前ノ壱「発端」 02



精々余生楽しみやがれ、などと憎まれ口をたたきながらお登勢の店を出たときには、銀時の気分は大分浮上していた。

夜まで適当にぶらぶらと時間を潰し、それからすっかり馴染みになってしまった親父の店で一杯引っかけよう――などと、鼻歌まじりに思案する。

だがそれもつかの間、数歩足を進めたところで銀時はため息を落とした。つかず離れずの距離を保ちながらついてくる背後の気配にうんざりとする。

その気配は、屯所を出たときからずっと感じていた。正体もわかっている。
それは、土方直属の監察――山崎のものだ。

監察方の中でも優秀なのだろうその地味な外見の男が、入隊直後から銀時の素性や過去を調べていることには気づいていた。

土方が銀時のことを欠片も信用していないのだから、山崎の動きも当然のことで、そのこと自体に不満を覚えてはいない。逆に、尻尾など捕まえさせるものか、とすら思う。

だが今は、こんなときにまで――と、どうしようもないほどに苛立った。

今、銀時に人手を割いている場合ではないだろうに。それほどまでに信用ならないか、と忌々しくすら思う。

脳裏に浮かんだ土方に舌打ちをして、銀時はするりと路地に足を向けた。

この一帯の土地勘は、銀時の方がある。建物と建物のあいだの細く迷路のような道を、足を速めながら何度となく曲折すれば、ものの数分でその男を撒くことができた。

背後から鬱陶しい気配が離れたことを感じ、ざまァみろ、と溜飲を下げる。

わずかにまたささくれ立った感情を持て余しながら、大きな通りに出ようと方向を変えようとしたとき、建物の陰から出てきた男とぶつかりそうになった。

「おっと」
「悪りィ」

お互い小さく口にして、男とすれ違う。
ふと男の風貌にどこかで見た顔だ、と思った瞬間、脳裏で映像がひらめき、銀時は「なァ」と声をかけていた。

「この辺にどぎついSMプレイもオッケーな店ができたって聞いたんだけど、おたく知ってる?」
「あァ?」

唐突な銀時の問いかけに、男がガラも悪く振り返る。正面から見た顔は、やはり先日写真で見た男のものだった。

――儒労党の、

儒労党の残党に間違いない、と確信して、銀時は動いた。警戒した男の右手が刀に掛けられるより早く、銀時の左手が木刀を握り、男の腹に柄頭を叩き込む。

声も立てずに男が崩れ落ちる。傍らのポリ容器を薙ぎ倒して、地面に転がった。

足許に伸びた男を見下ろし、銀時はしまった――と早くも後悔していた。
咄嗟に倒してしまったものの、さてこの男をどうするか。

銀時がげんなりしながらも途方に暮れていると、ふと先程撒いた気配が近づいてきているのを感じた。男が倒れる際に立てた音を聞きつけて来たのだろう。銀時は助かった、とホッと胸を撫でおろした。

それが傍近くに到着するのを待ち、「オーイ」と声をかける。

「そこの地味な人ー」

振り返ると、隠れていたらしい山崎が、ややして「地味な人って、酷いですよ」などとぼやきながら姿を現した。そのぼやきを無視して、倒れている男を指し示す。

「コレ、おたくの上司にあげる」

銀時はそれだけ言うと、あとは勝手にしてくれ、と踵を返した。

「え?ちょ、旦那!?」

何事ォ!?と背中に山崎の狼狽した声が投げられたが、綺麗に無視して通りへと戻った。


* * *


山崎と別れた銀時は、かぶき町をぶらりと歩いていた。

倒した男のことも真選組のことも思考の片隅に追いやり、先々で顔見知りと軽口を交し合う。

そんな他愛ないひとときに心を和ませながら、知り合いの店先を覗き込んでいたときだった。

「あ、いた!」

という声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には黒い塊に囲まれた。
見れば、真選組の制服を着た男たちが左右からがっしりと銀時の腕を掴んでいる。

これではまるで、隊士に捕まった犯人のようだ。オイオイ、と銀時の頬が引きつる。

「なにコレ。なんで俺逮捕された人みてーになってんの?俺なんかしたっけ?俺今日オフなんだよね?ただオフ満喫してるだけだよね、俺?」
「すみません、副長命令なんで、今すぐ屯所に戻ってください、副長」
「副長副長ややこしいわ!つーか俺の意思関係なし!?」
「すみません、なしの方向でお願いします」
「悪りィとか思ってねーだろ!全然思ってねーだろてめーらチクショォォォ!!」

盛大に喚いたものの、結局無理矢理パトカーに乗せられ、銀時は真選組屯所の一角――敷地の奥隅にある取調室へと連行されてしまった。

こっち、と近藤に招かれたのは監督室の方で、そこからマジックミラー越しに取調室が見えた。

室内には先ほど銀時が捕まえた浪士と、坊主頭の男――十番隊隊長の原田が、机を挟んで座っていた。他にも、記録係の隊士と、浪士の後ろで壁にもたれている土方の姿が見える。

取調室内にいるのはその四人だが、聞こえてくるのは原田の声だけだった。

脅すように荒げたかと思うと、懇々と諭すようなことを言う。そんな風に緩急をつけながら、原田は男から情報を引き出そうとしていた。

「儒労党が壊滅すりゃあ、次は別の組織、ってか。テメーらがご大層に掲げてる大義ってヤツぁ随分便利なもんだな、あ?ドコの組織だよ、そんなホイホイ鞍替えするような奴抱えてくれた、お優しいトコは」

今度は挑発なのだろう、原田がことさら嘲るように言う。浪士の眉がぴくりと跳ねあがった。

「――貴様らのような本物の戦も知らぬエセ侍が、知ったような口を利くな」

浪士が蔑むように吐き捨てる。その言葉に、監督室にいた隊士たちの顔色が、怒りで変わった。近藤だけが困ったように苦笑し、まあまあ、などと隊士たちを宥める。

その遣り取りをちらりと見て、銀時はあんなチンケな売り言葉に煽られてんじゃねーよ、と呆れながら取調室の方へと視線を戻した。

「我々はこの国を憂えてるだけだ。大儀もなにもない貴様らには、我々の大儀がわからないか?まァわからなくても無理はないか…猿以下の知性しか持ってないようだしな」
「なんだと!」

銀時が見つめる先、浪士の言葉にいきり立ったのは原田の方だった。彼以上に激しているかと思われた土方は、だが冷静な顔のまま、浪士の罵声を聞いている。

「本当のことだろうが。猿以下の頭しかねェ、おまけにあの戦を知らねェから、貴様らはそうして幕府に媚びへつらってられんだろ、エセ侍。我々は違う。この国を立て直したい、そう思って剣を振るっているんだ!この国を立て直したい――その理想が同じだからこそ共に戦い抜くことを誓った盟友を、誰が話すと思うか!」
「テメェ…!さんざぶっ壊しといてなにが立て直すだ!ふざけんじゃねェ!」
「この国を壊してるのは貴様らの方だろ!身の程を知れ、エセ侍が!」

そう男が言い放ったところで、それまでただ黙って聞いていた土方がすい、と動いた。壁から身を起こし、浪士の背後へと足を進める。

「エセ――な」

淡々と落とされた土方の声からは、感情が読み取れない。だが、だからこそそこに低温の怒りが垣間見えた気がした。

土方はすらりと刀を抜くと、浪士の肩越しに机へと突き立てた。トン、と軽い音が響く。
かすかなはずのその音が嫌に大きく聞こえ、銀時はわずかに眉をひそめた。

その途端、土方の空気ががらりと一変する。

冷たく鋭い殺気をまとい、土方はその口許に笑みを佩いた。物騒なまでに艶やかな笑みのまま、背後から浪士の耳許に顔を寄せる。

「国立て直すため、剣を振るってるって?そいつァ上等。だが、あいにく俺たちも伊達や酔狂でこいつ握っちゃいねェんだよ。命取るのも取られんのも覚悟の上でこいつ振るってんだ。だから――」

言葉を区切ると、土方は柄を握った手をすう、と下に引いた。机に刺さった切っ先を支点に動いた刃が、男の肩に当たる。

「知らぬ存ぜぬを通そうってんなら、命懸けて貫けよ。――本物なんだろ?おめーは」

そのまま土方はさらに柄を下に引いた。男の肩に刃が食い込み、血しぶきと男の悲鳴があがる。

それでも土方は表情ひとつ変えず、もっとも、と柄を握る手にさらに力をこめた。

「本物の戦だなんだ言ったところで、今のてめーはただのテロリストにすぎねェがな」

どこまでも冷ややかな目で浪士を見下ろす土方の姿に、ざわりと殺意が湧き起こった。

わかった全てを話す――と泣き叫ぶ浪士の声が響き、ふっと気が削がれたが、壁で部屋を分かたれていなければ、土方に斬りかかっていたかもしれない。それほどまでに強烈な殺意だった。

土方は男の肩から刀を抜くと、つまらなそうに血のりを払った。その顔がふいとあげられ、こちらの方を見る。

取調室からはただの鏡にしか見えないだろうに、それでも土方の視線は近藤に向けられている――ように思えた。

うん、とひとつうなずいた近藤が、「相変わらずトシは手荒だなァ」と苦笑する。その反応すら憤ろしい。

腹の奥底に峻烈な憎悪を抱えながら、銀時はマジックミラー越しに土方を睨み続けた。

(12/06/23)



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