其ノ弐「隠事」 01



穏やかな青空の下、銀時は惰眠を貪っていた。

光のどけきこんな日には、仕事などという野暮ったいことは似合わない。日光浴日光浴、とばかりに屯所の屋根の上でサボリを決め込んだ。

うつらうつらとまどろむ意識が下のざわめきを拾うが、この心地よい曖昧さを手放す気になれず、夢と現のあいだをたゆたう。

ふと、拡散していてもどこかで鋭敏さを残す神経に、近づいてくる何者かの気配が引っかかった。だが、それが害のないものであると判断し、再び意識を散じる。

知った気配だ、あの少女なら見つかったところで問題ないだろう。

「やっぱりここにいたアルか」

案の定、ひょこ、と現れたのは神楽だった。
かたかたと瓦を踏む音が近づいたと思ったら、銀時を覗き込んだのだろう、陽が遮られて影が生まれた。

「――銀ちゃん、かくれんぼのルール、知ってるアルか?」
「…んだァ、いきなり。そーいう遊びは子供たちだけで仲良くやってなさい」

大人を巻き込むな、と寝返りを打ち背を向けた銀時の肩に、神楽の小さな手が乗せられる。

「大人も子供も関係ないアルヨ――銀ちゃん」
「だから、なん――」
「見ぃつけた」

振り返った先の、にぃ、と浮かべられた神楽の笑みに、嫌な予感が生じる。問題ないと思ったのは間違いだったか。

「オイ、かぐ――」
「ニコ中ー!銀ちゃん見つけたアルヨー!!」

突然、下に向かって神楽が叫び、銀時は慌てて跳ね起きた。

「てめ、神楽!なに告げ口してんだおめー!」

神楽の両肩を掴み、怒鳴ったものの、時既に遅しだった。

「テメー、サボんじゃねーって言ってんだろーが!」

軒下から土方の怒声が届く。その剣幕にビクリと身が竦んだ。
やばい、結構本気で怒ってるぞアレは。神楽が鬼かと思いきや、その背後にはさらに鬼の副長がいるだなんて、そんな恐ろしいゲームだっけ?かくれんぼって――と冷や汗を流しながら、銀時は神楽を問い質した。

「…神楽ちゃん?いったい幾らで奴に銀さん売ったんだァ、オイコラ。お兄さん怒んないから言ってごらん?」
「銀ちゃん見つけたら酢昆布三箱くれるって、ニコ中言ったネ」
「酢昆布三箱!?酢昆布三箱に負けたの銀さん!?」

ガクガクと神楽を揺すると、ずん、と地面が――否、屋根が揺れた。
恐る恐る下を覗きこむと、土方が柱に蹴りを入れたようだった。
ゆらりと怒りのオーラを漂わせたその姿に、ひぃっ、と青くなる。

「――いいから、さっさと降りてこいや」

地を這うような土方の声に見やった先、腰の得物にかかった左手が既に鯉口を切っているのを確認し、銀時は観念した。

神楽に襟を掴まれるようにして降りた銀時を、土方の冷ややかな目が迎える。えへへー、と笑ってごまかそうと目論む銀時を無視し、土方は神楽の頭にぽんと手を乗せた

「良くやったチャイナ」
「報酬ははずんでもらうアルヨ」

頭を撫でられた神楽が、フフン、と得意げに胸をそらす。
その光景に銀時は、なんだよ仲良しさんかよおめーらコノヤロー、などと、疎外感にちょっといじけたくなった。

けれど、いじけたくなる以上にふたりの様子が微笑ましく思えるのだから、どうしようもない。

神楽は少しずつ土方に懐いている――ように見える。

以前は屯所内の警護、という名目で半ば軟禁状態を強いられていた神楽と神楽隊も、少しずつ市中見廻りの回数が増やされ、今では他の隊と変わりなくローテーションに組まれている。
さすがに夜勤が割り当てられないのは、神楽がまだ子供だから、という理由でしかないことは、周知の事実だ。

信頼されているのだ、と、神楽も感じたのだろう。以前よりも土方にまとわりついている姿が見られるようになり、今ではこうして銀時捕獲の手伝いをするまでに気を許し、懐いている。

酢昆布三箱に負けたことを少しばかり恨めしく思いながらも、銀時には神楽の気持ちがわかる気がした。

嬉しいのだ。
信頼を向けられて。

それはまさしく、銀時の心境と同じだった。


* * *


土方が銀時を警戒していることも、欠片も信用していないことも、知っていた。
というより、土方が隠すつもりもない様子だったのだから、隊士全員に知れていただろう。

警戒心もあらわな目で銀時を見、その一挙手一投足に神経を張り巡らせていた土方を、自分の立場を脅かされて面白くないのだ、などと揶揄する者たちもいたが、そうでないことは銀時が一番良くわかっていた。

面白くない、ではなく、純粋に疑っていたのだ、土方は。

銀時の動きにわずかでも不審なものがあったら土方はその場で斬るだろう――そう思わせる、張りつめた冷酷な気配だった。

もともと好きこのんで入った訳ではないのに、そんな態度を取られ続けたのだから、銀時としては堪ったもんじゃない。

――うぜェ。

苛ついているときなどは、捕り物のどさくさに乗じて、斬っていいかなコイツ、などと不穏なことを思ったりもした。
苛立ちを紛らわすためにからかうようなことを言い、わざと怒らせたこともある。

最悪いつ辞めてもいい――そんな腹積もりでいたというのに、いつのまに算段が狂ったのか。それは銀時自身にもわからなかった。

行動を共にし、その仕事ぶりや言動を見るにつれ、コイツいいな、と思うようになった。

綺麗事ばかりでなく、組織のためなら清濁併せ呑む姿に、バカかと呆れる反面、土方らしいと苦笑した。

銀時の気配がゆるんだからなのか、しだいに土方の態度も緩和されていった。当初の、尾を太くし毛を逆立てている猫みたいな姿を思えば、段違いの進展だろう。
その変化を嬉しく思ったのを覚えている。

そうして土方が少しずつ銀時を認め、受け入れていってくれたからなのだろう。信じるも信じないも勝手にすればいい――そう思っていたのというのに、いつからか欲を抱いてしまっていた。

少なくとも『今』の自分は信じてほしい――など。身勝手さに自嘲するしかない願いだ。

土方が拘っているのが銀時の過去である以上、そしてそれを土方に知られる訳にはいかない以上、それは叶わない望みだろう。

遣り切れない気持ちでそう思っていた。


* * *


廊下に正座させられた上、真面目に仕事行きますすみませんでした、などと宣誓めいた口上を述べさせられた銀時に、土方のため息が落とされる。「ちったァ立場考えて行動しろ」などと重々しく言われては、はい、と神妙にうなずくしかなかった。

「そーいうワケだ、総悟。おめーも諦めて仕事に行け」

土方が銀時の背後に声をかける。振り返ると、今日の見廻りを組む沖田がアイマスクをずりあげながら渋々といった態で歩いてきた。
土方の言葉から、彼が銀時を言い訳に自身もサボっていたと知れる。

その沖田は銀時の顔を見るなり、げんなりと顔をしかめて舌打ちをした。

「アッサリ見つかんねーでくだせえよ旦那。そーすりゃこっちも大手振ってサボれたってェのに」
「舌打ちした!?今、舌打ちした!?」
「チャイナのヤローもよけーなマネしやがって」

沖田が睨みつけると、神楽は「なにをこのガキャ」と臨戦態勢をとった。
一触即発の空気に銀時が呆れていると、

「いい加減にしろテメーらァ!仕事しろっつってんだろーがァァ!!!」

ついに土方の雷が落とされた。


* * *


天気いーなーチクショー、などとこぼしながらだるさ全開で歩く市中は、平和そのものだ。

賑やかし半分で店先を覗いたり、目にした団子屋の看板に心惹かれたりしながらも、ちりちりと神経を刺激する気配に足を止めることなく歩き続ける。
それは、平和な光景にそぐわないことこの上ない代物だ。

以前、こうしてただ見廻ることになんの意味があるのかと愚痴をこぼした銀時に、隊士が目を光らせていると示すだけで犯罪抑制に繋がるのだ、と言ったのは土方だったか。

抑制どころか――と銀時は周囲の気配に呆れつつ、すい、と路地に足を踏み入れた。

なるべく人のいない方へと誘導しながら、隣の亜麻色を見下ろす。

「悪ィなァ、沖田君はサボりてーから俺と組みたかったんだろーになァ」
「それもありますがねィ。でも一番は――」

沖田がすらりと刀を抜くのと同時に、殺気立つ男たちに取り囲まれた。
先ほどから後をつけて来ていた険悪な気配の正体だ。

男たちを見回し、沖田がフン、と鼻で笑う。

「――旦那と一緒にいりゃあ、こーいう楽しいことがあるんじゃねーかと思いやしてね。なんで、願ったりでさァ」
「どいつもこいつも過激派かよオイ」

あーやだやだ、などと言いながら、銀時も剣を抜く。

幕府に属する組織になど与する銀時が許せないのだろう、市中見廻りの際、血気に逸った攘夷浪士から襲われることがたびたびあった。

ある者は裏切り者とそしり、銀時の首を取るために。ある者は銀時の目を覚まさせんと説き伏せるために。
人数を盾に刀を向けてくる輩が少なからずいた。

今日はそのどっちだ、とうんざりしながらため息をついたら、沖田が飄々と声をかけてきた。

「モテモテですねィ、旦那」
「嬉しくねーよ、野郎にモテたってちっとも嬉しくねーよ」
「そーですかい」

意味ありげに向けられた視線に、銀時は顔をしかめた。どれの何を勘づいているというのか。
まあ間違いなく銀時の土方に対するソレだろうが――と見当をつけながらも、ねーよ、と返しておいた。


* * *


コイツいいな、と思ってはいた。思ってはいたが、それがまさか恋情に結びつくなどとは、考えてもみなかった。

何がきっかけになったのかなど、自分でもわからない。色んなことが積み重なって、気づいたときには手遅れだったとしか言いようがなかった。

冷徹に見えてその実優しいところとか、意外とドジで抜けているところとか、結構本気で張り合ってくるほどガキくさいところとか。

並び立ち、共に行動しているうちに気づかされ、心の内に堆積されたそれらが土壌となり、いつのまにか自分でも面映いほどの感情が育っていたのだ。

自覚したのは、他愛もない出来事でだった。
ある日、土方が近藤に柔らかい笑みを向けていたのを目撃したのだ。

その光景にちりりと胸が痛み、それ以上に強い衝動――近藤に対する殺意を覚えるに至って、自分の感情を認めることになった。

自覚したからといって、どうにもできないことは承知だった。
手を伸ばす訳にもいかない、と、そう己に言い聞かせていたのは、頑なに過去を秘している後ろめたさもあったからだ。

だというのに、

――俺ァてめーを完全に信じちゃいねェ。

――信じちゃいねーが、てめーが俺たちの寝首掻くとも思っちゃいねェ。

あるときそう土方は言った。

信じられないのは銀時に疑わしい過去があるから。けれど、寝首を掻くような――裏切ったりするような真似はしないと信じている、と。

そんな可愛いことを言われては、もう駄目だった。
手に入れたいという飢餓感にも似た欲を、抑えきれなくなってしまった。


* * *


向かってくる男を斬り捨てながら、早く帰りてーなァ、などと気分はだらけていた。
以前はこうした襲撃に苛立ちや焦燥を覚えたが、今では生来の気質から、純粋に面倒臭いとだけ思う。

そういう意味では、共に剣を振るっている青年も同質のはずだが、彼は淡々と刀を走らせ、敵を討ちとっていた。
自らこの状況を望んでいたようなことを言っていたが、それもまたおかしなことだと今さら気づく。

「つーか、どーいう風の吹き回しだァ、オイ。おめーもこーいうのメンド臭ェっていう口だろーに」
「さすがに毎日は御免こうむりますがね、たまにゃあ気晴らしに丁度いいですぜ」

視線を合わせることなく、嘯くようにそんなことを言う沖田に、あーそーですか、となんの感情も伴わない声で返すと、眼前の男がふざけるな、とがなった。

「あー、ゴメンゴメンふざけてないふざけてない」
「莫迦にするのもいい加減にしろ、白夜叉!」
「…それ、やめてくんない?」

銀時の声が低くなる。

今その名で呼ばれると、近事で一番我を忘れてしまった出来事を思い出し、腹立ちがぶり返るので、いただけない――そう思っているあいだにも、腹の奥底にどす黒い怒りが滲み出でくる。

思い出したくないことほど容易に思考の表層に浮かびあがり、銀時はチ、と舌打ちした。

(10/10/24)



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