其ノ弐「隠事」 02



あれは、不逞浪士による爆破予告を受け、豪勢な料亭を舞台にしての捕り物でのことだった。

逃げ場を封じた屋敷の中におびき寄せてから突入したのは、ひとり残らず取り押さえるか討ちとるつもりだったからだ。
屋敷の外を戦場にしたのでは、取り逃がす可能性が高くなる。そのため、屋敷の被害が、と渋る土方を、屋敷の保護まで任務に入ってないだろう、などと言いくるめた。

浪士たちを斬り捨てながら突き進んだ屋敷の奥、予感めいた感覚から開けた襖の向こうに、その男はいた。

「――待っていたぞ」

その言葉とまとう空気で、この男が主犯格だと瞬間的に悟った。
目の前で仲間を斬り捨てられても眉ひとつ動かさない男に、銀時は冷ややかな笑みを向けた。

「予告状なんて随分と余裕かましてくれんじゃねーか」
「余裕などありはしない。――白夜叉相手に」

正面から告げられた名前に、銀時は眉をひそめた。
不快をあらわにする銀時に、だが、と男が続ける。

「貴様を確実におびき出すためには仕方あるまい」
「え、なに、じゃあアレは俺へのラブレターだったってワケ?悪ィがムリだわ、俺そーいう趣味ねーから」

そういう趣味はない――などと、わざとそんなことを言ったのは、自分への戒めも兼ねていたのかもしれない。

銀時の軽口を無視し、男はギッと鋭い目を向けてくる。

「何故そちら側にいる。白夜叉と呼ばれたお前が、何故幕府などに媚を売るような真似をしている」

男の言葉に、またかよ――と嫌気がさした。

今までの捕り物でも何度か、戦場で顔を見かけた者たちと対峙したことはある。皆、一様に今の銀時を非難し、なじった。

この男もそうなのだろう――うんざりとそう思っていた矢先、だが、と続けた男の言葉は思わぬものだった。

「あの方は、それでも貴様を信じている。共に来い、白夜叉」

まるで銀時がうなずかない訳がない、とでもいうような口調がいやに気に障った。

「誰だよあの方って。言っとくが美人のねーちゃん以外、受け付けねーぞ」
「お前も良く知る方だ。この国を立て直すため、お前の力が必要だと、そう仰っている」
「知り合いにゃあ俺好みのイケてるねーちゃんはいねーなァ」

茶化すように返したのは、苛つきを紛らわすためだ。野郎ならいるけどね――とまでは、さすがに言えないが。

そんな銀時の内心を知らない男は、苛立ちもあらわに舌打ちした。

「桂さんは貴様を買っているのだ、その意味がわからぬのか」
「ねーわァ。ヅラとか、ねーわァ、ムリムリ」

出された名前に心が乱されることもない。
むしろ、こんな奴らとつるんでいるのかアイツは、と嘆かわしくすら思う。

「この国がどうなろうと構わぬか。…貴様にはあの戦で死んでいった仲間たちの声が聞こえぬようだな」

男が唸るような声で言う。
瞬間、浮かんだ光景に銀時の眉根が寄った。

忍び寄る雨音に、ぎりと奥歯を噛み締める。

「終わったもんをうだうだ言ったってしょーがねェだろ。町の連中見てみろ、それでも受け入れてたくましく生きてんじゃねーか。今さら時代は変わんねェよ」

国を作るのは、あくまでそこに生きている人たちだ。銀時が護りたいと思うものも、そこにある。

それだけのことなのに、国だのなんだのともっともらしい言葉を紡ぐ男には、それがわからないのだろう。

「――ここまでとは残念だ」

大仰な素振りで男が息をつく。
最初から噛み合わないのだ、互いに苛立つのも無理ないとはいえ、その姿も神経を逆撫でるものでしかなかった。

「何もできぬ貴様らには、我らの大儀がわからぬようだ」
「オイオイ、大儀ってなァいつからくだらねー言い訳に成り下がったんだ?」

浪々とご高説をのたまう男に、いい加減憤りが募り、御しきれなくなる。
傍近くに土方の気配を感じ、銀時はそろそろこの男を黙らせるか、と静かに物騒なことを考えた。

もはや男が何を言おうと、単なる人殺しが偉そうに、としか思えなかった。土方が傍にいるというのに、怒りから常になく荒い剣を振るってしまったほどだ。

返り血をしとどに浴びて、視界が赤く染まる。

血塗れた感覚が雨音を呼び込みそうで、堪えるために柄を強く握りしめた。

男が手を伸ばす。その先にあるものを叩き斬ってやりたい衝動に駆られた。

「あとはお願いします、桂さん――!」

息絶えるその瞬間も己の大儀を信じて疑っていないだろう男に、目も眩むほどの怒りが湧き起こった。

雨音が大きく響く。

ぶわりと浮かんだのは、かつて身を投じ、命を懸けていた戦場の光景――そこで目にした、幾多もの死。

むせ返るほどの血腥さと、辺りを覆う白煙が、感情を伴い記憶を呼び覚ます。

怒り、焦り、哀しみ――最後に残ったのは、やるせない虚しさ。

時が経ち、日常に薄れたはずの今でも不意にそれらは押し寄せ、銀時は暗澹とした闇に幾度となく捕らわれた。

それでも。
戦に身を置いたことを恥じるつもりもなければ、後悔など微塵もない。

だからこそ。あの戦を盾に取るような奴らが許せなかった。

――こんな奴らがいるから。

言い訳に書き換えられている大儀を自分たちにだけ都合のいいように掲げておいて、犠牲はつきものだなどと身勝手な言い分を盾に無関係の人間を巻き添えにする。
その時点で思想も何もあったものではないというのに、ただの人殺しを崇高な目的のためなら許されるとでも勘違いしているような下郎がいるから――知られる訳にいかなくなる。

こんな奴らと同じだなどと思われるのは、死ぬほど不快だった。

絶対に、知られたくはない。あの真っ直ぐな男にだけは。

知ったらきっと、こんな下種どもと同類だと思うだろう。こうして並び立つことなど許さないだろう、土方は――それを想像しただけで、目の前が暗くなった。

それくらいなら何も知られていない今の内に離れた方がいい――そう思うのに、それも嫌だと喚く自分がいる。
矛盾だらけだ。

別段、こんなところいつ辞めてもいいと思っていた。
なのに、いつのまにか離れがたく思っている自分に愕然として、隣にいたいのにそう思えば思うほど、隣にいてはいけないのではないか――そんな不安が湧き起こり、身動きが取れなくなる。


そう鬱々とした思いに捕らわれていたら、いつのまにか――冷たい水の中に落とされていた。


* * *


そこまで思い出したら、腹の底に澱んでいた怒りがふうと掻き消えた。
アレはねーよ――と、代わりに苦笑が浮かぶ。

やることがざっくばらんで端的すぎるのだ、あの男は。
おまけに、そんな乱暴なことを仕出かしておきながら、起きあがった銀時を見て一瞬ホッとした表情を浮かべたのだから、タチが悪い。

思い出して呆れていると、いつのまにか最後のひとりとなった男の刀がぶん、と眼前を薙ぎ、銀時はわずかに後退した。

「後悔するがいい」

怒りを湛え血走った目が銀時を捉える。

「所詮、貴様とて我らと同じ――」
「つまんねーこと言ってねェで、とっとと死にやがれ」

最後まで言わせず斬り捨てたのは、沖田の方だった。どさりと地に伏した男を見る目は冷酷そのもので、銀時の眉根が寄る。

どこか彼らしくない――ような気がした。

「容赦ねーなァ」

いっそ呆れる思いで、息も乱していない背中を見やる。
もしかして――と、内心首をかしげていたら、

「…土方さんと違って、俺ァ旦那の過去なんざどーでもいいんでさァ」

背を向けたまま、沖田が言った。

「まァ、近藤さんの命取ろうとかいうふざけたマネしやがったら、ぶっ殺してやろうたァ思っちゃいましたがね。どうもそんな様子でもねェ。なら、俺にゃあ関係のねーこって」
「…淡白だねェ。最近の子ってそーなのかねェ」
「最近の子、たァ到底言えねー野郎も、今じゃあそーみてェですがね」

ちらりと沖田の瞳が向けられる。
誰のことを言っているかなど、容易に知れた。

過去などどうでもいい――と、そう言ってくれたから、知られてもいいか、と覚悟ができた。
知った土方がどんな目で銀時を見ようとも、そのひと言ですべてが報われる気がしたから、隠すことをやめたのだ。

それなのに。
土方は何も見ていないし何も聞いていない、などと言い放ち、銀時を驚愕させてくれた。

尻尾を掴もうとやっきになっていたものが白日の下に晒されたというのに、何を言ってるんだコイツは、と、自分の耳を疑い――思い知って、打ちのめされた。

過去などどうでもいい――そう言い放った土方の、銀時が思った以上の覚悟に。

「――よくわかんねーけど、銀さん愛されてるー、ってことでオッケー?」
「言ってなせェ」

軽口でごまかせば、呆れたように沖田が返す。

それでこの話は終了だとお互いに察したとき、不意にふわりと馴染んだ匂いが漂った。話題の主が常に口にしている、有害極まりない代物の匂いだ。

「ウチの奴らと浪士が暴れてるっつーから来てみりゃあ、案の定おめーらかよ」

うんざりとした声が投げかけられる。
早いご到着で、と振り返ると、果たしてそこには隊士を引き連れた土方の姿があった。

「向こうから襲いかかってきたんでさァ。仕方ねーでしょう」

悪びれる様子もなく飄々と答える沖田にため息を返し、土方は背後の隊士たちに回収を命じた。

銀時は見るともなしにその作業を眺め――ふと気づいた。
息のある者、骸となった塊。それらを運んでいく隊士たちの中に、土方直属の監察である山崎が紛れている。

目立たぬようさり気なく、けれど手馴れた様子で浪士たちを検分している男は、本来このような場に来ることのない立場だ。
つい先日の捕り物にもまじっていたが、それは疑わしい銀時を探るために土方が同行させたのだと知っている。

だがすべてを知られた今、その山崎がいるということは何を意味するのか。

考え――銀時は額を押さえた。
やはりそれは銀時絡みだとしか思えない。
そうなると、すべてがひとつの仮定に結びつき、複雑な感情に襲われた。


* * *


その夜、土方の部屋から山崎が退出したのを確認し、銀時は自室をあとにした。気配と足音を殺し、土方の部屋へ向かう。

山崎が何を報告していたのか、おおよそ予測がつく。
恐らく、今日の浪士たちの素性と、銀時との関係性だろう。

問い質すつもりはないが、なんとなく素知らぬ振りもできそうにない。
かといって、何をどう言えばいいか検討もつかず逡巡していると、室内から土方の声が届いた。

「――気配殺して人の部屋の前に立ってんじゃねーよ」
「えー、なんか内緒話してたみてーだから、邪魔しちゃ悪いと思って隠れてたのにー」

内心の迷いを綺麗に隠し、カラリと障子を開ける。
土方は文机に頬杖をついて呆れたような目で銀時を迎え入れた。

「てめーがそんな殊勝なタマかよ」
「あー、うん、そうだな、タマは殊勝じゃねーな、むしろ自己主張が激し――」
「そっちじゃねェ!」

ふざけたことを言いながら、体を入り口へと向けていた土方に向かい合うように腰をおろした。

ふと見れば、灰皿の上で薄っぺらい灰と化したものがある。元が紙だったとわかる形状だ。

何が書かれていたかを知る術はないが、銀時は自分の予想が当たっていると直感した。

「いいのか、ソレ。ジミーからの報告だったんじゃねーの?」

本当に大事な報告だったなら、こんな真似はしないとわかっていて訊ねる。

「報告なんかじゃねェ、ただの作文だ」

予想通りの返答を、土方がしれっと口にする。表情ひとつ変えやしない。
それでも、その姿にもしかしたら――と、確信に近い強さで再び思う。

もしかしたら、かつて銀時が過去を知られたくないと思っていた以上に、今、土方たちは銀時からその過去を遠ざけたいと思っているのではないだろうか。
今の銀時のために。

沖田が振るった容赦ない刀も、土方と山崎の情報を探りながら秘するようなこんな真似も。

全ては銀時が今、前だけを向いて歩けるように――過去に連なり、今でも銀時を捕らえようとする一切を、排そうとしているのではないだろうか。

胸中に広がる感情を、なんと言っていいかわからなくて、銀時は頭を掻いた。
嬉しいような、申し訳ないような、こそばゆいような――そんな複雑な思いを噛みしめていると、それより、と煙草をもみ消した土方が銀時の目を見据えた。

「山崎が不逞浪士どものテロ計画を掴んできやがった。明後日、山斗屋でその集会をやるそうだ。近藤さんにゃあこれから話すが、この捕り物にチャイナ隊を入れる。指揮はおめーが執れ」
「…おめーは行かねーのかよ」

思わず訊ねると、土方はああ、とあっさり答えた。

今までの土方は、銀時が捕り物に出撃する際、サボるから見張っているのだと理由をつけて同行していた。
それが単に銀時に対する不信からだということはわかっていたが、最近ではそれも楽しかったというのに。

えー、と銀時が不満をあらわにすると、土方は呆れ顔になった。

「サボんのァ時と場合によるんだろ」

もう見張りはいらないだろう、と言外に含ませ、以前、銀時が口にした言葉をさらりと返してくる。
言質を取られたか、と浮かぶ後悔以上に、そんな些細なひと言を覚えているのが嬉しくもあった。

土方は当然だろうとばかりにひらりと手を振る。

「おめーが連れてきたんだ、責任持ってチャイナの面倒見ろ」
「んだよー、最近仲良しさんなんだから、土方が面倒見りゃいーじゃん」
「なんだ、酢昆布三箱に負けたのがそんなに悔しいのか?」

に、と浮かべられた笑みに、アレを聞かれてたのか、と銀時は顔をしかめた。

小馬鹿にしたような土方の笑顔にそれでもちょっと見惚れてしまいそうになるが、ここはお返ししなければなるまい。

「べっつにィ。悔しくねーし。せめて五箱以上だろ、とか、思ってねーし」
「そうかそうか、可哀相になァ三箱以下で」

わざとらしくふくれてみせる銀時に、土方が噴き出す。その声音からも、よしよしと銀時の頭を撫でる素振りからも、面白がっている気配しか感じられない。

銀時は、してやったりとばかりにその手を取り、上目で見上げた。

浮かべた笑みに土方の顔が強ばったが、もう遅い。

「じゃあさ、慰めてくんね?」

言うなり、土方が何かを返す前に口づけ、抱きしめた。

唇が重なった瞬間、土方の体が硬直したが、ややして力が抜けるのを知っている。
それを合図に舌を差し入れた。

最初にこんな真似をしたときは抜刀し激怒していた土方だったが、戯れごかして何度も繰り返しているうちに、おとなしくされるがままになった。

慣れたからなのか諦めが入ったのか、あるいはその両方なのか。
怒るのも馬鹿馬鹿しいとばかりに土方は、またか、という表情で行為を受け入れる。
今のように。

もっともそれが狙いなんだけど、と銀時は内心ひそやかに笑う。

銀時が触れるのもそれ以上のことをするのも、さも当たりまえのことだと感じるように、少しずつ少しずつ土方の心に植えつけているところなのだ。
でなければ口づけだけで済ませるような可愛い真似を、誰がするものか。

舌を探り、絡ませて吸いあげると、わずかに土方の肩が震えた。
それに気を良くして、さらに口内を探る。

深く、けれど加減して。

角度を変え、わずかに唇が離れたとき、あ、と声をあげた土方が突然銀時の顔を押しやった。
唐突な動きに、なに、と眉をひそめた銀時に、ずいと指を突きつける。

「言っとくが、場合によっちゃあサボってもいい、ってことじゃねーからな!時とか場合とか関係ねーよ、最初っからサボんなって話だよ」
「そこォォォ!?今さらそこォォォ!?」
「今さらじゃねーだろ、これからの話だろ」

焦ったように言い連ねる土方に、こんな状況でも考えるのは仕事のことか、と呆れる反面、焦る姿が可愛く見えて思わず笑みがこぼれた。

こつ、と額を合わせてくつくつと喉の奥で笑う。

「なーんだ、つまんねー」
「つまんねー、じゃねェバカヤロー。いっつも妙なところに隠れやがって。他の奴らがいらねェ知恵つけたらどーすんだ」
「ん、隠れんのはもーお終いだなァ」

鬼に見つかっちゃったからなァ、と、神楽とのやりとりを思い出して、口にする。

――かくれんぼのルール、知ってるアルか?

隠れるのは子となった者たち。
最初に見つけられた者が、次の鬼になる。

「――そーか、次ァ俺が鬼か」

不意に思い至って、銀時の口の端があがる。は?、と土方が眉根を寄せた。

隠れるのは鬼ではない。鬼は見つけて、捕まえるのだ。

「ってワケで、鬼になったから、覚悟しとけ」
「――なんの話だ」

一方的に宣言し、怪訝な表情の土方に再び口づけた。

こうして戯れにごまかして口づけても、怒るでも逃げるでもなく受け入れてくれる。

その奥にあるものを、見つけて、捕まえるから。覚悟しておいて、と口づけを深めた。

(10/10/24)



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