ファミリア 03
女将たちを先に宿へと戻し、強盗共に縄をかけて小屋に放り込むと、土方は屯所へと連絡を入れた。
相手は山崎だろう、宿の場所と事情を説明し、近くの番所から人を寄越すよう告げる。
通話を終えた土方に、伸びをした銀時が「これで終了?」と訊ねると、ああ、と肯定が返ってきた。
「あとは奉行所に任せる」
「ん、なら俺らも戻るかー」
温泉に来たってのにちっとも癒されねェよ、などとぼやきながら、銀時が宿の方へと歩き出す。たしかにな、と同意した土方が、その隣を歩く。
並んで歩くふたりの背中を見つめる新八のなかには、もうもやもやとした感情はなかった。
今なら手をつながれても、呆れはするかもしれないが動じることはないだろう、とすら思う。
そして。
――あれ?
唐突に、ふたりが手をつなぐどころか、新八たちの前では接触すらしていないことに気づいた。
今も銀時と土方は、ただ並んで歩きながら言葉を交わしているだけだ。その姿は、傍から見ている分には、とても恋人同士には見えない。
けれど、ふっと垣間見えた銀時の土方を見る表情は、愛しさが滲み出ている穏やかなもので、他人の恋路だというのに新八の胸も締めつけられるようだった。
ふたりのことを認めて欲しい訳ではない、とあのとき銀時はそう言った。
表面上はどうあれ、認めて欲しくない訳はないだろう、と思う。
だが、もしかしてそのときの銀時は、知って欲しかっただけなのかもしれない――新八はふと思った。
男同士ということも相俟って、大っぴらにはできない関係だろう。心無い連中にだったら、どんなことを言われるか、知れたものではない。
それでも――新八たちには知っておいて欲しかったのではないだろうか。
自分たちのことを、自分たち以外の者に――間違いなく惚れ合い、付き合っているのだと。
そう考えると、そのささやかな願いが、なんだかとても遣る瀬無く思えた。
大声で言いふらして認めさせればいいだろう、と癇癪を起こしたくなるような、泣き喚きたくなるようなもどかしさを覚える。
――だって、
だって、銀時と土方だ。
ずっと、犬猿の仲だと思っていたふたりなのだ。
そのふたりが恋仲にまで進むのに、どれだけの葛藤や覚悟があったのか――それは新八の推察でしかないが、すんなり行く訳がないことだけはわかる。
そして、新八たちにその仲を告げるのに、どれだけ銀時と土方が不安そうにしていたか――つい数時間前まで実際その姿を見ていたのだ。
だから。認めさせればいいだろう――そう喚く自分がいる。けれど、そうもいかない、と冷静に判じる自分もいて、新八はますます遣る瀬無くなる。
きっと簡単じゃないのだろう――未だ子供の域を出ない新八には、そんな漠然とした言葉でしか想像ができない。
けれど、大人であるふたりには、もっと現実味を帯びた問題として、様々な事象が浮かんでいるのだろう。
それがとても遣る瀬無くて、切なくなる。
簡単じゃない、とわかっていても、それでも――。
だったら――と新八は決意を噛み締めた。
ずっと覚えている。
絶対に忘れない。
そして、もし、心ひとつで――気持ちだけで護れるものがあるとしたら、このふたりのそんな秘めやかな想いを、ふたりの結びつきを、護り抜こう。
この先、誰がどんなことを言おうとも、ふたりにどんな難事が降り注ごうとも、新八だけは、絶対に。この心の全てで、護り抜く。
新八にできることなんて高が知れているけれど、それでも――決めた。
どうしてか浮かびそうになる涙を堪えながらそう心に誓っていると、不意に視線を感じた。そちらへと目を向ければ、神楽がじいっと新八を見つめている。
気恥ずかしさをごまかすように小さく笑えば、神楽もまた、ちょっとだけはにかむように笑みをこぼした。
幸せになれるなら、それでいい――その気持ちがわかった、と言った少女もきっと、新八と同じような思いを抱いているのだろう。
新八にはそう思えた。
* * *
新八の見当どおり、時刻は疾うに夕刻を過ぎていた。本当ならもう夕食の時間だろう。だが、女将たちは解放されたばかりで、食事の支度などできていない。
女将は、急いで夕餉の支度をするが、少々時間がかかるから先にゆっくり温泉につかってきてくれ、と申し訳なさそうに頭を下げた。
気にしないでくれ、と制しながらも、まだ湯に浸かっていなかったこともあり、新八たちはその勧めをありがたく受けることにした。
聞けば銀時たちもまだ温泉に入ってなかったという。何故かを問うと銀時は「こんなあやしーところでマッパになれっかよ」とあっさり答えた。
銀時も土方も、最初から怪しんでいたらしい。その上、神楽と新八が探検と称して出て行ってしまったものだから、心配して――特に土方が――余計に温泉どころではなかったのだという。
そうして男湯と女湯とにわかれて温泉を堪能した四人は、現在だらだらと部屋で転がっていた。もとい、転がっているのは銀時と神楽だけだが、だらけた空気は全員共通だった。
朝からどこか気配が硬かった土方も、浴衣姿ですっかりくつろいだ様子だ。
「…定春も連れて来たかったアルな…。一緒に温泉、入りたいアル」
伸ばした足を行儀悪くばたばたさせていた神楽が、不意にぽつりと呟いた。
気持ちはわかるが、どだい無理な話だろう――新八が困って苦笑すると、銀時も無理無理、とばかりに手を振る。
「しょーがねェだろ。あんなデカイのが入れるペット風呂なんて、あるワケ――」
「――探してみる」
銀時の声を遮ったのは土方だった。銀時がきょとんと傍らの人物を見上げる。
「…ひじかた?」
「ペット風呂はねェかもしれねーが、家族風呂付きで犬入れても許してくれるトコならあるかもしれねェだろ」
江戸に戻ったら探してみる――そう続けた土方の言葉に、がばりと起き上がった神楽の顔が輝いた。
「また皆で温泉アルな!」
それは心の底から嬉しそうな笑顔で、見ている方まで心がほんわりと温かくなる。
「今度はアネゴも来れるといいアルな!」
満開の笑みで神楽が言うと、銀時はオイオーイ、と呆れ顔になった。
「なんっか順調にコブが増えてってるんですけどォ!?」
「銀さんたちとは部屋を別にしますから、それでいいでしょう?」
非難がましい銀時に新八はにっこりと笑ってみせる。
言外に「邪魔しないからしっぽりやってろ」と含ませると、土方はもちろんのこと、銀時までぐ、と言葉に詰まった。
じわじわと顔が赤くなっていくふたりの姿に、神楽が半眼になる。
「今さらテレてんじゃねーヨ、マダオどもが」
「あ、でも今日は僕も神楽ちゃんもいますんで、勘弁してくださいね、マジで」
「あ、新八ィ、どっちがどっちか、わかったアルか?」
「いや、そこまで踏み込みたくないから僕。わかってても言わなくていいからね、神楽ちゃん」
「だからお前はダメガネなんだヨ。だから童貞なんだヨ。女のひとりもコマせないんだったら銀ちゃん見習って野郎のひとりも押し倒してコマせヨ」
「だから言うなっつってんだろォォォ!」
神楽の無遠慮な言葉がぐさぐさと突き刺さる。
新八が涙目になりながら叫ぶと、だあああ、とかいう奇声を発しながら銀時が起き上がった。
「もうやめてェェェ!土方君、初心なんだからやめてあげてェェェ!」
「うっせェ誰が初心だァァ!つーかテメー、ほんっといい加減にしろよ!?思いっきりテメーの悪影響出てんだろーがチャイナに!!」
「俺ェェェ!?矛先俺ェェェ!?ってかコイツがこうなのは最初っからで俺のせいじゃねーよ!」
「銀ちゃん私の前でも下ネタばんばん言うアル。ごっさ悪影響だろ、原因おめーだろ」
冷ややかな目で銀時を見やる神楽に、つーか、と土方が妙に真剣な顔を向けた。
「チャイナ、おめーも少しは恥じらいとか慎みとか、覚えろ。少しでいいから、マジで」
むしろ頼むから、と真顔で土方が続けると、あー、と銀時が暢気な声を神楽に投げる。
「んじゃあ丁度いいから、その辺のことは土方君に教わりなさい。コイツの恥らいっぷりマジ半端ねェから。余計煽られるだけだっつーのに、いつまでたっても恥じらいっぱなしで銀さんの銀さんが大変だから。ってかおめーら足して二で割ったら丁度いいんじゃね――」
「その前にテメーもちったァ人並み程度の慎みを身につけやがれェェェ!」
ガキどもの前でなに言ってやがんだァァ!、と土方の拳が炸裂した。
ぐげ、と銀時が畳の上に潰れると、イエーイ、と神楽の陽気な声があがる。
「トッシーやっちまえー。ボッコボコにすればいいアル」
「神楽ちゃぁぁあん!?銀さんになんか恨みでもあんのお前ェェェ!」
ぎゃあぎゃあ喚いていると、女将がやっと夕餉の支度ができたと知らせに来た。
対応した新八ごしにその騒ぎを見て、女将が思わず、といった風にころころと笑う。
その笑みに釣られ、新八も笑ってしまった。
――また皆で温泉アルな!
神楽が言ったように、また、皆で温泉に来れるといい。
今度は福引で当たったから、という理由ではなく、そう――言うなら家族旅行として。
そうして皆で来れるといい。
未だ喧しい三人を見ながら、新八はそんな未来を想像する。
それは、とても胸があたたかくなる予想図だった。
(12/08/12)
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