其ノ参「残月」 09
銀時に気圧され怯んだ男たちが、奮い立たせるように鯨波をあげながら斬りかかってくる。船からも地鳴りのような音声と共に、刀を手にした浪士たちが駆けてくるのが見えた。
土方が先陣の刀を受け止めていると、駆けた隊士たちが続く刀に応戦する。途端、入り乱れての混戦となった
たかだか二、三十人――と言っただけあって、数では浪士たちの方が圧倒している。だが、勢いはあきらかに真選組の方が勝っていた。隊士たちの高揚が場を支配しているのを、浪士を討ちとリながら感じる。
ちらりと自分の周囲を見回し、土方はふとあることに気づいた。
まるで庇うかのように銀時や沖田たちが土方の左右背後を固めている。
その常にはない陣形を一瞬訝しみ、次いで余程心配をかけたらしい、と思い至る。
申し訳ないような、きまりが悪いような、情けないような――そんな複雑な感情が生じ、土方は頭を振った。
今の場には障りがある感情だ。
それらを押し隠し、土方は呆れを装った。
「オイおめーら、なに勝手に編成いじってんだよ。頭痛くなるようなことしてんじゃねーよ」
浪士を斬り捨てながら土方が言うと、あー、と銀時の気抜けた声が背後から届いた。
「大丈夫大丈夫、期限つきだから」
「期限つき?」
意識は前方に残したまま、振り向くことなく後ろに視線を向ければ、同じように顔を向けない銀髪のあいだから楽しげな目が返ってきた。
「副長・土方十四郎を無事救出するまで――ってな」
「つまり、なんとしても土方さんを連れて帰らにゃならねーんですよ、俺たちゃあ」
メンド臭ェったらありゃしねェ、と沖田が言えば、新八も困ったような笑みを浮かべる。
「じゃないと、いつまでもこんなふざけた配属のままになってしまうんです。隊士のほとんどが神楽親衛隊な真選組なんて、嫌ですよ、僕」
「私はそれでも構わないアルヨ」
神楽があっさりと新八の言葉をひっくり返す。どうやら親衛隊をぞろぞろ引き連れて楽しかったらしい。
そーかい、と土方が呆れ、オイぃぃぃ、と新八が突っ込むと、でも、と神楽は武器である傘をひと振りし、銀時たちを指し示した。
「ニコ中いないとこいつらダメ人間どもはサボってばっかネ。だから、さっさと帰ってくるヨロシ」
「…そーかい」
ダメ人間ってなに!?、と銀時と新八が喚くのを無視して、少女はそうネ、と言い放つ。
沖田にしろ神楽にしろ、可愛げのないことを言っておきながらも、土方を見る目には嬉しそうな色が浮かんでいる。それを感じ取ると土方はなんと言っていいか言葉に詰まり、三度そーかい、と返した。
不意に、入り乱れ斬り結ぶ男たちのあいだから、鷹揚な動きで刃をかわす川南の姿が見えた。ふと目が合ったかと思うと、ふいと身をひるがえした川南が船の方へと向かう。
まだ諦めていないのか――船を使われては元も子もないと、土方は銀時を振り返った。
「――オイ、船の動力を壊すぞ。指揮しろ」
ちらりと向けた視線で川南の後姿を捉えた銀時が、承知とばかりに左手を振るった。
「二番隊――じゃない、神楽親衛隊二斑は散開して船を囲め。一班と三班はこいつら片っ端から討ちとれ。総長と神楽ちゃんと親衛隊長は、俺らと一緒に船にゴー!」
「親衛隊長?」
ふざけた号令に眉をひそめつつも、誰のことだ、と訝れば、新八が恥ずかしそうに「僕です」と手を上げた。その姿に呆れが臨界点を越える。
本当に何をやっているんだ、と、経緯やら事情やらを棚にあげた頭で罵った。
「――さっさと終わらせてふざけた編成を元に戻せ!!」
土方の怒号に、へーい、と返された笑いを含んだ声は、ひとつだけではなかった。
同時に動いた沖田と神楽が先陣を切り、道を開く。
船に掛けられた板梯子を駆け、中に飛び込んだ。
通路の左――船首側を示し、銀時が沖田たちを振り返る。
「おめーらはそっち」
「機関室を探せ」
「つーかそれっぽい機械見つけたら、片っ端からぶっ壊せ。思う存分暴れていーぞー」
土方と銀時の声に了解を返し、沖田たちが駆け出す。
「ってワケで、破壊活動はアイツらに任せとこうや」
ちらりと向けられた目に自分たちの任を悟って、土方はうなずいた。
まだ船内に残っていた浪士たちを斬り捨てながら先へ進んでいると、ふいに銀時が、あ、と何かを思い出したような声をあげた。何事だと視線を向けた土方の右手――そこに握られた得物を「言い忘れてたけど」と指さす。
「その刀、とっつぁんのだから。あとで直々に返しにこいとよ。ったく、ジジイは横着でしゃーねーわ」
口ではそんなことを言いながらも、銀時の顔には笑みが浮かんでいる。
直々に返しにこい――ということは、土方の無事を願い、信じてのことだろう。それを思うと、頭が下がる思いだった。
わかった、とだけ返し、開け放たれた扉から見えた機械だらけの室内に飛び込む。そこが船橋だというのは、室内の様子からも窺い知れた。
川南はきっとそこにいるだろう――そう確信して辿り着いた部屋には、案の定、追った男の姿があった。
土方たちの足音に、川南が胡乱げに振り返る。面白くなさそうに土方を見やった目は、銀時に移り、据えられた。
「どこで気づかれたものやら…まさか本当にいらっしゃるとはね」
口の端に笑みを浮かべているが、その瞳は昏く澱んでいる。
「なめんじゃねーぞコノヤロー。こちとら一昨日から、ねェ頭振り絞ったんだよ、おかげで知恵熱出そうだっつーの」
「――今しばらくおとなしくしていてくれれば、面白い祭りが見られたでしょうに」
「祭りだァ?」
ハ、と銀時が腹立たしげに吐き捨てる。
「船の大砲使って城もお偉いさんどももブッ潰す、ってか。そいつァおもしれーかもしんねーがな、やるんならテメーらだけでやれや」
低く這うような銀時の声には、押し殺した怒気が込められていた。
「勝手にコイツ連れてこうとすんじゃねーよ」
睨みつける赤い目を受け流し、川南はやれやれ、と嘲笑う。それは、自分自身に向けているかのようだった。
「その人を押さえれば貴方にとって枷となるかと思ったのですが…逆効果でしたか。あの方の読みは正しかったのですねェ」
「あァ?あの野郎がなに言ったってんだ」
銀時の返しに土方はわずかに目を見開いた。川南の言う「あの方」が誰なのか、解しているのか。
つーかよ、と銀時が呆れたように続ける。
「アイツと手ェ組んどきながら、無血開城とか、ありえねーっつの。そんな穏便なやり方、アイツが許すワケねーっつの」
「伊達や酔狂でそんなことを言ったとでもお思いか?」
「どうせ時間稼ぎだろ?――偉いさん方が全員城に集まるまでのよ」
銀時の言葉に川南が悔しそうに唇を噛んだ。本当の狙いはそっちか、と土方は得心した。
将軍どころか、幕府の重鎮全員を標的にしていたのか。
だが、城の迎撃システムが作動すれば、この程度の船などひとたまりもないだろうに。まさか城にその程度の装備が備わっていないとでも思ったのか、と土方が眉をひそめると、川南は再び嘲りの笑みを口許に佩き、息をついた。
「…全てを見通した訳でもないでしょうに、なにを得意になっていらっしゃることやら」
「負け惜しみかよ」
馬鹿にするように銀時が言う。確かに、と川南は自嘲を濃くした。
「今さら言っても詮方無いですね。目的は読まれても、ここまで来られるとは思いませんでしたよ。手がかりひとつ、残したつもりはないのですが」
「やー、ウチのムっサいおっさん見て、丁度いいもんがあったの思い出したんだわー。そしたら場所は限定されるわなァ。城をぶっ飛ばせるだけの兵器、城を狙える距離でそれを置いておけるトコロ――ってな」
銀時は軽い調子で言ったが、限定されたとして、この場を探し出すのは至難の業だろう。
土方は銀時たちの辛労を計り、ギリと奥歯を噛み締めた。
いやー、と笑いを含んだ銀時の声にも負い目を覚える。
「動き制限されちゃったもんだから、探すの大変だったんだぜー。おかげで地下に引っ込んでる皆さんの手まで借りちゃったもんなー」
続けられた銀時の言葉に、土方は軽く目を瞠った。アレを利用したのか、と唖然とする。
確かにあの有象無象の連中なら、ひとりくらいこの場を知っている者がいてもおかしくないが、今さらまた介入するのはどうにも気が引けてならなかった。
そうですか、と川南がため息まじりに呟く。
「貴方を巻き込むべきではなかったようですね。あの方が仰った通り、読めないにもほどがありますよ」
「どーせアイツのことだから、ロクなこと言ってねーんだろ。つーか唆されてんじゃねーよ、あの野郎に」
銀時が舌打ちとともに吐き捨てる。
「全部ぶっ壊せばいい、とかなんとか言われたんだろ、どーせ」
「おや、察しのいいことで」
「アイツのやりてェことなんて、そんなもんだろ。あとはそーだなァ――俺の泣きっツラでも見たかったかー、オイ」
投げかけるように言い、ふい、と銀時が赤い目をウイング扉の方に向けた。射抜くような強さで、睨み据える。
誰が居る――土方がそちらに視線を投げると、銀時が口を開いた。
「――高杉」
銀時が口にした名前に愕然とし、
「そいつぁ是非とも見てみてーもんだがな」
返された笑みを含んだその声に震駭した。
(10/11/20)
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