其ノ参「残月」 01
人の性とはおかしなもので、眉をひそめるほど忌み恐れているものに対しても、畏怖と同じだけ興味が湧くらしい。
チンピラ警察と揶揄され厭われている真選組がその良い例だ。
税金泥棒などと口さがなく言われているが、真選組にまつわる噂は市井の好奇心を満たすには事欠かない程度に溢れている。
当の隊士たちには聞こえないよう、秘めやかに、面白おかしく、町民のあいだでささやかれているのだ。現れては立ち消え、また新たな飛語が流れる――といった具合に。
それが妙におかしな様相を表し始めたのは、ここふた月ほどのことだった。
玉石混交の噂が突如大量に流布されたかと思うと、対象がひとりに絞られ始めた。そしてそれは、隊士たちの耳に届くにまで至っている。
今でも根強く残っている噂は主にふたつ――否、三つ。
曰く。
真選組は鬼の副長・土方で持っている。故に土方さえ亡き者にできれば烏合の衆と成り果て、瓦解する。
「奴がいなくなりゃあ俺が副長の座につくだけの話でさァ」
フン、と面白くなさそうに沖田は鼻を鳴らした。
曰く。
土方は将軍の覚えもめでたく、眷顧を受けている。どうやら将軍は土方の見目が好きらしい。
「なんで将軍がニコ中のツラが好きって、わかるネ」
「俺が知るかっつーの。オモシロおかしく話作ってんだろ」
酢昆布をくちゃくちゃと齧りながら神楽が首をかしげる。その隣で団子に齧りついていた銀時は興味なさげに返した。
曰く。
隊内でも一、二を争う剣の腕を持つ副長・坂田は土方にベタ惚れ。
「――で?オチはどこでい」
「オチ求めるなって、噂話にオチ求めてやるなって」
「コレが一番つまんねーアルな。マジネタじゃなくてもっと笑えるモン持ってこいやァ!」
「笑い求めるなって、噂話に笑い求めてやるなって――って、笑えないの!?え、なにそれ、マジネタってなにそれ!?」
冷ややかな反応を返す沖田と神楽に銀時は慌てふためいてみせたが、左右からしらっとした目を向けられただけだった。
* * *
とある団子屋の店先で、泣く子も黙る真選組の制服――それも幹部のみが着用を許されているデザインの――を身にまとった三人組が、非毛氈の敷かれた縁台に陣取っていた。
とりとめなく喋りながら、銘々好きなものを食べている。つまるところ、ひと休みという名のサボりだ。
「――なんでい、奴に関わることばっかりじゃねーか」
ケ、と不快感もあらわに沖田が吐き捨てる。
本来ならば今日はその「奴」こと土方と見廻りを組んでいるはずの沖田がこうして一緒に団子を食べているのは、サボっていたところを銀時たちが発見し、捕獲したからだ。
今ごろアイツはご立腹だろうなァ――などと、銀時が遠い目でその姿を思い浮かべていると、キャー、という黄色い声が遠巻きに聞こえてきた。何事かと目を向ければ、頬を桃色に染めた娘たちが、銀時たちの方を見ながらきゃいきゃいと騒いでいる。「カワイー!」などという声まで聞こえてきた。
「可愛い言ったら私のことアル」
神楽がフフンと得意げに笑う。
「なに言ってやがんでィ。可愛いってェ言葉が似合うのは、どっかの小娘より俺の方だろ」
神楽を鼻で笑い、沖田が言う。
実際、面と向かって可愛いなどと言われようものなら、その相手を魂の核から隷属するくらい調教してやるだろうに、黙っていられなかったのは神楽への対抗心からだろう。
「なにをこのクソガキャ!」
「やるかチャイナ」
案の定、あっさりと挑発に乗った神楽に張り合うように沖田が迎撃体勢をとる。
バチバチと火花を散らすふたりに挟まれ、呆れながらも銀時は「アレじゃね?」と気の抜けた声をあげた。
「むしろ俺じゃね?カワイーっつったら俺じゃね?この天パのはね具合が――」
「ぜってェおめーじゃねーよ」
「旦那じゃあねェこたァ確かですぜ」
途端、二対の冷ややかな目が同時に向けられる。
一触即発のくせにツッコミのタイミングは綺麗に合うってんだから癪に障る――銀時は深いため息をこぼした。
矛先が銀時に向いたことで気勢を削がれたのだろう、沖田も神楽もふい、と顔を逸らした。それが狙いだと気づいてか、座りなおすと少しばかりおとなしい態で茶など啜っている。
未だ熱い視線で見つめる娘たちに、散れとばかりに手を振って、沖田は息をついた。
「コレもちょいと前に消えたファンフォーラムとやらのせいですかね」
食べ終えた団子の串を皿に放り投げ、誰に訊くでもなく独り言ちる。
「うっとーしいったらねーですぜ」
「まァすぐ消えたんだから可愛いもんじゃねーか」
沖田の淡々とした、けれど低温の怒りを滲ませた声に、銀時は肩を竦めた。
ネット上に真選組のファンフォーラムなるものがあると銀時が知ったのは、二ヶ月ほど前のことだ。
発見したのは新八だった。熱狂的に応援しているアイドルのファンフォーラムに通っていて、そこで存在を知ったのだという。
どんなものかと覗いたそこでは、様々な情報が飛び交っていた。
どこから仕入れた、というものから、んなバカな、というものまで。
巷に流れている風説以上に疑わしいくせに、まことしやかに流れるそれらは、さすがにどう扱っていいものやら――と一歩ひいてしまうようなものだった。
挙句の果てになんの冗談か、先ほどの娘たちのように隊士に黄色い声をあげるような者たちが現れ出すに至ると、閉口するしかない。
隊士たちの中には浮かれている者もいたが、その熱い視線の大半が土方や沖田に向けられていると知っているだけに、銀時にとって愉快な訳がなかった。
だが、最初のうちは騒がれることに対して面白がっていた隊士たちの中にも、しだいに辟易する者が現れ始めた。沖田もそのひとりである。
いつ隊内から鬱憤が噴出するか――。
突如そのサイトが閉鎖されたのは、そう思われていた矢先のことだった。つい数週間前のことだ。
真選組隊内で男色が流行――などという醜聞甚だしい話が流されるに至り、ついに真選組から正式に忠告が入ったのだという。
あっさり閉めたのだからそう目くじらを立てるほどでもないだろう、と銀時は思うのだが、沖田からしてみれば未だこうして騒がれるのが鬱陶しいらしい。
モテる男は気苦労も多くて大変だァね――などとやっかみまじりに銀時がこぼしたとき、何かに気づいたらしい神楽がはァん、とにやにや笑い出した。その反応に沖田が目を眇める。
「――なんでい」
「私が勝ったから面白くないアルな」
「うるせー、黙れクソガキ」
銀時越しに神楽を睨み、沖田は心底嫌そうに舌打ちした。
神楽が言ったのは、フォーラム内で行われた隊士の人気投票のことだ。
その人気投票では、ぶっちぎりで抜きん出た一番隊隊長・沖田総悟――を辛くも抑えて神楽が一位だった。
もっとも、情報飛び交うフォーラム内でも神楽の名前は知られていなかったようで、「美少女隊長」と表記されていたが。
「大体てめーは名前すら出てねーじゃねェか。どっか他の奴と間違われてんじゃねーのか」
「負け惜しみはみっともないアル」
またしても一触即発のふたりを眺めながら、知られていないのも無理はないだろうな――と、銀時は思った。半ばわざとでもあるのだから、仕方ないだろう。
沖田などは常からチャイナと呼ぶし、屯所内ではたまに名前で呼ぶような土方や近藤などから、果てには銀時までもが、表では彼女を名前で呼ばないようにしているのだ。
知られていないこと――世間にではなく、敵方に――が強みになることもあるだろう。そう言ったのは、土方だ。晒さなくていい手の内を見せる必要はない、ということらしい。
当の神楽も、別段気にとどめていないようだった。信用されていないのではなく、心配されているのだと知っているのだろう。
その神楽は、天敵である沖田に僅差でとはいえ勝ち、おまけに「美少女」などと記されていたためか、妙に余裕の表情――むしろ馬鹿にした顔か――をしている。
おかげで沖田がことさら苛立っているのを感じ、銀時は再び深く息をついた。
「つーかさァ、なんなの。それってトップ陣によるケンカに見せかけた嫌味かコノヤロー。俺の順位知ってのことか、あァ?」
銀時が半ば本気でやさぐれてみせると、沖田は「違いまさァ」と臨戦体勢を解いた。
「俺ァただ気に食わねェだけです」
「私に負けたのがアルな」
「違ェっつってんだろーが」
茶化す神楽を冷ややかに一瞥し、沖田はため息を落とした。
「奴に関する妙な噂がチラホラ聞こえ始めたのも、そのふざけたサイトができたのも、同じ時期ってのが気に食わねェんでさァ」
妙なところで勘が鋭い沖田は、そう言うと眉をひそめた。
聡い奴ァこれだから――銀時は内心独り言ち、素知らぬ顔で茶を啜った。
(10/11/10)
【→】
【Novel Top】【Top】