Around the world

【五月四日‐五日‐‐坂田銀時】

 逢いたいと、それだけを願いそっと目を開けると、そこは川べりの土手だった。既に日が暮れて辺りは暗くなっている。
 少し遠くに煌びやかな街の灯りと、その向こうにターミナルが見えるところから、江戸──それもかぶき町の近くだろうとホッと胸を撫で下ろす。
 あとはここが元の世界かどうか。
 それだけが気がかりだ、と知らずため息がこぼれたとき、ザ、と砂利を踏む足音が背後から届いた。がばりと振り返れば、逢いたいと願った姿がそこにある。
「土方……?」
「万事屋……?」
 逢いたいと願った人だ。その表情も格好も、見慣れた土方だった。だが、手を伸ばしていいものかどうか、躊躇する。これが自分の良く知る恋人本人なのかどうか、それがわからず、どうやったらそれを確かめられるのか──お互いに疑い、探っていた。
 思いついたのは同時だっただろう。ふたり同時に右の袖を捲り、手首を見せ合った。そこには不思議な淡い色合いのブレスレットが揃いである。
 間違いなく、銀時の世界の──銀時の恋人である、土方だ。
 わかった途端、盛大な安堵や愛しさが込み上げて、堪らずにぎゅうときつく掻き抱いた。
「良かった……」
「……良くねーよ、コレのせいで豪い目に遭ったぞバカヤロー」
「おー安心しろ、俺もえれー目に遭ったわ、散々だったわ」
「安心しろ、の意味がわかんねェよ」
 土方は疲れきった声で文句を並べるが、それでもその腕は銀時の背中に回されていて、しっかりと抱き締め返してくれている。
 その様に胸が熱くなり、抱き締める腕にさらに力を篭めたら、さすがに「苦しい」と土方から引っぺがされてしまった。
「ちぇー、つれねーの」
「うっせェ馬鹿力」
 口を尖らせる銀時をよそに、「つーか今何時だよ」と土方は慌てた素振りで携帯を取り出した。画面を開くなり、うわ、とげんなりした声をあげる。
 どした? と銀時が首をかしげれば、「ずっと圏外だったからヤな予感はしたけどよ……」とため息が返ってきた。
 どうやら土方の携帯は昨日の昼からずっと圏外になっていて使えなかったらしい。連絡が取れなくなった土方に心配した真選組の連中──主に近藤や山崎だろう──から、着信やらメールやらが山のように来ていることだろう。
 そりゃ心配するわな、と銀時が半ば嫉妬から面白くない気持ちで見やるなか、土方が渋々といった風にどこぞへと電話をかける。
「──ああ、俺だ」
 途端、銀時のもとにまで何やら喚き立てている声が聞こえてきた。その喧しさに土方は顔をしかめていたが、ややして「──わかった」と通話を終えたときには、困惑しきった表情に変わっている。
「明日休め、だと」
 どうも連絡のつかなくなった土方を心配し、あれこれと考えた真選組の馬鹿共は、土方の身に何かあったのでは、という想像に留まらず、土方を働かせすぎたんじゃないか、だから土方は帰ってこないんじゃないか、などと勝手にそんな結論に達していたらしい。
 だから誕生日くらい仕事のことを忘れて羽を休めてこい、と泣きながら詫びを入れた近藤が、そう言ったのだという。
 呆れたように説明した土方に、結果オーライでむしろラッキー、などと銀時はへらりと笑った。
「まあ良かったじゃねーか。昨日今日ってえれー目に遭って疲れたことだし、ウチでゆっくり休んでけって」
 神楽はきっと既に寝ているだろうから、明日少女が起きてから説明して、出かけてもらおう。そして、銀時の家でゆっくりふたりきりで過ごそう、などと考えて頬をゆるませていたそのとき。ふわ、とブレスレットが突然光り出し、銀時はぎくりと体を強ばらせた。見れば土方も物凄く嫌そうに頬を引きつらせている。
 まさかまた、どこぞの世界に飛ばされるのか──そんな不吉な予感から思わず土方の手を掴んだ。ようやく戻って来れたというのに、また離れ離れにさせられて堪るか、ときつく手を握り合わせる。
 だが、銀時と土方が嫌な想像に固まりながら見やるなか、ブレスレットは徐々に光を増して行ったかと思うと、パン、と弾けてしまった。
 ブレスレットの欠片なのか、細かく砕けた螺鈿のように小さな輝きが周囲に舞い──静かに消える。
 ──もしかして、
 呆然としてる土方から携帯を拝借し画面を開けば、銀時がなんとなくそうなんじゃないか、と思ったとおり、ちょうど日付が五月五日に変わったところだった。
「……万事屋?」
 どうした? と首をかしげる土方に、画面を差し出してみせる。
「──誕生日おめっとさん」
 画面を見て目をしばたたかせた土方が、照れくさそうに「ありがとよ」と呟く。
 結局、今年もプレゼントなどという代物を買ってやれずに、この日を迎えることになってしまった。
 ごめんな、と情けなく眉を下げれば、土方からは去年と同じく「最初から期待してねーよ」という言葉が返ってくる。
 それでも、去年は呆れ混じりの苦笑だった笑みが、今年はどこかやわらかい気がして、銀時は繋いだ手にぐ、と力を篭めた。
「来年こそ、おめーがビックリするような──」
「だから、いらねーっつーの」
 早くも来年の誓いをたてかけた銀時を、土方が早々に制する。でもよォ、と銀時が肩を落とすと、繋いだ土方の手にぐ、と力が篭められた。
「物なんか期待しちゃいねーし、欲しいとも思わねーよ。……そのひと言だけで充分だ」
 来年も──と続けた土方に目を丸くして隣の恋人を見れば、土方はそっぽを向いてしまっていた。だが、その頬も耳も赤くなっているのが見えて、銀時の中に愛しさが込み上げる。
 どうしようもなく愛しくて、大切で、でもそれを伝えるのが言葉以外に持ち合わせていない──それをなんだかもどかしく思っていたら、ふと、自分の帯に小さな花が挿し込まれているのが目に入った。それは子供の土方にお礼として貰ったものだ。
 思い立って辺りを見回すと、暗がりの中にそれを見つけた。手を繋いだままそちらに歩き、その紫色の小さな花を摘む。
 銀時の一連の動きを驚いたように見ていた土方に微笑みかけ、ちょっとだけ悩んだ末に、髪飾のように耳許にその花を挿した。
「誕生日おめでとう」
 込み上げるのはあの時と同じ、生まれてきてくれてありがとう、という泣きたくなるような思いだった。
 土方がくしゃりと顔を歪める。泣き出す一歩手前のようなそんな顔にそっと顔を寄せた。
 おめでとう、とささやき銀時が唇を重ねると、触れ合わせた唇がもう一度、ありがとよ、と呟いた。
 愛しさと、喜びと、込み上げる幾つもの感情に、ずっと──と願いが生まれる。
 来年も、再来年も、その先も、ずっと。
 ありがとう、という思いを込めて、おめでとうと言えるような──そんな未来が続くといい。
 大切な人の生まれた日に、そんなことを願った。


(13/05/05)