其ノ参「残月」 06
松平からじきに到着する、との連絡が入ると、それと入れ違いに銀時は自室にさがってしまった。
沖田が銀時を追ったのは、彼が何を考え、どうしようとするのか――それが気になったからだった。
たとえ身動きできない状況であっても、銀時がこのままおとなしく敵の条件を飲むようなタマとは思えない。きっと何か仕出かすだろう――それを知りたかった。
銀時の部屋の前でかち合った山崎も同じことを考えたのだろう。「沖田隊長も?」と目を丸くされた。
それを無視して障子を開ければ、今度は部屋の主――銀時が目を丸くする。
「オイオイ、なんだーお前らまで。揃いも揃ってひとりが淋しいってタマでもねーだろ」
「まで?」
呆れたような銀時の言葉に引っかかりを覚えて覗き見れば、部屋の隅で神楽が身を縮めるようにして寝ている。道理で喧しいその姿を見なかったはずだ、と沖田は呆れる思いでその姿を見下ろした。
だが同時に、下手にぎゃんぎゃん騒がれるよりはマシか、とも思う。
むしろ、動くに動けない状況なのだから、寝ていた方が無駄に体力を損なわない分、得策なのだろう。
「暢気なもんでい」
内心を隠しながら憎まれ口を叩くが、銀時には読まれているのだろう。「おめーらも寝とけ」などと返されてしまった。
それには聞こえないふりを通して、沖田は銀時の正面に腰をおろす。
「寝れるワケ、ないですよ」
沖田の隣に座った山崎が、沈痛な面持ちで内情を吐露する。素直にそんなことを言いのけられる山崎が羨ましくもあり、鬱陶しくもあった。
「…土方さんは、大丈夫なんでしょうか…」
近藤の前では言えなかったのだろう、山崎がぽつりとこぼす。
「殺ろうと思えばできたってェのに、あそこで殺さなかったんだ。明日までは生かしとくんじゃねーか?」
淡々と返す銀時からは、その内心など読み取れない。
だが、銀時の土方に対する感情を多分誰よりも早く感知し、知っている沖田は、彼が平静でいられる訳がないと確信している。
今の言葉も、山崎への返答というより、そう自分に言い聞かせているかのように感じた。
無事であってほしい――と。
もっとも、銀時の心情に勘づいているからといって言葉を選んであげられるほど、沖田も平静ではないが。
「そいつが腑に落ちねーんでさァ、旦那。野郎殺すにゃ千載一遇のチャンスだったってェのに、なんで生かしておくんで」
「まさか、将軍の覚えもめでたく――とか、本気で信じて…?」
山崎が恐る恐るといった態で訊ねる。アホか、と沖田が冷ややかな目を向けるのと、思っちゃいねーだろ、と銀時から否定が返されたのは同時だった。
「そんな確証もねーような噂ひとつに、てめーらの命賭けるほど、バカな奴らじゃねェ。無血開城、ってのも時間稼ぎだろうな、どうせ」
男たちが告げた言葉の全てを斬り捨てるような冷徹さで、銀時が言い切る。
高杉が絡んでいるからか、銀時の口調には斟酌がない。
――貴方のお気に入りの命が惜しくば、
男のセリフが空々しく蘇る。
「じゃあそいつは噂ネタにした騙しだと?」
なんのために、と眉をひそめる沖田に、銀時が感情を削ぎ落とした表情で返す。
「もしくはホントの目的から目を逸らさせるための擬餌、か。ついでに俺たちの足止め――こっちに関しちゃ、噂がホントだろーが嘘だろーが効果はあるんだ、そりゃ人質に連れてくだろうよ」
「ホントか嘘か、って、アレですかィ、野郎がいなくなりゃあ真選組は瓦解するとかなんとか、ってヤツですかい」
「――ったく、あんな見え見えのエサに食いつくんじゃねーよ、アホかっつーの」
吐き捨て、銀時が苛々と髪をかき回す。その常にない様子に、沖田はぴんと直感した。
「――まさか、その噂、土方の野郎がテメーで撒いたってんですか?」
「広めたのはジミーと新八だけどな」
銀時が言うと、山崎は申し訳なさそうに目を伏せた。広めたのも土方の命令によるものだろうに、「すみません…」と、肩を落とす。
「なんだってェそんな真似――」
意味がわからねェ、と首をひねる沖田を、ちらりと銀時が見やる。
「お前さんも言ってたじゃねーか。全部が同じ時期に始まってるってよ」
銀時の意味有りげなセリフから、何かがあると確信する。
何か――何があった。それらが聞こえ出し、サイト騒動が起こった、ここふた月のあいだに。
その間に起こったことを記憶の中から手繰りよせ――沖田は瞠目した。
「…近藤さんの襲撃事件…」
それしかない――と思い至る。
近藤よりも、自分に狙いが集まるように。あの男が考えそうなことだ。
「ったく…気に食わねーよなァ、オイ」
低い銀時の声には、あきらかに怒気が滲んでいる。それが何に起因するものなのか正確に感じ取り、沖田はため息をついた。
存外嫉妬深い男だ、と呆れる反面、意外な一面に驚いて、
――ん?
眉をひそめる。
銀時の言葉に、もうひとつ引っかかりを覚えた。
「ってェことは、まさか例のファンフォーラムも――?」
「ああ、俺ら。でも今はソレ関係ねェから、あとで土方にでも聞いてくれ」
あっさりと認め、銀時はひらりと手を振る。
話す気はない、という態度で告げられた言葉に、沖田はやはり――と目を見開いた。
あとで土方に聞け――ということは、やはり取り戻すつもりなのだ、この男は。
何もできないこの状況から、無理なんじゃないか――と、悲憤を噛み締めながら諦めかけているのは、沖田だけではないはずだ。屯所に満ちている空気が、それを如実に伝えている。
けれど銀時は、迷いなく取り戻そうとしている。
そのための何か、を、今必死で探り、掴もうとしているのだろう。恐らく打てる手を、昨夜の内にきっと打っている。先ほどの電話のように。
今一番欲しいのは、情報だ。
その情報を敵に操られている、などという思わしくない状況であっても、敵の目的が読めない以上、何がきっかけになるかなどわからないだろう。
だから、とにかく自分たちが――特に山崎たちが得ている情報を出揃えさせようと、沖田は口を開いた。
「川南の野郎は一体なにをしようってんで?旦那の言う通り、これが時間稼ぎだとしてもそう長いこと持ちゃしねーのは野郎だって承知でしょうに。なんの時間を待ってるってんでい」
「明日、二十時――でしたよね」
確認するように呟いた山崎が、そういえば、と何かを思い出したように顔をあげた。
「明日は幕府のお偉方が全員登城する日ですよね。そこで無血開城するかどうか決めろってことですかね?」
「こんな大それたことを、昼の話し合いで夜までに決めろってかィ?そいつァ気の短ェこって」
沖田が呆れて返すと、いや、と銀時がそれを打ち消す。
「多分、呼び出しの時間はアテにできねェだろーな。場所を指定してくんのが早すぎる。だからきっと、八時にゃ全部が終わって、る――」
不自然に萎んだ言葉尻に何事かと目を向ければ、銀時が苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちしたところだった。
「あ――…そーいうことかよクソッタレ」
「なんか思い当たる節でも?」
「半分な。もう半分は――」
すう、と銀時の赤い眼が、何かを探すように動く。
「護国寺ってか。どこから目を逸らさせてェんだか…や、こっちからじゃねー方が早ェのか…」
視線を流しながら、銀時がぶつぶつと独り言ちる。その姿は、会議などで良く目にする銀時とは異なり、余裕がないように見えた。
いつもなら、銀時が何かを言えばそれに対し土方が返す、あるいはその逆の遣り取りが繰り広げられ、いつのまにかふたりのあいだで策が出来上がっている。まるで、互いのあいだで転がされた雪玉がしだいに大きくなるように。
もどかしいのだろう、と沖田は思った。
ここに土方がいないことが――その土方を押さえられていることが。
考え込む銀時をじりじりとした思いで見つめていると、不意に騒々しい気配が賑やかな足音と共に近づいてくるのを感じた。その騒音の源は、部屋の前に辿り着くなり、スパン、と勢い良く障子を開け放つ。
「なんだァおめーら、こんなとこに隠れやがってコンチクショーめ。オジさんが来たってーのにツラも見せねェつもりか、あァ?泣くぞーコラァ、オジさん泣いちゃうぞー」
「うるせェェェ!てめーの声聞いたら最高潮にイライラすっから避難してたんだよ!」
突然現れた松平に怒鳴り返して、銀時の動きがはたと止まった。
松平の濃い顔をまじまじと見つめるその目が、瞠られる。
「――ソレか」
なら場所は――と呟いた銀時の眼が光ったように見えた。何かが閃いたのだろう。銀時の思考を邪魔させたくなくて、沖田は代わりに松平を引き受けた。
「とっつぁん、近藤さんとの話は終わったんで?」
「いんやァ。部屋ァ行ったらムサいゴリラしか居ねーからよォ、可愛い神楽ちゅあーんを探してたってェワケよ」
「いっぺん捕まれ、変態オヤジ」
ふざけたことを平然と言いのける松平に苦々しく返しながらも、銀時は「まだなら丁度いい」と、寝ている神楽に手を伸ばし、その肩を揺すった。
「起きろ神楽。会議始めっぞ」
銀時の呼びかけに、んー、と渋るような声をあげて神楽が目を覚ました。
伸びをひとつすると、少女はまだ寝ぼけたままの顔に、に、と笑みを浮かべる。
「ニコ中奪還作戦アルな」
奪還、と、疑いもなく口にされたその言葉になんだか負けたような気持ちになり、沖田はぐ、と奥歯を噛み締めた。訳もなく苛立ちが込みあげる。
そんなことを無邪気に信じていられる神楽にも――諦めかけていた自分にも。
そんな複雑な心情に沖田が顔をしかめていると、おお、と返した銀時が神楽の頭にぽんと手を乗せた。
「おめーにも働いてもらうからなー覚悟しろ」
「おー、ここに居たのかーあ。んー、お昼寝中だったのかァ、かンわいーいなーァ」
神楽の姿を認めた松平が、かーぐらちゅあーん、と抱きつこうとする。
捕まれジジイ、と沖田が八つ当たり気味に苛立ちを向けるなか、慌てた山崎や呆れた銀時が止めるよりも先に、神楽本人から張り飛ばされて松平は床に沈んだ。
「セクハラオヤジは消えろヨ」
「ひとりが淋しいってェガキがセクハラたァ笑わせるぜ」
転がる松平を冷たい目で見下ろす神楽に、へん、と笑って言うと、寝起きの少女はぱちくりと目をしばたたかせ、違うネ、と沖田を見上げた。
「淋しかったのは銀ちゃんアルヨ」
その言葉に、沖田は目を瞠った。
あの、奥底に憤りを湛えていたような銀時を、淋しい、と評するのが意外でもあり、それでも――正しいように思えた。
そーかい、と思わず呟く。
「旦那は淋しかったのかィ」
「そうネ」
銀時には聞こえないよう落とした声に神楽がうなずいたとき、廊下を駆ける騒々しい足音が近づいてきた。
見れば、新八が携帯電話を手に向かってくる。
「銀さん!さっきの人から、銀さんにです!」
新八から携帯電話を受け取り、銀時はあいよー、と気の抜けた声をあげた。
「――おう、わーった」
短い会話で通話を終えると、銀時は「新八ィ」と、彼の監察を見やった。
「地下の皆さんにも動いてもらうぞ、様子見ててきとーに人集めとけ」
「わかりました!」
沖田にはわからないことを瞬時に理解して、新八が来た道を戻る。
銀時はその背を見送ると沖田たちを振り返り、にやりと笑った。いつもの笑みだ。
「うぜェ虫も消えたことだし――やるとすっか」
――動く。
銀時のその表情と言葉に確信し、沖田は自分が高揚していくのを感じた。
(10/11/16)
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