前ノ壱「発端」 03
銀時が捕らえた男がもたらした情報により、真選組内はにわかに騒然とした。
全てを話す――そう言ったとおり、男は知っていることを洗いざらい吐いた。
男が言うには、やはり取り逃がした儒労党の幹部は知己を頼り、他の組織と手を結んだらしい。
それに男をはじめ儒労党の残党全員が追従し、四日後に起こす大規模なテロのために、策動していたのだと。
それは、江戸中のいたる所に爆弾を仕掛けて同時に爆発させ、その混乱に乗じて幕臣を襲撃する計画なのだそうだ。そのために男たちは爆弾を作り、武器を集めていた――それは、土方が掴んだ情報とも合致している。
爆弾と武器は月島の廃倉庫に隠してある、四日後の未明に運び出す手筈になっている、と男はそう言った。
爆弾と武器の在りかを聞き出すと、その真偽や数量を確認させるため、土方は山崎と数名の隊士を月島へ向かわせた。
確認だけで、まだ手を出すに出せない状況なのは、男がその組織の名前やアジトといった、肝心なことは知らされていなかったためだ。自分たちは幹部から指示を受けているだけで、組織の人間と接触したこともないと、男は明かした。
そのため、半数以上の隊士たちは手を組んだという組織の割り出しに市中を奔走し、残りの者たちは儒労党幹部の情報を洗い直すため、資料をひっくり返している。
屯所内に満ちる、どこか緊張のまじった空気を皮膚で感じながら、銀時は近藤とともに一角の座敷に居た。この件について対策を講じる――という事由からなのだが、ひとり面子が欠けているため、やることもなくただぼうっとしている。
欠けている――この場に居ないのは、土方だ。
三人連れ立って――銀時は半ば近藤に引きずられてだが――この座敷へと移動したのだが、先ほど倉庫に到着した山崎からの一報を受けるなり、土方は席を外してしまった。
未だ燻っている感情から、土方の顔を見なくて済むのは好都合なのだが、だからといって近藤とふたりきり、というのも厳しいものがある。銀時は手持ち無沙汰なこの状況に、うんざりとため息を落とした。
ちらりと窺えば、近藤は険しい顔つきで座卓の上に広げられた地図を見つめている。釣られるように銀時もそれを見やった。
その図面上には朱墨で幾つかのバツ印がつけられている。それは、男の供述から得られた、爆弾を仕掛ける予定の場所――それでも、総数の三分の二程度だと男は言った――だ。
地図上のバッテンを辿りながら、土方に肩を斬られて以降の、男の情けない姿を思い返す。
最終的に男は、自分の役割以外のことは知らないのだ、本当だ、と涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら許しを請うた。その姿に、さっきまでの偉そうな態度はどこに行った、と呆れ返ったのは銀時だけではないだろう。
四日後の計画において、男は爆弾を設置し起爆させる役目で、他の大多数の浪士は混乱に乗じて襲撃をかける手筈になっていた。そして、万が一どちらかが駄目になったとしても、もう片方は遂行できるように――という理由から、爆弾班と襲撃班はお互い詳しい計画や内情を知らされていないらしい。
――まァ当然だろうな。
こんなことであっさりと口を割るような人間に、全てを知らせる馬鹿などいないだろう。もしくは、手を組んだという組織は、端から儒労党の残党を信用していなかったのかもしれない。使い捨ての手駒として、いいように利用しているだけなのかも。
だが――と銀時はバツ印を数えながら、眉根を寄せた。
どうにも腑に落ちない。
爆破テロと幕臣の襲撃、そのどちらとも成功したとして、国家転覆になどほど遠いだろう。
それはテロを起こす側も承知なのだろうが、たかが幕臣のひとりふたりを殺害するためだけに、これだけの箇所に爆弾を仕掛ける、という手の掛け方が、妙に引っかかる。
単に幕府に対して一石を投じたいだけなのか、あるいは――本当の狙いは別なのか。
そんなことを考えながら何度となく地図の印を目で辿り――ふと気づいた。
バッテンが描かれた箇所、そのうちの何箇所かに共通点がある。
――たしかココにゃあ…。
けれど、銀時が思い浮かべたそれは、幕府とも攘夷派とも全く関係のない、民間の建物だ。
偶然の一致か?と銀時が首をかしげていると、中座していた土方が座敷に戻って来た。
「すまねェ」
そう言い、銀時の向かいへと腰をおろす。
それに一瞥をくれ――銀時はわずかに眉をひそめた。
土方は、山崎からの一報が入ってからこっち、ずっと浮かぬ顔をしていた。今もそうだ。
不都合でも生じたのか、何かを憂えているようなそんな様子で、しきりにどこぞへと連絡を取っている。
何かを隠している、とはっきりわかる態度と表情をしているくせに、銀時や近藤に明かそうとしない土方に、銀時はまたぞろ苛立ちを覚えた。
「なんかあったのか?」
近藤も土方の様子に気づいているらしい。気遣うように仔細を問う。
だが土方はいや、と軽くかぶりを振ってみせた。
「アンタが気にすることじゃねェよ」
言外に自分がなんとかする、と含ませ、土方は「山崎からの報告だが――」と切り出した。
「供述どおり、倉庫から武器と爆弾が見つかったそうだ」
煙草に火を点け、ただ――と低い声を落とす。
「例の組織に関するものは、見当たらなかったらしい。今のとこ、他の奴らからも、めぼしい情報は入ってねェ。叩くなら武器を運び出す前にそいつら押さえちまいてェとこだが…」
ため息まじりに紫煙を吐き出して語尾を濁し、土方は表情を曇らせた。
「割り出しを急がせてはいるが、難しいだろうな。おまけに、仲間のひとりが姿を消したとなったら、向こうも計画を早めるか、もしくは変更してくるだろうしな…」
「そうか…。それで、どうする?トシ」
近藤が土方に訊ねる。そのことに、銀時はカチンときた。
誰が頭なのだ――何かあるごとに土方へと諮る近藤が、無性にむかついた。
そんな腹立ちから銀時は、
「とりあえず、武器と爆弾だけでも押さえといた方がいいんじゃねーの?」
と、思わず容喙してしまった。
普段、我関せずでこの手の話し合いには口出ししなかった銀時が口を挟んだからか、近藤も土方も呆気にとられたように銀時を見やる。
ぱちりと瞬きひとつで我に返った土方が、「それァ――」と言いかけたそのとき。土方の言葉を遮るように、突然機械音が鳴りだした。
土方の携帯電話だ。
ハッとしたように制服の内ポケットを探り携帯を取り出すと、土方は近藤に目線で断りを入れ、電話に出る。
相手の声が銀時たちの方までわずかに漏れ聞こえてきたが、内容まではわからなかった。
ややして、黙って聞いていた土方が、不意にふっと気配をやわらげた。
「――そうか」
そう返した土方の声には安堵の色がまじっていた。見れば、その口許には声音同様のかすかな笑みが浮かんでいる。
「ああ、助かった。――それじゃあ、明日」
そう結び通話を終えた土方に、トシ?と近藤が首をかしげてみせる。土方はああ、とうなずき、口を開いた。
「山崎の報告によると、どうもその廃倉庫にゃガキが何人か住み着いてるらしいんだ…厄介なことにな」
ため息まじりに、土方は山崎からの報告を――ようやく――全て話し出した。
捕らえた男が武器と爆弾を隠している、と言った廃倉庫には、そこをねぐらにしている子供たちが居たのだという。
山崎が聞き出したところによると、全員が身寄りのない子供たちで、同じ境遇の子供同士、寄り集まって倉庫で暮らしていた。おまけに浪士たちの手伝いまがいのことをしては、はした金を稼いでいるようで、なかには爆弾や武器を運ぶ手伝いまでさせられてる子もいるらしい。
「子供か…」
渋い顔になった近藤とは対照的に、土方はどこかさっぱりとした表情をしている。
「ガキが金で運びを手伝ってるだけとは言え、今度のヤマにも加担してんだったら看過できねェ。踏み込むときに邪魔になるしな。それでちょっとばかり難儀してたんだが…どーにかなりそうだ」
土方のその言葉で、先ほどからどこぞへと連絡を取っていたのは、その件でのことだったのだと知れた。そして、先の電話で上手く事が運んだだろうことも。
だが、それでも土方ははっきりとは口にしない。
そのことに不満を覚え、銀時は再び口を開いた。
「どーにかって、どーすんの?」
「倉庫に近づけさせねェようにする」
「だから、どーすんのって訊いてんだけど」
苛つきを押し殺しながら銀時がしつこく問うと、土方はわずかに眉をひそめた。
いつになく食い下がる銀時の態度に、怪訝と驚き、そして不審を抱いたのだろう。警戒心丸出しの目で銀時を注視したが、ややして根負けしたようにため息を落とした。
「…倉庫をねぐらにしているガキども全員に仕事を頼んだ。明日から泊まりでな」
「仕事ォ?」
土方の回答に頓狂な声を出したのは、近藤だった。そちらにちらりと目をやり、土方がニッ、と笑む。
「――ってェ名目で、寺に押し込める。とっつぁんに縁故の寺にあたってもらって、今話がまとまったところだ」
先ほどの電話は、松平からの承引だったらしい。
「三日間、倉庫から遠ざける。その間にそっちだけでも片ァつけるぞ」
そう言った土方からは、先ほどまでの憂いを感じない。そのことからも、子供の件があったからあんなに渋い顔をしていたのだと知れる。
――なに、
正直、子供が邪魔なだけだったら、警察権力を盾に、倉庫から追い出してしまえばいいだけのことだ。
けれど土方は、その方法をとらなかった。それはきっと、そこが子供たちにとっての住処――家であり居場所だからだ。
だからきっと、骨を折って、子供たちを預けられる場所を探したのだろう。
あんな、憂色を浮かべて。
――なんだ、コイツ。
銀時は呆気にとられる思いで土方を眺めやった。
さっきは冷酷な顔で捕らえた浪士を嬲っていたくせに――と、困惑している自分がいる。否、動揺に近いのかもしれない。
そのとき抱いた感情は、未だ生々しく腹の奥底に残っている。それは、峻烈なまでの殺意と憎悪だ。その感情が生じた理由はわからないが、それでも――本気で斬ってしまいたい、と思ったのだ、そのときは。
けれど今、土方に対して抱いているのは、どちらかと言えば好感に近い感情だ。
銀時や近藤には告げずにいたことを、ひとりでカッコつけてんじゃねーよ、と苦く思いもするが、それは、ひとりで背負い込もうとする土方への、憂慮の裏返しにも似ている。
少しは頼れよ――と。
そんな自分の内に、銀時は内心狼狽えるしかなかった。
結局、子供の件以外には進展もめぼしい情報もなく、「倉庫突入の準備を整えながら、儒労党の残党が手を結んだ組織の洗い出しに注力する」という断案で座はお開きとなった。
部屋を出て行こうとする土方の背中を見ながら、銀時はまだ自分の内面がざわざわと波立っていることを感じる。
自分の感情だというのに、千千に入り乱れるそれがとても煩わしかった。
だから、
「――オイ、ゴリラ」
銀時は踏ん切りをつけるため、そう近藤に声をかけた。
(12/06/28)
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