其ノ参「残月」 07



昼間――だろう、という予測だが――土方の前で揉めた男たちが、結局川南と呼ばれた男に制され出て行ってから、かなりの時間が経つ。

日は既に沈み、月すら出ていない空では灯りになるものなどなく、室内は闇と同化しそうな暗さになっている。

極力何も考えないようにしていた土方の耳に、カラリと扉が開いた音が届いた。

「今ごろどうしているでしょうねェ」

床に伏したまま目だけ上げると、姿を現したのは川南だった。

供もたずさえずひとりでやって来た男は、手燭を床に置き、土方の前にしゃがみこむ。

「既に知らせは届いていることでしょう。貴方を取って城を捨てるか、それとも見殺しにして自分の立場を護るか――あの将軍はどうなさるんでしょうね」

相変わらず笑みを浮かべたままそんなことを嘯く川南に、土方は半眼になる。

しつこい。
むしろ嫌がらせなんじゃないかとすら思う。

「アホか。そんなの決まってんだろーが」

妙な夢想を抱くまでもない。そんな、決まりきってることを確かめたいとでもいうのか。

「質が俺じゃあ取り引きにもなりゃしねーよ。大体、事実無根だっつってるだろ」
「――それは将軍とのことですか、それとも白夜叉との?」
「両方に決まってんだろ」

苛々しながら吐き捨てると、またまた、と川南が笑う。

「昼間は面白い話を聞かせてくださったではないですか」
「面白くねーよ、ちっとも面白くねーよ」
「随分と信じていらっしゃるように聞こえましたが?」
「単なる事実だ。そんなんじゃねェ」

土方が低く言うと、川南はわかりませんねェ、と手を伸ばした。土方の首を掴み、ぐ、と力をこめる。

男の顔に貼りつけられた笑みのその奥に、薄昏い怨嗟が垣間見えた。

「では何故、白夜叉は真選組などに身を置いているのです? 天人に迎合した憎い幕府の狗などに未だやつしているのは、貴方が引きとどめているからではないのですか?」

問い質すというより、そうであって欲しいとでも言っているかのような響きの言葉は、その表情といい、男の真意が滲み出ている気がした。

白夜叉が真選組になど与しているのが許せない。
だから、それは土方のせいであって欲しい、と。

許せない――憎むべき対象を土方にスライドさせたいのだろう。

銀時に――否、「白夜叉」に何を期待し、偶像視しているのかは知らないが、土方にとっては傍迷惑な話でしかない。

「――俺がなにか言ったところで、それを聞くような奴じゃねーよ」
「あの白夜叉が、自分の意思で真選組にとどまっていると?」
「そんなの本人に訊きやがれ」

何故、未だ真選組に居るのか――そんなこと、土方の方が聞きたいくらいだ。

息苦しさを表に出さないよう返すと、川南がわずかに顔を歪める。ややして興味をなくしたようについと視線を逸らし、土方の首から手を離した。

「――さすがの白夜叉も牙を折られたというわけですか」

遠くを見るような目でぽつりと落とされた言葉に、土方はがっくりとうなだれた。

どこまでも噛み合わない――精神的に疲れ果てて、思わずため息がこぼれる。

「お前の言う牙ってのが、体制に噛みつくためのもんでしかねェんなら、そんなもんハナから持っちゃいねーだろうよ。――アイツが持ってんのは、真っ直ぐな魂ひとつだけだ」

そして、それだけで充分なのだ。
それが銀時にとっての牙であり、それこそが銀時たらしめるのだから。

わずかに目を丸くした川南がまじまじと土方を見つめる。その顔に、再びあの空々しい笑みが戻った。

残念ですね――真意の読めない表情で、心のない言を紡ぐ。

「明日には全てが終わりとなる――。もう少し、貴方と話していたかったのですが、時間がありません」
「――なにを、するつもりだ」

本当に江戸を火の海にするつもりなのだろうか。

だとしたらどうやって――と睨みつける土方を笑顔でかわし、川南は出口へと向かう。

「あの方は貴方を救いに来ますかねェ」
「知るか!」

扉を閉める寸前、問うように振り向いた川南に、苦々しく吐き捨てた。
おやおや、と川南が癪に障る笑いを向ける。

「今の内に期待くらい、なさったらいい。明日まで時間はないのですから」

忌々しく睨みつけた先で、扉が閉められる。途端、どっと疲れて土方は床に顔を押しつけた。

こんな、苛立ち、精神的に疲れるような目に遭うくらいなら、殴られた方がましだ。精神的疲労にため息しか出てこない。

――明日には全てが終わりとなる――

脳裏で男の言葉を反芻する。

明日、何かを仕出かすというのか。圧倒的に足りない情報を掻き集めながら、土方は唇を噛んだ。

何をしようと、精々暴れてその邪魔をしてやるだけだ――そう思いながらも、頭の片隅では、もしかしたら、とそれを抑制する声がしていた。

もしかしたら銀時なら――ここへ辿り着くのではないか。

――救いに来ますかねェ。

そう馬鹿にするかのように訊ねた川南の言葉に、来る、と故もなく感覚が即答していたのだ。

――なにバカなことを…。

「――アイツは来るぜ」

楽観的とも言える己の感覚を自嘲していたら、扉の向こうから哂いを含んだ低い声が、土方の感覚を支持してきた。さっと全身に緊張が走る。

「――誰だ」

銀時を――「白夜叉」をアイツ、などと呼ぶということは、この声の主が、川南の言っていた「白夜叉を良く知る人物」なのだろう。

土方の誰何に、くつくつと哂う声が返される。

「精々そこに転がってバカども相手に吠えてな。明日にゃあ面白ェもんが見れるだろうよ」

揶揄するような声もまた、明日、と言う。


不吉な推測しか浮かばず、土方は盛大に顔をしかめた。

(10/11/16)



Novel Top】【Top