前ノ壱「発端」 06
病室の窓から見える景色は、穏やかな昼下がりそのもので、とてものどかだ。
昼寝してーなァ、などと欠伸を噛み殺している銀時をよそに、涙まじりに咎める近藤の声が、その昼時ののどかな空気を震わせている。
受けた毒により倒れ、昏睡状態だった土方が意識を取り戻したのは、つい先ほどのことだ。だというのに、まだ顔色の優れない土方はそれでも起き上がろうとして、近藤から叱られているのだ。
窓辺にもたれながら、銀時は複雑な思いでその光景を眺めた。
この数日、意識の戻らない土方をずっと見ていた。
副長などという肩書きを与えられてはいるが、その実、捕り物以外は大して実務もできない――特に事務処理系はめっきりだ――銀時に、近藤が丁度いいと、土方についているよう任じたのだ。
昏々と眠り続ける土方の姿に、銀時は様々なことを思い返していた。
戦争のこと、真選組のこと、攘夷浪士たちのこと、土方のこと――。
そうして――自分の内側を見つめていた。
戦に身を投じていたときも、正義を掲げた覚えはなかった。今でも、そんな言葉を口にする気も、標榜する気もない。そもそも国だとかいうものを守ろうなどと、思ってすらいなかったのだ。
あの戦を経た者たちのなかに、振りかざした剣を鞘に戻せないでいる者がいることもわかる。だがそれは、銀時には関係のないことだった。好きにすればいい、と、突き放していた。
あの戦は終わったことなのだと、銀時自身はそう、割り切っていたのだ。そして、割り切っている、と、思っていて――そうではなかった、と思い知らされてしまった。
割り切れてなどいなかった。銀時もまた、あの戦を心の奥底で引きずっていたのだ。
だからこそ、どこかで土方たちを蔑んでいたのかもしれない。
銀時は己の内心、その奥底に生じていた感情を、苦々しく噛み締める。
――本物の戦を知らぬエセ侍が
数日前に捕らえた浪士の声が蘇る。その言葉に、銀時はただ呆れただけだった。
エセだとか本物だとか、そんなことを何で測るというのか、と馬鹿馬鹿しい思いで聞いていたのだが、それでも――銀時もまた、心のどこかで共鳴していたのだろう。あの戦を経験してもいないくせに、と土方たちを侮蔑していたはずだ。
だから、あのとき土方に対してあれほどまでに強烈な殺意を覚えた。
お前に何がわかるというのか――と。
けれど、
――護るため、だ
土方たちの剣は美しいほどに真っ直ぐで、そんな風に蔑んでいた己の内が、とても醜くくだらないものだと知った。否、本当は疾うにわかっていたのに、気づかぬ振りをしていたのだ。
以前、土方を斬ろうとした捕り物での一件が、それを示している。
土方の喜ぶ真似をするのが癪に障るから、向けかけた刀を押しとどめたのだと、自分の行動をそう結論づけた。だが、その瞬間にふと浮かんだのは、それだけではなかったと、今になって思う。
そもそも、斬ってやりたいと思うほどに苛立ったのは、土方が剣を振るう姿に一瞬とはいえ見惚れてしまったからではなかったか。
そんな自分自身に苛立ちが増し、八つ当たり同然に土方を斬り捨てようとした。
だが、それでもやはりこれを斬ってしまうのはもったいない――と、とどまったのだ。
ただ、感情が追いついていかなかった。だから認められなかっただけだと、今になってようやく省みることができる。
それをはっきりと自覚したのは、先日の捕り物でのことだった。
あの土方が――毒のせいもあるのだろう――子供を庇い、おとなしく男の剣戟を甘受しようとしていたのだ。それを見た瞬間、怒りで目の前が真っ赤に染まった気がした。
許せない、と思った。
志も思想もなく、大儀よりも愚かしい理由で武器を手にするような輩が、あんな真っ直ぐな剣を振るう土方を害そうだなんて、許せなかった。
意識を失った土方の姿に、酷く動揺したのを覚えている。表向きはいつものやる気ない素振りを繕っていたが、それが上手くいったかどうかもわからない。
毒の塗られた銛は土方の腕をかすっただけで、大した量を受けていなかったことと、ボーガンの射手が解毒剤を持っていたことから大事には至らなかったが、それでも、病院に着き医師の言葉を聞くまで、銀時は腹の奥底が冷えたような怖さを味わっていた。
坂田――と呼ばれ、視線を向けると、土方の枕元に座る近藤が来い来い、と手招きしている。
仕方なく、という素振りを装ってそちらに足を運ぶと、近藤が椅子から立ち上がり、代わりのように銀時を座らせた。
「俺ァこれからとっつぁんのトコに報告しに行かなきゃならねーからよ、トシのこと頼むな」
まだ動かねーよう見張っといてくれ、と鷹揚な笑顔で言う。
微捨紋党の事件は、無事解決した――らしい。
銀時が詳しくを知らないのは、倒れた土方を病院へと運んで以降、ずっと病室についているためだ。だから伝聞でしか知らないが、微捨紋党全員と例の幹部を含めた儒労党の残党全員が、討ち取られたかお縄になったらしい。
そして、微捨紋党の供述から海老巣屋の主も引っ張ることができた、と土方を見舞いに来た山崎たちが言っていた。
近藤はその件で松平の許へ報告にあがるのだろう。
名残惜しそうにドアへと向かう背中を、見るともなしに眺めていると「あ」と何かを思い出したかのように近藤が振り返った。
「トシ、坂田に礼言っとけよー。解毒剤見つけたのも、倒れたお前運んだのも坂田だから」
言わなくてもいいことをあっさりとバラし、近藤は病室をあとにした。病室内に気まずい沈黙が残される。
あのゴリラあとで半殺す――銀時が決意を固めていると、土方が身じろぎした。緩慢な動作で半身を起こそうとする。銀時は一瞬迷ったが、結局手を貸して、土方をヘッドボードに寄りかからせた。
近藤に言われたから礼を言わなければ、とでも思ったのだろう。何かを言いかけようとする土方に、銀時は「いらねーよ」と先手を打った。土方の顔がしかめられる。
「だが、助けられたのは事実だ…」
悔しいが、と続ける姿からも、嫌々だろう、ということはわかった。不本意だろうがそれでも口にしようとする土方に、呆れを通り越していっそ感心すら覚える。
「べつに助けたつもりはねーよ」
ため息まじりに銀時が言うと、土方は怪訝そうな目を向けてよこした。
「ムカついただけだ。どっかの誰かさんがひとりでカッコつけようとすっからよォ」
それもまた、銀時の本心だった。子供の件でひとり労していた土方に、憂慮まじりの苛立ちを抱いていた。
銀時が言い捨てると、土方はむっと口を尖らせた。そんなんじゃねェ、と不貞腐れたような声を落とす。
珍しく見せる感情のあらわな表情に、銀時は少しばかり楽しくなった。
そういえば、こんな風に凪いだ心境で土方と会話をするのは初めてのことだ。
そう気づくと、ここで途切らせるのももったいない気がして銀時は、あー、と気の抜けた声をあげながら話題を探した。
「んじゃあ、礼はいいから代わりにおごってくんね?」
「あ?なにをだよ」
「パフェ」
「…は?」
銀時が言うと、土方はきょとんと目を丸くした。なんつった?、と疑問符を浮かべた表情は険がとれて、妙に幼く見える。
その顔に、さらに気分がはずんでいく。
「やー、医者に言われてんだよねー、血糖値高すぎっからパフェは週一以下よ、って」
「高すぎって…そりゃ控えろってことだろ。食うなよ」
軽い調子で言う銀時に、土方は呆れたような顔になる。
「食わずにいられっか!てめー、糖分王なめんじゃねーぞ、糖分切れたらキレっからな、こちとら!つーか糖分摂れなきゃ死ぬぞ、死んじゃうぞ!わかったらパフェ食わせろ!!」
「うるせェ!いい年して駄々こねてんじゃねェ!ガキかてめェ!!」
銀時ががなれば、土方も声を荒げる。そんな反応に、銀時は思わず噴き出しそうになってしまった。
――なんだコイツ面白ェ。
冷静な顔ばかり見ていたから、土方のこうした反応が新鮮で、こうしてガキ臭く言い合うのも楽しかった。
そして、ふと、ガキ――というひと言に、松平からの言伝を思い出した。
「ガキと言やァ、見つかったってよ」
「…なにがだよ」
「ガキどもの面倒見てくれるっつートコロ」
銀時が言うと、土方はわずかに息を呑んだ。
「おめーが子供預けた寺がよ、この機会に育児院?とかいうやつ、開くんだと。家つきメシつきの寺子屋みてェな感じらしいぜ」
土方がまだ昏睡していたときに訪れた松平は、恩に着やがれ、などと何故か銀時に対して居丈高に言い放って行った。
「探させてたんだろ?ガキどもが普通にメシ食って生きてける場所」
ちらりと見やれば、土方は困ったような表情で視線を彷徨わせている。
「…べつに、そんな大層なもんじゃねェ。ガキにちょろちょろと犯罪の片棒担ぐようなことされっと、こっちが迷惑なんだよ」
そんな顔で、偽悪ぶるかのようなことを言う。きっと、言葉どおり大層なことをしたつもりもないのだろう。
メシ食って生きてける場所――それによって、生きる道を選べられる未来が生まれることもあるということを、知らないのかもしれない。
かつて銀時にそれらを与えてくれた人を思い出し、ほんの少しだけ土方に重ねる。
面白そうだ、と思った。
この男が仕出かすことも、この男自身も。
もう少しのあいだ見てみたい、と興味を抱くくらいには面白そうだと思った。
辞めるのはいつでもできる。
それまでもう少し、この面白そうな男を傍近くで見ていよう――銀時は軽い気持ちで、そう決めた。
それが誤算の始まりだなんて、そのときは思いもしなかったのだ。
PCサイト壱万打リク
「土方さんのピンチを銀さんが間一髪で助ける話」
(12/06/30)
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