、どこにも書いちゃいなかったがな」
「でも規則は規則なんで」

言うと、男は懐から匕首を取り出し、土方に向けた。

「禁を破った代償に、アンタの首ィ取らせてもらいますよ――真選組の副長さん」

土方を取り囲んだ男たちが、全員武器を取り出す。やはり、土方が真選組副長だと気づいていたのだ。

新八がハラハラと見つめていると、男たちを見回して土方は鼻で笑った。

「やっぱり、カタギじゃねェな、てめーら」

煙草を落として足で踏み消すと、土方はギッと男たちを睨みつけた。一瞬で土方の空気がガラリと変わったのが新八にもわかる。

「――ウチのガキども、どこにやった」

怒気もあらわに土方が凄む。その言葉に、新八は胸を打たれた。

ウチの――と、土方はそう言った。

それは単に、連れ、という意味でしかないのかもしれない。

だが、それでも――嬉しかった。

神楽も同じように思ったのだろう、「なーに銀ちゃんみたいなコト言ってるアルか、アイツ」などと可愛げのないことを言いながらも、どこか照れ臭いような、そんな顔をしている。

もっとも、新八も同じような顔をしていることだろう――そんなことを思っていたら、背後から、お、と聞きなれた声がした。

「なんだ、おめーらこんなトコに居やがったのかよ…って、そちらどちら様?」

ビクリとして振り返ると、そこに居たのは銀時だった。

「銀さん!」
「銀ちゃあん!コレ、ここの女将とその愛人ネ」
「違うから!ご夫婦だから!こちらご夫婦と従業員さんだから!!」

適当なことを口にする神楽に習性としてツッコミを入れてから、新八は肝心なことを思い出した。
慌てて銀時を振り仰ぐ。

「あ、銀さん大変です!向こうで土方さんが、ひとりで強盗たちに囲まれてて…!」
「あ?土方?べつに平気じゃね?」

だが銀時の返事はいつもどおりの飄々としたもので、勢い込んだ分だけ気勢を削がれた。

へ?とポカンとする新八をよそに、銀時はひょこ、と顔を出して入口側を覗くと、やっぱな、などと独り言ちる。

「ホレ、もう終わってら」

銀時に釣られて新八も覗き込めば、確かにもう終わっていた。ひとり無傷で立つ土方の足許に、強盗たちが転がっている。

その光景を呆然と見つめていると、振り返った銀時が首をかしげた。

「つーか強盗?」
「あの、実はこの温泉に強盗が――」
「あー、メンド臭ェからそーいうことは直接お廻りさんに説明しろ。おーまわーりさーん!」

銀時は自分から訊いたくせに、新八が説明しようとするのを遮ると、面倒臭そうに頭を掻きながら土方に声をかけた。

その声に振り向いた土方が、新八たちの姿を認めて――思い切り呆れ顔になる。

「おめーら、んなトコでなにしてんだ」
「女将救出劇アルよ、神楽ちゃん大活躍アルよ!存分に褒めるがいい、トッシー!」

神楽が跳ねるように土方のもとへと駆けて行く。その勢いに若干気圧されながらも、土方は眉をひそめた。

「トッシーじゃねェよ」
「ああ、トシにゃんだったアルな」
「それも違ェ!つーか誰から聞いた!」

おめーか!?、と土方が銀時を睨みつける。
俺じゃねェって!、と銀時は慌てたようにかぶりを振った。

「トシにゃんが嫌ならトッシーで手ェ打つヨロシ」

嫌ならトシにゃんアルヨ、とにやにや笑う神楽に、土方は顔をしかめながらも、諦めたらしい。深々とため息をこぼし、神楽の頭をぽん、と叩く。

「…妙なトコでこんなのの影響受けてんじゃねーよ…」
「こんなのって、もしかしなくても俺のこと!?」

こんなの呼ばわりされた銀時が喚くのを無視して、土方は新八へと視線を向けた。その意味するところを正確に読み取り、

「えっと、実はですね――」

新八は事の仔細を説明しだした。

(12/08/12)



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